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🔖愛玩衝動



 人の多い場所は嫌いだ。用もないのに動き回るのも嫌いだ。無駄口を叩くのも嫌いだ。つまり、何から何まで気が合わない。合いたいとも思わないが。
 ……ユリと出かけるのは大きな苦痛だった。なぜ奴は私の嫌がるところにばかり行きたがるのか。そしてなぜ私ばかりに付き添いをねだるのか。
 わざとなのか? 嫌がっているのを知っていて、わざと私を煩わせるのか?
「ねえねえ」
「……何だ」
「あれブタだよね? 着ぐるみじゃないよね」
 毒にあたらないよう私から少し離れた位置でユリが何かを指差した。その先には陽に当たりながら居眠りしている村人がいる。別段おかしな光景でもない。
「それがどうした」
「二足歩行のブタ……わりと気持ち悪い……」
 仮にも人間を相手にその言い草は人間としてどうなんだ。……いや、ミスリルの住民は魔物ではないというだけで、厳密に言えば人間ではなかったか。
 しかしカイナッツォや私にも、塔のいかなる魔物にも無反応でいたくせに、あれが許容範囲外だとは。気持ち悪さの基準がよく分からん奴だ。
「やっぱさ、ドット絵に夢見ちゃいけないよね」
 ブタを相手にどんな夢を見ていたと言うのだろう。

 町の住民を観察するばかりで一向に目的を果たそうとしないユリに焦れてきた。置き去りにして帰りたい欲求に駆られる。
 今日は、防具を買いに来たのではなかったのか。毒を受けて倒れないようアクセサリを購入するからと無理やり私を連れ出したんだ。
 しかし早く買えと私から言い出すのも催促しているようで腹立たしい。べつに私は、こいつが寄ってこない方が嬉しい。毒を防ぐアイテムなど買いたくはないのだ。
 金はユリが持っているから勝手に済ませるわけにもいかなかった。……町の外で待つべきだったな。
「ここの人って、スカルミリョーネを見ても特に何も言わないね。他の町でもそう?」
「……いや」
 この町が特別に呑気なだけだ。他へ行けば人に近いルビカンテであっても奇異の目で見られるだろう。まして私のように“いかにも”な魔物が町に現れれば……。
 魔物と人間の隔絶は深い。決して相容れない……はずなんだが……ユリを見ていると混乱してくる。

「うわっ」
「……?」
「…………!!」
 突如奇声をあげたユリが、そのまま時間を止めたように固まった。その視線の先に緑の生き物が歩いている。
 ブタだけではなくカエルも駄目なのだろうか。それがユリの弱点ならば何かに利用できるかもしれない、と考えたところで、その目がやけにキラキラと輝いているのに気づく。
 さっと私を振り返ると、ユリはカエルを指差した。
「あれ持って帰っていい!?」
「良いはずないだろうが!」
 大声に驚いたカエルが心配そうな視線を向けてくる。ユリに見えないようにさっさと去れと身振りで示した。
 頭が痛くなってきた。早く帰りたい。

 どうやら、カエルは気持ち悪くないらしい。むしろかなり気に入ったようだ。
「ねえ、スカルミリョーネはトード使える?」
「どうでもいいからとっとと用事を済ませて来い。置いて帰るぞ」
 途端に不安げな顔になったユリに少し胸がすくような気持ちになったが、そんな気分も一瞬で消えた。
「それってカエルと帰るをかけて、わ、ごめんごめん、つねらないでー!!」
 身をよじって逃げたユリが、ギルを握りしめて防具屋へと駆けて行く。これで奴の用が済めば、やっと塔に戻れる。
 溜息をつきかけてユリの行く先が違っていることに気づいた。……行き過ぎだ、そこは道具屋……いや、別に防具でなくとも毒を防げるアイテムが手に入るなら構わないのか?
 店の戸をくぐる際に私を見たユリの表情が気にかかる。何か企んでいるような笑みを浮かべていた。

 ものの数分で店から出てきたユリは、しまりのない笑みを堪えつつ口の端をひくつかせていた。すごく嫌な予感がする。
「……と、とりあえず、帰ろっか!」
「おい、何を買った」
「いいからいいから。さっ、デジョンして?」
「…………」
 不自然に片手を背後に隠して曖昧に笑っている。どう考えてもおかしい。
「……見せろ」
「う、……はい」
 渋々とユリが差し出した緑の塊。先程のカエルを模したと思われるぬいぐるみだった。おそらくは土産物だろう。よく分からない台詞の書かれたタグが付いている。
「貴様、何を買いに来たか忘れたのか? 返品して来い!」
「いやです!」
「い……それが誰の金だか分かっているのか!?」
「スカルミリョーネのじゃないもんゴルベーザのだもん」
「だから無駄遣いするなと言っているんだろうが!!」
「そんな怒ると血管切れるよ?」
 私に血管などない。だが確かに、存在していたら切れているだろうな。それが誰のせいだか分かっているのかお前は!

 毒を喰らえば死に瀕するというのにユリは私のそばに寄ってくる。そうして奴が弱ると私がバルバリシアに責められる。
 せめて毒さえ防げればと我慢して買い物に付き合ってやったというのに、とうのユリは目的を忘れてくだらぬ玩具を買ってくる。
 今日買わねば、また改めて機会を作って町に連れてこいとでも言うのか。私だってそういつもいつも暇なわけでは……なくもないが……ああ、暇だな。
 くそ、なぜ私がこんな目に合わなければならないんだ。
「すぐに返品して、当初の目的を果たせ」
「やだ」
「嫌ではない」
「だって……これはバルバリシア様にあげるんだもん」
 なんだそれは、脅しか。バルバリシアへの土産物だと? 邪魔をしたら私が殺されかねないではないか。
 しかしそれはゴルベーザ様がわざわざ捻出してくださった費用で……くっ、もういい、知ったことか。私は何も知らない、見ていない、聞いてもいない。
「毒防御アイテムは、もっかい一緒に来て買えばいいよね!」
「私はもう知らん!」
 毒を喰らいたくなければ始めから私になど近寄らなければいいだけのことだ。そばに寄るための装備を買わなかったのはユリなのだからな。


🔖


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