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🔖心配無用



 風邪を引いたバルバリシアは始めゴルベーザ様の部屋で養生していたのだが、さすがに主の部屋では寛げなかったらしく早々に自室へと移動した。
 正確に言うならば、看病を盾に勉強を怠るユリをどうにか机に向かわせようとするゴルベーザ様を見兼ねたバルバリシアが部屋を出た、というのが真実らしい。
 今もユリは病人の世話を口実に逃げ出し、後を追うゴルベーザ様と二人してバルバリシアの部屋に入り浸っている。
 当たり前だがそこは勉強などできる環境になく、つまり場所を移した以外はゴルベーザ様の部屋にいた時と何も変わっていない。
 あの嵐のような女が寝込むなど驚きだ。それは他の者も同じらしく、ルビカンテやカイナッツォですら頻繁に様子を見に行っている。
 無論、特にカイナッツォなどはユリと違って看病をするために行っているのではない。この機会に弱った姿を楽しんでおくつもりなのだろう。

「スカルミリョーネ、台所に連れてってー」
 今日もバルバリシアを見舞っているユリは、籠に入ったいくつかの果物を抱えて部屋から出てきた。
 今はカイナッツォたちも揃って中にいるはずだが、放って出ていいのだろうか。
 緩衝材となるユリを挟まずバルバリシアとカイナッツォとルビカンテを並べては、下手をすると塔が崩壊する事態にもなりかねない。
 私が部屋の扉を眺めていると、ユリはその懸念を察したように笑った。
「ゴルベーザもいるから大丈夫、牽制し合うだけで済んでるよ」
「……そうか」
 よかったと言うべきか。ゴルベーザ様の御前でさえいがみ合うのだから厄介な性格だ。そんなことばかりしているから病が長引くのではないか。
 ルビカンテは善意のつもりらしいが、バルバリシアとしてはゴルベーザ様とユリ以外には放っておかれる方が有り難いだろう。
 そしてカイナッツォに到ってはそれを分かっていながらわざとバルバリシアを怒らせに顔を見せている。まったく、どいつもこいつも……。

 ゴルベーザ様は最近、ようやくユリに調理場と食料庫の場所をお教えになったようだ。バルバリシアの食事療法とやらのためにねだられ、言わざるを得なかったのだろう。
 しかしユリが一人でそこへ行くことは許可されていない。外出と同様に、付き添いが必要となる。
 この塔の調理場および隣接する食料庫には、食材となる魔物が閉じ込められていることが多々あるからだ。
 食材の襲撃を危惧して控えるユリを尻目に、確認のため私一人で調理場へと足を踏み入れる。今日は特に生きたものはいないようだ。
「もう入っていい?」
「ああ」
 料理一つに命懸けというのも難儀だが、かといってユリのためだけに何度も人間の町へ買い出しに行く暇もない。自然と食材は保存性に優れる生きた魔物ばかりになる。
 クリスタルを集めるのにまったく役立たないユリだが、ゴルベーザ様の食事を用意するという役を負うのすら難しいと知ってユリはしばらく落ち込んでいた。
 ……こんな面倒なことをせずともユリを人間の町にでも住まわせてしまえばいいのではないかと思う。自活させ、必要な時だけ呼び出せば互いに手間はない。……さすがにそう進言する度胸はないが……。

 ゴルベーザ様の“料理”とユリの“料理”には食材以外にも大きな違いがある。一方は剣と魔法を用い、もう一方は包丁とまな板を使うのだ。
 人間の常識としてどちらが正しいのかは敢えて考えないようにしている。
「また卵酒とかいうものを作るのか?」
「ううん、昨日すごく微妙な顔されたからもうやめる」
 それは他に卵類がなかったからといってギガントードの卵で代用したせいだろう。
 卵酒とやらの実物がどういうものかは知らんが、昨日のあれは魔物の感覚でも口に入れたい見た目ではなかった。端的に言うと不愉快な外見をしており不味そうだった。
 今日は魔物とは縁のない、ごく普通の人間が食する果物だけを使うようだ。

