×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖青空開放



 ちょっと塔の内部を探索してみた結果、とてもじゃないけどマップなしで覚えるのは無理だってことが分かった。
 GPSでもないと迷子になって自室に帰るのも難しいくらいのややこしい作りになってるよ、ここ。
 まず、私の部屋から出て廊下を歩いてるだけで辿り着けるのは、ゴルベーザの部屋とトイレとお風呂だけ。
 まだキッチンは発見できなかった。たぶん一旦べつの階に上がるか降りるかしてからじゃないと行けないんだと思う。
 ゾットの塔の下層部は雑魚モンスターがうろうろしてる侵入者撃退用のダンジョンだ。で、上層部がゴルベーザの生活区画。
 トイレの近くにある階段をのぼると大広間があって、基本的にはそこからワープ装置で別の階層に繋がってるみたい。
 それも侵入者が上階に紛れ込まないように一方通行のワープが混じってたりして、下手に探検しに出かけると私も危ないかもなー、って感じ。
 こんなに不便なダンジョンで、ゴルベーザはどうして普通に暮らしていけるのか? ……それは、転移魔法が使えるから。

「はぁ……」
 そりゃため息も漏れるってものですよ。ただでさえ私にできることって少ないのに、家の中を自由に動き回るのさえ難しいって、じゃあ毎日なにして過ごせばいいわけ?
「とりあえずワープの行き先を覚えないと……」
 大広間には大量のワープ装置が備え付けられているんだけど、そのどれも見た目がぜんぶ同じなのが困りどころ。
 なんてったって、ゴルベーザも四天王も、塔の上層部に用のあるようなひとはみんな転移魔法が使えるからね。ワープ装置なんて必要ないんだ。だから実用性の欠片もない飾りみたいなものになってる。
 魔法が使えない私は、まずこれらの行き先を暗記するところから始めないといけない。
 といってもさっき言ったように一方通行のワープだったりするから、「とりあえず乗ってみてどこに出るか確認して戻ってくる」なんてこともできないわけで。

 一応、重要なところはゴルベーザに教えてもらってある。
 まず大広間の更に上の階へと続くワープ装置。そしてその手前にトラップらしくカモフラージュしてあるのがダンジョン階への一方通行ワープ。私がうっかり踏んだらやばいヤツ。
 自分の部屋へは階段で行けるけど、万が一閉め出されちゃってもゴルベーザの部屋直通ワープがどこかにあるらしい。らしいってのは、どれがその装置かゴルベーザが忘れてしまったせい。役立たず。
 四天王の部屋はいろんな階層に点在してるんだけど、やっぱりモンスターは“自分の部屋”ってあんまり要らないみたいで、単に配下がその近くにたむろしてるだけになってる。
 ちなみにバルバリシア様の部屋は最上階だ。行ってみたけど、風通しが良すぎて怖かった。
「これがルビカンテのエリアに通じるワープ。こっちが、カイナッツォ……んで、スカルミリョーネ」
「……貴様そこで何をしている」
 と、名前を呼んだ瞬間ちょうどワープしてきたスカルミリョーネが声をかけてくる。テレポ使えるくせにワープ装置を使うとは……怠慢だね!
「いつでも遊びに行けるようにみんなの部屋を覚えようと思って」
「……」
 変な沈黙があって思わず顔を上げたら、スカルミリョーネと目が合った、のかな? ローブの陰になってよく見えないけど、不機嫌そうなのはさすがに分かる。

 ゴルベーザやバルバリシア様は寛容なんだけど、他のみんなは私が出歩くのに反対みたいだ。特にスカルミリョーネは部屋の外で私を見るとうんざりした空気を隠さない。
「自分の部屋から出なければ覚える必要などあるまい」
「それは私に死ねってこと?」
「な……なぜそうなる」
 部屋から出るなとか私にとっては「退屈すぎて死ね!」って言われるのと同じだよ。
 あれ? そういえば、このワープって通じてるのはゾットの塔内部だけなのかな。
「ねぇねぇ、脱出用っていうか外に出るためのワープはないの?」
「……」
 緊急時にMPが尽きてテレポが使えないことだってあるだろうし、空飛ぶ塔ならいざって時のために地上へのワープ装置もありそうなもんだよね。
 ていうかローザを取り戻す時にワープしてなかったっけ? いや、あの時はローザがテレポするんだったかな。うーん、巨人内部とごっちゃになってるかも。
 ワープ装置の群れを見下ろして唸る私を、スカルミリョーネが凝視してる。これはどういう沈黙だろう。表情が読めないから何考えてるか分かんない。

「外に出たいのか……?」
「え、うん! スカルミリョーネが連れてってくれるの?」
「断る。なぜ私がお前の面倒をみなければならん」
「むう……」
 残念、親睦を深めるチャンスだったのに。
 バルバリシア様やルビカンテは最初から優しかったし、カイナッツォも、性格悪いのはともかく普通に話してくれるし。
 スカルミリョーネだけがまったく打ち解けてくれないんだよね。どうしてかな。やっぱり、いきなり転がり込んできた人間なんて信用できないのかな。
 ゴルベーザに仲立ちしてもらおうか? 「ユリと仲良くするように」って……いや、それはなんか違うよね。
「……ユリ、くだらないことを企んでいるならすぐに諦めろ。お前が自由に外へ出ることはできない。なぜなら……、何をニヤニヤしてるんだ」
「えへー、スカルミリョーネ、私の名前知ってたんだな〜、って嬉しくて」
「当たり前だ。いくらお前が役立たずでも、ゴルベーザ様が自ら召喚されたものならば最低限は尊重せねばならん」
 余計な一言が多いな。でも、嬉しい。こうやって並んで話して名前を呼んでもらえたら、とりあえずここにいてもいいって言われてるみたいだ。
 ちょっとずつでも仲良くなれたらいいな!

