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🔖君だけの世界



 テントもしくは砂漠の小屋。フィガロ城での豪勢な歓待に、サウスフィガロで一番安い宿。あとは野宿。
 あまりにも極端な宿泊体験しかしていない私は、この世界の生活水準が如何程なのか未だにさっぱり把握できていなかった。
 産業革命が終わってかなり経つと思うのだが、魔法のお陰というか魔法のせいでというか、向こうの世界より文明の進歩が遅れている気もする。

 今まで、不便な暮らしは最初だけで飛空艇を手に入れて以降は貧乏から脱却できるのだと自分を慰めていた。
 しかし近頃、果たして本当にそうなのかと疑いを抱き始めている。
 ここも世界の平均からは程遠い極端な僻地ではあるけれど、ゾゾの街はマジで引くほど不便なのだ。
 街と称していいのか迷ってしまうくらいに。

 まずもって建物のすべて住居としての機能が不十分に過ぎる。雨さえ凌げればいいという感覚で、生活に必要な設備がまったく揃っていない。
 ティナが辿り着いたビルの全室を探索したが、トイレも風呂も台所でさえも見当たらないので驚いた。
 街の住民いわくトイレはそこらですればいい、風呂は年中シャワーが降ってるから不要とのこと。正気の沙汰ではない。

 まあ、いくらなんでも雨を飲んで生きているわけではないのだから台所は必要なはず。そう思っていた時期が私にもありました。

 ゾゾの住民は揃って脳筋だから、雑に切って焚き火で焼いただけのモンスター肉が主食だ。
 あとは食べられる草を雨水で煮ている。一応、大気が澄んでいるのでここの雨は飲んでも平気らしい。
 そんなわけだから建物すべて廃墟であるこの町のどこを探しても調理場の類いは無い。
 もちろん町で唯一の来客用施設である年中無営業の宿屋にも台所など存在しない。
 調理済みの食べ物が欲しければ、気まぐれに訪れる行商人から買うしかない。

 丸焦げあるいは生焼けの肉しか食べられないのに平気で暮らしているなんてあり得ない。
 いいやつは馬鹿なものだとはラムウの言葉だった。結構酷いことを言っている。
 でもジドールを追い出された貧しい人々の集落から始まったというゾゾの街、意外と気のいい住民ばかりなので、ラムウの言葉は正しいのだろう。
 つまり皆いいやつで、正しく馬鹿ってことだ。

 で、まさか他の街の文明レベルがここまで悲惨だとは思わないけれど、飛空艇内にどれほどの設備があるのか戦々恐々としているわけである。
 もしブラックジャック号がゾゾレベルだったら……、拠点を得る意味がない。


 そんな私は今、不安を燃やし尽くすかのように一生懸命お肉を焼いている。
 ファイナルファンタジーでモンスターハンターをやるはめになるとは思わなかった。
 近頃はプレイ時間稼ぎに手頃な合成や調理を強要されるゲームが多いですからね。
 これもなにかしらの経験値になるというものだ。

「はいミディアムレアお待ち」
「おお、これは美味そうだな。黒くも赤くもない肉を見るのは久しぶりだ」
「悲しくなるからやめてください」
 切って焼いただけの肉でも差し出せばラムウは「人間らしい食事にありつけて嬉しい」と言って喜んでくれた。
 普段どんな代物を食っているのかと泣けてくる。

 ちなみに材料となる肉を持ってきて火を起こしてくれたのはダダルマーと愉快な手下たちだった。
 あいつらどうしてティナのいる部屋を守るように立っていたのかとプレイ中も不思議だったが、どうもラムウの護衛というか舎弟であるらしい。
 ティナや私のために何かと動いてくれるのでとても助かっている。

 ちなみに今まで一度も真実と逆のことを言われたりはしていない。
 ゾゾの住民は協調性のない社会不適合者ばかり揃っているけれど、身内同士ではそれなりに仲良くやっている。
 最低限は助け合わなければ人の立ち寄らないこんな場所で生きてはいけないからだ。

