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🔖鋭い痛みを孕んだ心



 フィガロ城を発ち、コーリンゲンの街を目指して歩く。
 そこで手がかりを得られなければティナを探す宛はなくなるというのに、マッシュは少しも憂いのない顔だ。
「正直、俺はそんなに心配してないよ。ユリがついて行ったんだからティナの安全は確保してるはずだ」
 それがユリを信頼しているがゆえなのか、マッシュが楽観的すぎるのか、私には分からなかった。

 ロックは胡散臭そうに首を振る。
「どうだかな。ついて行ったとは言うけど、咄嗟に掴まえて離せなくなっただけだろ? そもそもユリが無事かどうかも……」
 その先は口に出すことも躊躇われたようで、慌てて口を噤んでしまった。

 氷漬けの幻獣を守る戦いにも参加しなかったユリは、一般人以下の身体能力しか持たない脆弱な存在だという。
 ベクタの奥深くに隠されていたティナの世話係ならば無理もないことだ。きっとろくに体を動かす自由さえ与えられていなかったに違いない。
 確かに、そんなユリが暴走して空を飛び回るティナにしがみついたまま無事でいるのかは気にかかる。
 それでもマッシュは自信をもって「大丈夫だろう」と言い切った。

「あいつ、ティナの暴走を予測してたみたいなんだ。何かしら考えてるから一緒に行ったんだと思うぜ」
「って、分かってたなら暴走する前に止めろよ」
「それは無理だな。ティナが幻獣に引き合わされることは、ロックにだって止められなかっただろ?」
「そりゃまあ……、そうなんだけどさ」
 リターナーに誘った身として罪悪感があるのだろう。ロックは未だ複雑そうな顔をしていた。

 ティナの正体は謎に包まれている。
 幻獣の放つ光に共鳴するかのごとく変身したあの姿は明らかに人間ではない……しかし、普段の彼女は真っ当な、ごく普通の少女だった。
 彼女が持つ魔導の力について知るために、幻獣との対面は避けて通れない道。バナンの指示がなくともいずれ必ず暴走は起こっただろう。
 そしてユリが暴走の危険を事前に教えてくれたとしても、あの場にいた誰もティナを取り押さえることはできなかった。
 だから彼女は、とにかくティナのそばについていることだけを考えたのだ。

 ロックは我を失ったティナと共にあるユリの身の安全をひたすらに心配していた。エドガーも彼女を気にかけている。
 でもマッシュはむしろ、ユリがティナを守っているはずだと考えている。ナルシェに残ったカイエンとガウも同じ考えのようだった。
 短い間ながら共に旅をした彼らにとって、ユリは一方的に守らなければならない弱き者ではないのかもしれない。
 じゃあ、私は……。私は彼女のことを判断できるほどによく知らない。


 ナルシェ防衛作戦の大部分を立案したのはユリだ。
 人数の足りない我々を更に複数の部隊に分割して、あえて私とティナに破壊力のある攻撃魔法を使わせなかった。
 ユリいわく、帝国軍は個人差もあれど全員が魔法に慣れている。目の前で炎が吹き出し氷塊が降り注いでも恐怖に駈られて錯乱することはない。
 威嚇にもならないのであれば、私たちの魔力を無駄にするだけだと。

 帝国にいた時には強者の証であった魔法が、それを知らない相手にしか最上の効果を発揮できないと聞かされて愕然とした。
 しかしそれは尤もなことだった。
 数で押されてしまえばたった二人きりの魔導士には為す術もない。
 もしもナルシェで私とティナを中心とした作戦を組んでいたら、押し負けていた可能性も決して低くはなかった。

 ユリは体術に特化した戦士であるマッシュたち三人のみを前衛に置き、私とティナには彼らが死なないようケアルを唱え続けてほしいと頼んできた。
 マッシュたちを生きた盾として扱う。傷を負っても魔法で治癒し、休むことなく戦わせる。そうすれば前衛は最低限の人数で務められる。
 それはまさに帝国的な、人間を顧みない冷酷な戦略だった。

 いくらケアルで治癒できるといっても敵が来れば彼らは酷い怪我を負うのだ。
 まだ幼いガウも何度となく剣で斬られながら、それでも傷を癒され終わりなく戦い続けた。
 戦いを知らないユリがそんな作戦を立てたことが不思議でならなかった。

