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🔖食欲悪夢



 最悪の目覚めだった。内容はよく覚えてないけど、なんだかすごくイヤな夢をみたんだ。怖い夢じゃなくてイヤな夢。
 たとえば、ぬるぬるうねうねしたものにどろどろにされてゆっくり溶かされながら死ぬようなそんな夢。
 悪夢からやっと逃げ出して目を覚ましたら、夢と同じくらい酷い光景が目の前に広がってた。
 最悪で最低な気分を通り越したら、それって何て呼ぶんだろう?
「…………モルボル」
 べつに呼んだわけじゃないんだけど、現状確認のためにそいつの名前を口に出してみたら返事をするみたいにツルがしなって床を叩いた。
 君はどうして私の部屋にいるのかな? うん、なんかあれ、思い出したくない感じ。脳味噌が働くのを拒んでる。理性が記憶を押し込めようと頑張ってる。
 だけどたぶん私の中で一番強くて厄介者の好奇心ってヤツが、頼んでもないのに張り切っちゃって、この状況を分析しようとしてるんだ。
 もわっと頭に浮かんでくるのは、ついさっきの記憶。寝る前にキッチンでゴルベーザと交わした会話のこと。そしてさっき見た夢のこと。

 ーー……。
 それはペットですか?
 いや、晩飯だ。

 ひょっこりと台所を覗いたのはただの偶然だった。私が顔を出したまさにその瞬間、モルボルを真っ二つにすべく振り下ろされようとしていた刃が間一髪で止まった。
 何となく「助かった!」って顔で見られた気がする。でも実際のところアレが何考えてるのかは私にもよく分からない。
 無駄にカッコイイ構えで包丁を握ったままゴルベーザが振り返る。その、少しでも気を抜いたら死ぬかもしれないって雰囲気。
 あのね、そんなに無理しなくていいんだからね。ただの料理だよ?
「……甲冑つけたまま料理することにしたの?」
「ああ。ユリにいつ覗かれるかも分からぬのでな」
 おつうみたいだね、ゴルベーザ。この襖を決して開けないでください、開けたらモルボルが逃げるから。ってそうじゃなくて……。

 ゴルベーザはとにかく私に素顔を見せてくれない。セシルのお兄さんだし、そんな見せられないような顔じゃないと思うんだけど、隠す理由も教えてくれない。
 まあそれはいいとして、鎧の中身を見られたくないから鎧を着たまま料理するっていうんじゃなくて、私に料理させてくれればいいのにって思う。
 そうしたらモンスターじゃなく普通の、私が調理できるような食材を使った、人間らしい食事にありつけるのに。
 それとも実は料理が好きなのかな。それがストレス発散なのかな。だとしたら邪魔するのも気が引ける。なんだかんだで自分でやりたがるよね、ゴルベーザって。
 まあいいや、とりあえず一つだけは言わせてほしい。
「私の世界ではモルボルって食べ物じゃないんだよねー」
「安心しろ。食せることは確認済みだ」
 食べられるかどうかじゃなくて食べたいかどうかの問題だってことをもっとよく理解すべきだよ。

 まるで好き嫌いの激しい小さな子供でも相手するみたいに、ゴルベーザ(甲冑)はなんとなく肩を竦めた。
「お前とて、この間は平気で食べただろう。味も気に入っていたではないか」
「ほぁい?」
 この間って? 私この間モルボル食べたの?
 えっともしかしてまさか、あの海鮮サラダ(仮)みたいな、タコ足のような、吸盤のない、しゃきしゃきの、わりと美味しかった、アレ?
 私モルボル食べた……の?
「……ユリ!?」
 ああゴルベーザも私がぶっ倒れたら心配くらいはしてくれるんだねって、その甲冑の中に響いた余裕のない声音が嬉しかったよ。
 でもそのまま私の意識は途切れて……ーー。

 そして、夢を見たんだ。ちょっと懐かしささえ覚え始めてる向こうの世界に帰った夢。
 久しぶりに食べたお母さん手作りの酸っぱいドレッシングがけサラダ……の姿をしたモルボルに、食べられる、夢を見た。悪夢です。
「モルボルは食べ物じゃないよね」
 たぶんあの恐ろしい台所から逃げ出してきたんだと思う、モルボルが微かに頷いたような気がした。
 部屋で寝てたってことはゴルベーザが運んでくれたのかな。そしてこのモルボルも無事でいるってことは、とりあえず今晩のおかずになる運命は避けられたみたいだ。
 それにしたって自分がモルボル食べた事実にショックを受けて気を失ってモルボルサラダに食べられる悪夢で目覚めたらまたモルボル。
 もういいよ、モルボル尽くしはうんざりだよ。

 部屋に陣取ったまま出ていく気配のないモルボルにげんなりしてたら、ベッドのそばにもひとつおっきな人影が現れる。ゴルベーザだ。
「ユリ、目が覚めたか」
「ずっと眠っていたかったよ」
 ゴルベーザが現れた途端に、命の危機を感じたのかモルボルの触手がざわざわと忙しなく動き出した。
「怯えられてるんじゃない?」
「いや、威嚇しているようだ」
 そんな平然と言われても困る。つまり警戒されてるってことじゃん。強敵としてじゃなく捕食者として。
 ゴルベーザは食物連鎖でモルボルの上に立って嬉しいの……?
「もしや、これは嫌いだったのか?」
「好き嫌い以前の問題だと思う。少なくとも私が『モルボル食べたーい』と思うことは一生涯ないよ!」
「そうか。ユリが食わぬならば仕方ないな」
 そう言ってゴルベーザは腰の後ろ辺りから短剣……違った、包丁を取り出した。
 さっと握り直したかなと思った次の瞬間には一閃がきらめいて、ゴルベーザの空いてた右手に一本のうねうねが握られ、って早ッ!
 なんにも見えなかったんだけど、今の一瞬でモルボルの触手を切り落としたの?

 じたばたと暴れる触手の動きがいっそう激しくなって、鈍い私にも感じられるほどの何かがビリビリと空気を震わせた。たぶん殺気ってやつ。
「お、怒ってるよこれ、怒ってるよね!?」
「問題ない。すぐにまた生える」
「この外道! っていうかもしかしてこの間のサラダもこいつの……?」
「勿論。何度でも生えてくるのだから食材として優秀だ」
 ここにきて初めて、あっちの世界に帰りたいって思ったかもしれない。
「それ、私は食べないからね。ごはんに出さないでよ」
「分かった。だが好き嫌いはあまり感心できな、」
「だからそれ以前の問題だってば!」
 ちょっとずつ食べるくらいならいっそ殺してあげた方がと口に出しかけて、触手をざわざわさせ続けてる魔物を見上げてみた。
 仮に……本当に殺しちゃったら。このでかい図体のモルボルをいったい誰が食べ切れるというのでしょうか。
「まあ、ちょんぎられても食べられても、まだ生きてるだけでラッキーだよ、うん」
 だから死なないでモルボル。生き続けて。私はあなたを食べたくないです。
 何となく目の前の物体が「現実から逃げやがったな」って言ったっぽいけどきっと気のせいだから大丈夫。


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