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🔖まるで鏡のような



 数日ぶりに城へ戻ると、待っていたのは見合いの山だった。
 こちらから美しいレディに声をかけるのは女誑しだなんだと責め立てるくせに、早く結婚しろと縁談を次々持ち込んでくるのは矛盾していると思う。

 どうせ婚期は逃している。今さら見合い結婚などしては、これまですれ違ってきた女性たちに申し訳が立たないじゃないか。
 皆が等しく愛しい、素晴らしきレディたち。比べて誰かを選ぶことなどできない。
 彼女こそが俺の運命だと胸を張って言える、ただ一人の女性に出会うまでは。

 ……だが、神官長と大臣の意見は違うようだ。
 人目がなくなるとすぐに「恋愛なんて世継ぎを作った後にしろ」とせっついてくる。
 それはどう考えても順番が逆だろう。

「エドガー様、以前いらした緑髪の女性はどうなさったの? ティナ様と仰有ったかしら。神秘的な雰囲気が先王妃様に似てらっしゃって愛らしい方でしたわね」
「あー……」
 ティナなら幻獣らしきものに変身してどこかで飛び回っているよ、と言えば神官長は諦めるだろうか。
 しかし彼女が本当に幻獣ならば、魔大戦以前にも果たせなかった人間と幻獣の共存がこのフィガロで実現するかもしれない。
 そうなると神官長のみならず城中で盛り上がってしまう可能性もあるな。

 まあ、考える価値はある。
 俺と結婚すれば帝国も簡単にはティナを連れ戻せまい。もちろんフィガロとしても強力なカードを手に入れることとなる。
 尤も、未だ感情の希薄なティナを口説き落としたうえでユリに許してもらう、という二つの難関が待ち構えているのだが。

 夢見る瞳のばあやを押し退けるようにして大臣が口を挟んできた。
「いやいや今日お連れになったあの剣士様もお美しいですぞ。グウィネヴィアのように鋭い眼差し、立ち居振舞いは凛々しく、あの威厳と気迫は常人には出せますまい」
「そうだね」
 女性の身で帝国の将軍にまでのぼりつめた生粋の軍人ならば、威厳と気迫があるのも当然だ。などと教えてやれば、大臣は躊躇するだろうか。

 帝国の英才教育を受けて育ったセリスは礼儀に政治に経済、軍事と基本的な教養が身についている。
 そして洗練された身形。まさしく王妃に相応しいと逆に喜ばせてしまうかもしれないな。
 何よりあの煌めく金の髪と冴え渡るような青い瞳はフィガロ国民総出で歓迎されるだろう。

 俺自身、セリスのことを好ましく思っている。惜しむらくは出会うのが少しばかり遅かったということか。
 彼女は明らかにロックを意識している。拙い感情が恋になるのも時間の問題だ。
 なんだかんだいってロックには世話になっているし、彼もそろそろ過去を忘れて幸せを探してもいい頃だ。……俺に言われたくはないだろうがね。

 城がコーリンゲン地方に到着したのは夕刻だった。マッシュたちも今晩は城に泊まり、明日の朝に発つという。
 急ぎの旅なので滞在時間は短く、焦っているのは大臣たちも同じだった。
 どうも神官長と大臣は、手っ取り早く仲間内から王妃候補者を見つけようと決めてしまったらしい。

 前回のティナへの口説きは鉄壁の無反応に阻まれて失敗に終わったようだが、今夜セリスはうまく逃げ切れるかな?
 助けてやりたいのは山々だけれど、俺が口を挟むとますます盛り上がってしまうから困ったものだ。

 自分の結婚について考えるのは戦争よりも頭が痛くなる。これも国王の宿命か。
 そういえばユリも同じような環境にあったと言っていた。
『分かる。二十五歳を過ぎた頃から急に周りがうるさくなるんですよね。余計なお世話だっつーの。……まあ頑張ってください』
 つまり彼女はその年齢を過ぎているわけだ。
 ティナと同じくらいだと思っていたので、つい君は一体いくつだと尋ねたら『レディに歳を聞くんですか』と笑顔であしらわれてしまったのを思い出す。

 それにしてもユリは一体、誰に結婚をせっつかれていたのだろう? 彼女の存在を知るのは帝国のごく一部であったはずだ。
 まさかケフカやガストラが見合い話を持ってきたというのか……。

