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🔖解放空間
あとのことをラムウに任せてゾゾを出た私だが、相変わらず武器もなければ戦えもしない。
というわけで、山を回り込んですぐ南にあるジドールまでの短くも危険な道のりをダダルマーの手下たちが護衛について送ってくれた。
もう……ありがたすぎて涙が出そうだ。
プレイ中の印象に反してゾゾのやつらはみんな好意的ないいやつばかりだった。それもこれもラムウの仲介があってこそではあるのだろうけれど。
とりあえず誰がティナを探しに来ても対応できるように、仲間全員の外見的特徴を彼らに教えておいた。
いつものごとく喧嘩を吹っ掛けるのは構わないけれど死ぬ前にはさっさと逃げ出してくれるよう頼む。
モンスター扱いではあるが、彼らは単なるゾゾの住民だ。できる限り死んでほしくないし、仲間たちに彼らを殺してほしくもない。
私の知り合いという誼で戦闘が避けられることを願っておくとしよう。
さて、心暖まる皆様のご厚意に支えられて到着したジドールの街。
青空のもと明るく美しくゴージャスな町並みはスラム街であるゾゾとのギャップが酷い。
全身ずぶ濡れのままでは私がどこから来たのか丸分かりなので、濡れないよう隠し持っておいた服に着替えておく。
でもちょっと湿っぽいな。仕方ないか、ビニール袋なんて代物は無かったんだもの。
ニケアの時は運よく短期アルバイトが見つかったけれど、貴族の住まうこの街で飛び込みの職探しは難しそうだ。
一にコネ、二にコネ、三四がなくて五にコネ就職という感じに違いない。偏見だが。
マッシュ編以上の長時間滞在となるであろう今回。ロックたちが来るまでどうしようかな。
ひとまず比較的安そうな酒場に入ってみる。
ここで雇ってもらえたとして芋の皮剥き程度の雑用で魔石代を稼ぐのは難しい。
しかし下働きでもとにかく雇ってさえもらえれば、酒場の客と親しくなって芋づる式に上客を捕まえることも可能ではないかと、期待して……。
店内を見回してあり得ないものを発見し、思わず二度見する。そんなまさか。あまりにも都合がよすぎるのでは?
いやこの場合は不運というのか幸運なのか、私にも分からない。
酒場の店主よりも先に私の視界へ飛び込んできたのは、大きなテーブルを一人で占領している明らかに堅気ではない傷だらけの男だった。
派手な黒コートと銀髪が異様に目立つ、まさかのセッツァー・ギャッビアーニさん(27歳・賭博師)だ。
やべえどうしよう思いの外ヤクザ。絶対に話しかけたくないどころか遠巻きに眺めるのも避けたいタイプのやつだ。関わったら死ぬか殺される。
顔、怖すぎるだろ。あれマジで仲間キャラなの? 出る作品間違えてるよ。
というかレオ将軍の時も思ったが、ドット絵のかわいさはどこへ消えてしまったんだ!
天野絵成分が濃すぎる! あの独特のタッチをリアル造詣に持ち込んでも魑魅魍魎にしかならんだろう。
いやいや落ち着け私、深呼吸だ。顔は怖くても中身はセッツァー。
大体、アサシンのシャドウとだって平気で会話できていたじゃないか。今さらギャンブラーが何だ。賭博師なんか怖くない。
見た目は確かに関わっちゃいけないぜオーラを醸し出している。
しかしあれの実態は有名女優を誘拐するという予告状に「さすらいのギャンブラー」なんて署名しちゃう愉快でお茶目な男だぞ、と自分に言い聞かせる。
なんか、あんまり怖くなくなった。
勇気を振り絞ってそのテーブルに近づき、漂う濃厚な酒の匂いに辟易としつつ声をかけてみる。
「お兄さん、ちょっといいですか」
「あァ?」
ヤンキーも裸足で逃げ出すほどドスのきいた声で威圧された。
うわあ、やっぱり怖い! 帰りたい。ゾゾに帰りたい。キッチン風呂トイレなし三畳一間のゾゾに。
いやダメだ、金のため魔石のため豊かな暮らしを送るためにはブラックジャックの様子を先に見ておかなければならないのだ。
もし生活上必要な設備が揃っていなかったら、ロックが来る前に対策しなければいけないのだから。
セッツァーの眼力に怯えつつ、さすらいのギャンブラーさすらいのギャンブラーと心の中で唱えてみる。
とにかくガラが悪すぎるよ目つきがキツすぎるよ、さすらいのギャンブラー。
それでも、もう話しかけてしまったから覚悟を決めなければ仕方がない。
「わたくしユリと申します。単刀直入に言いますが、仕事をくれませんか? 帝国で職と家を失いまして、お金も着替えも今晩の食事もなくて困ってるんですよ」
「ふん。ワケ有り、か。どうやって帝国からここまで来たんだか」
てっきり「面倒事は御免だぜ」とか言って追い払われると思っていたのだが、セッツァーは意外にも私に椅子を勧めて先を促してきた。
聞く気はあるってことか。
そりゃまあ面倒事が嫌いならギャンブラーにはならないよなと納得する。
おっかなびっくり隣の椅子に座らせて頂くと、やはり酒臭い。どんだけ飲みやがったんだコイツ。
セッツァーに遭遇するとは予想外だったが、ブラックジャックで働くことが許されれば非常に助かる。
魔石を買う金を稼げるだろうし、うまくすればオペラ座イベントのサポートもできるかもしれない。