 余所者に排他的な嘘つき集団というのも、敵から身を守るための手段に過ぎなかった。
 仲間として受け入れた者に対しては普通の人間として接するのだ。
 そして彼らのまとめ役をやっているのがラムウだった。ラムウが話をつけてくれたので私たちも街に受け入れられている。
 まともな暮らしが望めない街など捨てて他の場所で生きていけばいいのにとも思う。
 けれどおそらくは、この不便な場所で生き続けること自体が彼らのプライドなのだろうな。

 うまいうまいとご満悦で肉を頬張るラムウをじっと観察する。
 作品によっては威厳に満ちた偉大な召喚獣として描写されるが、このラムウは人間臭すぎてただの爺さんに見える。
 人間のふりをして暮らしてるせいもあるのだろうが、若干前作を引きずってるのではないかと私は疑っていた。

 幻獣は本来ならば何も食べなくても生きていける。世界に満ちている魔力に触れているだけで肉体を保つには充分なのだとか。
 しかしラムウは人間に成りすまして生活しているので、周囲に怪しまれないようにこうして食事をとっている。……というのは建前だ。
 他人に無関心なゾゾのやつらは「あれ、あのジジイ何も食わすにどうやって生きてるんだ?」なんていちいち気にかけやしない。

 むしろ皆、ラムウが人ではないことに半ば気づいている様子。
 隠す必要などないのだ。だから食事はラムウにとって単なる趣味だった。
 人間っぽさを満喫するための。そして退屈な隠居生活で気を紛らわせるための。研究所に囚われている仲間たちのことを思考の隅へと追いやるための……。
 気分転換のために、必要のない食事を楽しもうとしている。

 ティナの暴走を抑えるばかりでなく、窓から突っ込んでボロボロになった私の治療もしてくれた礼にと用意した肉。
 味つけもなく料理とも呼べない代物だが、せめて焼き加減にだけは拘った。
 その甲斐あって、あっという間にラムウの腹へおさめられた。
 こうもガツガツ食べてもらえれば見ていて気持ちがいい。
 この世界へ来て初めてまともなことができた気がする。ニケアのバイトでは掃除と下働きしかさせてもらえなかったからな。

 さて、せっかくの肉だからティナにも食べてもらおうと思ったが、全身の毛を逆立てて思いきり拒否されてしまった。
 フーッて言われた。ショックです。余った肉はダダルマーたちがおいしく頂きました。

 ティナはひとまず落ち着いているけれど、いつまた暴走するやら分からない状態だ。
 私がよそのビルへ行っている間にも、壁をキックでぶち抜いて出入り口を作ったり、ファイアを乱射して窓のサイズを大きくしたりとDIYに励んだ痕跡がある。
 ラムウが魔法で抑え込んでくれるけれど、この状況はまず第一にティナの健康によろしくない。

 トランスを使った際に彼女の能力値は人間の時以上に引き上げられる。
 それは即ち、人間に戻った時に限界以上の運動をした状態になっているということだ。
 負担が大きすぎるからこそトランスしていられる時間には制限がある。
 なのに理性をなくした今のティナは余力がなくなってさえトランスし続けている。
 これからロックたちがここへ辿り着いて、飛空艇を手に入れ帝国からマディンの魔石を持ち帰るまで、ティナは限界以上を維持しなければならない。

 なんとか対話で穏便に落ち着かせたいところではある。
 しかしスリプルで強制的に眠らせなければティナにとっても危険なのだ。
 人間扱いしてあげたいのに……。

 思い悩む私にラムウが慰めの声をかけた。
「暴れすぎて疲れたならば自然と眠りにつく。その間に正気を取り戻す方法を考えればよい」
「一応、仲間が追いついて来たら魔導研究所へ行く予定なんです。そこにティナを知ってる幻獣がいるから」
「南へ渡る宛はあるのか? 船は出ておらんぞ」
「宛というか、心当たりはあるんですけどねー」
 ティナの負担を減らすためにも円滑に事を進めたい。皆が来るのを待ちながら私にできることがあればいいのだけれど。

 ティナが暴れ狂っている時は私がいても邪魔になるだけなので、ラムウが彼女を大人しくさせた後に子守唄を歌ったり名前を呼んであげたりするのが精一杯。
 つまるところ、ラムウさえいてくれたら私がここにずっといる必要はないんだ。
 先にセッツァーと話をつけておくことはできるだろうか?