 もちろんその作戦には明確な意図がある。
 ユリは、効果の薄い攻撃魔法ではなく魔力消費の少ない回復魔法で敵を威圧したのだ。
 数で勝る帝国兵に、不死身の敵に相対するという恐怖を与える作戦だった。
 たかが三人の守備兵を抜こうと強引に押し進んできた者共を、より多く、より速やかに、より確実に殺すために。
 そしてまた攻撃魔法を使わないことで、こちらの同士討ちを防ぐ狙いもあった。

 始めに多くを殺して敵を恐怖に染められれば、戦いは早く終わる。結果的には正々堂々と戦うよりも失われる人命は減る。
 実のところ、あれは私がマランダでとった戦略と同じだ。人命を物言わぬ駒に置き換えて冷静に人を殺す策を企てる、有能な参謀による提言だった。
 おかげでマランダはツェンやアルブルグよりも少ない被害で占領された。

 なぜ彼女が同じ思考を有しているのか。
 ユリが冷酷で情のない人だったなら、あるいは幾多の戦歴を重ねた参謀職の人間だったなら納得しただろう。
 けれどロックやマッシュたちの語るユリは、戦いを知らぬ普通の女性。
 ……私も実際にナルシェで話をした彼女と、あの冷静沈着な作戦とが結びつかない。ますますユリのことが分からなくなる。

 ああそういえば、分からないといえばマッシュも同じだ。
「マッシュって、エドガーの弟だったのね」
 フィガロ城の者たちに教えられるまで気づきもしなかったことを思い出した。
 何気ない私の呟きにロックが一拍遅れて非難がましく叫ぶ。
「ええっ!? 今更かよ!」
 ……確かに今更だけれど、だって、仕方がないじゃない。

 言い訳するのも嫌なのでロックを睨みつけると、マッシュが苦笑しながらフォローしてくれた。
「ああ、ちゃんと自己紹介する暇がないままだったもんな」
「でも顔で分かるだろ? 双子なんだし」
 顔では分からなかったのだ。
 人造魔導士は目を使わずに物を見る訓練をさせられる。内面から本質を探るのは、魔導を力に替える術の基礎だった。
 その訓練の影響で、他人の気配や精神ばかりに気をとられて外見的な特徴に目がいかないようになっている。

 言われてから改めて見れば顔立ちがそっくりだと分かるけれど、初対面の段階では二人の気配が違いすぎて双子だなんて思いもしなかった。
 フィガロ国王であるエドガーは頭の中で考えに考え抜いた末、内心とまったく違う言葉を口にすることもできる、ある意味では分かりやすい男。
 帝国には似たような連中が溢れている。尤も、エドガーには彼らと違って誠実さがあるけれど。
 対して、腹芸が得意なエドガーの弟とは思えないほどマッシュには打算がなかった。

 眼前にあるものを、あるがままに受け止める。政略と陰謀の渦巻く王宮では育つべくもない素直な人間性が。
「王様の弟には見えなかった」
「わはは! そいつはよく言われるよ!」
「それ喜ぶとこか? 怒っていいと思うぞ?」
 思わずという感じのロックの言葉に「べつに怒るとこでもないだろ」とマッシュは首を傾げ、私は苦笑するほかない。

 十七の歳に王位継承権を放棄して国を去ったと城の人たちから聞かされた。
 私が他人の力で常勝将軍などと呼ばれ始めた頃から、マッシュは自分の足で自由な世界を歩んでいたということだ。
 一人でも生きていける。まっすぐな信念を持っている。だから揺るぎなく立っていられるのだろうか。
 他人に惑わされず、また他人を惑わせもしない。純粋な眼差しで人の目を見ることができる。

 私から見れば、おそらくはマッシュの方がユリの本質に触れている気がする。
 そして彼がいれば彼女の足取りを追えると確信したエドガーも、やはり弟のことをよく理解している。
 でも私は、未だ理解の及ばない相手であるユリもティナも、きっと無事だと信じきれずにいた。


 なんとか夜になる前に砂漠を抜けてコーリンゲンの街に到着した。
 早々に「寄るところがある」と言ったロックに、この地方には不案内な私とマッシュもついて行くことにする。
 ロックは来るなとは言わなかったけれど、すぐに追って来なければよかったと後悔するはめになった。

 その小屋にはおかしな老人が一人で暮らしていた。
「ロックじゃないかい。久しぶりだ! 久しぶりだ! あんたの宝物は今でも大事に、大事に! とってありますよ……けっけっけっ」
「ああ」
 短く答えてロックは老人に目もくれず地下へと降りて行く。

