×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖欺瞞演戯



 気鬱が完全に晴れたわけではないようだが、町に連れ出したことで少しは機嫌がよくなったらしい。塔に帰る頃にはユリにもいつも通りの笑顔が戻っていた。
 このところ彼女はあまり出かけたがらない。外出したいと口にすれば必然的にスカルミリョーネやカイナッツォの話題を避けられなくなるからだろうか。
 おそらくだがユリは、薄々気づいているのだと思う。人間でありながら彼女と我々の距離は近く、その分だけ相手を知らずにいるのが難しくなっていた。
 ずっと塔で暇を持て余していたはずのスカルミリョーネが帰らない。ゴルベーザ様はバロンに滞在しなくなった。なのにカイナッツォはここにいない。
 そして今までろくに構ってやらなかった私が、不在の者に代わってユリを町に連れ出している。……考えてみれば、気づかぬ方が不自然ではある。
 もし互いに素知らぬふりをしているとするならば、端から見ればとんだ茶番だ。……それでも、演じる当人は必死なのだから仕方がない。
 ゴルベーザ様も、私も、バルバリシアも……ユリも。 肝心なことにだけは触れぬよう、綱渡りで時を過ごしている。

 エブラーナの視察も充分だ。そろそろ地底侵略の片手間に、かの地を攻略しなければならない頃合いだろう。
 これからの予定に思いを馳せていると、ユリが何やら神妙な顔をしていることに気づく。
「ねえルビカンテ……」
「ん?」
 訝しそうに首を傾げながらユリは私の手中にあるものを小突いた。考え事をしながら無意識に弄っていたらしい。
「それ、煙管だよね」
「煙管? ……ああ、拾い物なんだが」
 そう答えると彼女は益々もって不審そうな表情になった。厳密に言えば拾い物とも違うのだが、まさか見透かされているのだろうか?
 一応、持ち主が落とした物を拾って持ち帰ったという部分は事実だから、嘘は吐いていない。
「そんなのどこで拾ったの?」
「町の入口で」
「入口?」
「そうだ」
 念を押すように強く頷くと、彼女もまたつられるように頷いた。

 私が町に入ったことを知られては少々厄介だ。何の用があったのか、と問われた場合に答えを用意していない。
 魔物である我々は人間のいる場所に近寄らない、という一線がある。ユリをエブラーナに連れていったのは今回限りの特別な措置だった。
 ユリはなおも私を見上げて疑念をぶつけてくる。
「まさか町の奥じゃないよね? 裏通りとかじゃないよね? いやべつにいいんだけどさ、どこに行ってもルビカンテの自由なんだけどね」
「……うん? ユリ、何の話をしてるんだ」
「ううぅ、なんでもないです……聞かなかったことにして」
 何を赤くなっているのだろう。これの持ち主を害したことを察したのかと思ったのだが、どうも私が案じていたのとは違う方向で疑われているようだ。
 エブラーナの町の奥……さて、城に至る門以外の何があっただろう?

 警戒心の強い忍の国、その王の膝元で魔物が紛れ込める場所など限られている。いや、むしろ“魔物が入り込むべき用のある場所”こそが限られているのか。
 私が人間の所持品を拾うような場所にいたこと、決して彼女に悟らせてはならない。
 幸いにもユリは私のいた場所を探るよりも煙管そのものの方へと興味を移したようだ。
「持ってみてもいい?」
「ああ。重いから、気を……」
「うっ」
 気をつけろと言い終えるか否かで煙管を受け取ったユリはガクリと腕を落とした。いくらなんでもそこまで重くはないと思うのだが、彼女の非力を甘く見ていたか。
 うんざりした顔で煙管をこちらに返してくるので慌てて受け取った。やはり私には木切れ程度の軽さだ。
「重すぎでしょ……、こんな片手で持てないものどうやって吸うんだろ」
「吸うのか?」
「だってこれ、煙草とか吸うやつでしょ?」
 そうだったのか。やけに大きくて重く、手間もかかりそうな代物だ。人間の技術というものはもっと効率的に進歩しているのかと思っていたが、まだまだだな。
「ユリも使ってみるか?」
「えー、私はいいよ、向こうの法律じゃ未成年だし。ルビカンテがどうぞ」
「しかし使い方を知らないんだ」
「私も知らなーい」
 ならどう始末をしよう。ゴルベーザ様にでもお聞きするか。しかしあの方も嗜好品にはあまり詳しくなさそうだな。

 再び私の手に戻った煙管を見つめる。……見落としていたが、先端に血がついている。ユリは気づいただろうか。
 きっと彼女も無意識に気づかないよう努力しているのだろう。それを知るのは互いにとって良くないことだ。
「これをゴルベーザにあげたら、吸う時に素顔が見れるかなぁ」
「さて、どうだろうな」
 兜を装着したままでは使えない。だが、今更そんなことで素顔は曝せまい。難儀なものだ。
「そういえば、私のいた世界だと煙管って不正乗車の代名詞になってるんだよ」
 異なる世界でありながら同じようなものが存在しているのは不思議だった。煙管はユリの世界にもあるらしい。
 かの世界にも人間はいるが、魔物は……存在しない。
「不正乗車とは?」
「乗ってちゃいけない人が、ずるしてそこにいること」
 遠い目をして語る彼女はこの話に何を重ねているのか。
 始めは誰が相手であろうと、知りたい、近づきたいと無邪気に駆け寄ってきた。今はもう、同じではいられない。

「……拾ったはいいが、不要なものだったな」
 煙管の形をしてはいても、ユリの言うものとは別物だろう。この重みは明らかに殺傷力を秘めている。暗器の類いに違いなかった。
「じゃあ捨てる?」
「いや……」
 使い道がないからと、一度拾ったものを今さら易々と捨てることなどできようはずもない。
「私が持っておこう」
「いらないのに?」
「用途がなくても必要なものはあるんだ」
「なんだそりゃ」
 君は、本当は知っているんじゃないかと、問い詰めてしまえばそこで終わりだ。
 ずるをしてそこにいる。その事実に気づいてしまった後は、どうなるのだろうな。
「ユリ。私は、またしばらく戻って来られなくなる」
「そっかぁ。行ってらっしゃい、気をつけてね」
「ああ」
 そういえば、どこへ行くのかと聞かれたこともなかったな。
 貫き通せない嘘だとは始めから分かっていた。それでもまだ演じ続けなければいけない。この日常を終わらせてはならないのだ。


🔖


 52/75 

back|menu|index