🔖何も聞かずに隣に座る
マリア誘拐計画は今のところ順調に進行している、と思う。
とりあえず、ダンチョーにはセッツァーが近々おたくのマリア嬢を誘拐させていただきますよという旨伝えてある。
あとは私がセッツァーを裏切り彼らの味方につくふりでもしてオペラ座に潜り込めば、逃走経路の確保も容易いだろう。
今はそれよりも日常業務の方が忙しかった。
物騒な御時世なのでカジノを訪れる客はほとんどなく、主たる私の役目はギャンブルの相手をしてくれる顧客確保とブラックジャック号の売り込みだ。
金持ちを口八丁で言いくるめて賭けに引きずり込むのはまるでタチの悪いキャッチセールスのようだが、正直そんな仕事がちょっと楽しかったりもする。
ジドールや帝国の貴族連中は元の世界のなんちゃってセレブよりもよほど鷹揚だった。
人生を謳歌するために努力を惜しまず、娯楽にかける金を思い切りよく使ってくれるので、こちらとしても気持ちがいい。
動く金額が大きすぎて恐ろしくはあるのだが、なんだろう、人が死にかねない額のギルが動いているのに陰湿な雰囲気がないんだよね。
私自身がこの世界にしがらみを持ってないから感じ取れないものもあるとは思うけれど。
通貨が統一されているにもかかわらず世界経済という概念が発達していない。
国と国の繋がりが薄く、ガストラのような共通の敵でも現れない限り普段は各国ともビジネスライクなお付き合いを貫いている。
良い意味で皆「他人のことなんぞ知るか」と好き勝手やっているから居心地がいい。
きっと生まれた時から町の外にモンスターの蔓延るこんな世界だからこそ、自立心が育つのだろう。
ここでは、他人を無視して自分の楽しみに突っ走ることに罪悪感を抱かなくてもいいんだ。
ブラックジャック号に乗っている間、お客様は文字通り立場が宙に浮いている状態で、神経を磨り減らすような人間関係から解放される。
その日その夜に起こることが世界のすべて。
飛び交う大金とカジノで起こる悲喜こもごもを見ていると、私まで浮かれてしまう。
ありもしないMPが回復されていくような心地だった。
現在ブラックジャック号はアルブルグからジドールに向かって飛んでいる。
勝利のムードに浮かれている帝国兵が多いアルブルグには、カジノの常連客も何人か住んでいる。
久々に思う存分ギャンブルに講じた船長はとてもご機嫌な様子で操舵輪を握っていた。
甲板に立って船縁から地上を見下ろしていると、たまに背後で鼻歌が聞こえるほどだ。
……鼻歌、聞こえるんだよな。
確かブラックジャック号の最大速度は時速150kmほどだったか。
今そこまでのスピードは出ていないけれど、本来ならこの甲板には凄まじい風が吹き荒れているはずだ。話し声だって聞こえるはずがない。
「どうして風を感じないんだろうなぁ……」
エンディングムービーの最中でもファルコン号が飛んでいるわけだから、飛空艇の動力に魔導の力は使われていないのだろう。
風も音も防ぐこの技術は、魔法ではない。じゃあ何の力なんだ? って話ですよ。
ついでに言うなら巨大な船を操舵輪ひとつで制御しているのも謎だ。
着陸の際にセッツァーが一人で地上を見もせずにフワッと降下させて船内に振動すら響かないのも意味不明だ。
それから、係留しなくても船が飛んでいってしまわないのも摩可不思議だ。
ようやく蒸気機関に辿り着いた時代には不釣り合いな代物だと思う。やっぱりオーバーテクノロジーだよ。
とはいえ、この世界の古代文明がどの程度進んでいたのか実はよく知らない。だからオーバーも何もあったものではない。
よく考えると魔大戦以前にもゴーレムやアレクサンダーのようなハイテク兵器は存在したのだ。
あれは後々に魔導の力を注がれて幻獣となったけれども、巨大な機械兵器を製造する技術と設備がそもそも魔法全盛の時代にもあったということ。
もしかすると三闘神の時代、魔大戦が勃発する以前には既に某ロンカ文明的なものが存在していたのかもしれない。
快適に越したことはないのだが、ファンタジー仕様ですとしか言い様のない不思議な技術に身を任せるのは現代っ子としてちょっと恐ろしくもあった。
仕組みが分からないものは怖い。
南端のオペラ座を通りすぎるとゾゾ山脈が見えてくる。操舵輪のもとへ向かい、セッツァーに声をかけた。
「船長ー。私ちょっとゾゾに寄りたいのですが」
「ああ、行きたきゃ行けよ」
「いや一人じゃ行けないから街の近くまで飛んでほしいのですよ」
ブラックジャックのキッチンでなら、まともな食事を用意することができる。
できればゾゾに寄って、ラムウやダダルマーたちに差し入れをしたいと思っていたのだ。
たまには生焼けや丸焦げの肉以外の物も食わせてやりたい。
しかしセッツァーは、ゾゾの名を聞いてから一転して不機嫌になってしまった。
「あんなとこに何の用があるんだよ?」
「船長に会う前にお世話になった人たちがいるので、お礼をしたいなと」
「奴らが善意で人の世話なんかするか。放っとけ」
「……」
もしやセッツァーはゾゾが嫌いなのかな?