「あ、なんで私は外に出られないって?」
「地上へのワープは存在しない。そもそもこの塔は、転移魔法が使える者が所有するという前提で空に浮いている」
「えぇ……めんどくさ……」
 MPがなくなったらどうするんだろう。一晩寝て全回復するまで待つのかなぁ。なんかいろんなところで詰めが甘いっていうか、要は不便だよね、この塔。
 でも逆に考えると、テレポが使える誰かと一緒なら塔の外にも出かけられるってことだ。これはますます、ゴルベーザや四天王と仲良くしなくては。
 なんてことを考えてたらスカルミリョーネからまさかの提案。
「……外を見に行くか」
「えっ、いいの?」
 予想外の展開だ。迷惑がってるだけかと思いきや意外と優しいんだね、スカルミリョーネ。
 思い返せば私、こっちに来てから一度も青空を見てない。最初は戸惑っててそれどころじゃなかったけど、少し余裕の出てきた今になって息がつまる。
 やっぱり人間たるもの、太陽の光を浴びて生きなきゃダメだよね。あー、行けるとなったら急に外の空気が恋しくなってきた。

 地上に連れてくのは無理だけど、バルコニーみたいなところから外を見るくらいは平気らしい。
「掴まっていろ」
 というわけで、スカルミリョーネに抱えられてテレポする。
 土のスカルミリョーネってアンデッドだから冷たい体なのかと思ってたけど違うんだ。びっくりして手を引っ込めちゃうような、氷の冷たさじゃない。
 ゆっくり、ひんやり、体温が奪われて……だんだん視界が霞んでいくような感じ……。
 って、え? なんで何も見えないの? もう転移は終わったよね。
(あの、スカルミリョーネ……)
 ぬわー、声も出ない! う、なんか気づけば手足も痺れてきたし、胃の中で鉄の塊がどんどん大きくなってるみたいな気持ち悪さがある。ぞくぞくしてきた。
(なんなのなんなのこれー)
 どうなっちゃったの? なにが起きたの? めちゃくちゃ怖いんだけど!

 見えないままにスカルミリョーネの肩っぽいところを叩くと、何か小さなものを握らされた。うー、見えないしゃべれない頭くらくらする。
「飲め」
「む、う? …………苦っ、なにこれ! あ、しゃべれるし見える」
「万能薬だ」
 ……ステータス異常だったのか! 暗闇と沈黙と毒かな。
「でもなんで?」
「……私はアンデッドだからな」
「瘴気でも出てるとか? すごいね」
 それともモルボルの臭い息と同じことかもしんない。けどこれはたぶん失礼だから言わないでおこう。
 ていうかセシルたちやモンスターは、あんな状態になりながらも戦ってるんだ。すごい。
 私も反省しよう。毒なんてダメージしょぼいし戦闘後に治せばいいやと思ってたけど、これからは放置しない。暗闇もすぐに治す。そしてできる限り、弱体魔法は使わず正々堂々戦うことを誓います。

 それはさておき、塔の外だ。爽やかな快晴、気持ちいいね! おや、真昼の月が一つだけくっきり見えてるけどあれがゼムスのいる方かな。
「もっと風が強いかと思ったんだけど、室内と変わんないね」
「障壁が張られているからな」
 なるほどー、さすが剣と魔法のファンタジー世界だ。きっと外から塔が見えない加工なんかもされてるんだろうね、と思いながら何気なく下界を見下ろしてみた。
「……」
「外に出たかったのだろう。よく見るがいい」
「ぎゃー押さないで!」
 もう見た、よく見ました。泣きそう。怖い。高すぎる。地面が遠すぎて目眩がしたよ。

 下界が見えないように顔を上げつつスカルミリョーネの方に寄る。いやー、お空が高いねー。
 まだ心臓がばくばくしてる。高いところはそんなに苦手じゃないんだけど、限度ってものがある。
「理解できたか?」
「へ、何が?」
 塔の中より明るい場所で、スカルミリョーネの表情がちょっとだけ分かりやすくなる。腐った肉体に不釣り合いなほど綺麗な金色の目。間違いなく私を侮蔑してる目がよく見える。
「下界は遠い。自力で行けぬならば、貴様には自由を得る資格などないということだ」
「ふぅん……」
「高望みをするな。籠の鳥でいるのなら、ここに居座る程度は許してやろう」
 それを自覚させようって意図で外に連れ出してくれたわけか。まあ、優しさじゃないだろうなとは思ったけど。
「分かった。つまり出かけたくなったら、スカルミリョーネに連れてってもらえばいいんだ」
「……何? なぜそうなる!」
「だって一人で出られないなら仕方ないでしょ?」
「外に出ないという選択肢はないのか」
「ないでーす」
 悪びれずに言って振り返ると、スカルミリョーネはぷいっと顔を背けた。今度はローブに隠れて完全に表情が分からない。でも……。
「突き落としてやろうか、この小娘……って思ったでしょ」
「!?」
 あからさまにびくっとなったよ、今。あはは、単純! なんか可愛いな。
 やっぱり仲良くなりたい。ううん、せっかく出会えたんだもん、絶対、仲良くなってやるんだから。


🔖


 5/75 

back|menu|index