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🔖根暗絶望



 今日は何を読もうかと書棚の前に立った途端、興味が失せた。
 そもそもここへ来たのは目的があったからではなくまた絡んで来そうなユリから逃げるためだ。となれば、ただじっと隠れていれば済む。
 奴が私を探しに出かけたとしても、先にバルバリシアにでも遭遇すればここには来ないだろう……。
 思案に耽ろうとしたところで、ふと何かを感じて天井を見上げる。が、とくに何も見当たらない。
「……」
 だからと言ってどうして安堵できるだろうか。部屋の中に何も見えなくとも、無視し難い気配が扉の外にあった。

 音を立てないよう慎重に扉に近寄り鍵をかけてしまおうと手を伸ばす。しかし僅かに私の方が遅かったようで、扉が少しだけ開き、隙間から恨めしげなユリの目が覗いた。
「……気味の悪いことをするな」
 思い切り扉を押すと、向こう側で不様な悲鳴があがる。鼻でもぶつけたようだが自業自得だ。
 私の部屋で眠りこけていたユリが、目を覚ましたのはつい先程。私はあいつが起きる前に退散したというのに、なぜこんなに早く居場所が知られたんだ?
 姿が見当たらなければまず塔内を歩き回り、じきに諦めて他の者のもとへ行くだろうと期待していたのだが。
「ちょっとー、なんで閉めるかなぁ」
「お前が入って来ようとするからだ」
「感じ悪っ!」
 扉の向こうでユリが身構える気配がした。体当たりでもするつもりなのか。
 人間の小娘ごときの軽い体で厚い扉を壊せるはずもあるまいに、馬鹿な奴だ。それとも怪我をすれば私が心配して出てくるなどと考えているのだろうか。
「なぜここにいると分かった」
「ドラキュレディに聞い、たわっ?」
 ぶつかってくるであろう瞬間を狙いすまして扉を開ければ、読み通りにユリが転がり込んできて、勢いを殺しきれず本棚に突っ込んでいった。
 悲鳴に魔道書やら何やらが崩れる音が重なる。

 もう、放って逃げようか……。ユリが痛い目を見たのはよかったが、雪崩を起こした書物を片付ける面倒を思うとうんざりする。
 しかし積み重なった書物の山から涙目のユリが顔を出し、丁度その手元に、あまり視界に入れたくない類の書が紛れているのに気づいた。
「お、おい……」
「ううぅめっちゃくちゃ痛い……え、何?」
 戸惑うユリを引きずり出し、彼女が私に気を取られた隙に例の物を部屋の奥へと放り投げる。
 ……なぜあんな物が紛れ込んでいるんだ。決して私が持ち込んだ物ではない。だから、仮に見られたとしても構わないんだ。
 ただこいつが誤解した場合に説明するのが面倒なだけであって後ろめたいなどというわけでは絶対になく……。
 いやそもそもユリは字が読めないのだからあれが何かは分からなかったのだろうか? クソッ、無駄に焦ってしまった。
「ど、どしたの?」
「気にするな」
「……もんのすごい気になるけどまあいいよ」

 私に近づいたため毒気にあてられ青褪めたユリに、毒消しの入った小袋を手渡した。
 何度も繰り返していれば向こうもさすがに欝陶しくなり、やたらと私に寄りつかなくなるだろうと思っていたのだが、今のところその様子はない。むしろ毒に侵されることに慣れつつあるようだ。
 なぜそうまでして構いたがるのか……本当に、よく分からん奴だ。
 ユリは渡された袋から丸薬を取り出し、一瞬の躊躇のあと決死の表情でそれを口へ放り込んだ。
「ぐぅぅ……毒消しってまずいよね」
「飲まずに済む方法を教えてやろうか」
「近寄るなってのなら聞かないもん」
 来なければ毒とは無縁でいられると、一応分かってはいるようだ。
 しかし分かっているわりには、悪びれずにまた私に近寄ってきてしがみつく。無視を決め込んでいると調子に乗って私の背中をよじ登ってきた。ローブがずれて欝陶しい。
「貴様の目的が分からん」
「もっとスカルミリョーネと触れ合いたいだけだよー」
「毒に侵されてもか」
「まあ毒消し飲めば治るんだからいいかなって思って」
 治っても最中の苦痛はやはり大問題だと思うのだが……?

 仮に毒を防いだところで、私はアンデッドだ。腐れた肉も死臭も人間ならば厭うはずのものだが、思い返すとそれは最初からあまり気にしていなかったな。
 ユリは多少感覚が歪んでいるのだろう。だとしても、何故そう執拗に接近したがるのか全く理解できん。
「……とにかく、私の頭に乗るのは止めろ」
「えー、なんで? 重い?」
「そういう問題ではない」
 一方的に纏わりつかれているだけなのに仲が良いと誤解されるのは心外だ。近頃は配下どもが皆揃って生暖かい目で見てくる。
 特にドラキュレディは面白がって余計なことをよく……そういえば先程ユリは、私の居場所をドラキュレディに聞いたと言っていたな。あやつめ……。
 仲が良いなどと誤解されるのも不愉快だが、そのせいでバルバリシアの嫉妬が煽られるのがとにかく一番恐い。
 そして単純に、ユリの存在が迷惑だというのもある。
「頭の上にしがみつかれて、貴様なら嬉しいか」
「重くない相手ならべつに気にしないかな、私なら。猫とか頭に乗ってきたらむしろ嬉しい!」
「……」
 どうすれば引き剥がせるのだろう。そもそも会話が噛み合っていない。巧妙にはぐらかされているように思うのは気のせいか?
 気にしないかどうかではなく、嬉しいかという話だ。当然ながら私はまったくもって嬉しくない。なぜならユリは猫ではないからな。
 ……猫だとしても嬉しくはない。

