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🔖ずっと一緒がいいね



 ナルシェ長老の説得は難航していて、ジュンはあからさまに苛立っていた。
 バナンとエドガーも表情は穏やかだけれど気配に怒りを滲ませている。
 それを感じ取ったのか、長老はますます態度を硬化させた。

 この炭坑都市は今も帝国に屈することなく独力で中立の位置を保っている。
 リターナーに加わることで目をつけられるよりも、今まで通り戦争とは関わらずに息を潜めていたいと言うのだ。
 戦いを厭い、無関係でありたいと願う気持ちは私にもよく分かる、けれど……。

 帝国に大切なものを奪われ、他者が同じ悲しみを味わうことのないようにと剣を取り、立ち上がった人々がリターナーに集まった。
 エドガーだって、同盟を破棄して帝国の攻撃を受ける危険をおかし、ここにいる。
 誰かの血を流さないために己の血を流す覚悟を決めた人たち。
 私は彼らを前にして、自分だけは逃げ出したいなんて思えなかった。ナルシェの人々は違うのだろうか。

 眉間に皺を寄せて黙り込む長老に、バナンとエドガーが言い募る。
「帝国は更なる力を求めて動き始めた。既にナルシェも狙われたのを忘れたか。氷漬けの幻獣を掘り出してしまった時点で、もう巻き込まれておるんじゃ」
「このまま帝国が魔導の力を増せば、過去の過ちを繰り返すことになります」
 魔大戦……世界を滅ぼし尽くしたという伝説の戦いが、再び現実に起ころうとしている。
 私はその戦いのことをよく知らないけれど、文明を破壊し、大地を荒廃させた幻獣と人間の戦争だったのだとか。

「人間はもっと、知恵のある生き物ではなかったのか……?」
 苦渋を滲ませた声で長老が嘆いた。
 ナルシェで発掘された幻獣が皇帝の手に渡れば帝国の力は更に強大になり、世界中が暴虐の渦に呑み込まれる。
 ……操りの輪を嵌められた私のような戦士が相争う世界。
 彼らだって、同じ世界に生きる人間ならば誰でも、部外者ではない。
 自分だけ無関係ではいられないこと、本当はみんな分かっているはず。


 その時、緊迫感で息苦しくなった室内に風が送り込まれる。
 勢いよく開かれたドアからマッシュが部屋に飛び込んできた。その後からユリと、見知らぬ少年と髭を蓄えた男性が続く。
「待たせたな、兄貴」
「マッシュ!」
「ティナ!」
「マッシュ、無事でよかったわ」
「えっ、私は? ティナ私は!?」
 代表としてマッシュに声をかけたら、なぜかユリは泣きそうな顔をした。

 今の私の態度ではまるで彼女を無視してマッシュの心配だけしていたように見えたかもしれない。
 違うの、ユリの帰還をどうでもいいと思ったわけではなくて……。
「そばにいると約束してくれたから、ユリが無事なのは分かっていたわ。でも会えて嬉しい」
 おかえりなさいと手を伸ばしたら、彼女は満面の笑みを浮かべて私の手を握り返してくれた。

「ティナ、離れてごめんね。今度は根性入れて約束を守るよ」
 そう告げると彼女は誓いを立てる騎士のように私の前に跪く。
「命尽き果てようとも離しはしない」
 唖然としたマッシュに「お前それ、何なんだよ」と言われたユリは、一回やってみたかっただけだと真顔で答える。
 彼女が相変わらずで本当に嬉しい。たった数日離れていただけなのに、やっぱり私は淋しかったみたい。

 なんとなく羨ましそうにユリを見つめてから、エドガーは平静を装って見知らぬ二人に話を向けた。
「マッシュ、そちらの御仁は?」
 立派な髭の戦士がエドガーに向き直って御辞儀をする。その黒髪と瞳もそうだけれど、どことなくユリに似ている気がした。
「拙者はドマ王国の侍、カイエン・ガラモンドにござる」
「ガウ、ガウ!」
 ドマ王国……聞いたことがない。それとも覚えていないだけかしら。