確かにギャンブルを嗜む余裕のある人なんてあの街には一人たりともいない。セッツァーが興味を持たないのも納得だ。
しかしなんとなくアウトローな人間は好きなんじゃないかと思っていたので嫌っているのは意外だった。
方角的には目的地から大して逸れないし、街の手前に降ろしてくれればそれでいいんだけどな。
「ジドールまでなら送ってやる。そっから徒歩で行け」
「えっと、礼金を出すので途中までついて来てくれません?」
「なんで俺がお前の護衛なんぞしなきゃならないんだ。モンスター相手に戦えないなら外出なんぞ望まないことだな」
「……むう」
そう言われると困ってしまう。
ここで働いているとはいえ私はブラックジャックの居候に過ぎない。あまり我儘は言えないのだ。
ジドールから徒歩でゾゾまで数時間ってところだろうか。
船内で作った料理を持ってモンスターに遭遇せず往復するのは、たぶん無理だろうな。
チョコボを借りるという手もあるけれど私は未だに一人であの鳥に乗ることができない。
どっちにしろ、セッツァーについて来てもらわないとゾゾまで行けそうになかった。
「……ゾゾでなんかあったの?」
「お前に言う必要があるのか?」
「ないですね」
「そうだ。だから聞くなよ」
セッツァーは私の素性をまったく詮索しなかった。
どういう人生を送ってきたのか知らないし、なぜここへ来たかなんて尋ねるつもりもない、そう言って大事な船に快く乗せてくれた。
それは私にとって、非常にありがたいことだった。だから彼の意向に逆らう気はないんだ。
何かしらゾゾに行きたくない理由があるのなら、どうしてもついて来てくれとは言えない。
……次に会う時、ラムウはもう魔石と化しているのだろうかと思うと、胸が痛くなるけれど。
ジドールもアルブルグ以上にお得意様が多い街だ。
金持ち連中にブラックジャックの到着を知らせるため、街の周囲を何度か旋回してから着陸することになっている。
今回は食糧や燃料を仕入れるための来訪なので、セッツァーが船内に残って他の乗組員は三人とも街に降りる予定だ。
諦め悪く誰かゾゾについて来てくれないかなと思うが望み薄だろう。
ダンさんもジミーさんもルーカスさんも、戦闘能力があるとは思えない。
そういえば、道具屋のジミーさんは風貌がなぜかサウスフィガロの商人風だ。
頭にターバンを巻いて、シャドウほどではないにせよ素顔を隠している。
確か、画面上でのブラックジャックの道具屋さんはリターナー兵とお揃いの服だったはずなのに。
本部で見かけたリターナーのやつらも一貫性のない服装だったくらいなので、ゲームのグラフィックとはあまり関係がないのかもしれない。
私が言えた義理でもないけれど、ブラックジャック号に乗っているのはワケありの人間ばかりだ。
一度人生を捨てたような後ろ暗いところのある素性。
もちろん、言いたくないならその辺りについて不躾に突っ込むつもりはない。……ないの、だが。
「なんかジミーさんに避けられてる気がするんですけど」
「だろうな」
私の抱いた疑問をセッツァーは呆気なく肯定した。
だ、だろうな、って。避けられて当然だろうなってこと?
