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🔖勉強発熱



 私は今、ゴルベーザを先生にしてこっちの世界の字を教わっています。
 勉強ってのはね、できるかできないかじゃないんだと思う。やるかやらないかだ。っていうかそれを楽しいと思えるか思えないかが大事。
 ちなみに私は楽しくない。教えてもらっといてなんだけど、楽しくない!
 きっと本が読めればちょうどいい暇つぶしになるんだろうけど、検閲が厳しくてろくなもの読ませてもらえないんでしょーとか考えるとやる気が萎む。
 私が集めた本、ある日気がつくとゴルベーザが勝手に減らしてるし。それもカイナッツォに勧められたやつばっかり没収される。
 いいじゃん、どうせ読めないんだから不健全な本でも関係ないのに!

「はぁー疲れた、休憩しよー」
「先程も休んだばかりではないか」
「ゴルベーザは休んでなかったじゃん。ほら座って、息抜き息抜き」
「息抜きしかしていないだろう、ユリは」
 うるさい鎧だな。だって一生懸命やってても背後に真っ黒い人がぬぼっと立って監視してたら、めちゃくちゃ気が散るんだもん。ゴルベーザが悪い。
「ファンタジー世界に来てまで単語帳つけたくないよ……。もう、なんでこっちの言葉は日本語じゃないのかな」
「世界が違うのだから言語が共通している方がおかしいと思うが」
 でも話し言葉は通じてるよ。耳か頭にゼムスフィルターかかってるのかな?
 どうせなら文字も読めるように改造なり洗脳なりしといてほしかったんですけど、と今は見えない月を見上げてみる。そんな親切心あるわけないよねー。
 あーあ、こっちの言語が英語だったら向こうに帰っても役立つし、勉強するにしても気合い入るのになぁ。異世界の文字を覚えても意味ないよ。

 教え方は優しいけどゴルベーザは厳しい。最初に設定した目標に到達できるまで絶対に勉強を終わらせてはくれない。根が真面目なんだろうね。
 ぐだぐだ文句を言いつつ地道に単語を覚えてると、部屋の扉がノックされた。
「ゴルベーザ様、入ってもよろしいですか」
「ああ」
 聞こえた声はカイナッツォのものだった。け、敬語だ! ゴルベーザ相手なら当たり前なんだけど、なんか変。カイナッツォに敬語は似合わないな。
 ゴルベーザの返事で開かれた扉の向こうに、現れた青い体……の、上に、横たわるバルバリシア様……、えっ!?
「どどどうしたの! なんでぐったりしてるの!?」
「具合でも悪いのか」
「そのようで。ぶっ倒れてたんで拾って来たんですが」
「なんで冷静なの! 心配じゃないの!? カイナッツォのばかー!」
「うるせえな、大声出すな」
 横に屈み込んで手を握ったらめちゃくちゃ熱が高くて、ぼんやり顔のバルバリシア様が私を見つめてくるのにちょっとドキッとしたのは置いといて。

 いつも暴れ……もとい気丈なバルバリシア様の、こんな弱々しい姿は初めて見た。可愛いけど不安になっちゃうよ。
「ユリ……変だわ……あなたが三人に見える……」
「しっかりして! 私は分身の術なんて使えないよ!」
「とりあえずお前も落ち着け。……目眩がして飛べないらしいんですがね。どうします?」
「ふむ。四天王ともあろうものが病に冒されるとはな」
「ゴ、ゴルベーザ様……お見苦しい姿を……」
 慌てて起き上がろうとするバルバリシア様を押し留めて、冷たい言葉を吐いたゴルベーザをじろっと睨んでやる。
「なにそれ、心配するより先にそんなこと言うなんて!」
「い、いや、すまん。そういう意味で言ったのでは……」
 バルバリシア様は自分で起きてられないみたいで、支えてないと倒れちゃいそうだ。重大な病気だったらどうしよう。魔物の病気ってどうやって治すんだろう。

「大丈夫よ、ユリ……大したことないの」
「とにかく一度、横になるといい」
「い、いえ、ゴルベーザ様の寝台を使わせて頂くわけには参りませぬ!」
「構わん。ユリ、手伝ってやれ」
「うん!」
 ベッドに近寄るカイナッツォについて歩く。私に支えられつつバルバリシア様は少し不満げで、拗ねた子供みたいに見える。
 ゆっくり寝かせて布団をかけると、いつもより舌っ足らずな口調で言い訳っぽく呟いた。
「……本当に大したことないの……少し体が熱くて、頭がふらふらして、喉が痛くて歯が浮くだけなのよ……」
「あーそれはあれだよ、風邪のしょしょ、しょそうじょ……」
「待てユリ、私が言おう。しょしょうぞう……しょ、」
「自分だって言えてないじゃん。しょしょじょっ」
 ぬわー! 舌噛んだ! 隣で悶えてるゴルベーザも、たぶん兜の中で舌噛んでる! 風邪は侮ると怖いってホントだね。ベロが痛い。

