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🔖接近遭遇



 ある日突然、異世界に召喚されちゃったらどうしよう……なんて。そういう夢想をしたことがまったくないとは私も言わない。
 でも夢想はあくまでも夢想だからこそのんびり楽しめるんであって、本当に異世界に呼び出されてしまったら、ただひたすら「困る!」だけだよね。
 見渡す限り荒れ果てた大地、頭上には満点の星空が広がって、その真ん中には輝く月……じゃなくて、まるで地球みたいな青い惑星がこっちを見下ろしてる。
 地球が空に浮かんでるってことは、私が今立ってる“ここ”は一体どこなのって話だよ。月が見当たらないから、ここが月なんだと思うんだけど。
 わお、私ってば宇宙に進出しちゃった! しかも生身で! これが夢なら何も不思議はないのに、生憎とものすごく現実感があるんだよね。
 宇宙服も着ずに月でぼーっと地球を見上げてる。それが夢なんかじゃないっていう実感。
 ほっぺたをつねるとかなんとかしなくても、間違いなく目は覚めていて、ここは現実の、私の知らない現実の世界なんだ。

 ついでにもうひとつ。私の目の前には人(?)がいる。おそらく人と思われるものが。
 セオリー通りに行くなら、たぶんこの人が私をここに呼び出したんだと思う。だけど話しかけてみるにはかなりの勇気が必要だ。
 人間の形をしてはいるけれども、カラーリングがおかしいんだよ。まず肌が紫色。宇宙人的な質感。それから髪がない。つるつるだ。で、目が怖い。白目がなくて、なんか金色。
 服装はお坊さんっぽい。頭がつるつるだからイメージが引きずられてるのかもしれないけど、だぼっとしてて長いローブを羽織ってる。
 一言でまとめるなら“邪悪なお坊さん”って感じだ。……えっと、それか“邪悪な呪術師”かな。やっぱりつるつるの印象が強すぎるみたい。

 とにかく、これが夢でも夢じゃなくても私の置かれてる現状を把握するには誰かに話を聞かなくちゃ始まらない。
 そして不幸にもこれが第一村人発見である以上は、この人に話しかけてみるしかないんだ。というわけでまずは挨拶をしよう!
「は、初めまして、私はユリ。あなたのお名前は?」
 せっかくだから種族名と職業も教えてほしいな。あんまり邪悪なお仕事の人じゃないと嬉しい。というかそもそも日本語は通じるのかな?
 第五種接近遭遇。幸いにも彼には日本語が通じた。ただし、言ってることはわけが分からなかった。
「お前は知っているはずだ」
「ん?」
 いえ、知りません。宇宙人だか異世界人だかは分かんないけど、とにかくそんな不思議な知り合いに心当たりはありません。
 でもわけが分かんないことを言うんだから、この人は私の夢想の産物ではないってことでもある。
 頼れるものが無い中でひとりぼっちは怖い。だから、彼がどんな存在でも話してくれるだけで安心する。
 今の私にとって彼の言葉は、これから進むべき方向を示してくれる救いの光だったから。

「誰かと間違えてるんじゃないかと……私は」
 あなたにもこの場所にも覚えはないと言おうとするのを遮って、彼はさらに続けた。
「我が名はゼムス。ここは我が封印の地、月の地下渓谷。お前は青き星へと赴き、毒虫のしもべとなるのだ、ユリよ」
 そう言うなり私の視界は真っ白に染まって、彼の姿も荒野も夜空も青い星も、塗り潰されて消えてしまった。
 眩しくて目を閉じる。足元が揺れてるような気がして気持ち悪い。瞼の裏のチカチカがおさまったので目を開けたら、また景色がガラッと変わってた。
 今度はどこかの部屋にいるみたいだ。もちろん私の部屋じゃない。もっと広くて殺風景で、ファンタジーなお城の中にある牢屋みたいな部屋だ。
 私の足元には「黒魔術の儀式真っ最中ですぅ」ってな具合に赤く発光している魔法陣が広がってた。
 そして部屋のド真ん中に立っているのは禍々しいまでに真っ黒い甲冑。飾り物かと思ってたら微かに動いた。まさか生きてる? っていうか人が入ってる!
 黒いし、でかいし、とんがってるし。ビジュアルだけで素敵な恐怖を演出してくれてる。赤い魔法陣とのコンビネーションで今まさに「魔王降臨!」って雰囲気。
 これ、ゼムスの変身した姿じゃないよね。また知らない人かぁ……。

 精一杯の勇気を振り絞って、甲冑を見上げた。せめて視線が合えばと思うんだけど、兜の隙間から覗ける部分には暗闇しか見えなかった。
「あ、あの」
 私の声に反応して甲冑がぴくりと動いた。
「……お前の名は?」
 黒い甲冑の中から響いた声は男の人のもので、低く重い、お父さんみたいな印象があった。うん、怒ってる時のお父さん。つまり怖い。
「私は、ユリです。えっと……あなたは?」
「我が名はゴルベーザ。言葉は通じるようだな。お前には当分、私の配下として働いてもらうぞ」
 返ってきた声から察するに怒ってはいないみたいで安心した。地声が低音すぎるんだね。それとも、私が会話の成り立つ相手かどうか計ってただけかもしれない。

 よくよく考えたらこの状況、怪しい甲冑男の怪しい魔法陣によってどうやら召喚されたらしいこの私。さっき一方的に投げつけられたゼムスの言葉を思い出す。
ーーお前は青き星へと赴き、毒虫のしもべとなるのだ。
 ゼムス……、ゼムス、ゴルベーザ。聞いたことある名前だ。そんなはずないのに。今日はそんなはずないことばっかり起こるみたいだ。
「月の地下渓谷って確か……でもってゴルベーザって、えええっ、ゴルベーザなの?」
「いかにもそうだが。異世界の人間が私を知っているのか?」
「うっ、ううーん」
 知ってるかと聞かれたら間違いなく知ってるけど、果たしてあなたは本当に私の知ってるゴルベーザ? ってこっちが聞きたいくらいだよ。
ーーお前は知っているはずだ。
 なるほど、確かに知ってた。でも……だったらゼムスはどうして私が“知ってるってこと”を知ってたんだろう?