 振り落とすのも億劫だった。私の肩から背中にかけて落ち着く位置を探しているユリは無視して、先ほど奴がばらまいた本を片づけることにしよう。
 しかし以前一度、放置しすぎて背中の上で居眠りをされたことがある。それだけは注意しておかなければ。
「ねえ、さっきぶん投げた本って何だったの?」
「貴様にだけは生涯に渡って関係のないものだ」
「スカルミリョーネってびっくりするほど感じ悪いよね」
「それは相手による。……ローブをめくるな!」
 ユリは数秒たりとも大人しくしていることができないのだろうか。
 思えば、私がまともに関わりを持った人間はゴルベーザ様しかいなかった。あの方と比べるのは無礼と思えど、同じ人間という生き物なのに何故こうも違う性格になるのだろう。
 ほんの少しで構わない。ゴルベーザ様の我等への無関心を、ユリにも見習ってほしい。
 切実なる願いは叶う気配もなく、相変わらず落ち着きのないユリは私の上でころころと体勢を変えて片づけの邪魔をする。
 いっそ手伝えと言えばそちらに専念して私を放っておいてくれるだろうか。……しかし先程のアレを発見されても困るしな。

「思ったんだけど、スカルミリョーネに『ひとでなし!』とか言っても罵倒にならないよねー」
 ようやく定位置を見つけたのか、私の肩に座り込んでユリが言う。
「……人でないのは事実だからな」
「で、いざって時のために悪口を考えてたんだけど」
「喧嘩を売っているのか?」
「まだ準備中だよ。喧嘩する時のために考えてるんだって」
 ……準備をしている時点で喧嘩を売っているも同然ではないのか。という指摘は、続く言葉に遮られた。
「ひとでなしがダメなら『この穀潰し!』ってのはどうかな」
「ご……」
「まあカイナッツォの方が合いそうだけど、一応バロン王とかやって仕事してるもんね。あと穀潰しって言われても気にしなさそうだし!」
 穀潰しだと。……それは、確かに私は弱い。このところゴルベーザ様に頂く任務も些末なものばかりだ。つまり役立たずと目されているのだろう。
 雑用ばかりでいじけているのも事実だ。私は四天王の数合わせのためだけにいるのだろうかと思うこともあるくらいだが!
「……貴様も、そう感じていたのか……」
「へ?」
「貴様が思うほどならば、やはりゴルベーザ様もそうなのだろうな」
「いやあの」
「使えぬ奴だと廃棄される日も近いかもしれん……」
「え、なんか、ごめんなさい」

 人間に罵倒されるなど珍しいことではない。ただの憎まれ口なら、こんな小娘が何を言おうとどうでもよかった。
 だが、その言葉はあまりにも核心をついていた。……日頃から薄々疑っていたことを……他人の口から聞かされるのは、逃げ場を塞がれたような気分になる。
「うおお、毒消し効かないくらい凄くなってきた!」
「……穀潰しか……言い得て妙だな……」
「ちょっと気にしすぎじゃない!? 大丈夫だよ、スカルミリョーネが役に立ってることもあるよ!」
「たとえば何だ?」
「え……、あ、わ、私の面倒を見たりとか」
 自信を持って言える唯一の役目がそれか。涙腺があれば泣きたくなる。しかしユリがいるので泣くに泣けん。居なくても泣けないが。私にはそんな機能さえ備わっていないからな。

 バルバリシアは、絶大なカリスマを以てこのゾットの塔を預かっている。配下も揃って戦闘力が高く、人間に似た姿をしているので潜入任務も多くこなしている。
 ルビカンテは地底侵攻を一任されている。それも遠からず果たすであろうし、新たなクリスタルが見つかりそうだという話も聞いている。
 あのカイナッツォでさえ、じきにバロン城で特技を生かして重大な任務につくのだ。あのカイナッツォでさえ。
 それを考えると私は何をしているのか。……せめてユリの機嫌でもとっていなければ、何も任せられぬと放逐されるのではないか。
 ルゲイエだのメーガスの代表者だのバロンの間者だの、四天王の位置を狙う者はいくらでもいるというのに。
「……ユリ、どこかへ出かけるか……?」
「え、う、うん。私もしかして地雷踏んだのかな……。あっ、じゃあゴルベーザも誘って行こうよ、息抜きって言ってさ、ね!」
「そうだな……私の誘いなど聞いてはくださらんだろうがな……」
「ごめんなさい私が悪かったです、お願いだから立ち直ってー!」
 立ち直るも何もべつに落ち込んでなどいない。ただ、己の無能さを再認識しただけだ……。


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