 想像してげんなりしたが、考えてみればあり得ないことではないかもしれん。
 魔導の力を手に入れた帝国が次に思いつくのは“繁殖”だ。注入実験を行わずとも魔導士を作り出せるようになれば、帝国は更なる飛躍を遂げる。
 生まれながらに魔導の力を持つティナという例もあるのだから不可能とは思えない。
 きっと才能ある人造魔導士たちはその才を受け継ぐ子を強く望まれていただろう。
 ユリもまた、次代の魔導士を求める者たちに見合いをしろと押しつけられて困っていたのかもしれない。

 ティナの世話係をしていたというユリの過去を疑っていたが、元帝国の将軍であるセリスが否定しなかったので今は真実なのだろうと思っている。
 まだ隠し事はありそうだが、どうでもよくなっていた。
 彼女は仲間だ。ならばそれでいいではないか。
 そして俺たちは、ティナもユリも帝国の檻の中に帰すつもりはない。


 夜が更け、そろそろ休もうかと寝酒を片手に寝室へと向かう途中で王の間に人影を見つけた。
 日中はしゃいだ様子で城内を歩き回っていたマッシュが一人で玉座を眺めている。
 悲しみや切なさを素直にあらわす瞳。図体はでかくなっても変わっていない。マッシュがここにいるだけで俺の心まで十年前に戻ったような気分になった。
 ……いや、違うな。昔はもっと屈託がなくて、あんな顔をしたことなんてなかった。少なくとも俺の……家族の前では。

 ドマ王国の惨状は既にフィガロまで届いていた。
 マッシュたちはケフカが毒を流すその場にいたのだという。目の当たりにしながら止められなかったと呟く声は苦渋に満ちていた。
 きっと父上が死んだ時のことを思い出したのだろう。
 親父は、城に潜り込んでいた帝国の新鋭魔導士に毒殺されたと専らの噂だった。
 そして真実は握り潰された。王を亡くしたばかりのフィガロに帝国と争う力はなく、真相が明かされることはなかった。

 おそらくガストラは、自ら手を下す手間を惜しんだに違いない。
 遺された双子の王子が互いに食らい合う王位継承戦争を望んでいたのだ。フィガロが瓦解し、自滅することを。
 だが、マッシュはそんなことを考えもしなかった。権力を巡って家族で争うくらいなら何もかも捨ててしまう道を選んだ。
 自由な未来を――。

「……突っ立ってないで座ったらどうだ?」
 声をかけるとマッシュは飛び上がって驚いた。俺の気配にも気づかなかったとは珍しい。よっぽど呆けてたのか。
「兄貴。……俺が玉座に触れるわけにはいかないさ」
「そこはお前の場所でもある。国を出てもお前は俺の弟だ。フィガロを支えているのは俺だけではない」
「でも俺は……」
 国を捨てたから、とでも思っているんだろう。
 罪悪感を抱かせぬため、自分の意思で運命を決めてほしくてコインの秘密を隠していたんだが、兄想いのマッシュには意味がなかったな。

 俺たちが双子ではなかったら……どちらか一人きりだったらと考えることがある。
 俺はきっと王位から逃げ出すことも運命を受け入れることもできず、ただ自分の生まれを呪い、諦めながら生きていたんじゃないか。
 マッシュがいてくれてよかった。この、大事な俺の半身が。
「お前が外にいてくれるから、俺は自由でいられるんだよ」

 夜空に金のコインが舞う。あの時と同じ月が今も夜空に輝いている。
 俺は国に縛られていても、マッシュが自由な世界を歩んでくれる。
 あの小さかった弟がどこかで笑っていてくれると思うから、まるで姿見に映すように俺の心も自由でいられるんだ。


 昔からマッシュの方が父親似だと言われることが多かったが、こうして成長して玉座に腰かけてるのを見ると本当に親父そっくりだ。
「あのチビがよくもまあ、でっかくなっちまいやがって」
「兄貴こそ国王陛下が板についてるぜ」
 威厳と風格で言えば、格闘家として鍛え上げられた肉体を持つマッシュの方が王様らしいと思うんだがな。
 昔はこの光景を想像もしなかった。腹黒い狸連中の群れに純真無垢な弟を放り込むくらいなら絶対に俺が王になると固く誓っていたんだ。

