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🔖快晴滅滅



 凛々しい眉毛と青い瞳、白い物が目立ち始めた金髪。堂々たる体躯から出る声は威厳たっぷりで、いかにも「偉い人」って感じだ。
 なんか不思議だなぁ。これは鏡か写真に映った偽者みたいなもんだから、本物の彼はもうこの世の存在じゃない。
 目の前にいる見慣れないおじさんはバロン王じゃなくてカイナッツォなんだ。……分かってても、どーも納得いかない。
 たぶんバロン王様の雰囲気が、カイナッツォの性格と違いすぎてるせいだと思う。
 中身がカイナッツォだなんて全然思えないからこそ、本人が生きてそこにいるんじゃないかって錯覚が起きちゃうんだよ。

 ここは王様の執務室。自分を囲い込むように積み上げられた書類をてきぱき捌いていた手を止めて、カイナッツォは巨大な執務机に突っ伏した。
「……あーくそ、もう帰りてえ……」
 偽物といっても国が保てる程度には王様の仕事をしてるから、カイナッツォはやらなきゃいけないことが多いんだ。特に書類仕事。
 その山のように積まれた紙の束がどんな命令を生み出すものか、考えたくない。中身が読めなくてよかったのかな? それとも、読めた方がよかった……?
 隙を見て命令の中身を確認して、すり替えて、さりげなくゴルベーザの邪魔をするとか。……そういうことも、できたのかもね。

 不真面目を地で行くカイナッツォなのに、王様に化けてからは真面目に仕事をこなしてる。それでもう本当に疲れちゃってるみたい。
 いつも以上にだるだるになってる。
「……おい、ユリ」
「んー?」
「なんか面白いこと言えよ」
 えっ、いきなり一番困るフリがきたんですけど。
 カイナッツォは椅子に浅く腰掛けて、だらだらと足を伸ばしてる。見た感じ立派な壮年男性がそんな格好してるのは、あんまり見たくない。
 まあでも、そりゃ疲れるよね。書類に目を通してハンコを押してまた書類に目を通して……座ってるだけのこんな作業、一番苦手なタイプだよね、カイナッツォは。
 でも何の準備もないのに面白いことって言われても困る。
「えーじゃあ何話そう? 面白いことなんか思いつかないしー」
「お前、今日は愛想悪ぃな」
 ずっと目が据わってるカイナッツォには言われたくないんですけど。
「だってなんか、違和感あるんだもん。カイナッツォに見えないし。……誰もいないんだから元の姿に戻っちゃえば?」
「いちいち戻すのがめんどくせえんだよ」
 一応はあの人面亀が本来の姿だから、あの格好の方が楽なはずだ。なのに変身を解くのさえ面倒だなんて、よっぽど疲れが溜まってるんだね。

 バロン城にはゴルベーザもいるし、いざ問題が起きたら洗脳して誤魔化しちゃえばいいんだろうけど、それでも一番いいのはカイナッツォが円満に“王様”してることだから。
 敵のド真ん中にいて四六時中ずーっと自分を偽ってるのって、いくら図々しいカイナッツォでもやっぱり辛いと思う。
「そうだ、せっかく人間の格好してるんだから、肩でも揉んであげよっか」
「んあー? なんだそりゃ……」
 だらけきってるカイナッツォに近づいて肩に手を乗せてマッサージ。うーん、どうでもいいけどおっさんなのに加齢臭がしないなぁ。体臭でバレないか心配だよ。
「いきなり何やって……おおっ」
「お客さん凝ってますね〜、っていうか凝りすぎじゃない?」
「あ〜〜気持ちいいな、それ」
 筋肉がガッチガチに固まってるのを力いっぱい揉んでほぐす。いつものカイナッツォにはしてあげられないことだけど、バロン王様も体格良すぎて揉むの大変だ。
 自分の体じゃないんだもんね。きっと体の休め方もよく分かんないんじゃないかな。

 王様の執務室には窓がある。おかげで庶民的かつ開放的だ。居心地はいいけど、侵入者を防ぐという点ではダメダメな部屋だと思う。
 国を束ねる立場なのに、こんなに無防備でいいのかな。現にモンスターに殺されてバロンを乗っ取られちゃってるわけだし。
 窓から見えるのはキレイに晴れた青い空。なのに……なんとなく、気分は曇ってる。
「ここにいるとよォ、お前がやたらと出かけたがる気持ちも、ちったぁ分かるぜ……」
「だろうねー。気晴らしにどっか行く?」
「これが終わったらな……」
 ふーん、そんなにうんざりしつつも結局はサボらないんだ。カイナッツォのくせに真面目だなぁ。
 ……なんだろう。労ってあげたいのもホントだけど、邪魔しちゃいたいのもホントなんだよね。
 だってそれはゴルベーザを人類の敵に仕立てるための仕事だから、「がんばって為し遂げて」なんて言えないよ。そんなことのために疲れてる姿なんて見たくないのに。
「たまには塔に帰って来ようよ。お忍びで町に遊びに行ってるってことにすればいいじゃん」
「……」
 カイナッツォは返事もせずに遠くを見てる。どんなに視線を辿っても、どこを見てるのか分からない。
 もう長いこと一緒にいるのに。分かりあえなくても傍にいられればいいって……その気持ちに変わりはないけど、それでも……。

 私が仕事の邪魔してるのに感づいたのか、カイナッツォは急に体を起こしてマッサージをする私の手から逃げていった。
「ユリ、お前そろそろ帰れ」
「……うん、分かった。あんまり無理しないでね」
「適当に手ぇ抜いてるから心配すんな」
 いやー、それもどうなんだろう? 私としては「もうみんな仕事ほっぽりだしてゾットの塔で平和に暮らそう!」って思うから、サボり大歓迎だけど。
 カイナッツォがテレポを唱えると景色がぐにゃりと歪んだ。
「じゃ、またくるね」
「おう……またな」
 確かに返ってきた言葉に安心して、何もない空間へと消えていく。
 この瞬間はいつも怖くて目を閉じる。次に目を開いた時、私はもうゾットの塔の中にいた。
 自分以外のものだけテレポさせるのってすごく難しいらしいけど、こんなに簡単にやってのけるんだからやっぱり魔物ってすごい。

 ここ数日のところ、ゾットの塔はすごく静かだ。 事が始まってから……カインやローザが来てからは特に。
「ローザのとこにでも遊びに行こうかなぁ」
 ゴルベーザとカイナッツォはずっとバロンにいる。スカルミリョーネもルビカンテもほとんど帰ってこないし、バルバリシア様も前みたいに構ってくれない。
 すかすかの密度。みんなが何をしに出かけてるのかなんて、分かりすぎるだけに聞くこともできない。
 もう全部やめちゃって、のんびり暮らしたいな。だけどそう説得できるだけの力も私にはない。
 ただ打破するきっかけが見つからなくて、鬱々とした日常を、うんざりするほど穏やかな日々を流されるままに過ごしてるだけだ。

 結局それなんだよね。一緒にいてもまだ淋しい。取り残されてる孤独感が拭えない。私は今でも“お客さん”だから。
 私も戦えたらよかったのかな。ゴルベーザと一緒に人類の敵になれたら……でも正直、そんな覚悟は決められそうにない。
 そうやって「だけど」と「でも」を繰り返してるばっかりだ。
 何をやっても気分が晴れない。なにかいいこと、あるといいのに。


🔖


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