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🔖灰色空と君と



 このイベントもケフカとの直接対決がある。
 あいつと顔を合わせてまた因縁つけられたら嫌だな、と思っていたら、どうやら私が前線に出る隙はなさそうだった。
 ちょっと心苦しいけれど、ホッとした。

 ウーマロの住居に通じる崖っぷちに氷漬けの幻獣が安置されている。
 街を抜ければ坂の上に鎮座する幻獣が見えている。攻撃側の帝国兵にとっては目標まで一直線だ。
 しかしそこへ辿り着くためには、新雪積もる遮蔽物のない緩やかな坂をえっちらおっちら登らねばならない。
 谷へ続く道の両脇には誰がどう見ても弓兵が配置されていると考えるであろう高台が聳えている。
 雪に足をとられながら必死で坂を登っている間中、頭上から無数の矢が降り注ぐのだ。
 まるで自殺の名所だったが、ケフカは無造作に全軍を突っ込ませた。

 一心不乱に雪を掻き分けて幻獣を目指す帝国兵たちは、エドガーとロックが放つ矢に穿たれて次々と倒れていく。
 味方の死体を楯になんとか幻獣のもとへ辿り着いた者にも息つく間もない接近戦が待っていた。
 谷への道はそう広くないので、守っているのはマッシュとカイエンとガウだけだ。
 あえて防御を薄くするよう提案したのは私だった。

 矢の雨が降り注ぐ死地を抜けた兵士たちに僅かな希望が宿り、活力を取り戻す。
 たった三人の壁を抜ければ目標に手が届く……。
 しかし、その“たった三人”は余程の致命傷を負わせなければ倒すことができないのだ。
 他の二人をかわしつつなんとか一人の体に剣先を掠めても、回復魔法によって傷はみるみるうちに塞がってしまうから。

 急拵えの防御柵に隠れてセリスとティナはケアルの詠唱に専念していた。
 現時点でのMP総量は140前後というところか。ケアルだけなら二人合わせて50回以上唱えられる。
 尤も、ゲームとはレベルもステータス加算値も違っているようなので正確ではないけれど。
 レベルアップの概念がないのなら、おそらくはMPも既にカンストして999あるだろう。
 どっちにしたって弾切れの心配はない。

 雪深い坂道を矢に晒されながら登り詰め、疲れ果てた兵士にはマッシュたちを倒す気力など残っていない。
 死地を抜けても死地。
 万が一、彼らの防御を抜けて幻獣に辿り着いたとしても、それを一人で持ち帰ることはできないのだ。
 味方が集まるまでその場所を占拠しつつ、疑似リジェネレーター付のマッシュたちから幻獣を守り続けなければならないことに気づかされる。
 絶望を越えても絶望。

 ちらほらと崖っぷちに到達する兵士が出ているが、氷漬けの幻獣を見上げて皆が途方に暮れている。
 そしてその隙をついて跳躍してきたガウに掃討されてしまう。
 なんだか見ているこちらが辛くなってきた。

 ドマ攻略の時も思ったが、ケフカには軍略を練って最適な手段で敵を攻めようとか、味方の被害を最小限に抑えようとかいう気が更々ないらしい。
 あるいは率いている兵士が魔導士団の者たちではなくレオの部下なのかもしれない。
 もしも魔法に長けた人員がいれば、バニシュをかけて斥候をするなり、遠距離攻撃で先にマッシュたちを掃討するなり、やりようはあっただろうに。

 戦争ではなかった。
 力任せに手を突っ込んで周囲のすべてを破壊し尽くし、そこに存在するものを根刮ぎ奪おうとする。ガキが暴れているのと同じだ。
 ここまで酷いと味方に嫌われるのも無理はない。
 しかしそんなケフカの行動も、何がなんでも幻獣が欲しい、それしか頭にない、という皇帝の意思を如実に表しているだけなのだが。
 あの道化が味方の憎しみを一身に引き受けてくれるお陰で、相対的にガストラやレオは兵士に嫌われずにいるのだろうな。


 帝国側は兵の脱走が相次ぎ、瞬く間に軍としての体裁を整えられなくなった。
 潰走する味方の背中に罵詈雑言を投げつけ、怒り狂ったケフカは無謀にも一人で雪道に突っ込んできた。
 が、矢とファイアとブリザドの雨霰を食らって泣き喚きながら退散した。
 本当に何も考えてないんだな、哀れなやつ……。

 ナルシェもそれなりに力のある国だ。ガストラはなぜケフカなんかを送り込んで来たのだろう。
 確かに個人の戦闘能力は凄まじいけれど将には向いていない。戦争はド下手くそだ。

 石炭産業を独占して世界経済を牛耳るナルシェは氷漬けの幻獣を発掘したことによりますます力をつけ、野心が芽生えフィガロ王国侵略を目論んでいる。
 ……とかなんとか言って、同盟国を救うという大義名分を作り出すこともできた。
 ガストラはこの侵略を“正義”にもできたんだ。
 総大将をレオ将軍にでもしておけば兵の士気は格段に上がっただろうし、犠牲も最小限で済んだ。
 更に言うなら、この戦いで邪魔なエドガーやバナンを殺害してナルシェに罪を被せてしまうことさえ可能だった。