もしかすると私は、他人の秘密を暴き立てては面倒を起こすタイプの人だとでも思われているのだろうか。
どうでもいいことならともかく、こちらだって怪しい身の上なのだから他人に対して余計な詮索はしませんよ。
警戒されて避けられているのだとしたらちょっとばかり傷つく。
眉をひそめた私に気づくと、セッツァーは何も言ってないのに「そういうんじゃねえよ」と苦笑した。
「あいつは人見知りが激しいだけだ。そのうち慣れるから気にするな」
「人見知りっすか……」
帝国から来たという私のキャラクター設定が余計なプレッシャーを与えてしまったのだろうか。
しかも元は要人のお世話係。
帝国人も乗り込んでくるブラックジャックで商売をしているジミーさんには扱いにくい相手と言えるかもしれないな。
でも実は彼が道具屋業に励んでいるところってあまり見かけない。
カジノにお客さんが入っていても商品を売り込みに来ないので、ブラックジャックに道具屋があるということを知らない常連もいるほどだ。
ちゃんと儲かっているのか心配になる。
それも人見知りのせいなのだとしたら、どうして彼は道具屋なんかになったのか頗る謎だ。
在庫補充のためジミーさんはジドールで取引先をまわる予定だった。
朝から憂鬱そうな顔をしていたのは営業が嫌だったからなのかもしれない。
「なんだったら私が代わりに営業してあげようかな」
私もセッツァーの客と話をしに行くし、その時ついでに商品を持ち込んで売りつけるくらいはできると思う。
そう言うと船長はなにやら少しだけ表情を和らげて頷いた。
「いいんじゃないか。あいつは知らないやつと知り合いになるのが苦手だからな。商売を手伝ってやれば、すぐ懐くだろうよ」
そうなれば嬉しいね。
そもそも明らかに商売向きでない性格の彼を船に乗せて、ろくにお客さんの来ない店を善意で続けさせてあげているのはセッツァーだ。
たまに船長がカジノですっからかんになった時には道具屋の仕入れ先を頼って臨時の運送業を営むこともあるけれど……。
まあ、基本的には赤字続きのジミーさんをセッツァーが養っているような形だった。
セッツァーはたぶん、彼の秘密を知っているんだろうなと思う。そして他の二人についても同様だ。
装備ひっぺがしおじさんことダンさんもまたジミーさんと同じく素性がまったく知れない。
特に聞き出そうとしたことはないけれど、なんとなしに聞かれないようはぐらかしている気配も感じる。
カジノに顔こそ出さないもののギャンブルは好きそうだし、年功序列なんか頭の隅にもなさそうなセッツァーがダンさんには心なしか礼儀正しい態度をとる。
整備もしてるので飛空艇関係の人かと思ってたが、若干のヤクザ臭も感じてしまう。
たぶんセッツァーと同じ渡世人ってやつなのだろう。こっちこそ深く突っ込むと恐ろしいのでジミーさん以上に何も尋ねないようにはしている。
彼らと比べたらリフレッシュ係ことルーカスさんはとても明け透けだ。
人懐こい彼は私がカジノに客を呼んでくるとあっさり打ち解けて、あれこれ勝手に話してくれた。
見た目からして上品で高い教育を受けてきた様子が見て取れるのだが、やはりルーカスさんはジドールの上流階級出身だった。
ただしギャンブルで身を持ち崩しかけて実家からは勘当されているという。意外にも駄目人間だった。
セッツァーに拾われてから、ギャンブルは見るに留めて自分では参加しないと決めているらしい。
他人の人生が鮮やかに咲いたり呆気なく散ったりする様をのんびり眺めているだけでも快感なのだとか。意外にも危ない人だった。
……それを面白く感じる気持ちは正直とてもよく分かるけどね。
カジノって空間には、他人の人生が凝縮されているんだもの。下手なテレビドラマを眺めるよりずっと興味深い。
そういうわけで、ブラックジャックの乗組員はわりと詳細不明の曲者揃いだ。
そしてその筆頭こそがセッツァーだったりするのだ。
考えてみれば我らが船長も、出身地から身分から悉く謎に包まれている。
元列車強盗のシャドウよりは正規のプロフィールも公開されていて身元がはっきりしているように感じてしまいがちだけれど。
よくよく思い返せば生まれも育ちも飛空艇に乗るまでの経緯も、乗組員三人との関係も、ほとんど何もかも不明だった。
いきなり現れた怪しい私をすんなり雇ってくれるのなんて絶対にセッツァーしかいなかっただろうなと今にして思う、本当に。
ブラックジャックがジドール近くに着陸すると、セッツァーは船内へ戻り際に私の肩を軽く叩いた。
「おいユリ。道具屋を手伝うのはいいが、あんまり仕事をしすぎるなよ。気楽にやるのがうちのルールだ」
「アイ・サー。でも、楽しい仕事なら忙しいのは苦にならないんで大丈夫ですよ」
「ならいいけどな。ジミーは最近へこみ気味だ。あいつの息抜きついでにお前も適当にやっとけ」
「ありがとう」
「礼を言うんじゃねえよ。まるで俺が親切なやつみたいだろ?」
「親切かどうかはともかく、優しくていい人だと思いますよ」
「……」
おっ、珍しく照れたな。
私生活に雑すぎるところはあるものの、元の世界でのことを思えば涙が出るほどいい上司だと本気で思う。
チンピラもどきな面もあるけど結構な大人物だよな。
少なくともこのブラックジャックの居心地のよさは、セッツァーの度量の広さが作り上げているものだと言える。
他人には打ち明けられない素性を持つ人々を何も言わずにまるごと受け入れてくれるのだから。
感謝してますよ、本当に。
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