 口を押さえて悶える私たちを、バルバリシア様は不審そうに、カイナッツォは呆れた感じで見つめている。
「……何なの、一体?」
「風邪の諸症状って言いたいんだろ」
 え、なんでそんな簡単に言えるの? カメのくせに生意気な。
「カイナッツォ……私に先んじて言うとは不敬だぞ」
「は、はあ。すんません」
 くそお、なんかすごく悔しい。風邪のしょそ、風邪のしょしょうじょう。頭の中でも噛みそうだ。
 文字の勉強より早口言葉の練習をした方がいいんじゃないかな。風邪の諸症状、骨粗鬆症、新春シャンソン歌手……目指すは打倒カイナッツォだ。
 ってそんなことは今どうでもいいんだよ! 風邪の治し方を考えなくちゃ。
 でも、まさかバルバリシア様が風邪引くなんて思いもしなかったなぁ。……バルバリシア様が、風邪、かぁ。

「風邪のバルバリシアだな」
「……」
「……」
 うわあ、この沈黙きつい。私もちょっと言おうかなって思ったけど、やめてよかった。ありがとうゴルベーザ、犠牲になってくれて。
「……風邪って何よ?」
「病気の一種だろ。ユリにうつされたか?」
「えっ、私じゃないよ! こっち来てから健康管理バッチリだもん」
 ゴルベーザが得体の知れない健康食を用意してくれるからね。室温調整も万全だし、人混みに出かけないからウイルスももらって来ないし。
 たぶん向こうの世界より元気いっぱいな体になってるよ。……その分、頭は鈍ってる気もするけど。
「じゃ、どっか外で拾って来たんだろうな」
「どうしたらいいのよ」
「知らねえよ。生憎と俺は病気になんぞなったことねえからなァ」
「何よそれっ……厭味のつもり!?」
「別に、本当のこと言っただけだぜぇ?」
 ところで二人とも、滑ったうえに無視されたゴルベーザが後ろで精神的に瀕死なのは気づかないふりしてるのかな。
「……」
「大丈夫だよゴルベーザ、きっと次があるよ」
「ありがとうユリ。私の味方はお前だけだ……」
 早口言葉と一緒に駄洒落の特訓もしようね。

 カイナッツォとの口論でヒートアップしちゃったせいなのか、バルバリシア様は顔を真っ赤にして項垂れた。
「うぅ……本格的に頭が痛くなってきたわ……」
 でも魔物の病気って本当にどうやって治すんだろう。獣医さんみたいなのはいなさそうだし、人間のお医者さんにかかるわけにもいかないし。
「ありがちな民間療法だと、卵酒とか、ネギを首に巻くとか?」
「紅茶に柑橘類を入れるというのは聞いたことがあるな」
「人間の治療ってのは食い物ばっかですね」
 うっ。そう言われればそうかもしれない。他に思いつくのも梅干し茶とか、しょうが湯とかニンジンスープとか大根飴とか。
 民間療法だから、身近で手軽なのはやっぱり食べ物なんだよね。
「魔物に効くのかなぁ」
「……あまり効きそうにないな」
 そもそもが魔物って普段は何も食べないんだもん、ビタミン摂取とか関係なさそう。というか四天王にとりつくようなウイルスに家庭の医学が対抗できると思えない。

 食べ物以外で何か効きそうな治療法はないかと相談する私たちを横目にカイナッツォは、もう役目は終わったとばかりにめんどくさそうだ。
「放っときゃ治ると思いますがねぇ」
「冷たいな、カイナッツォ」
「よいのですゴルベーザ様。こいつに心配されても気持ち悪いだけですから」
「てめえは俺に悪態つく時だけ元気が出んのか?」
 でも弱ってるバルバリシア様を発見して、ゴルベーザのとこに連れて来てくれたもんね。意外に仲間想いなんだ。あとでご褒美にニボシをあげよう。
「誰がカメだ!」
「ん?」
 ビックリした、いきなり心読まないでよ! っていうか、カイナッツォって心が読めるの? 知らなかった、気をつけよう。

「っと、まあ、とりあえず暖かくして寝てるのが一番いいよね」
「そうだな。汗をかけば更によかったんだが、魔物は運動してもあまり発汗せぬ故……どうやって体温を上げるか」
「ルビカンテに添い寝してもらう?」
「死んでも御免よ。余計に具合が悪くなるわ!」
 そ、そこまで怒らなくても。ルビカンテと一緒に寝たら暖かそうだよ。でもそう言う私もちょっとイヤだな。
 ごめんねルビカンテ。せめてズボン穿いてくれたらいいんだけどね。
「とにかく、治るまでずっとついててあげるからね、バルバリシア様」
「ユリ……、ありがとう」
「お前ここで看病すんのかよ」
「私は構わんぞ。ついでにユリの勉強も見られるからな」
 ……えー、それはこの際いいんじゃないかな。バルバリシア様の完治が最優先だと思うんだよ。ゴルベーザの部屋で看病するなら……勉強も、ついてくるのかぁ。
「バルバリシア様、頑張って早く治してね」
「ユリ、私のことは置いて逃げてもいいのよ」
「ううん、バルバリシア様を見捨てたりしないよ!」
「……なぜ私が悪役になっているんだ」
「れっきとした悪役でしょうよ」
「カイナッツォは冷たいな……」
 いいんだよ、大丈夫。変に英語に似てる分だけ覚えにくくて難解な異世界語に悩まされても、バルバリシア様のために逃げずに頑張ってここにいるからね。
 たぶんきっと、その方が勉強も捗るし!


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