「マッシュよ。俺は……親父が恥じないような王だろうか?」
「親父はあの世で自慢してるさ」
「ふっ。だといいが」
 俺たちの運命を決めたのは両親のコインだ。彼らは今でも見守ってくれているだろう。
 この十年、長く一人で気を張ってきた。だが今はマッシュがここにいる。離れても絆は繋がっている。
 本当は一人なんかじゃなかったんだと知ることができた。

「大人になった記念に、お前も飲め。乾杯だ。……親父に」
「……おふくろに。そして、フィガロに」
 グラスが無いので実際に乾杯はできないし、男二人で回し飲みという残念な状況だが。
 弟と酒を飲む日がくるなんて、本当に人生ってやつは予想もつかないことが起こるものだな。


 マッシュが値の張るブランデーを口に含むのを待ってから気になっていたことを聞いてみた。
 ナルシェからずっと機会を窺っていたんだ。他の皆がいない今こそ好機だろう。
「ユリとは一線を越えたのか?」
「……っ!」
 惜しい。噴き出すかと期待したのに、すんでのところで飲み込んでしまった。
 別の話題で気を逸らしたから油断していると思ったんだが、なかなかやるな。

「いやなに、二人で旅してかなり親しくなったようだからね」
「二人だったのは最初の数時間だけだって。いや、そういう問題じゃないけど」
「聞くところによると抱き合ってユリの谷間に顔を埋めていたとか」
「カイエンだな!? だからあれは誤解だって言ったのに……!」
「どんな状況なら誤解で抱き合うことになるのかな?」
「そ、それは……」

 しどろもどろになって焦ったマッシュはブランデーを一気に呷った。
 本来ならそんな飲み方をしていい代物ではないんだが、この際だから大目に見よう。
 酔っ払って洗いざらい吐くがいい。
 俺たちは二人きりの兄弟だ。何でも打ち明けてほしいんだ。決して面白がってるわけじゃないぞ。

「あの時は俺が、ちょっと落ち込んでて、ユリが慰めてくれたというか」
「なるほど……谷間で慰めてもらったと」
「変な言い方するなよ!」
 聞いたままを言っただけなのにそんな変態を見るような目をされるとは心外だ。

 どういうきっかけで距離が縮まったのかは知らないが、マッシュとユリは出会った時とは比べ物にならないほど親しくなっている。
 女っ気のなかった弟にようやく春が来たかと兄は嬉しかったのだよ。
 しかし、マッシュはあくまでも恋愛感情はないと否定した。
「あいつ実は女の子が好きなんだ」
「……」
「……」
 ユリのティナに対する態度を考えて、思わず納得しそうになったじゃないか。

 恋人でないと言い張るのは分かるが、なぜそんな嘘をつくのだろう。単に照れ隠しをしているわけでもなさそうだ。
「お前が言うならそういうことにしておくけどな。その嘘はユリの了承を得てるのか?」
「う、それは……。まあ、今のは確かに冗談だけどさ。とにかく、理由は言えないけど俺はあいつに対してそんな気が起きないし、向こうも同じなんだよ」
 そうだろうか。ユリは確かに掴み所がないけれど、口説けば落ちそうな気配はするぞ。

 今の二人が親しい関係にあるのは事実だ。ならば互いの好意が恋愛感情に発展しないとも限らないだろうに。
 それとも彼女ではなくマッシュの側に問題があるのか。
 ユリが好みのタイプではない、と言うなら仕方ないが。

「ユリが義妹になったら面白いだろうになぁ」
「俺はむしろ兄貴があいつに惚れるんじゃないかと心配だよ。気が合いそうだからさ」
「気は合うよ。合わないように避けられるがね」
「それにユリは口が悪いから兄貴好みだし」
「……いや、口が悪ければいいというものではないんだが……」

 ちなみに、神官長はユリにも目をつけている。
 初めてフィガロに来た時は猫を被っていたので彼女のことを「大人しく繊細な良家の御息女」だと信じていた。
 確かに世間ずれした雰囲気があるので黙っていればそう見える。黙っていれば、な。

 フィガロを出て以降のユリはすっかり本性をあらわした。
 もちろん、いい意味で。
 ティナを守りたいという意思が攻撃力を伴ってバナン様にぶつけられるのを見て俺も驚いたものだ。

 あの暴言もリターナーの敵意を自分に集めることで相対的にティナの印象を良くするために吐かれたもの。
 実際、兵士たちはユリへの怒りで一杯になり、ティナについての敵意は薄れていた。むしろ「思ってたよりも普通の娘だ」と考えを改めたほどだ。