 いや、下手なことをしてオペラ座イベントが消滅したら大変だ。
 あれがないとロックとセリスの仲が進展せず、下手すると崩壊後にセリスが孤島から旅立ってくれない可能性すらある。
 やはり先の展開を知っていてもできることは少なかった。

「異界の知識があっても彼女を助けてやれぬか。ユリよ、この娘の正体を知っているのであろう?」
「知ってても、物事には順序ってもんがあるのですよ。勝手に先走って悲惨な結末を招きたくないし」
「まったくもって面倒じゃな」
 そういえば、ラムウには私が異世界から来たということを既に伝えてある。
 というよりも私が貧血から復帰した時に向こうが気づいてくれちゃったのだが。

「……ところで、なんで私がこの世界の人間じゃないって分かったんですか?」
「お前さんには一切の魔力がないからだ。死体であっても、機械であっても、この世界に存在する限り僅かでも三闘神の力が感じられるはずだが」
「私にはそれが全くない、と」
「この世界に存在し得ない者ならば、別の世界からやって来たのであろうよ」

 たとえばの話、霊感がなければ霊は見えないが、霊の側からしても霊感がない人間の姿は感じ取れないのかもしれない。
 魔導エネルギーの塊である幻獣から見ると、魔力のない私はさしずめボヤッとした幽霊のように見えるのだろう。
 そこに存在するのかしないのか、ひどく曖昧なモノ。

 私の正体をあっさりと見抜いたのはラムウで二人目だった。そのもう一方は幻獣ではない。
 あいつもやはり魔力の有無で気づいたのだろうか?
 思えば、フィガロ城で最初に遭遇した時から“知っている”風ではあった。

「私の秘密、ケフカにもバレたんですけど同じ理由ですかね?」
「あれは人の枠を越えておる。否、枠を壊されたと言うべきか。幻獣に近い“目”を持っていると言っても過言ではないな」
「むう……面倒くさいなあのピエロめ」
 幻獣にバレるのはいいけれどもあいつには知られたくなかった。
 だってケフカは、私が異世界から来たという秘密だけでなくゲームのプレイヤーであることまで感づいている様子なのだ。

 同じシリーズのタイトルであるディシディアファイナルファンタジーに登場する際のケフカには“プレイヤーの姿が見えている”という裏設定がある。
 精神に異常をきたしたケフカの脳味噌は、野心家の悪人や自我を持たない悪意の権化といった他ナンバリングの悪役とは一線を画しているようだ。
 しかし完全にイッちゃってる異説のケフカと違って今のヤツは人間の範疇に留まっているはず。それがゲームプレイヤーの存在に気づいているとしたら。

 あの時「勝手なことばかりしやがって」とか言っていた。
 自分がゲームのキャラクターだと知っているなら、私がプレイヤーだと気づいているなら。
 手の届かない場所から見下ろして他人の人生を肴に楽しむ“私”を憎む気持ちも分からなくはない。あの憎悪を籠めた視線……。
 でも、だからって納得なんかしない。私だって好きで来たわけではないのだ。
「なんでいきなり引っ張り込まれて逆恨みされなきゃならないんだ。私が気に入らないならご自慢の超人的パワーで帰してくれればいいのにあの野郎」

 ぶつくさと毒を吐く私を黙って見ていたラムウだけれど、不意に奇妙な表情を浮かべて口を開いた。
「やはり元いた世界に帰りたいか?」
「そりゃもちろん」
 こっちより良いとも悪いとも言えないけれど、生まれ育った世界だから、ただそれだけで大切なのだ。帰りたくないはずもない。
 即答した私をしばらく見つめ、重たい溜め息を吐いてラムウが告げたのは意外な事実だった。

「遠い昔にも異界からの来客があった」
「え……遠い昔って、いつ」
 まさかの異世界仲間がいたとは。
 でもラムウの言う昔ならそれは魔大戦以前のことになるのだろうか。少なくとも生きているその人には会えなそうだ。

