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🔖残酷明快



 すごく静かだなってしみじみと思う。賑やかすのはわりと得意だけど最近みんな忙しくて相手してくれないし、さすがの私も一人きりで騒ぐのは虚しすぎてやってられない。
 散歩に連れてけ、一緒に遊べ、なんて我儘をぶつける相手がいないんだもん、どうしようもなかった。
 ゴルベーザや四天王が構ってくれないのは、まあ仕方ない。でも四天王配下の雑魚モンスターまでこぞって出払ってるなんてね。
 本当に……退屈だなぁ。

 ぶらぶらと歩き回ってたらダンジョンエリアに突入してた。もう慣れたもので、どこのワープに乗れば部屋の近くに飛ぶかも分かってるから不安はない。トラップだって把握済みだ。
 どうせ外には出られないんだし、のんびり塔の中を散歩しようかな。

 ほとんどの場所を見慣れてるから探索と言えるほどの成果は得られない。名無しのモンスターたちに挨拶しながらワープ装置を渡り歩いて、改めて各エリアを見て回る。
 埃を被りつつあるスカルミリョーネの部屋や散らかりっぱなしのカイナッツォの部屋、女性モンスターたちが元気に守ってるバルバリシア様の部屋。最上階に着いてしまったので、今度は違う道を辿って降りていく。
 最近あまり帰ってこないゴルベーザの部屋を出たところでようやく見慣れないものに遭遇した。

 あれは……雑魚モンスターなんだろうけど、初めて見るなぁ。形容しがたい姿をしてる。強いて言うなら悪魔っぽいような雰囲気だ。ゾットの塔に、こんなやついたっけ?
 ケンタウロナイトでもブラックナイトでも、ましてレディガーダーやソーサルレディでもないし、当然ながらビースト系やタートル系でもない。
 でもうっすらとだけど記憶はあるんだよねー。出現率の低いモンスターなのかな? そういえばゾットの塔にもコレクター泣かせのレアモンスターが……あっ!
 そうそう、思い出した。図鑑埋めの大敵プラクティだ!

 やっとその名前を思い出せたところで、話しかける前にプラクティは姿を消してしまった。
 私がここに来てからどれくらい経つのかよく分かんないけど、今の今まで遭遇せずにいたなんて、本当に出現率低いんだなぁ。
 ……私がここに来てから、どれくらい。
 それはずっと考えないようにしていたことだった。月日を数えるのは御法度だったのに。ふとしたきっかけで、意識がそこに向いてしまった。

 ああ、カイナッツォがバロンに潜入したのはいつのことだっけ?
 あえなく殺されたであろうバロン王様への同情は少し。私にとってそれよりもっと重大だったのは、確かに時間が進んでいるということ。ゴルベーザに召喚された時点では何も始まってなかったのに。
 カイナッツォがバロン王に成り代わるのは話が動き始める前兆だった。見ないふりをしていても間違いなく物語が進んでいる。
 そう、カインとローザがここに来た時から……ううん、本当はずっと前から分かってた。とっくに“ストーリー”が始まってるんだって。

 ふと気づけばルビカンテの部屋まで来ていた。誰もいないのは知っていつつも覗いてみたら、意外なことに先客がいた。
「ルゲイエじゃん、珍しいね」
「様をつけんか、様を」
 四天王にもなれなかったくせにそんな文句を言うルゲイエ博士は、床一面にばらまかれた資料の上に座り込んでファイルをめくってる。私には目もくれない。
 ルビカンテの部屋は、本人がほぼ使わないお陰で今やルゲイエの予備研究室および資材置き場として私物化されていた。
 何か必要なものでもあって取りに来たのかな。自分の用事以外にてんで無関心な人だから、私はルゲイエとろくに話をしたことがない。

 誰も構ってくれなくて淋しいから。……それでなんとなくルゲイエに声をかけてしまったこと、すぐに後悔した。
「構ってくれる者が死んだお陰で暇そうだな、小娘」
「……ごめん、聞き間違いかも。もっかい言って」
「バロンがセシルに奪還された。水のカイナッツォも倒されたようだ」
 後ろからハンマーで頭を殴られたような感じ。ルゲイエの言葉は私の脳みそにぶつかって、浸透せずにどっかへ飛んでいってしまった。
「……倒された……」
「死んだと言わねば解らんのか?」
「ルゲイエは冗談きついね」
「目を逸らしたって現実は変わらん」
「だって私、何も聞いてないよ。ゴルベーザはそんなこと一言も、」
「お前がそういう人間だからだ」
 私がどういう人間かなんて、ルゲイエどころか誰も知らないはずじゃない。