 それに本部での彼女の言葉には俺も助けられたんだ。
 リターナーは確かにフィガロの軍事力を必要としていたが、帝国から離れようとしていた俺の方こそ彼ら以上に味方を探し求めていた。
 同盟を破れば俺はリターナーに頼るしかない。先に頭を下げたら負けだと分かっていても、下げるしかなかった。
 そこへ彼女がバナンに対して高圧的な態度を取り、こちらを“賓客”であると主張したお陰で俺もリターナーと対等な立場に居座ることができた。

 そして先日のナルシェでもユリの口の悪さは炸裂した。
 まずは帝国からの視点を用いてナルシェを攻める利点を語ることで、中立都市として見逃してもらえるはずだという彼らの期待を打ち砕いた。
 冷酷な口調を以て彼らの死に行く未来を示唆して長老方の恐怖を煽り立て、場の空気を変えてしまった。

 よく回る口で他人を追いつめ、脅すのがうまい。
 周りにいる者たちは知らぬ間に彼女のペースに巻き込まれ、自分で決断したつもりが実は彼女の狙い通りに動いている。
 まるで帝国参謀のような悪辣さだが、そのくせ誰かを守るために自らの命を危険に晒すことも厭わないお人好しでもあるのだから……。

 弱者には弱者なりの強かさと図太さがある。ユリはその使い方をよく理解していた。
 彼女が権力を得たらもっと恐ろしくなるだろう。それをちょっとばかり見てみたいとも思ってしまう。
 俺がユリと……か。盲点だったが、意外と真面目に考えてもよさそうな話だ。
 本当にマッシュと何でもないなら口説いてみようかな。
 前回は振られたわけじゃない。彼女は俺の話を聞いていなかったんだから、ノーカウントだ。まだチャンスはある。

 密かな決意を固める俺に何かを思ったのか、マッシュは急に眉をひそめた。
「あ〜〜……、あの、さ。ユリのことで兄貴に謝っとかなきゃいけないことがある」
「何だ? やっぱり彼女を好きなのか?」
「それは違うって。その……ごめん! あいつに兄貴のミドルネームを教えちまったんだ」
「へえ、そうか」
 いきなり真顔での謝罪に何事かと思ったらそんなことか。

「別に構わんよ。お前が意味もなく他人に明かしたりしないのは分かっている。だから、何か意味があったんだろう」
「兄貴……」
 強いて言うなら彼女を口説く時に使えそうだからありがたいと思ったが、それを言うと「大事な名前をナンパに使うな」とか怒られそうなので黙っておこう。

 それよりも、どういう経緯でかは知らんがそんな込み入った話までしておいて、恋愛感情はないと言うならじゃあ一体お前たちの関係は何なんだと聞きたい。
 マッシュには惚れた女と結婚して幸せな家庭を築いてほしいんだ。だからもうユリが相手でいいじゃないかと思うのは酔いのせいか。
 でもマッシュだって、ユリを嫌いなはずはないんだがなあ。

「なあ。もし好きな人ができたら、逃げられないうちにさっさと結婚してしまえよ」
「そりゃなんともレディの気持ち第一の国王陛下とは思えないお言葉で。……兄貴、ばあやたちに感化されすぎじゃないの?」
「かもな。お前も神官長に結婚しろとせっつかれただろ?」
「ユリやティナとは知り合いなのか、セリスをどう思うか、結婚を約束した相手はいないのか、いないならあの三人から選んではどうか、結婚して子供ができたらうちに戻ってくるのか、もう早く身を固めて一緒にエドガーを説得しなさい! ……今日言われて覚えてるのはそんなところだな」
「そ、そうか」

 あの二人、想像以上にパワフルな動きを見せているな。一気に酔いが醒めてしまった。
 第一、俺に勧めた相手をマッシュにも同時に勧めるのはどうなんだ。もし同じ人を好きになってしまったらどうしてくれる。
 それに継承権争いを避けるために国を出たマッシュに「うちに戻ってくるの」だと。気軽すぎるだろう、ばあや!

 ふと思ったが、あれはもしかして世継ぎの問題に託つけただけの単なる親馬鹿なのだろうか……。
 そう思うとなんだか悩むのも馬鹿らしくなってきたな。


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