 私と同じく現実からやって来たのか、他にも異世界があるのか、なぜゲームのオープニングではなく遠い過去に飛ばされなかったのか。
 瞬時に思考が駆け巡る。しかし、いや待てよ?
「それってもしかしてゾーナ・シーカーのこと?」
「ああ。ヤツは突然この世界に現れ、そして戻れなかった」
 うーん、そうか、残念。

 ゾーナ・シーカーと私は違うのだ。
 だってあれはちゃんとゲームに登場するキャラクターだから、異界は異界でも“世界観の設定としての異界”だ。データの外からやって来たわけではない。
 だからゾーナ・シーカーが帰れなかったからといって私もそうだとは限らないのだが。

 すべてが謎に包まれた幻獣。
 元々が人間だったのかは知らないが、幻獣になった時点で帰還の道は閉ざされてしまったのだろうと考えると憐れに思う。
 生まれた世界に帰ることなく魔石になって……魔石に……ゾーナ・シーカーの魔石?
「しまった!」
「うん?」
 忘れていた。ゾーナ・シーカーとゴーレムの魔石は、もうじき売りに出される。入手の方法を考えておかなければ。

 習得魔法から言えば必須ではないけれど魔石は一応コンプリートしようと思っている。だってエンディングを迎えた時に彼らは消えてしまうのだ。
 どういう経緯で人間界にいて、何があって魔石と化したのか事情はそれぞれ違うだろうけれど、誰にも知られず消えていくのはあんまりじゃないか。
 せめてそういう幻獣がいたのだと、世界を守る手助けをしてくれたのだと、覚えている人がいればまだしも救われる。
 ゲームでは何度でも購入のチャンスがあるけれど、現実では人手に渡ったら二度と見つからないだろう。

 それにしても二つで三万ギルは金銭的に苦しい。ロックたちの手持ちではとても足りない。私はもちろん無一文だ。
 ベクタ脱出のあと悠長に金儲けを企む暇があればいいけれど、もし買えなかったらどうしよう?

「あー……ラムウ、悪いんだけど私やっぱり、ジドールに職を探しに行こうと思います。ティナをお願いしていい?」
「引き受けよう。暴走を抑える他にできることは少ないがな」
「魔導の力ってやつで呼び続けてあげてほしい。誰かが名前を呼んでくれなきゃ自分の存在に疑問を抱いて絶望してしまうから」
「経験談か」
「まあね」

 私もナルシェの地に足をつけた瞬間、孤独の中に放り込まれたものだ。
 あちらの世界で生きた記憶を持っているのは自分だけ。今までの人生、私の存在そのものが夢や妄想ではないかと疑った時、否定できなかった。
 ティナという他人が私の名を呼んでくれるまで自分が本当に生きて此処に存在するのか確信を抱けなかった。
 ティナが今までに築いてきたティナという存在を忘れてしまわないように、彼女の大切な名前を教え続けてあげなければ。

「ああそうそう、あと私がいない内に仲間が来るかもしれないので伝言お願いします。時計を調べろって言っといてほしい」
「……宿屋のあれは盗賊どもが隠した宝だぞ?」
「そういうの好きそうな人が来るんですよ。もし調べても分かんないようなら6時10分50秒って教えてあげてください」
「ふむ。まあ、引き受けよう」
 ロックなら見つけられると思うけれど、盗賊に話しかけず、宝が隠されていることさえ気づかずに終わる可能性もあるからな。ヒントだけは与えておこう。

「ティナ……」
 最後に振り返るとティナは苦悶の表情で眠っていた。
 ものすごく不安だ。ラムウがいるとはいえ、置いていきたくなかった。
 そばにいたい。目覚めるまでずっと手を握っていたい。
 でも、孤独に消えてしまうかもしれない幻獣を助けることはティナを救うことにも繋がると思う。

「行ってくるよ。未来のティナを一人にしないために」
 ティナはいずれ人間としての生を選ぶ。その時に命の半分は消滅してしまう。
 今ここにある“幻獣としてのティナ”はいなくなってしまうんだ。
 だから彼女が還っていく世界の、あちらの仲間も守ってあげたい。


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