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🔖微睡夢想



 バッと体を起こしてみたところで自分がたった今まで寝てたことに気づいた。
 うへえって引いちゃいそうなくらい立派なベッドの天蓋が目に入る。あまりの格調高さに眼球が痛んで俯いたら、視界にちらっと青い影が映った。
「あれ……、カイナッツォじゃん。なんでいるの?」
「なんでじゃねえだろ。寝ぼけてんのかお前」
 えーっと。っていうかここ私の部屋じゃない……。
 ああそっか、ここはゾットの塔じゃなくバロン城だ。遊びに来てそのまま寝ちゃったんだね。用事もないのにカイナッツォが帰って来てるなんて変だと思った。
 バロンにいる時はバロン王の姿でいてくれたら分かりやすいのになぁ。でも起きていきなり知らないおじさんがいたら、それはそれでびっくりしちゃうか。

 夢を見たような見てないような。まだ少し頭がぼんやりしてる。
「んー……喉かわいたー」
 なんとなく催促しつつ呟いて窓を見る。月は、この角度からでは見えないほど高いところにあるみたいだ。ってことは真夜中かぁ。……眠い。
「もう帰るか?」
 俺が送るのかー、めんどくせーって気持ちが透けて見えてるよカイナッツォ。私もこんな時間に帰るのめんどくせー、だ。
 目が覚めなきゃよかった。半端な時間に起きちゃったら、頭がぼーっとしたまま眠れなくなる。
「もうこのまま泊まる。寝る」
「待てコラ、ここで寝る気か」
 王様のベッドで寝ちゃおっと! なんてね。
 こんなのは得難い体験だからラッキーかもしれない。ド派手なベッドは好みじゃないけど、一晩借りるだけならあんまり気になんないや。

 ふかふかの枕を抱き締めてもっかいゴロンと寝転がる。塔に帰る気ゼロの私を鬱陶しそうに見つめて、カイナッツォはこれ見よがしにため息を吐いた。
「お前なぁ、ここがどこだか分かってんのかよ? 一般人が入れるだけでもあり得ねえんだぞ」
「なんだよ自分だって偽物の王様くせにー」
「今は俺の部屋だからいいんだよ」
 じゃあ私が泊まったっていいじゃん。バロン王の部屋だって言われると躊躇するけど、カイナッツォの部屋なら格式もなんにもないんだし!
「失礼な奴だなてめえは」
「勝手に人の心読むカメの方が失礼ですぅ」
 プライバシーの侵害だ! ……待ってみる。もう少し待ってみる。ゆうに30秒、体感だと1分くらい待っても返事はない。
 そっぽを向いたカイナッツォは、いつもみたいに「カメじゃねえ!」と言ってくれなかった。
 なんだか張り合いがないなぁ。最近ちょっと疲れてるみたいだ。私の相手するどころか追い払うのでさえめんどくせー、って感じ。ツッコミにもキレがない。

 魔物が人間の王様に成り代わってて、忙しいのも気苦労が多いのも当然だと思う。周りにいる全員を騙してなきゃいけないんだもん。
 でも、カイナッツォはそういうことでへこたれるタイプじゃない。疲れを感じる前にテキトーにサボっちゃえる奴だ。
「……私がベッド占領してたから怒ってるとか?」
「いや、別に」
 うん。ならいいんだけど。ってそれで終わり?
「会話にならないじゃん。スカルミリョーネじゃあるまいし」
 って名前を聞いた途端にカイナッツォは思いきり「ケッ!」って顔になった。似てるって言われることすらムカつくとか何なの……。
 どうしてそんなに仲悪いかな。スカルミリョーネは言わずもがな、バルバリシア様ともルビカンテとも仲良くないし、協調性なさすぎだよカイナッツォ。
 でもまあ付き合いの悪さならスカルミリョーネはもっと上だし、バルバリシア様も協調性皆無で、ルビカンテもマイペース極めてるから四天王はみんな同じだね。
 ゴルベーザがいなかったらホントにバラバラだったと思う。仲間同士だって意識もきっと芽生える余地がない。

 今は同じ人のもとで一緒に戦う仲間なんだから、もっとお互いに歩み寄ればいいのに。
 たとえばルビカンテとバルバリシア様は普通に会話してるし、スカルミリョーネだってルビカンテのことは極端に嫌ってるわけじゃない。
 つまり歩み寄りがあったら頑張れば協力できるっていう……いや違うね、これは単にルビカンテの人当たりがいいってだけかぁ。
「カイナッツォはさ、……」
 居心地悪くてとりあえず口を開いたけど、後が続かなくて焦った。話題がない。
「カイナッツォは、他の三人の中で誰が一番好き?」
「はあ?」
 なんだこの質問。我ながら唐突だし意味分かんない。
「えっと、やっぱりカイナッツォもルビカンテとは仲良しなのかなぁ、とか思って。スカルミリョーネやバルバリシア様とよりは普通にしゃべってるよね?」
「仲なんぞ誰とも良かねえよ、気色悪ぃな。好きな奴がいなけりゃ一番も何もねえだろ」
「え〜〜」
 じゃあ誰が一番嫌いなの、ってのはあんまり聞きたくないなぁ。カイナッツォだけじゃなく、他の皆もそこだけは懇切丁寧に答えてくれそうなんだもん。