 そこは、貧しく汚い上の部屋とはまったく違っていた。
 季節外れの花が咲き誇り、地下室全体が巨大な花畑のようになっている。
 よくよく見ればそれらは花瓶に生けられることもなく、ただ切って床に置かれているだけの花の残骸だった。なのに一体どうして枯れないのだろう。

 瑞々しく種々雑多な花に囲まれ、部屋の中央に安置されたベッドで少女が眠っている。
 いや……眠っている、ように、見えた。
 花を踏みつけながら無造作に歩み寄ったロックが虚ろな目をして呟く。
「俺は彼女を守ってやれなかった」
 頬は薄く染まり、唇は朝露に濡れる花弁のように艶々として、生きているようにしか見えなかった。
 床に散らばる花と同じで今にも呼吸しそうなくらい……でも……鼓動が感じられない。そこに横たわっているのは死人だった。

 ロックはその少女に手を触れるでもなく、呆然と眺めている。
「レイチェルは崩落から俺を庇って大怪我を負ったんだ。その時に記憶を失い、俺のことも忘れてしまった。だから俺はこの街を出た」
 見知らぬ男がそばにいたら、彼女が新しい人生を歩めないと思って。

 それから一年後、コーリンゲンが帝国の攻撃を受けたと聞きつけたロックは急いでこの街に戻って来た。
 でも間に合わなかった。救援に駆けつけたフィガロ王国軍のおかげで帝国軍は遠ざけられたものの、レイチェルは既にこの世を去っていた。
「あの時レイチェルの側を離れるべきじゃなかった。……俺は、あいつを守ってやれなかった」
「ロック……でも、これは一体、」
 困惑した様子でマッシュが尋ねる。
 帝国が西大陸の征服に乗り出したのはもう八年以上も前のこと。……遺体がこれほど美しく残っているはずがないのに。

「フェニックスの秘宝。霊界をさまよう魂を呼び戻すという伝説が本当なら……」
 レイチェルは生き返るかもしれない。淡々と告げて、ロックは私たちを振り返ることなく階段を上がっていった。
 マッシュが慌ててその後を追う。私は一人その場に残って、ベッドの近くに寄ってみた。

 死人など見慣れている。けれど彼女は見たこともないほど安らかな顔で横たわっていた。まるでただ眠りについているだけのよう。
「……全然、似てないじゃない」
 約束を守ることに固執する彼が本当に助け出したかったのは彼女だったのね。
 お伽噺の秘宝に縋りつき、今も追いかけている面影を求めて、叶わない願いの代わりに私へと手を伸ばしただけ。


 小屋を出ると何事もなかったかのような空気が戻っていた。
 少し驚いただけですべてを済ませたマッシュは寛容にも程がある。
 他人が口を挟むことではないと分かってはいるけれど、すんなり受け流すには重すぎる事実を知ってしまって私は複雑な気分だ。

 胸の奥にもやもやしたものを抱えたままティナたちの情報を求めて酒場に足を踏み入れる。
 そこでマッシュは急に表情を明るくして、カウンターにいた黒装束の男に声をかけた。
「シャドウ!」
「……お前か。早い再会だったな」
「おう、元気そうでよかった。この間は助かったよ」
 ちょっと待って。
 声にならなかった言葉が喉につまった。ロックを見れば彼も“シャドウ”が何者なのかを知っているらしく顔を強張らせて硬直している。

 マッシュは後ろで蒼白になる私たちを気にも留めず、その男と会話を続けている。
「ユリを探してるんだけど見なかったか?」
「何? ニケアで会わなかったのか」
「いや、会えたんだけど、その後また行方不明になってな」
「こっちの大陸では見ていない」
 なぜ普通に会話しているの。しかも、マッシュと顔見知りであるだけでなくユリのことまで知っているなんて。
「じゃあ、この辺で空飛ぶ女の子を見なかったか?」
「って説明を端折りすぎだ!」
 やや立ち直りつつあったロックがなんとか指摘して息を整えている。私はまだ口をきけずにいた。

