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🔖無視騒動



 ここ数日、ユリはなにやら思い悩んでいるようだった。四天王らが話しかけても上の空で、独り言を呟いては無念そうに首を振り、ため息をつくことを繰り返している。
 スカルミリョーネが声をかければ薄ら笑いを浮かべながら遠ざかり、ルビカンテなどは顔を合わせた瞬間逃げられるらしい。
 バルバリシアとはいくらか会話が成り立つと聞いているが、それでも以前よりは接触を避けているようだという。
 もとより接触の多かったバルバリシアはユリの異変を不安がり、スカルミリョーネに至っては謀反の兆しではないかと進言してきた。
 すでに捨て置けない事態になっている。そもそも私自身、ユリが不審な態度をとり始めてからその姿さえ目にしていないのだ。
 故意に視界に入ることを避けているとしか思えない。ユリはなぜ突如豹変したのか? 今になって逃げようとしている、とは……考えたくない。

 四天王の誰かに思うところがあるが言い出せずにいるのではないか、というのはバルバリシアの推測だが、これは考えにくい。
 ユリならば不満があれば直接本人に抗議するだろう。それを理由に他の者まで避けはすまい。
 スカルミリョーネの言う謀反の可能性も疑わしくはある。
 異世界の者といえど確かにユリも人間、我々と反目し、この世界のために動こうと決意してもおかしくはないが……唐突すぎる。
 仮に私の目的そのものに異議があるなら、やはりまずは真っ向から非難してくるはずだ。
 謀反とまではいかずとも、何かをきっかけに自らの立場に疑念を抱いたのではないか、たとえばバロン王の死などに。ルビカンテの意見だ。私はこれが最も真実に近いのではないかと思う。

 バロン王の生死については、ことを起こす前からユリも随分と気にかけていた。殺さずとも監禁しておけばいいのではないかと言われ、無視したのは私だ。
 そしてカイナッツォから王を始末したという正式な報告が入ってからは、ユリはどこから察したのかそのことについて何も言わなくなった。
 自然とカイナッツォに会いに行く際にも人目を避けるようになり、バロンの人間との関わりを拒絶し、王のことなど口にしなくなった。
 もしもユリの心に罪悪感が降り積もり、今この時にも我々の間に亀裂を作っているとしたら、どうすべきなのか。
 当人であるユリを避け四天王と話し合ったところで問題の解決には至らないと分かっている。分かっては、いるのだが。
 彼女を問い質す言葉を考えあぐね、こうして一人頭をひねるばかりだ。ユリに関わることとなると、どうにも過敏になりすぎる。しかしいつまでも放っておくわけにもいかない。

 今夜の月は妙に妖しく輝いている。心清き者が見れば美しい月明かりでも、闇に生きる者にとっては不安を煽るだけの妖光だ。
 表向きの政務が終わるや偽のバロン王は人払いをし、ひそかにユリを自室に招いている。とはいってもカイナッツォが呼んだのではなく、ユリがバルバリシアを通じて私に訪問を打診してきたのだった。
 自分以外の者(それもよりによってカイナッツォ)に会うための言伝を頼まれ、相手がユリであるがゆえ断ることもできず、バルバリシアは相当に機嫌が悪かった。
 無理からぬことだ。無意味に仲介を挟まれた私も表には出さぬが気を悪くしている。……バロンに行きたいと、私に直接頼みに来ればいいではないか。
 カイナッツォはユリの豹変以降もほぼ今まで通りの関係を保っている。避けられているのではという疑問も、指摘されて初めて「そういえば」と思い返したほどだ。
 無関心を装うスカルミリョーネはともかく、明らかな変化を感じているルビカンテもまた、バルバリシアと同じようにそんなカイナッツォを快く思ってはいない。
 多かれ少なかれ、なぜお前だけ、という怒りを抱えているのだ。

 ともかく、結局ユリの影すら掴めなかった私は、カイナッツォを通して彼女に私のもとへ来るよう命を下した。
 気が済むまで遊んだら、バロン城の一画に設けられた赤い翼隊長の執務室にやってくるはずだ。逃げるようなら無理矢理にでも連れてこいと念を押してある。
 遅くともあの月が沈む頃には、すべてが明らかになるのだ。私も覚悟を決めておかねばならない。
 ……覚悟だと? ユリに会うだけで一体、何の覚悟が必要だというのか。正体の分からない疑念のせいで馬鹿なことばかり考える。
 もしも……ユリの心が、どこか遠くにあるならば、どうすればいいのだろう。私はそれを引き戻すことができるのか?
 あるいは絆で縛ってしまえばいいのか。しかしそれは、私との間に結ばれたものではないのだ。
 この身一つで得られるものなど、本当は何もない。

 日が昇りかけた頃、ようやくユリが現れた。カイナッツォは付き添っていない。一応は自分の意思でここへきたようだ。
 それでも私と目を合わせようとはせず、一刻も早く逃げ出したいと全身で訴えている。
 この世界に呼び出した時から、ユリが私にこんな態度をとったことなどなかった。一体、何が変わってしまったというんだ。
「私の呼び出しには応じなくとも、カイナッツォには自ら会いに来るのだな」
 ……違う、これではまるで嫉妬だ。今は他に問い質すべきことがあるだろう。
「あー、……私に何か言うべきことがあるのではないかな?」
 なぜそこで弱気になるのだ、私は! 豹変の真相を解き明かすと決意してこの時を迎えたのではなかったのか?
「ここしばらくの間、私……たちを避けていた理由を、話してほしい」

