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🔖燈火熱情



 手の中で小さな赤い石の耳飾りが転がる。それは出先から戻ったユリが「お土産」と称して私に差し出してきたものだった。
 硬く軽い石の感触の奥には、燻るような炎の気配を微かに感じる。その穏やかな熱がユリの面影を浮かびあがらせた。
『火の石って呼ばれてるんだって。安いやつだから、あんまり透明度は高くないけど……』
 真実とか友愛って意味があるんだよ、と笑っていた。
 そういったものを私に贈ろうとするのは意外だ。私は今まで彼女とさして関わらずにいた。もちろん、友情などというものは我々の間に存在しない。
 しかし脆弱な人間の肉体で魔物の巣窟に住まい、ああ見えて何かと苦労しているユリにとって、私の無関心は決して己に危険をもたらさないという安心感となったらしい。

 土産、か。どこかへ出かける時に、自分の帰りを待つ誰かのことを考える、そういう感覚は人間特有のものだろう。
 受け取った時にはどう反応すべきかも分からず黙っていたのに、今になってこの石に触れると仄かな安らぎが心に灯るのを感じた。
「気に入らないわね」
 私の手を覗き込みながらバルバリシアが不満げに呟く。自分への土産がなかったことに拗ねているらしい。
 だが、普段ならばユリはバルバリシアにも土産を用意している。むしろ私は今回初めてもらったが彼女は毎度のように何かを受け取っているのだ。
 どちらかと言えば、気に入らないと感じる権利があるのは私ではないだろうか?
「この石は掘り出し物で偶然見つけたそうだ。私のために探したというわけではないのだろう? 臍を曲げるな」
「そんな問題じゃないのよ、分からない男ね」
 言い捨てるとバルバリシアの姿は掻き消えてしまった。確かに何が機嫌を損ねるのかよく分からない。あるいは、装飾品だったのが理由だろうか?
 これまで彼女がもらった土産は置物や食物が主だった。ユリの贈った品を私や他の誰かが身につける、それが気に入らないのかもしれない。
 次はバルバリシアにも似合う石を探して来てくれと頼んでおくべきか。そうするとまた、「どうしてそんなに出かけるのよ、塔に不満でもあるの?」などと怒るのだろうが。
 まったく厄介な相手に懐かれたものだ。ユリの苦労も続きそうだな。

 この石が人間によって柘榴石と名づけられているのは知っている。高価なものならば炎の上位魔法にも耐え得る魔力を有し、このように加工して身につければ便利な防具となる。
 石を部屋の明かりに透かしてみた。ほの暗い赤がゆらゆらと視界に揺れる。まるで本物の炎のように。
「真実と、友愛か……」
 特に儚さを感じるわけでもない、ただの元気な人間の娘だ。なのに、ユリの姿は終わりを予感させるのだ。あんなにも明るくて前向きな少女には不釣合いな暗い不安がつきまとう。
 スカルミリョーネは彼女の存在が大きくなることを恐れ、逆にバルバリシアは彼女にとって重要な存在となることを求めている。
 カイナッツォでさえ、彼女との関わりが深くなることを避けようとしている。そしてゴルベーザ様は、我らがユリを留めおく枷となるのを望んでいらっしゃる。
 ただの人間、それも異世界の存在。本来ならば巡り会うはずのないものがそこにある。その不安定さが焦燥を掻き立てるのだろうか?
 ユリ自身も常に探しているようだ。自分の存在を確かめ合えるだけの絆と、錯覚や幻ではなく現実としてここにあるのだと信じられる、実感を。
 彼女の心がゴルベーザ様のもとにあるという確かな証が欲しい。

 石を握れば温かさがじわりと広がってゆく。火の力。私にとっては何にも代えられない大切なものだ。
 感じたことのない愛しさがこみあげてくる。脈動もなく冷たいだけの石の温度が、私の体温よりも高いはずはないのだが……。
 たとえその熱が錯覚だとしても、掌中にある感触の記憶だけは確かなものだ。
 だから、この石に誓おう。
 どこにいても、何をしていても……友愛を君に。未来に何が待ち受けていようとも、真実はここにある。私はそれを忘れない。


🔖


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