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🔖買物舞戯



 人間の感覚というのは、我々のような魔物には計り難いものだな。それともユリのセンスが独特なのだろうか。何が“普通”なのかも私にはよく分からん。
 彼女が塔に現れた当初は必要物資が用意されておらず、眠る場所にも困る有り様でひとまずはゴルベーザ様の長椅子などを借りて眠っていたようだ。
 そして寝台が買い与えられ、そこから彼女の望む家具が追加されていった。
 豪奢すぎるものは嫌がる。かといって粗末にすぎると「貧乏くさい……」などと悲しげに呟く。ユリの部屋を整えるのは一苦労だった。
 私には余程極端でなければ彼女の気に入る境界線が分からないのだが、レディガーダーの選ぶ品物が最もユリの趣味と合うようなので、支払い以外の部分には関知しないことに決めた。
 奴が選んだものを買い、私はそれをそのままユリの部屋へ運び入れるだけだ。
 元は魔法の精度を高めるために学んだものだったが、ユリが現れてからは人間の言語を修得していてよかったと心底嬉しく思う。
 この能力のお陰で、ゴルベーザ様は我々を買い出し部隊に選んでくださったのだ。

「あっ、この履き物、ユリが言っていた『サンダル』でしょうか」
 ああ、室内用に使いたいと欲しがっていたものか。彼女のいた場所では寝る時は裸足が普通だったと聞いた。もちろん防具も外して眠る。恐ろしいものだ。
 魔物からすれば、警戒心を放り出して“眠る”という行為さえ恐ろしい。そこに加えて武器や防具も手放して寝転がるなど言語道断ではないか。
 そんな無防備な格好を曝している時に、敵襲があったらどうするのだろう。ユリは魔法も使えないというのに。
 まあ、バルバリシア様が守護するゾットの塔にある限り、ユリの身に危険はない。だから身の回りの品々には安全性よりも“おしゃれ”が大事なのだ。
「あっ! この色ならゴルベーザ様に頂いた寝台に合いますね。買ってください、ソーサラー!」
 ……楽しそうだな、ガーダー。履き物の色など気にしたこともなかったぞ。ガーダーがそんなことにこだわりを持っているのも知らなかった。
 今はもう慣れたが、たまに(魔物が連れ立って人間の町で買物などしていていいのか!)と我に返ることがある。
 しかし自分の欲求からは逃れられないものだ。ユリへの奉仕はそのまま我々の喜びに直結している。

「なあ、ガーダーよ」
「どうしました?」
 怪しまれぬようバロンの兵装に身を包み、履き物を抱えたまま次の獲物……もといユリへの供物を物色していたレディガーダーが振り返る。
 ユリを庇護の対象として難無く受け入れることができた我々は、とても幸運だったのだろうな。
「この間の茶器をユリが大層喜んでいたらしい。褒美にバルバリシア様がお言葉をくださると、」
「それは誠ですか!!」
 まだ支払いを済ませていないのに履き物を握りしめるな馬鹿力。ひしゃげて戻らなかったらユリに渡せもしないばかりか弁償させられるのだぞ!
「本当だから落ち着け、あとそれは私に寄越しなさい」
 私に発揮し得る最大限の筋力を駆使してガーダーの手から救出したものの、履き物はやはり少し歪んでしまっている。
 ……顛末を話せばユリは笑って許してくれそうだから、まあいいだろう。
 両手が自由になったガーダーは自らの胸で手を組み、祈るような顔で物思いに耽っている。バルバリシア様との会話でも夢想しているのだろう。
 武骨なわりに乙女心は私よりも豊富なようだ。そんな性格がガーダーの愛らしいところだとユリが言っていた。近頃は私でさえそう思う。

 一頻り夢想に浸ったガーダーは、甘い息を吐いて現実に戻ってきた。
「私たちにまで直接お言葉をかけて頂けるなんて、以前は考えられなかったことですね」
「ああ。ユリのお陰だ」
 彼女の世話を焼き、なにくれとなく気遣えばゴルベーザ様が喜んでくださる。そして主君の喜びを聞き知ったバルバリシア様に褒めて頂ける。
 ユリが来るまではあの方と言葉を交わすなど夢のまた夢だったというのに、今では日常的に会話をする機会があるのだ。
 また、ユリの方でも我等に気遣いを返してくれるのが嬉しいではないか。
 彼女はまったく、稀有な存在だ。塔に来た当初から「もうちょっと配下と仲良くしたらどうかな」などとバルバリシア様に進言してくれたのだから!
 ゴルベーザ様以外の他者に一切の興味を示さなかったあの方が、今では我々にまでお声をかけて……いつもユリを気遣ってくれてありがとうと、ありがとうと!!
「大丈夫ですか、ソーサラー。血管浮いてますよ」
「あ、ああ、すまない。ついバルバリシア様の御姿を思い描き興奮してしまった」

 人間と似通った姿だからこそ、こうして町に潜り込んで買い出しに励み、ユリの生活に役立つことができる。
 無能のビーストや無愛想なブラックナイトなどは使い走りをやらされてと憐れんでくるが、見当違いも甚だしいのだ。
 ゾットの塔に住まう魔物の中で、バルバリシア様配下である我々ほどユリを歓迎し、彼女に尽くすことに喜びを感じている者など、他におるまい。
 あの娘は我々とバルバリシア様との大切な架け橋なのだから!


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