 私をここに呼び出したのはゼムスで、その目的はゴルベーザのしもべにするため。でもゴルベーザがそれを知ってるはずがない。
 だって彼はゼムスに操られてて、そうとは気づかず悪事に手を染めてるんだから。
 あのー、騙されてますよって、教えてあげた方がいいのかな。でもゼムスの支配下にあるゴルベーザにそんなことを言って私は無事で済まない気がする。
 大体、呼び出したのがゼムスだっていうなら、彼に逆らったら私は元の世界に帰れないんじゃないかなぁ。
「えーと、まず聞きたいんだけど、私を召喚したのはゴルベーザ?」
「そうだ」
 即答。たぶん嘘じゃない。この魔法陣を使ってゴルベーザも私を召喚したんだ。でもそこには、実のところゼムスの意思が介入してる。
 ゼムスがどうして私なんかをゴルベーザのところに送り込んだのか、それが分からないことにはどうしようもなさそうだね。
 ってことは、とりあえず言われた通り“ゴルベーザのしもべ”をやるしかない。

 もろに悪役だし、その配下をやれなんて言われてもちょっと嫌だけど、私を呼んだのが悪役なら仕方がない。がんばって片棒を担いでみようじゃないですか。
「クリスタルを手に入れて世界を支配するのが目的、だっけ?」
「……大まかには。正確に言うならば、クリスタルの力で次元エレベーターを起動し、バブイルの巨人をこの地へ降ろすことが私の目的だ」
 そして巨人の力で現住生物を滅ぼす、と。うんうん、悪役だねぇ。うー『こうりゃくぼん』を持ってきてれば楽だったのになぁ。
 現実問題、ゴルベーザのしもべになるって言っても私に何ができるんだろう?
「ねえ、根本的なこと聞いてもいい?」
「ああ」
「私、何をすればいいのかな。魔法は使えないし武器とか触ったこともないし、戦闘の役には立たないよ?」
「それは……」
「戦いでなくても命懸けでするような仕事は度胸ないから無理。あと作戦考えたりする頭もない。掃除洗濯食事の用意くらいなら〜、あ、でもこっちの知識ないからダメかも。掃除機も洗濯機もないだろうし……」
 私にできそうなことを指折り数えようとして愕然とした。指は一本も折れないままだ。
 今まで意識したこともなかったけど、こういう非常時にあって私はもしかしたら凡人以下の愚図なのかな。

 召喚された異世界人、なんて大層な肩書きのわりに役立たず。怒られるか失望されるかと恐る恐るゴルベーザを窺ったら、なんかあっちの方が困ってるみたいだった。
 お望みなら、助けを求めるふりしつつセシルのところに潜入して仲良くなったうえで裏切って精神ダメージを与えるくらいはできそうだけど。
 でも、よく考えたらさ。わざわざ異世界にまで干渉しておいて、戦闘能力のない一般人を召喚した理由って何なんだろう?
 ゼムスの企みがどうこうじゃなくて、ゴルベーザは何を考えて私を呼んだつもりなのかな?
「私って、ゴルベーザの配下として召喚されたんだよね」
「ああ」
「もしかして、特にやることなかったりする?」
「……ああ」
「なんで呼んだの?」
「……」
 う、うーん。きっとゴルベーザに“私を召喚させた”のはゼムスなんだけど、そこの理由付けはできてないのかな。
「まあ、いっか。何ができるか、これから探してけばいいよね!」
 気を取り直して明るい声を出すと、ゴルベーザもどこか安堵したように息を吐いた。

 一段落してみると私、上司相手にタメ口。もう遅いけど、文句も言わないゴルベーザはきっといい人なんだろうなって、すごくどうでもいいことを考えてた。
「この世界についてある程度の知識は持っているようだが、バロン王国は分かるか?」
「なんとなく。世界で唯一飛空艇を持ってる軍事国家、みたいな感じだっけ」
「そうだ。手始めに、かの国の中枢を掌握する。それをクリスタルを手に入れるための足掛かりとしよう」
 四天王の一人が王様に成りすましてるんだよね。これからバロンに潜入するってことは、まだ何も始まってないんだ。
 ゼムスが目的を教えてくれない以上どこまでゴルベーザに協力できるかは分からないけど、もしかしたら私がここにいることで何かを変えられるかもしれない。
 少なくとも、ずっと操られて利用されっぱなしのゴルベーザがちょっとでも普通に暮らす手伝いくらいは、私にもできるんじゃないかな。
「何ができるか分かんないけど、することが見つかるまでここにいるね」
 とにもかくにもよろしくと差し出した手に、戸惑いながらもゴルベーザの手が重ねられた。……素手じゃないから、手甲が冷たくて重たかったんだけどね。


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