「なんで仲良くしないの?」
「なんで仲良くする必要があるんだ?」
 それはだって仲間だからだよ。塔の下層のモンスターでさえ、気の合う同士や同じ種族の仲間と一緒に行動してるんだよ。
 四天王、なんてせっかく称号がついてるくらいなら、もっとお互いに認め合って結束を高めてもいいと思うんだ。
「くだらねえ。俺たちは仲間なんかじゃねえよ」
「でも同じゴルベーザ配下じゃん」
「だから何だ? 俺はただゴルベーザ様に従ってるだけだ。奴らもそうだろ。同じことをしてるからって俺たちに繋がりなんかねえよ。馴れ合っても鬱陶しいだけだぜ」
 馴れ合いとは違う……と思うんだけど、うまく説明できないや。
 そりゃあ魔物だから個人主義なところはあるけど、皆ゴルベーザの配下になってるからには“同志”って言葉を理解できてるはずなんだ。
 四人の誰かが傷ついたらちょっとでも心配するでしょ? 危ない目に遭ってたら助けるでしょ?
 それは人間的な感情なのかな。ただ私が、皆にそうあってほしいって思ってるだけ? ……人間みたいな気持ちを理解してほしい、って。

「…………私、寝る」
 なんか唐突に悲しくなっちゃった。
 そういう性格がカイナッツォだけのことなら「行き過ぎた個人主義なのかなぁ」で終わるけど、たぶん、わりと人間的に紳士なルビカンテですら同じ考えなんだろうなって実は分かってしまってる。
 私はゴルベーザや四天王や塔に住んでる皆のことが大好きだ。皆のことが大切だ。
 でも私にとって大切な存在は、他の誰かにはそうでもないってこと。カイナッツォにとって他の皆はどうでもいいような存在なんだ。他の皆がカイナッツォのことをどうでもいいみたいに。
 ……ゴルベーザもそう思ってたら、どうしよう。

「おいユリ、口開けろ」
「ん……ぐへっ!?」
 素直に開きかけたところに、見えない風船に入ってるみたいな丸い透明の水塊が、ものすごい勢いで口にというか顔にぶちあたった。
 顔どころか私の上半身の大部分がビショビショに濡れた。これベッドも濡れたから乾かなかったら明日の朝メイドさんにお漏らししたと思われちゃうよ?
「これはどういう嫌がらせでしょうか?」
「さっき喉渇いたって言ってたろーが」
 うわー、すごく優しくない親切だね、ありがとう! ちなみに表面が濡れただけで喉はちっとも潤ってないよ!
 濡れた服が張りついて冷たい。着替えもないし、やっぱり塔に帰ろうかな。今の水鉄砲で完全に目が覚めちゃったし、なんか、居心地が悪くなっちゃった。

 一泊から日帰りに私の気持ちが傾いてるのを察して、カイナッツォはこっちを見つめた。
「お前は自覚が足りねえんだよ」
「えっ?」
 なんだっけ、それ前にも聞いた気がする。あれはルビカンテだったかな。ゴルベーザ様の配下としての自覚が足りないって言われたんだ。
 たぶんカイナッツォが言ったのとは意味が違うだろうけど、言葉の重さは同じだった。
 ルビカンテが言うことは分かる。戦えないなら、その気がないならせめて違うところで役に立たなきゃいけないんだ。
 たとえば料理に挑戦してみたり。だけど食べるのは私とゴルベーザだけだからあまり意味がない。
 たとえばモンスターの団結力を高めようと頑張ったり。まあ私の言うこと聞いてくれるようなのはレディさんたちみたいにもともと団結してる人だけで、カイナッツォみたいな強い相手には無視される。
 ……やるだけのことはやってるつもりなのに、結局まだ何もできてない。確かに私は自覚が足りてないと思う。
「馬鹿か、違うだろ。誰もお前に期待なんかしてねえ。ただ余計なことするなって言ってんだ」
「だって、それじゃ私のいる意味ないじゃん」
「意味なんか無くたっていいだろ。ゴルベーザ様が居ろと言うなら居りゃいいんだよ」
 そうだね。意味がなくてもカイナッツォには関係ない。だって、私のことなんかどうでもいいから。
「あー、そうだな」
 でも、素直に言ってくれないだけで結局は「要らないと捨てられないのは要るってことだ」って教えてくれてる。
「……」
 そして心が読めるのに黙っちゃうのは肯定の証だ。

 こんな風に気分が落ち込むのは、真夜中に目が覚めちゃったせいだよ。さっさと二度寝して、楽しい夢を見なくちゃいけない。
「俺は俺だ。他の奴らとは違う。誰にだって、助け合いたいとも歩み寄りたいとも思わねえ」
「……うん」
「お前もあんまり考えんな。魔物と人間の価値観を擦り合わせようなんざ、無駄なことだぜ」
 だけどそれってやっぱり気遣いだと思うんだよ。めんどくさいからでも何でも、私が傷つくような考え事をやめさせようとしてくれるのは。
 ゴルベーザの言葉に従って私を受け入れてくれるのだってさ、……ゴルベーザへの想いがあるからでしょ。
 絶対、人間と魔物は同じじゃないんだけど、それは分かってるけど、歩み寄ることを諦めきれないくらいには近くにいるんだもん。
「やっぱり今日はここで寝る」
「へいへい、勝手にしろ。朝には塔に帰すからな」
「カイナッツォも一緒にベッドで寝たら?」
「てめえ俺を殺す気か」
「えへへ」
「えへへ、じゃねーよ!」
 せっかく出会って、同じ世界で息してるんだから、ましてや仲間なんだから、一緒になりたいって思うのは当たり前のことだよね。
 私はゴルベーザや四天王や塔に住んでる皆が大好きだ。だから皆と仲良くなりたい。そして皆にも、皆と仲良くなってお互いを好きになってほしい。
 きっとそれは、ゴルベーザの……甲冑の中にある“人間”の、あの人の役に立つと思うから。


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