 シャドウ……金のためなら親兄弟をも殺すという冷酷非道のアサシン。帝国でも何度かその黒衣の影を見たことがある。
 雇い主への忠誠心などかけらもなく、頼まれれば昔の依頼人でさえ殺す非道ぶりに、マスクの下は人間ではないとまで噂されていた。
 日の光の似合う快活なマッシュとは結びつかないはずの存在だ。
 まさに対極というほかない陰の気配をまとったシャドウは、マッシュの放った突拍子のない質問にも真面目に返答を寄越した。

「女かどうかは知らんが、獣と人間の混じったようなヤツが向こうの家を壊して飛び去るのを見た。あとはゾゾに不気味な獣が住み着いたという噂もある」
「そりゃ怪しいな。ちなみにゾゾってのはどっかの街の名か?」
「ジドールを追われたはぐれ者の集まるスラムさ。住民は泥棒や詐欺師や追い剥ぎばかりの危険な街だ」
 それを聞いたマッシュが急にロックを振り返り、見つめられたロックはこめかみをひくつかせる。
「……今なんで俺を見たんだ、マッシュ?」
「いや、ロックの知り合いがいたら話が早いかなって」
「いない! 俺は泥棒じゃないからな!」

 元帝国の将軍であるとシャドウに知られるのが恐ろしくて床を睨みつけていた。
 やはりマッシュはよく分からない。どうしてアサシンなんかと知り合いなのだろう。
 王位継承権を巡る争いから逃れるために城を出たとか、父親を毒殺されて帝国に怨みを抱いているとか。
 フィガロで聞いた物騒な話が頭の中をぐるぐる回っている。


 ティナを探しに行く目的地をひとまずゾゾの街に定めて、マッシュは詳しい話をシャドウから聞き出していた。
「チョコボで山脈を越えるのは無理だ。行くなら南から迂回するんだな」
「遠そうだなぁ。シャドウ、もし暇なら、」
「マッシュ、ちょっと来なさい!」
 一緒に来てくれと言い出しそうなマッシュを妙な口調で制してロックが酒場の隅に引きずって行く。
 私も後を追おうと固まっている足を動かした時、背後でシャドウが笑った気がして冷や汗が流れた。

「なあ、おい、マッシュ。もしかしなくても東大陸で帝国の陣地を抜けるのを手伝ってくれた傭兵ってのは」
「うん。シャドウだよ」
「あれは傭兵じゃない! アサシンだぞ、アサシン!」
「ロック、声を抑えて!」
「気にすることか? シャドウがいなきゃ俺もユリも戻って来られなかったんだぜ」

 ものすごく大雑把なマッシュの説明によると、ドマを攻めている帝国の陣地を通り抜けることができたのはシャドウの案内があったからだという。
 その後マッシュたちに同行できない状況へと追い込まれたユリを帝国の目から隠してニケアへ送ってくれたのもシャドウだった。
 ケフカの軍勢に先回りしてマッシュたちがナルシェに戻って来られたのはシャドウがいたから。
 つまりあのアサシンは、我々全員にとっての恩人だということになる。

 信じ難い話だった。
 シャドウは誰とも馴れ合わず、依頼人とさえ必要最低限の接触しか行わないと聞いていたのに。
 それとも殺しの仕事でなければ違うのだろうか。確かにマッシュとは普通に話していたけれど……。

 戸惑う私たちの背中に、とうのシャドウ本人から声がかけられる。私とロックは揃って飛び上がった。
「犬のエサ代くらいで手伝ってやってもいいぜ。……3000ギルってところだな」
「本当か? そりゃありがたい」
「高いな。やめとこう。遠慮する」
 必死で訴えかけるロックの視線をもはや分かって無視しているとしか思えないマッシュがベルトから財布を外してお金を取り出した。
「俺が払うよ。城を出る時に兄貴から小遣いをもらったし」
「親馬鹿……いや、兄馬鹿か、エドガー」
「否定はしないぜ」

 エドガーの過保護さに呆れ、気を取られているうちにマッシュは料金をシャドウに差し出した。
「契約成立だな」
 そしてシャドウもあっさりと契約金を受け取ってしまった。
 アサシンの道案内で人探しだなんて正気の沙汰とは思えない。なのにマッシュは「また一緒に冒険できて嬉しい」なんて無邪気に笑っている。
 それに肩を竦めるシャドウも、マッシュの性格に慣れた様子ではある。

 ロックと二人で顔を見合わせた。思うことは同じだ。
 マッシュが大丈夫だと言うならそうなのだろう、と確信できるほどに彼らを知らない。
 私は、そしておそらくロックも、他人を信じることに慣れていないのだ。 


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