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🔖人馬遠駆



 背中に人間が乗っているという状況は初めて体験するが、あまり愉快なものじゃないな。
 真後ろに気配があるのに見えないし、鎧越しに触れてるような触れてないような軽い体は現実感が薄いんだ。
 歩きながら、乗せてることを忘れて落っことしちまっても気づかないかもしれない。
 後ろになんかいる。なんかずっといる。そんな気配だけを感じ続ける。正直言って不安になった。
 これから先、背中に何かを乗せるのは極力避けよう。尤も四天王の皆さま方から命令が出されてしまえば、俺ごときに断る権利はないんだが。

 気まぐれに、ちょっと遠出したいなとユリが言ったらしい。
 今日は忙しいと言うカイナッツォ様(事実かどうか甚だ怪しい)や、所用があるので無理だというスカルミリョーネ様(これは本当かもしれない)に代わり、何故か俺に護衛及び子守の任務が命じられた。
 俺が選ばれた理由は一つ。何かあった時に、魔法を使わずともユリを連れてさっさと逃げられるから。
 ゾットの下層に住まう魔物だって転移魔法くらいは使えるが、他人を連れて瞬時に発動するほどには熟練していない。ユリを連れて逃げるには向かなかった。
 慌ててテレポを唱えてる間に怪我をさせては困るというわけだ。ちょっとくらい怪我をしたって死んでなければユリは気にしないと思うんだがな。
 実際、あの娘は怪我してでも面白いことに首を突っ込みたがる性格だと誰かが言っていた。誰だったか。確か、塔の女どもの誰かだ。ソーサルレディかな?
 魔法がなくともユリを連れて逃げられるから、俺が選ばれた。
 便利に使われているのは間違いない。逃げるのを前提に考えられているのも気に入らない。どうせ俺は半端者だ。危機にあえば命を捨ててもユリを守れとか、そういう命令なら喜んで聞けるのに。
 大体、この指示を出してきたのがバルバリシア様だというのが姑息だろう。いろいろな意味で断れるわけがないんだ。

 不意に肩を叩かれて足を止める。背中を振り返るとユリが西の方を指差して話しかけてきた。
 いつの間にか後ろ向きに乗っかっているのは何故だろう。真後ろからの敵襲を警戒してくれているならばありがたい。
「町が見えた。あれ、どこ?」
 マチ……町のことか? ……どこ? 町の場所を聞きたいんだろうか? それとも町の名前を聞いてるのか。
 ミシディアだとかバロンだとか、聞き齧った名前を挙げて尋ねてくる。しかしたとえ彼女の言ってることが分かったとしても、俺には答えられんのだ。
 俺は人間の言葉をほとんど知らない。ゆっくりはっきり発される言葉は、通じないものだと一応分かっているらしいが、ユリはなんとか会話を成立させようと努力している。
 そもそも彼女の言う町ってのは、どこに見えてるんだ。指差された方向を見ても緑の塊がぼんやり混じっているだけだった。人間は目がいいな、羨ましい。
「分からない?」
「…………」
 分からないという言葉は理解できたので頷く。俯き気味に振り返ってみると、ユリは少し笑ったようだった。
 何故笑うんだろう。馬鹿にされてるんだろうか。こんな人間の少女にまで……ああ、落ち込む……。
「はぁー。なんかあれだね、ケンタウロナイトは大人って感じだね。一緒にいて落ち着くよ」
 オトナって何だ? 俺のこと言ってるのか。ならあんまりいい意味じゃないんだろうな。だが彼女の口調は穏やかだ。馬鹿にされているようには思えなかった。