 戸惑う私たちをよそに、マッシュがカイエンという人の言葉を継いだ。
「ドマの人々は帝国によって皆殺しに……魔導師ケフカが川に毒を流したんだ。城はしばらく近づくことも難しいだろう」
 魔導師ケフカ……私に操りの輪を嵌めた張本人であり、逃げ出した私を追って来てフィガロ城に火を放った男。
 私を使って為していた非道な振る舞いを、今は自らの手で行っているのね。
 胸の奥に火がついたような心地だった。これは怒り。流されては危険な感情。でも、抑えておくのがひどく難しい。

 マッシュの言葉に、ナルシェ長老も動揺していた。
「なんと……惨たらしいことを」
「帝国は以前にもまして形振り構わなくなっておる。長老! ナルシェが同じ目に遭ってもよいのか!」
 ケフカの暴虐はきっとドマだけに留まらない、そうバナンが叱責する。それでも長老は協力を渋った。
「だが、ドマ王国がリターナーに与し、帝国と敵対していたのもまた事実。中立を掲げたナルシェに対して無茶なことは……」
「そうとは言っていられないぜ!」
 長老の言葉を遮り、叩きつけるような乱暴さでまた扉が開かれた。壊れてしまわないか心配だわ……。

 マッシュたちよりもかなり慌てて来たようで、白い息を吐きながらロックがやって来た。その後ろにもまた知らない人がいる。
 顔はフードに隠れて分からないけれど、防寒具の下に雪のような真っ白いマントを羽織った女の人だ。

「帝国はもうすぐここに攻め込んでくる」
「ロックよ。どこでその情報を?」
「この彼女が……元帝国の将軍、」
 彼女がフードを外し、まっすぐに伸びた金の髪と空色の瞳が露になると、突然カイエンが殺気立って飛び出した。
「貴様は! ガウ殿、退きなされ!」
 小柄な少年は軽く突かれただけでこっちまで飛んできて、ユリがそれを受け止める。
 カイエンは片刃の曲刀を鞘から抜き放ってロックの背後にいる女性を恫喝した。

「マランダを滅ぼした悪名高きセリス・シェール! 帝国の狗め、成敗してくれる!」
 ユリと繋いでいた手がピクリと動いた。反応したのが私かユリか、分からない。
 でも私、あの人を……知っている気がする。

 セリスと呼ばれた彼女は自分に向けられた剣先を静かに見つめている。
 彼女を庇うように手を広げて立ちはだかり、ロックが必死に叫んだ。
「待ってくれ! セリスはもう帝国とは関係ない! リターナーに協力すると約束してくれたんだ」
「信用ならぬわ!」
「俺はこいつを守ると約束した。一度守ると言った女を、決して見捨てたりはしない!」
 約束……。ロックは仲間。だから彼がそう言うなら私も彼女を、セリスを守らなければ。

「私はティナ。彼女と同じ、帝国の兵士でした」
「なに!?」
 私が前に出て名乗ると剣の矛先が僅かに下がった。カイエンが私を振り向いた時、ユリが私よりも更に前へ歩み出た。
「あ、実は私も以下同文」
「なっ、ユリ殿……!」
 今度こそ絶句したカイエンは剣をどこに向けていいか迷っているようだった。

 ドマから共に旅してきたというカイエンは、ユリが私の世話係だったことを知らなかったらしい。マッシュが小さな声で謝っていた。
 目を見開いて硬直し、怒りのやり場もなく立ち尽くしているカイエンに、ユリはあくまでも穏やかに話しかける。
「ねえカイエン、モブリズにいた彼だって帝国兵だよ。でも彼は自分の意思で帝国を離れた。セリスもそう。帝国軍の兵士が皆ガストラと同じ心を持ってるわけじゃない」
「モブリズの……ユリ殿、なぜそれを?」
「……えっ?」

 聞き返されたユリは顔を引き攣らせて固まり、マッシュの口が密かにバカと動いた。
 モブリズのあの人というのが誰なのか私には分からないけれど、カイエンは敵意も忘れて戸惑っている。
「え、え、ええええっと、その話はマッシュに聞いたんですよ」
「はて、詳しい話をする暇はなかったような……?」
「ちょろっと聞いたら分かるんだって、ほら私たち通じ合ってるからさ!」
 ね、とユリに助けを求められてマッシュが曖昧に頷くとカイエンも「なるほど」と納得したようだった。

