×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖実験遊戯



 ユリの見張りを仰せつかった。といっても彼女が不穏な動きを見せているわけではなく、ただローザと仲良くなりすぎないように見ていろとのことらしいが。
 仲良くなりすぎないように? ゴルベーザ様はユリに甘すぎる。彼女も配下だと言うなら、なぜ俘虜と雑談することを許しているんだ。
 一言「弁えろ」と命じてしまえば済むだろうに。
 ユリと話しているとローザが楽しそうで、それはいいんだが……。
 それともゴルベーザ様はこのままローザを取り込んでしまうつもりなのだろうか。
 セシルが土のクリスタルを手に入れてきたとしてもローザに戻る気がなくなれば……。そんなことが起こり得るのかどうか、俺には分からない。

 同性で同年代という共通点があるお陰か、ユリはローザに懐いている。そしてローザもまた、ユリとの会話に安らぎを感じているようだ。
「今度カイナッツォが帰って来るんだよ」
「そうなの。……それは誰?」
 何となくで返事してから後で意味を考える癖は治してほしいと思う。興味の無さが丸分かりだから話してる方はそれなりに傷つくんだぞ、ローザ。
 ユリは気にしてないらしいが。
「んー……カイナッツォってのはー、水の四天王……あー、ただのカメだよ」
「ふぅん」
 おい、ふーんで済ませるのか? 「四天王なのにただのカメなの?」とか聞くだろ普通。一応は敵なのに、何の関心もないのか。
 大体あれのどこがただのカメなんだ。ユリは本物のカメを見たことがないのかもしれない。
 いや、まあ、事細かに尋ねられても答えられないので困るんだが。

 カイナッツォというのは陛下に化けてバロンを乗っ取ってる魔物の名だ、などとローザに言えはしない。その辺りには気を配っているようだ。
 よく分からん奴ではあるが、ユリはユリなりにゴルベーザ様に忠実ではあるらしい。
「忙しいからなかなかこっちに戻って来れなくてさ。今度ゴルベーザが頑張って時間稼ぎしてくれるんだって」
「時間稼ぎって?」
「いなくなってることを周りに気づかせないためのフォロー、とか」
 それはつまりカイナッツォが塔にいる間中、ゴルベーザ様が向こうで目眩ましに城の人間を洗脳し続けるってことなのか?
 どうせ俺もそっちに駆り出されるんだろうな。雑用ばかり任せられているのは気のせいだと思いたい。

 しかしバロンで重要な仕事があるカイナッツォを何のために呼び戻すのだろう。
「そんなにまでして帰ってくるのなら、きっと大変な用があるのね」
 俺と同じことを考えたようで、ローザの表情が心なしか曇った。特に知らされていないので重大事ではないと思うが、ゴルベーザ様が手を回しているのは少し気になる。
 この塔を拠点にあちこち跳び回っている他のやつらとは違い、カイナッツォだけはバロンに腰を落ち着けていなければならない。
 一体どんな用があるのかとローザが尋ねると、ユリは曖昧に笑って答えた。
「べつに大したことじゃないんだけどさ。外でやって悲鳴が漏れたら騒ぎになるから、やっぱ塔に戻って方がいいよねって言ってて」
「えっ?」
 悲鳴って、カイナッツォのか? いったい何をする気なんだよ。
「もし大変なことになったらローザの白魔法をお借りしますので、当日は結界を張らない予定です」
「う、うん」
 どうしていきなり敬語になるんだ。機械みたいな喋り方をしないでくれ。
「……ローザ、その隙に脱走しないでね」
「そこで微笑まれても怖いだけだわ、ユリ」
 ゴルベーザ様が留守なのに結界を解くというなら、他の四天王が全員揃うかもしれないな。警戒が薄れるわけではない。今さら脱走なんか企てないはずだ。
 大人しくしていればローザに危害を加えられることもないだろうが、本当に何事なのかと気になる。

「なんかね、耐久テストみたいなことするんだって。カイナッツォが一番頑丈だからさ、可哀相だよね」
「え、う、うん……」
 とりあえず、可哀想なのが俺じゃなくてよかった。あのユリが同情するとは、なんだかよく分からんが関わりたくないな。
 二人の会話には口を挟むなというゴルベーザ様の命令が今だけは有り難い。
「ユリ? 私……、何をすればいいのかしら」
「んー。まあ、カイナッツォが再起不能になりそうになったらレイズしてあげてほしいな。それだけ」
 ケアルではなくレイズなのか。ということは、瀕死になることを前提にしているんだな。本当に仲間意識があるのだろうか。
「私もひどい目に遭わせるのはイヤなんだけどー、ルゲイエに頼まれたから、仕方ないんだ!」
「楽しそうね、ユリ」
 目が異様に生き生きとしているのが怖い。
 それにしても、ルゲイエが絡んでいたのか。それならばいろいろと納得できる。当日はせめてバロンで無事を祈ってやろう。効果は望めんがな。

