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🔖自由欺瞞
未来について思いを馳せるのは無意味なことだ。いかにささやかな願いであれど、それが叶うかどうかは結局その時が訪れるまで分かりはしない。
そしてまた、どれほど多くの願いが叶おうとも後悔のない人生などない。手の中にある幸せよりもなくしたもの、得られなかったもののことばかり想うのが人間の性。
未来を夢想するのは虚しく、過去を振り返れば苦い感傷に浸るばかりだ。迷うことなく直向きに今を生きることはできないのだろうか?
「外の人とは、あんまり関わりたくないな……」
ダムシアンが壊滅した翌朝、それを知らぬユリが天井を見上げながら呟いた。その意味をぼんやりと考える。
ユリは他人の死を拒絶する。誰しも生きているに越したことはないと主張する。
たとえば既に死したバロンの国王だ。殺さなくとも塔に捕らえるだけで目的は果たせるのではないかと提案され、却下したのは私だった。
おそらくダムシアンの襲撃についても、事前に知っていれば止めるよう進言してきただろう。
爆撃を行わず秘密裏にクリスタルだけを奪うことは……難しいが、不可能ではなかった。しかし私は単純にして易い方法を選んだ。
ユリが外の者と関わりたくないと呟いたのは、私がそれらを滅ぼそうとしていることを分かっているからだ。死に逝く定めの者たちと関わり、後悔を残したくないからだ。
しかし彼らを死なせることに難色を示すわりには、もっと強固に私を止め世界を救おうと動く気配もない。
彼女はいつも最後には、私の残虐さを許容するのだ。
臆病ゆえに刃向かうのが恐ろしいだけなら不安など感じなかった。私には彼女の言葉を額面通り受け取ることができない。
きっと裏がある。すべてが何かを示唆しているように思えてならない。関わりたくないと呟いた、その悲しげな顔が頭から離れない。
いずれ私に滅ぼされる者たちと、出会わないために関わりを避ける。それはつまるところ、関わってしまえば彼らを愛してしまうということだ。
同時に、彼らに同情せぬために避けるならば、ユリは他人を救うよりも私の元に留まることを選んでいるということだ。
だが、この腕が奪った命の数を知っても同じ言葉を聞けるのか? ダムシアンで為したことを話しても、それでも変わらず私のそばにいてくれるのか?
幻影を問い詰めたところで不安に果てなどありはしない。ユリが何を答えようとも私はすべてが恐ろしいのだ。
「窓がほしいなぁ」
ユリの声が移ろっていた思考を現実へと引き戻した。だがきっと数時間後には、また彼女の言葉の意味を考えているだろう。
「窓?」
「うん。私の部屋にね。やっぱりあそこ、ちょっと息苦しいんだ」
「換気に問題はないはずだが」
私が答えると彼女は「そういう意味じゃない〜」とソファーの上をもどかしげに転がった。落ちて怪我などせぬかと不安になる。
窓か。そこから見える物で満足するのか? 切り取られた小さな自由があれば……。
「窓があればお前が外に出て行く回数も減るのか」
「いや、それはない。別問題です」
「……」
では窓を作ってやる気はない。そもそもユリの部屋は塔の内側にある。新たに窓を作るのは無理だ。……外の映像を投影するモニターならば設置できるかもしれないが。
外に出て何をするわけでもない。人間とも会わない。ただ歩き回るだけの無意味な時間を過ごすだけ、にもかかわらずユリは度々ゾットの塔を出たがる。
四天王や下層の魔物を付き添いに連れて、監視と守護を得ながらの中途半端な自由を満喫したあと、ユリは再び窓のないあの部屋に戻るのだった。
居た堪れない気持ちになり、思わずユリの手をとる。手甲越しでは彼女の体温も感触も分からない。ただ、私のものと比べて小さく柔らかな手のひらはとても頼りなかった。
そこにあることを実感するのも難しいほどに。
「どうしたの?」
あまり真っ直ぐ見つめないでくれ。お前の光は強すぎる。眩しくて何も見えなくなるんだ。
どうすれば手に入る? なんでも望みを叶えてやればいいのか? だが私はユリが本当の自由を求めるのを恐れ、未だ何もできずにいる。
何も言わずにいると、彼女は困ったように笑う。
「えっとね、大丈夫だよ、私どこにも行かない。今はゴルベーザが私の居場所だから」
お前はいつも知っているのだな。私が求める物が何なのか、知っていながらすべてを与えてはくれない。
……私も、休息がほしい。不安も苛立ちもない、穏やかな時間がほしい。そう、過去と未来の暗闇を数えるばかりではない、ただ安らかでいられる“日常”がほしいんだ。
「ユリ、今日はここに泊まっていけ」
「え、いいけど。ゴルベーザはどうするの?」
「バロンより持ち帰った仕事があるので遅くなるが……、明かりがあっては眠れないか?」
「ううん、そんな神経質じゃないよ」
この世界にユリの時間は流れていない。ユリの過去も未来もここには存在しない。いつかは不安も憎悪も残さず消え失せる存在だ。ならばせめて今だけは、お前の日常を分けてくれ。
彼女がそばにいてくれる限り、私は普通の人間のふりができるのだ。
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