 と、まあ後知恵でなら何とでも言えるけれど……。
 この戦いは帝国にとってもターニングポイントだったはずだ。
 なのに破壊の化身でしかないケフカなんかを送り込み、無意味に人命を奪ったガストラに腹が立って仕方ない。
 戦争やるなら効率よくやれってんだ。皇帝がしっかり手綱を握っていればケフカなんて単なる変なおじさんで一生を終えたかもしれないのに。
 もしケフカを役立てる機会があるとしたら幻獣を得た後、研究所においての話ではないか。
 あの野郎に数多の人命を預けるなど気が狂っている。

 あいつは操りの輪をつけられたティナと同じく、意思を持たない破壊兵器のようなものだ。
 その魔法は確かに強力だが、幻獣の奪取という目的のあるこの戦いでは使えない。
 ……言っても仕方ないか。
 今はとにかく、こちらがほぼ無傷で勝利したことを喜んでおくとしよう。


 帝国軍が姿を消したので仲間たちはヴァリガルマンダのもとへ集まった。
 確かバナンは幻獣との対話を目論んでいたはずだが、実際のところ氷漬けの幻獣とティナを会わせてどうするつもりだったのか謎だな。

 ヴァリガルマンダは魔大戦以来ずっとここで眠りについている。だから仲間に対する帝国の所業は知らない。
 起こせばティナに協力はしてくれたかもしれないが、幻獣が一体だけ増えたって大した戦力にならない。
 この対話が仮に成功をおさめていたとしても、リターナーの目がじきに封魔壁へ向けられるのは明白だった。

 帝国が魔導の力を求め続ければ再び魔大戦が起こる、それを防ぐためだと言いながら、リターナーは幻獣を巻き込んで共に帝国を倒そうとしている。
 やってること同じだろ。……というのが、私がバナンを好きになれない理由だった。

 怨念渦巻く私をよそに皆はヴァリガルマンダを遠巻きに眺めてあれこれ言っている。
「これが幻獣ってやつか。でっかいなあ」
「まるで生きているようでござるな」
「そんなまさか。千年も前の遺物だぜ」
「しかし魔導の力は今でも残されている。ティナ、何か感じないか?」
 エドガーの問いかけには答えず、ティナは目を見開いて幻獣を凝視している。
 体を強張らせてピクリとも動かない。警戒してる時の猫みたいだ。
 私は次に起こることに備えて密かに足を踏ん張った。

「ティナ?」
 様子のおかしなティナを心配してロックが近づいた瞬間、ヴァリガルマンダが発光して彼は吹き飛ばされた。
 崖っぷちまで転げたロックをセリスが慌てて助け起こす。おい、わりと危なかったぞ、冷や汗かいちゃったよ。

 怪しげな紫色の光が瞬いている。氷が今にも溶けそうな気配がした。けれど幻獣は目覚めない。
 ティナの体から同じ色の光が溢れ出した。
「な、何だ!?」
 マッシュとエドガーは武器を構え、セリスも剣に手をかけた。カイエンが怯えるガウを庇い、先程の衝撃から立ち直りかけたロックが顔を上げる。

「嫌……!」
 抵抗するティナから今度はさっきよりも強い光。
 ロックとマッシュ、カイエンはかなりのダメージを受けたようで吹き飛ばされて気を失った。
 転がり落ちそうになったガウは必死で崖にしがみつき、エドガーとセリスも倒れて起き上がれずにいる。

 身構える必要はなかったようだ。なぜこれほど冷静かと言えば、私は何も感じなかったから。
「魔力の衝撃波か」
 私にとってはただ強く光っただけだった。皆が感じたらしい圧力は、魔法を受けつけない私の体を素通りしていった。

 幻獣の前に立つティナに視線を戻す。それはゾッとするほど美しい獣だった。
 彼女が身動ぎするたび鬣から幻想的な光が砂のように零れる。
「幻獣と……反応するというの……」
「ティナ、幻獣から離れろ……!」
 彼女は自分の姿形が変わったのを理解してないようだった。それどころか自分が皆を吹き飛ばしたことにも、私が後ろにいることにも気づいていない。

 ヴァリガルマンダとティナは共鳴するようにお互いの体を照らし合っている。
 深海生物が暗闇でコミュニケーションを取るために発光するようなものだろうか。
 私には何ともないが、その紫光を浴びるたびにセリスたちが苦しげに呻いた。

「今、なんて……教えて! 私は誰? 誰なの!」
 やがてヴァリガルマンダの光が弱々しく消えていく。力だけ反応しても、まだ目覚めてはいないのだ。
 苦しげに両手で顔を覆い、獣の咆哮にも似た悲鳴をあげながらティナの体が浮き上がる。
 慌てて腰の辺りにしがみついた。
 上空で振り落とされたら死ぬだろう。だが承知のうえでティナについて行くと約束したんだ。根性入れて腕に力を籠める。

