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🔖INVITATION
何かが妙だ。こんなはずないのに。どうして私は鬱蒼とした森の中に立ち尽くしてるんだろう。
「何かが妙だな」
「えっ?」
なんだ今のは、心の声がオッサンの声で再生されたぞ。
誰かいるのかと辺りを見回した瞬間、いきなり目の前に怪物が現れて肝を冷やす。
「は? うわ、キモッ!!」
驚きすぎて咄嗟に顔面を殴ってしまった。わあ、なんかブニョッとしてるし臭い!
速やかに手を洗いたいけれどそれどころではなさそうだ。意外と軽かったために思いきり吹っ飛んだ怪物は、起き上がろうとモタモタもがいている。
え、待って待って、これ起きたらまた襲ってくるんじゃないですか?
踵を返して逃走を試みたものの、私の行く手を阻むようにどこからともなく剣が飛んできて足元に刺さった。
「え、なにもう、どうなってんだよ……!」
考えてる暇なんてなかった。動かないとホラー映画の冒頭で死ぬ雑魚キャラよろしくワケ分かんないまま殺されてしまう。
剣を引き抜いてみると怪物はすでに起き上がっていた。
骸骨に爛れた皮膚を被せたような……生理的に無理なやつ。ゾンビとミイラの中間みたい。
切っ先をそいつに向ける。残念ながら怯んでくれる様子はない。
剣ってどうやって使うんだ? 思い出せ、漫画やゲームや映画でいろいろ見たはず。たとえフィクションでも少しは参考になってほしい!
それにしても洋剣って日本刀よりズッシリ重たいイメージがあったけどあんまり重くない。怪物はぼろっちくても硬そうな鎧をつけてるし、この軽さで斬れるんだろうか。
頭の上に振りかぶってから重力を借りて振り下ろすように叩きつけ……いや、ダメだ間に合わない。
目まぐるしく転げ回る思考を全部振り払い、骨だか鎧だかをガチャガチャ鳴らしながら走ってくる怪物に向かって、フェンシングみたいに剣を突き出した。
鎧の金具に弾かれて剣が逸れる。怪物が更に一歩距離を詰める。
早く速く疾く、思うより先に動いてよ私の体。やつの攻撃を止めないと。
「まず足……」
相手の腕を掻い潜って足に一撃。体勢を崩した隙を狙って更に関節付近を切りつける。よし、倒れた!
痛みに呻いたりしないところを見るとやっぱりアンデッドモンスターの類い? とどめをさすなら心臓か首だな。
地に伏せた怪物の心臓めがけて剣を突き刺し、念のために首を……はね飛ばそうとしたところで、怪物は勢いよく起き上がった。
「うぎゃっ!?」
心臓を刺しても死なないとかずるい。
見れば怪物はさっき私が斬りつけた右足をブラブラさせて不安定に立っている。
再生能力は持ってないんだ。それなら、とにかく両足を切り落とせば追って来ないだろう。
この怪物……、人間っぽい形してるのが何とも嫌な気分だけれども今は考えないでおく。
むしろ変な能力を持ってるモンスターとか獣型じゃなくてよかった。
たとえ未知の怪物でも人間並の体格で人間並の動きなら、武器を持ってる私が優位だ。
「とりあえず死んで。なるべく簡単に!」
殴りかかってくる腕を少し遅れて剣で薙ぎ払う。敵が倒れそうになったところで私の背後から何かが飛んできた。
「熱っ!」
頬を掠めたわけでもないのに痛みが走る。矢……飛んできたのは火がついた矢だ。
その矢が突き刺さった瞬間、怪物の体が一気に燃え上がる。火矢ってあんなすぐに火がつくもんなのかと呆気にとられた。
いや、それより誰が射たんだ。まさか新しい敵!?
地面に倒れたまま大人しく燃えている怪物から距離をとって辺りを探す。そういえば、こいつが現れる前に聞こえた声……。
「冒険者には見えないな」
「ひえっ!!」
さっきと同じオッサンの声が真後ろで聞こえて尻餅つきそうになった。慌てて振り向くと、浅黒い肌にモジャモジャの髭を生やした厳ついオッサンが真後ろに。
足音も立てずに何なんだ! そして剣を投げたのも火矢を射たのも彼なのだろうか?
怪物にとどめをさしたのは彼だけれど、お礼を言うべきかは微妙なところだ。
剣を寄越したのがオッサンだとしたらもっと普通に助けてくれてもよかったのに。
まるで私が怪物を倒せるか隠れて観察してたみたいな。
「名前は?」
「え、ユリ……」
しまった、反射的に名乗っちゃった。
「あーっと、そちらは?」
「私はグレイ・ウォーデンだ。我々に与えられた権限のもと、お前を徴兵する」
「は?」
「分かっているとは思うが拒否権はない」
正直あなたが期待するほど何も分かっちゃいないんですが?
だけどグレイ・ウォーデン。聞き覚えのある言葉だ。
グレイ・ウォーデン、徴兵、と来てこのオッサンを改めて見ると心当たりが確信に変わっていく。
いぶし銀の鎧と背中に差した剣、今は短剣しかないけど本来は二刀流のはずだ。
ふと私が手にした剣に目を落とす。柄頭にグリフォンの紋章。
このオッサンの名前はダンカンというんじゃないだろうか。だとしたら、ここはセダス大陸の南端にあるフェレルデン王国、それもまさに竜の時代30年。
やっぱり何かが妙だった。こんなはずない。こんなことが起きるはずない。
私は風邪を拗らせて死んでいた。幽霊なんか信じてなかったのに自分の葬儀を見届けたんだから間違いない。
ボーッとしたまま火葬場までついて行って、あの重くて冷たい扉が閉まったところで私の意識も消え失せた。
夢も見ずに眠ってる時みたいに……それで終わりだったはずなのに。
間違いが起きて生き返ったのだとしたらありがたく受け入れよう。でも、よりによって“こんなところ”に蘇らなくてもいいじゃないか。
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