 うやむやのうちに怒りは萎んだようで、剣先は床に向けられている。緊張感が和らいだ隙をついてエドガーが口を挟んだ。
「帝国は悪だ。だが、そこにいた者すべてが悪ではない。貴方も我々も、相手が許されざる悪だからこそ戦うのだろう」
「カイエン、ここは兄貴に免じて抑えてくれ」
 セリスと私を交互に見つめ、ユリに目をやって視線を床に落としたあと、カイエンは剣を鞘に納めてくれた。


 仲間たちが数を増やして戻って来たことで、場の空気が変わっていた。
 あんなにも頑なだった長老が揺らぎ始めている。そこへユリが口調を変えて畳みかけた。
 リターナーの本部でバナンを詰っていた時のような顔をして。

「アルブルグ、ツェン、マランダ、ドマが落ちた……次の狙いはナルシェだ」
「……我らが狙われる理由はない」
「充分ある。帝国は最終的にフィガロも落としたいんだ。それには背後のナルシェが邪魔になる。軍事力においてフィガロに劣り、しかも資源は豊富なナルシェを先に攻撃するのは当然だ」
「我々は、これまでも貿易において手を取り合ってきたのだ。なぜ味方を攻める? 帝国軍が来ると言うが、彼らが和平のために向かっているのではないと断言できるかね?」

 帝国がナルシェと同盟を。そして共にフィガロやリターナーを攻める?
 そんなことがあり得るだろうか。でも、絶対にないとも言い切れない。
 言葉に詰まった私たちの前でユリだけは長老の言葉を鼻で笑って否定した。

「世界のバランスは変わった。魔導の力を得て躍進した帝国は最早ナルシェの顔色を窺う気などない。石炭が欲しければこの地を領土としてしまえばいいのだから」
「……」
 ユリの言葉には不思議な力がある。彼女が断言すると、それがまるで目の前で起きている事実かのように真に迫って感じる。
 つい先程まで帝国の所業を話し半分に聞いていた長老も、ここに至ってようやく危機感を抱いた。

 不安にトドメをさすように、顔を蒼白にしたガードの青年が駆け込んで来た。
「長老! 麓に帝国軍が!」
「ほ、本当に攻めてきたのか? ナルシェに戦争を持ち込むとは……」
 ユリの表情が邪悪に歪んでゆく。やっぱりあの時と同じだった。
 彼女が侮蔑的な言葉をばらまくのは相手の敵意を自分に集めるため。
 彼女のそばにいたガウという少年は、ビックリしてマッシュの後ろに逃げてしまった。

「敵の総大将はケフカ・パラッツォ、ドマの民を卑劣な毒で皆殺しにした男。根っから破壊を好む精神異常者を相手に和平を請うつもりなら、苦しまずに殺してもらえるよう精々祈るがよろしい」
 速やかな死こそ、あの男が与えてくれる唯一の慈悲なのだから……。

 リターナーの本部では帝国兵である私に向けられた恐怖をユリへの怒りで上書きした。
 そして今は残酷な言葉で恐怖を煽ってナルシェの人たちを挑発している。
 彼女が起こした流れに乗って、バナンも長老を説き伏せにかかった。
「分かったろう。どう転んでも、あんたらが血を流すはめになるのは避けられん。だが共に戦う相手を選ぶことはできる。わしらの手を取るか、帝国に傅くか」
「長老、ご決断ください!」
「ええい……、やむを得ん! 戦うしかあるまい!」
 ガードの若者たちにまで縋られて、長老はようやく首を縦に振った。

 ずっと黙り込んでいたセリスが涼やかな声をあげた。
「ケフカは街の占領を視野に入れておりません。無用な破壊と殺戮も厭わぬであろうことは、そこの彼女の述べた通り。住民を避難させてください」
「分かった。幻獣は谷の上に移してある」
「では、我々で谷を死守するぞ!」
 熱を持った焦燥が戦いに向けた緊迫へと変わる。元帝国の将軍だと言っていた。彼女は人の心を動かすことに慣れているのね。

 そして私たちは長老の家をあとにする。
 帝国軍と、氷漬けの幻獣と再び相対して、以前の私に戻ってしまわないかと恐ろしかった。
 思わず隣を見上げれば、ユリが優しく笑いかけてくれる。
 そばにいて手を繋いで、体温を感じるだけでこんなにも安堵する。
 離れても信じていられるけれど、やっぱりそばにいる方がいい……。