 彼女の体は人間の時よりも筋肉質になっていて、思ったほど柔らかくないけれども、ふわっふわの毛に顔を埋めると気持ちよかった。
 気持ち良すぎて力を抜かないように注意しなくては。

 高度を上げるにつれて寒さが増した。
 そういえばティナの服ってどうなったんだろう、と見下ろしたら、蒼白な顔でこっちを見上げているエドガーと目があった。
 よ……予想外に高い! 怖い!
 慌ててティナのもふもふに顔を埋めて目を瞑る。
 その瞼を突き抜けるほど強烈な光を放つと、彼女は風を切り裂くように空を駆けた。


 錯乱状態に陥ったティナは空をめちゃくちゃに飛び回っている。
 高さに怯えはしなかった。そもそも周りを見る余裕がない。
 急発進急旋回に急ブレーキが繰り返され、振り回される勢いが強すぎて腕が辛くなる。
 妙な体勢で掴まってしまったから、宙ぶらりんの足が遠心力で引っ張られてかなり苦しかった。

「……ティナ、……」
 息苦しさに耐えてなんとか声を絞り出したが、彼女の耳に届いたとは思えなかった。
 ゾゾでラムウが呼んでいるはずだ。同じ幻獣である彼ならティナを抑えられる。
「ティナ、聞いて……! 声のする……方へ……うおわっ!?」
 なんか一瞬どこかに降りたぞ? ああそういえば暴走するティナを目撃した女の子がいたっけ。ということは今のはコーリンゲンだったのか?

 再び空へと飛び上がる時に滑り落ちないよう、必死で姿勢を変えて彼女の肩に掴まる。周囲を確認する間もなくティナはその場を飛び去った。
 なんとか体勢を立て直して両手両足でしがみつくことができたから、さっきよりは随分と楽だ。
 ……ティナに抱きついてる見た目が相当アレなのは置いておくとして。

 景色が薄暗くなってきたところで頬に水が当たる。雨だ。ゾゾの近くへ来たのだろうか。
 その雨が次第に強くなり全身に叩きつけてくるようになったところで、ティナの毛並みから顔をあげて薄目を開けてみる。
 分厚い雨雲の下に廃墟の建ち並ぶゾゾの街は、あの軽快なBGMがないせいで完全にホラーゲームの雰囲気を醸し出していた。
 ちょっとサイレントなヒルみたいよ? 行きたくねー!

 しかしティナは猛スピードでそこへ突っ込んでいく。
 まっすぐ、まっすぐに、すごい勢いでビルが迫ってきて窓の中が見えるくらい近づいてーー
「えっうそ待っ、うがごっ!」
 部屋に飛び込んだ私たちはあちこちぶつかりながら転がって、ちょっとダークエルフ的な悲鳴をあげてしまった。骨が折れたかもしれん。
 思わずティナにしがみつく手から力が抜けた。一気に脂汗が流れ出してくる。

 困った。どう見ても人の住んでる気配がない。この部屋、ラムウがいるのとは別の場所なのではないだろうか。
 すっかり獣状態のティナは床に四つん這いで毛を逆立てて私に向かって牙を剥いている。大丈夫、怖くない……。
「グゥルルル!」
「一人にはしない、約束したから……ティナ」
 名前を呼ばなきゃ。今、彼女の名を口にできるのは私だけだ。彼女が何者なのかを伝えてあげられるのは私だけだ。
 人であれ幻獣であれ、魔導兵器だった頃さえ変わらなかったその名前を。

「ティナ……大丈夫、怖くな……い゛ってぇ!」
 差し出した腕に容赦なく噛みつかれても、私を睨む目に怒りと殺意しかなくても。
 怯えはしない。だって、相手はティナだから。
「い、……いたく、ない!」
 巨人族の血を引くだけあって顎の力も凄まじく、噛みつかれている私の右腕は骨が折れそうだった。
 動かず騒がず悲鳴を飲み込んでも涙だけは自分の意思で止められない。
 どくどくと心臓が脈打つたび血流に乗って激痛が全身を駆け巡る。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったまま数分間、不意に口が離され彼女の体から力が抜けた。慌てて顔を覗き込めば、ティナはすやすや眠っている。
「珍しく来客があったかと思えば、随分と物騒だな」
 厳かな声に振り向くと部屋の入り口にローブを纏った老人が立っていた。
 紫光を放つ杖を翳し、長い髭を蓄えた彼こそが幻獣ラムウに違いない。

 ヴァリガルマンダと似たような光でティナを眠らせたラムウは、私を不思議そうに見つめていた。彼の予定では私も眠りにつくはずだったのだろう。
「あー、えっと、あの、ありがとう。私は魔法が、効かないの、で……」
 言いながら呂律が回らなくなった。
 ラムウを含めた部屋の景色がグニャリと歪んで渦を巻く。目眩がする。

 私にスリプルは効かないはずなのに……いや違う、これは……貧血だ……。
 ティナに噛まれた腕からまだ流血が続いている。
 そう自覚した瞬間に、雨雲のようなもやもやしたものが私の意識を呑み込んだ。


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