優雅にワイングラスを傾けながらセッツァーは不躾に私を観察している。
「なんで俺に話を?」
「あなたが一番お金持ちそうだったのが一番の理由です。その洒落たコートはどう見ても特注品だし、とても質がいいですよね」
「ほう、分かってるじゃねーか!」
やはりオーダーメイドの服を褒められるのは嬉しいらしく一気にセッツァーの機嫌が良くなった。
笑うと子供っぽいというか、ガキ臭くなるので顔の傷と眼力の恐怖も薄れる。
よし、もう一押しだ。
「それに私もどうせなら男前の下で働きたいと思いますので。そういう点でも、あなたに声をかけさせていただきました」
これは本音である。物騒な傷痕に目を瞑ればセッツァーはかなりの美形だった。
フィガロ兄弟ほど整った容姿ではないけれど、自信に満ちた強い目元には野性的な魅力がある。すごくモテそうだ。
それだけに顔の傷がなぜできたのかもなんとなく察せられる。十中八九、女絡みだろう。
あからさまな煽てにあっさり乗ったセッツァーは上機嫌でワインを飲み干した。どうやら好感触の模様。このまま雇ってもらえればいいのだが。
「で、何ができるんだ?」
「以前は要人のお世話をしていたので……炊事洗濯掃除と、そちらの職業によって細々とした雑用なら何でもやります」
「俺が誰か知らねえのか?」
「あ、はい。すみません。こちらのことには疎いので」
「ふぅん……」
ちょっと機嫌を損ねてしまったかと焦ったものの、セッツァーはむしろ私が彼を知らないということに安堵している様子だった。
……大量の酒。不機嫌な表情を浮かべて安酒場で一人飲み。
私がセッツァー・ギャッビアーニを知らなくて安堵するのは不名誉な事情があるからか?
賭けに負けてやけ酒でも飲んでいたのか。だとすると少し困ったことになる。
セッツァーがカッコ悪くても私は気にしないけれど、彼には金をたっぷり稼いでもらわなくてはいけないのだ。
私のために仲間のためにそして高価な魔石を買うために。
世界で唯一の飛空艇にして空飛ぶカジノ船でもあるブラックジャック号が現実にどういう管理・経営体制をとっているのかは定かでない。
ゲーム画面上では道具屋とリフレッシュ係とひっぺがしちゃうおじさんしかいなかった。船の維持費用を稼げているとは思えない。
もし現在カジノ経営をセッツァーが一人で行っているとしたら、場合によっては私も経理業務くらいこなせるだろう。
利益が上がれば後の助けになる。やはりなんとしてもブラックジャックに乗りたい気持ちになってきた。
この反応を見る限り人手不足なのは間違いないと思う。
マリア誘拐も間近に控えているというのに無計画でございますこと。
契約成立の可能性が高くなってほくそ笑む私をよそに、セッツァーはここでようやく名乗った。
「俺はセッツァー・ギャッビアーニだ。ある船のオーナー兼船長をやってる。お前、名はなんてぇんだ? 実名は名乗れるのか?」
さっき名乗っただろうが聞いてなかったのかよ、という罵声は飲み込んで、なるべく人当たりのいい笑みで答える。
「ユリとお呼びくださいませ」
ファミリーネームを言わないのはまずいだろうかと思ったが、セッツァーは気にしていないようでホッとした。
素直に言って、どこの国の名前だよと突っ込まれても困るからな。
髪や目の色も相俟ってドマ出身者と誤解されるのか、名前については今まで誰にも突っ込まれたことがないけれど、姓はちょっと危険な感じがしている。
ミナやシュンを例に挙げるならドマの人は日本風の名前だが、彼らのファミリーネームはカイエンの“ガラモンド”だ。
私の名はともかくとして、姓はおそらく「ドマ出身です」では誤魔化せないと思われる。
どう見てもドマっぽいのに帝国から来たという私。セッツァーは別段、引っかかりを覚えなかったようだ。
寛容というか大雑把というか……。
最初に彼を見つけたのは、やはり幸運だった。たぶん他を当たっても都合のいい職は見つからなかったに違いない。
「いいぜ、ユリ。雇ってやるよ。ちょうど使用人が必要だと思ってたところだしな」
やった。そうなってほしいとは思っていたけれど、こうもすんなり話が通るとは思っていなかった。
セッツァーの雑な性格……もとい懐の広さに感謝しておくとしよう。
使用人ということなら後々誘拐するマリアの世話でもさせるつもりなのかもしれないな。
実際、彼女をずっと飛空艇に乗せておきたいなら男所帯ではまずいだろうから。
セリスそっくりの美人女優マリアのお世話をしてみたい気持ちもあるけれど、ここはオペラ座イベントを滞りなく進行する根回しに専念させていただこう。
セッツァーが、ちゃんと偽マリアを誘拐してくれるように。
お金を稼げて仲間を迎える準備もしておけるなんて、これほどありがたいことはないですね。
もしかするとシナリオを円滑に進めるために便利なフリーキャラとなった私を利用するべく、世界に何らかの力が働いているのかもしれない。
たとえば運命ってやつなんかが。
そうであればいいと思う。願わくば、すべてがうまくいきますように……。
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