 可哀想だとは言いつつ期待と好奇心に満ちているユリを困ったように眺めて、ローザが尋ねる。
「だけど耐久テストって何をするの? 塔から落としてみるとか、ベヒーモス100連戦とか?」
 おい、それではテストじゃなくてただの処刑だぞ。そんなことをすらすら思いつかないでくれ。頼む。
「んーん、もっと簡単なの。水集めてる最中にこれでぶっ叩くだけ」
 物騒なローザの言葉を気にも留めずにユリはサンダーロッドを取り出した。
 カイナッツォは水を司る四天王だ。奴は雷に弱いんだったか。しかしロッドで殴るだけとは、思っていたより優しいな。
「これ使うと潜在魔力の無い人でもサンダー系が使えるんだって、ほら」
 軽く振ったロッドの先から小さな閃光が駆け抜けて行った。使えるとは言ってもユリの魔力ではたかが知れている。
 こんな程度の威力なら俺でも耐えられるだろう。

 しかし、微弱なりとも魔法が使えるロッドなら魔道士以外にも役立つ品になる。あの爺さん、まともな物も作ってるんだな。
 そういう実験ならカイナッツォも協力するかもしれな……いや、待て、悲鳴がどうとかレイズがどうとか言うのは何だったんだ。
 本当に危険がないならここまで手の込んだ準備をする必要はない。
「私だと100ボルトくらい?」
「……意外と低いのね」
 残念がるところじゃないぞ、ローザ。いいじゃないか100ボルト。それぐらいの電流でノックしたって四天王なら死にはしない。
「ちなみにバルバリシア様なら100万ボルトくらいらしいよ」
「実験の時は誰がロッドを使うの?」
「バルバリシア様」
「レイズで大丈夫なのかしら」
「さあ〜」
 さあじゃないだろ。さあじゃないだろ! 当事者じゃないのに俺は泣きそうだ。どうして二人とも平然としてるんだよ。

 駄目だ、明日の自分の命を思うと黙っておれん。
「なあユリ、一つだけ聞いてもいいか」
「んっ? カイン、どうしたの?」
「その……当日は、ルビカンテもいるのか」
「うん。一応ルゲイエの上司だから立ち合ってくれるよ」
「そうか」
 よかった。それならあまり悲惨なことにはならんだろう。少なくとも死ぬことはないはずだ。多分。いや……どうだろう。
 非道な実験ではなくバルバリシアとカイナッツォの戦いだと判断したら何が起きても止めない気もする。あいつは戦いのこととなると箍が外れるらしい。
 しかしカイナッツォはバロン支配の要だ。死ぬ目には遭わせても実際に殺すのをゴルベーザ様が許すとは思えな……ゴルベーザ様は当日いないんだった。
 実行するのはバルバリシア。せめてユリなら、まだよかった。際限のない好奇心で常に無茶をする娘ではあるが、彼女なら最後の最後には手加減をしてくれるはずだ。
 それにもし仮にユリが喜々としてロッドを振っても、それは戦闘にはならない。ならば適当なところでルビカンテが止めに入るだろう。
「……実行はユリの方がいいと俺は思う」

 俺の提案にユリはきょとんとして首を傾げ、ローザはなぜだか眦を吊り上げた。
「カイン、あなたユリに手を汚させる気なの?」
 いや目的は殺害じゃなく実験だろう、手は汚れない。というか手を汚す羽目になる前に止めろって言ってるんだが。
「やるのがバルバリシアでは洒落にならんぞ」
「そーだね、私もそう思うけど……」
 だったら止めてやれよ。カイナッツォと仲が良いんだろう、ユリ。
「でもさ、どっちにしてもバルバリシア様は、喜んで参戦してくるよ」
 何だその妙な信頼は。……だが、そうだな。嬉々としてユリの手からロッドを引ったくる姿が目に浮かぶようだ。
 ……すまん、カイナッツォ。俺には祈ることしかできないようだ。ゴルベーザ様も恐らくは同じで、だから当日は逃げるようにバロンに行くのだろう。
 ローザがいるから、死にはしない……といいな……。


🔖


 43/75 

back|menu|index