 手持ち無沙汰なのでユリのすることを見ていたが、すぐに飽きた。食材が魔物ではないので危険もあるまい。
 棚に積み上げられた皿の数を意味もなく数えていたら、手を止めないままユリが話しかけてくる。
「スカルミリョーネは風邪引いたことある?」
「……ない」
 私も部下も、皆すでに生命活動を停止しているしな。今回の件で初めて魔物でも人間のような病に罹患すると知ったほどだ。バルバリシアもああ見えて人に近い生き物なのかもしれん。
「いろいろ試してるけど、ホントに人間の治療法でいいのかなぁ。良くなる気配がないから心配だよ」
「さあな……。放っておけばその内勝手に治ると思うが」
「カイナッツォと同じこと言ってるし」
 ……言わなければよかった。
 完治が遅いのは構いすぎるせいではないのか。ゴルベーザ様に恐縮し、ユリに甘え、カイナッツォに怒り、ルビカンテを追い払う。そんなことを毎日繰り返していれば治るものも治らん。
 それにバルバリシアの場合は、下手に寝かしつけるよりも暴れ回らせた方が気力が湧きそうだ。いずれにせよ早く治してほしいとは思う。
「まあとりあえず、効くかは別としても害にならない方法でいくしかないよね」
「適当だな。……それは何だ?」
「カモミールティー、オレンジピール入り!」
 そう元気よく言われても私には意味がよく分からない。だが面倒なので聞き返さないことにする。

 ゴルベーザ様の土産である果物を切りながら、バルバリシア様って柑橘系だよねとユリが呟いた。
「じめっとしてないし。明るくて爽やかだし」
 ……爽やか? あの執念深いバルバリシアが爽やか。まあ、確かに粘着質ではないな。あっさりしているという意味ではそうかもしれない。
 どちらかと言えば無頓着で大雑把なだけであり、爽やかと称するのは少しばかり良いように捉えすぎているが。ユリもバルバリシアに甘い。
「早く治るといいのにね」
「……そうだな」
 私が答えるとユリが驚いたように振り返った。何か誤解しているらしい。私が奴を心配したなどと思われては鬱陶しい。
「奴一人の問題ならいいが、長く伏せっていては四天王の名誉にも傷がつくからな」
 慌てて否定したものの、妙に言い訳がましく聞こえて後悔した。
「そっかぁ、心配してたんだ。だからお見舞いに来なかったんだね〜」
「見舞いに行かんのがなぜ心配していることになる……」
「弱ってるとこ見るのが嫌だったんでしょ?」
「…………」
 勝手に決めるな、と言い損ねてしまった。口にすれば、いかにも図星をさされたかのように響いてしまう気がする。

 ユリは自分の思い込みに気をよくしている。ものすごく否定したいが、もう勝手にしろ、という気分だ。
「仲悪いけど、バルバリシア様が一番好きだよね」
 私は誰のことも好きではない。カイナッツォなどに比べれば嫌っていない、というだけのことだ。バルバリシアは……恐ろしいだけで、不快とまでは言わん。
 あの女が気儘にそこらを飛び回っている姿が見えないので、いつもとは違和感があり居心地の悪さを感じているのは事実だ。
 しかしそれは療養期間が長いほど完治した直後の気力体力の充実が恐ろしいのであって、決して淋しいなどという感情ではない。
「……いつまでもゴルベーザ様の手を煩わせるなど許されん。さっさと治せと伝えておけ」
「うんうん」
「それに、四天王が弱っていては配下に示しがつかんだろう」
「はいはい」
「私は心配などしていないが病をうつされても困るからな」
「分かる分かる」
 とにかくお前はそのしたり顔をやめろ。無性に腹が立つ!


🔖


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