「過保護すぎない、冷たくない……何も言わなくても走らずに歩いてくれる気遣い。レディさんたちみたいな身勝手さもなくてビーストより安心感がある。素晴らしい。ケンタウロナイト最高! お尻痛いけど」
 だからそんな早口でたくさん言われても通じんというのに。でもケンタウロナイト最高のところだけ分かってしまって気恥ずかしい。あと尻。乗り心地がいいとか言ってるのか?
 なんだかまどろっこしいな。人間語の分かる奴について来てもらえばよかった。二人で護衛すれば何かあっても役割を分担できて楽なのに。次は覚えておこう。
 って、まあ次の“お出かけ”にまた俺が選ばれるとは限らないけどな。
 とりあえずさっき彼女が指差していた方角へ行ってみよう。どうせ町には入れないが、遠くから見るだけでも気晴らしになるだろう。そのために来ているのだし。
 人間の住み処が近づけば魔物も減る。ユリが危険に遭う可能性も低くなるので安心だ。

 背中を揺らさないよう慎重に歩く。ユリはその間なにやらぶつくさと呟いていた。
「なんで馬なのにゾットの塔に配属されたんだろう。嫌がらせじゃん。お城とかならまだマシだったのになぁ。ゴルベーザってもしかして人事が下手?」
 どうもただの独り言のようだ。語りかける口調じゃない。なら放っておこうと思うのに、ところどころ理解できる言葉が混じるから気になってしまう。
「広いところを走り回れたらよかったのになー」
 ……走る? ああ、ユリは塔の中を窮屈に感じているのかもしれない。もしそうならば気持ちはすごくよく分かる。
 俺は駆けることを本能的に好む生き物だ。ゾットの塔みたいな狭い空間は性に合わない。文字通り肩身が狭いというやつだ。こうして草原を歩いている方がずっといい。
 いかんな、走りたくなってしまった。しかしユリを振り落とすわけにはいかない。「しっかり捕まっていろ」というのは人間語でどう言えばいいんだろう。
「……」
「ん?」
 足を止めずに振り返るとユリが顔を覗き込んできた。彼女の両腕を掴んで俺の腰に掴まらせる。何となく察したらしく、しっかり手を組んでしがみついてくれた。
 ……何だろう。彼女、会話ができなくても最大限こっちを理解しようとしてくれるんだ。俺も人間語を話せるようになろうかなぁ。
「走るの?」
 徐々にスピードを上げながら頷く。背中の辺りで嬉しそうな声がした。何と言ったのかは分からなかったが。
 上体を反らせて駆け抜ける。後ろから奇声が聞こえたので念のためユリの腕を押さえておく。点在する魔物の気配が次々に流れ去って行った。
 ああ、やっぱり外はいいな……。

 さすがに全力では駆けられなかったが、久々に思う存分足を動かせて満足した。が、俺にしがみついたまま固まっていたユリは死にそうな声を出した。
「は、ひ、速すぎ……目が、目がまわ、」
 頭をふらつかせながら滑り落ちかけたので、慌てて拾いあげる。一応俺なりに抑えたんだがそれでも速すぎたらしい。
 謝罪の言葉を知らないのでぽんぽんと頭を撫でてみた。ユリが情けない笑顔を向けてくる。別に構わんということだろうか? 怒ってないなら幸いだ。
 この辺まで来ると、さっき彼女が言っていた町が俺にも見える。
 ミシディアだな、あれは。はっきりとは見えんが魔力の気配が漂ってくる。あまり近寄らない方がよさそうだ。
 帰ったらソーサルレディにでも頼んで「さっきの町はミシディアだ」と伝えてもらおう。

 塔を出てからそれなりに時間が経った。そろそろ戻ろうかと、ユリを取り零さないよう丁寧にテレポを唱える。
 すると彼女は微笑みながら、俺にも分かるようゆっくりとした口調で言った。
「おもいっきり走ってスッキリした?」
「……!?」
 もしかして、俺の気晴らしだったのか? ……参ったな。まさか人間に労ってもらうなんて。だが、悪くない気分だ。
 今度は他のやつらも連れて来よう。ガーダーと二人くらいなら乗せられるし、そうしたらきっと今日よりユリを楽しませられる。


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