 私の言葉にユリは激しい動揺を見せた。やはり、そうなのか? その内にある人間としての光が導くままに、私から離れてゆこうとしているのか。
「な、な、な、なんのこと?」
 上擦った声が白々しく響き、いっそ悲しい。もう真実を打ち明けることすら厭うのか。二度は許せても三度までも吃るのは許し難い。
 なぜ、いつから、そこまで離れてしまったのだ。
「尋問が望みか。言葉で尋ねる気がある内に、申し開きをしてみろ」
 泳ぎまわっていた視線が止まり、久しぶりにまっすぐ目を合わせた。ユリの表情は悲壮感さえ漂っており、思わず私も身構える。
「……私、気づいちゃったんだ。今までべつに意識してなかったのに、一度そっちに目を向けたら、もう気になってしょうがなくて」
「ほう?」
「ゴルベーザに、聞いてみようって何度も思ったよ。でも……ホントのこと知るのが怖くて、どうしても聞けなかったんだ」

 絞り出すようなユリの声はあまりにも細い。震える肩、怯えを孕んだ眼差し。間違っていたのは私だったのだと、退きそうになる心を叱咤する。
 鎧を着込んでいてよかった。素顔を覆い隠していなければ、もうユリは今の私に威圧感など覚えていなかったはずだ。
「聞いて、いいのかな? ホントに……。もしかしたら私、絶対知りたくなかったこと、知ろうとしてるのかも」
「一体なんだというんだ」
「ゴルベーザって……………………その鎧の中、どうなってるの?」

 ユリが発する真実の言葉を恐れていた私の本心に、鎧の下に隠した弱さに気づかれたのだと、そう思った。何も考えられなくなりそうになる。
 だが、そんな不安は続く彼女の不可解な言葉に打ち砕かれた。
「まさかと思うけど裸じゃないよね?」
「……な、なんだって?」
 あまりのことに耳を疑う。ユリは私の動揺など気にも留めず、真剣そのものの表情で繰り返した。
「その下って、裸じゃないよね!?」
「……」
「なんで黙っちゃうの! ま、まさかだよね、違うでしょ、ちゃんと服着てるって言ってよぉ!」
 頼むからそんな馬鹿馬鹿しいことで目に涙を溜めないでくれ。
「一応聞くが、なぜそんなことを?」
 先程とは違う意味で、鎧の存在に安堵する。額に青筋が浮かぶのを必死で堪えているなどと知られれば、ユリは更なる迷走を始めただろうから。

「だって四天王って皆ありえない格好してるでしょ。マイクロビキニのバルバリシア様、素肌にローブのスカルミリョーネ。ローブっていうか布だよ。裸に布っきれひっかけただけだよ! でもそれより問題はルビカンテだよ。マントって……裸にマントって! 変態じゃん! しかもスカルミリョーネ以外の二人はあれ装備品じゃなくて魔力の塊なんでしょ? 体の一部みたいなものじゃん。つまり全裸? なんでそんな露出度が高いの? ゴルベーザの趣味なの? その鎧の下にも新世界が隠されてるの? ゴルベーザと愉快な仲間たちは露出狂の集まりなの!?」
 もしそうなら私は全力で逃げるよ、とユリは締めくくった。一気にまくし立てたために息切れを起こしている。その様を見て私は泣きたくなった。

「……カイナッツォに対していつも通りだったのは、なぜだ?」
「カメだから裸でも気にならなかった」
「そうか」
 私はどうすればいいのだろう? 助けを求めるように見上げた窓の外、空にはすでに太陽が顔を出しつつある。
 心の底からユリを案じていたルビカンテに、なんと説明すればいいのか。
「ね、ねぇ。結局ゴルベーザはどうなの?」
「…………」
「お願いだから返事してよぉ!」
「なんならその目で確かめてみるか?」
「うぇっ?」
 数秒間ストップのかかったユリは、すぐに正気に戻り全力で首を振った。
「やめとく。こわい! だいじょうぶ、私はゴルベーザのこと信じてるから!!」

 大丈夫、信じているから。
 聞くべき時に聞かせてくれればどんな絶望にも打ち勝てるだろう強い言葉だ。にもかかわらず虚脱感に襲われたのはなぜだろうか。
「……ローブやマントならともかく、素肌に甲冑を着る馬鹿がどこにいる。ちゃんと服を着ているに決まっているではないか」
「そ、そーだよね。よかった……。じゃ、ルビカンテのアレはなんなの? 魔物でも人間型なんだし、羞恥心はないの?」
「そんなことは本人に聞いてくれ」
「聞けないよ! ショック受けたら悪いし……上司なんだからゴルベーザが聞いてよ!」
 自分の不安が解消されたユリは、最初の怯えはどこへやら、いつも通りの元気を取り戻した。

 ともかく一応の問題は解決したのだ。ルビカンテには私からそれとなく示唆しておけばいいだろう。
 とはいえ、あやつほどの実力者ならば下手に防具など身につけても本人の能力を妨げるだけだ。おそらく、ルビカンテが人間らしい衣類を着込むことはない。
「いっそのこと、ゴルベーザが防具をプレゼントしちゃえばいいんじゃないかなぁ」
「ああ、そうだな……考慮してみよう」
「赤いフンドシとか。似合いそう。ある意味、男らしさアップだし」
「……そ、そうだな」
 それは果たして防具と言えるのだろうか。そもそもマントにふんどし一丁という姿でユリの不満は解消されまい。まあ、言うだけは言ってみるが。

 人生において無駄になる時間など存在しないのだとすれば、ここ数日の鬱々とした時間にも、何かしらの意味があるのか。
 くだらぬことで悩み、それでもくだらぬことで済んでよかったと安堵している。
 いつか過去を思い返した時、私にもこのような“意味のない日常”があったのだと、幸せに思える日があるのかもしれない。


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