 ローザたちが来てからしばらくの間は平穏だった。いつ頃からか塔のどこを探してもスカルミリョーネが見つからなくなった。私は「いつ帰ってくるの?」なんて誰にも聞かなかった。
 そしてみんなが私を避けるようになった頃合い、私は「バロン城に行きたい」と言わなくなった。
 私が気づいてるってこと、ゴルベーザも……ルビカンテもバルバリシア様も知ってるんだろう。それでいて知らないふりをしてくれる。
 でも本当は私、べつに空気を察して事実に気づいたわけじゃないんだ。だって、最初からこうなることは分かってたんだもん。

「……どうして教えてくれちゃうかな」
「お前が聞かない限り誰もお前に真実を知らせない」
「だったらルゲイエも、そうしなきゃいけなかったんじゃないの?」
「私にはお前を気遣う理由などない。わざわざ教えてやったのは、そうだな……知らないままではあまりにも哀れだろう?」

 理不尽な運命に対する恨み、憎しみ。……そんな大層なものじゃなくて、待ってるだけで当たり前に訪れるはずだった日常が奪われた喪失感。
 悲しいとか淋しいとか、そういう切なくて綺麗な感情よりも奥にあるものが怖かった。
 私、ずっと知ってたんだよ。スカルミリョーネが死ぬこと、カイナッツォが死ぬこと、もうすぐバルバリシア様とルビカンテも後を追うこと……ゴルベーザが負けるってこと。
 分かってたのにそれを打ち明けて注意を促すでもなく、平気な顔してみんなと仲良くしてさ。ここにいるみんなが好きだなんて、一緒にいたいなんて、どんな顔して言ったんだろう?
 部屋を後にするとルゲイエもそれ以上の言葉はかけてこなかった。ルゲイエは心の底から私に興味がないし、私の存在を受け入れてもいない。本当は、みんなそうであるべきだったんだ。

 呆然と廊下を歩く。自分が今どこにいるのかよく分からなくなってきた。
「ゼムス……」
 ずっと不思議だったけれど、ついに答えを見つけられなかった。
「どうして私をここに来させたの?」

 私はこの世界の未来を知ってる。それを利用するつもりでゴルベーザのもとに寄越したのならまだ分かりやすかった。
 戦う力なんてものは持ってないけれど、それでも私はその気になれば青き星を滅ぼすことさえできる力があった。知識という力が。
 もしゼムスが「ゴルベーザを助けろ」って言ったなら、私にはそれができたんだ。あの人が記憶を取り戻す前にセシルを殺させるなり洗脳させるなり。もう本当に、何だってできたんだよ。
 スカルミリョーネを試練の山に行かせる時も、真っ向勝負なんかさせずにクルーヤのいる祠を破壊しろって助言したり。
 カイナッツォだって同じ。生温いことしてないで、もぬけの殻のバロン城にセシルたちを誘い込んで城ごと破壊して生き埋めにするとかさ。
 私は敵の行動を知ってるんだから、真実を打ち明けてさえいれば簡単に勝てたんだよ。スカルミリョーネもカイナッツォも、死ぬ必要なんてなかった。バルバリシア様やルビカンテだってまだ助けられるのに。

 なのに、どうしてそれをしないのか?
 どうしてゴルベーザに本当のことを教えてあげないのか?
 そんなの、単純明快だ。彼らがゲームの悪役だから。セシルたちの勝利こそ正しい結末だから。私の周りにいるひとたちを助けるってことは即ち、セシルたちを殺すことに繋がるから。
 私は……この星の未来を殺すのが怖くて、ゴルベーザを騙してたんだ。日常に溶け込んでそばにいて、仲良くしながらみんなの破滅を見て見ぬふりしてた。

 気づけば目の前にプラクティが立っていた。無感情な目が、まるであの月みたいに冷たい光を放ってる。
「何もする必要はない、ユリ。お前はただ毒虫のそばにあればよい」
「でも……」
 それが何になるの。ゴルベーザに勝たせたいわけじゃなく、未来を変えるためでもないなら、ゼムスは一体どうして私をあの人のそばにいさせようとするのか。
 無造作に預けられたものが、手の中でどんどん大切になっていく。まるで家族みたいに過ごしてたら愛しくならないわけがない。
 きっと向こうだってそうだろう。私が現れたことでゴルベーザも四天王も変わったって、言われたもの。私がみんなを好きなように、おそらくはみんなの方でも少しくらい私のことを好きになってくれたはずで。
 だから……必要もないのにそばにいてしまったら、きっと私を失う時、ゴルベーザは……酷く傷つけられる。ゼムスはそのために私を送り込んだのか。


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