 ものの数分でナルシェの街はもぬけの殻となった。
 できる限り被害を抑えて帝国軍を誘導するのはガードの役目だ。雪積もる谷で敵を迎え撃つのが私たちの役目。
 ロックはバナンと共にガードとリターナーの兵士に連携をとらせるため走り回っている。
 そんなロックを眺めていたセリスに、エドガーが微笑みかけた。
「ロックもいろいろと過去を持つ男だ。さっき君を庇ったのを愛情と勘違いして惚れてはいけないよ」
「私とて軍人の端くれ。そう簡単に心を動かしたりはしない」
「その台詞、しびれるね!」
 痺れる……? セリスはサンダーが使えるのかしら。

 彼女からは氷の気配を感じた気がするのだけれど、寒さで私の感覚が鈍っていたのかもしれない。
 それともあの薄青の空に似た瞳が印象的だったせいで勘違いしたのか。
 じっと見ていたら今度はセリスが私に声をかけてきた。なんだか緊張する。

「生まれながらに魔導の力を持つ娘。脱走したとは聞いたが、こんな形で再会するとは思いもしなかった」
「あなたも魔法を使うのね? でも私の力とは少し違う」
「私は幼い頃に注入実験を受けた人造魔導士だ」
「それなら、人を愛することはできるの?」
「……からかっているのか?」
 どうしてそうなるのかしら。私に感情がないのは生まれつき持っていた魔導の力のせいだと思って聞いたのに。
 からかっているのか、に対する返事ができなくてユリに助けを求めたら、彼女はニッコリ笑って「最高」と親指を立てた。
 ……どうしよう、意味が分からない……。

 幻獣が安置された谷までユリとセリスと並んで歩く。
 左手はユリと繋いで、私が真ん中にいるので右手になんとなく違和感があった。でもどうしたらいいのかは分からない。
「ユリといったか。帝国の事情に詳しいようだが、貴女は一体?」
「私はティナの世話係でした。といっても私室からほとんど出なかったので、セリスとは初対面ですね」
「そんな存在がいたとは知らなかった」
「ケフカがティナと関わる人間を絞りに絞っていたので」
「ああ……そうね。私も、彼女と話したいと思っていたのだけれど、叶わなかった」

 私を挟んで二人が会話している。ますますもって右手の空白が奇妙だった。
 セリスとも繋いではいけないだろうかとじっと手を見つめる。

「ところでセリス、このタイミングで帝国を抜けたのはなぜですか?」
「それは彼女……、ティナが、逃げたと聞いたから」
「私?」
 急に話を振られて驚いてしまった。目が合うと、セリスは気まずそうに視線を逸らす。

「ずっと自分の行いに目を背けていた。だが、意思を封じられた娘でさえ帝国に抗ったと知って……私も行動しなければならないと、」
 戸惑いながらの彼女の言葉を遮って、後ろから追いついてきたカイエンが横を通り過ぎていく。
 ガウは無邪気な顔で私たちに手を振ってカイエンの後へ続いた。

「忘れるな。拙者はそなたを信用したわけではござらぬ」
「構わん。私が何者であるのか、その目で確かめるがいい」
 セリスは雪に溶け込む白いマントを翻し、さっきの続きを言わずに歩みを早める。そして前を向いたまま私たちに告げた。
「……貴女方も、私の意思を見届けてくれ」

 早足で先に行ってしまったセリスの背中を見つめて「とても格好いいわね」と思わず呟いたら、ユリは強く同意してくれた。
 そして「まさにそれのことだ」と頷く。
「エドガーがさっき言ってたでしょ」
「……『その台詞、痺れるね』?」
「痺れるとは、心が打ち震える様子を表現しています」
 ああ、そうだったの。

 エドガーは金属の鎧を身につけているから心配していたのだけれど、本当に体が痺れたわけではなかったんだ。よかった。
 彼もセリスを格好いいと思ったから、心が震えたということなのね。

 ひとつ賢くなった私の頭を撫でるユリの背後に、ひっそりとマッシュが近づいて来た。
「ティナに変なこと教えるなよ」
「うおっ!? ビックリした!」
 飛び上がって驚いたユリの耳を引っ張り、他の人には聞こえないようマッシュが小声で囁いた。
 隣にいる私にはその内容も聞こえるけれど、やっぱり意味はよく分からない。

「なあ、戦いが始まったらお前は幻獣の近くに隠れてろよ」
「えっ? いや、私が前に出た方がよくない?」
「あれは隠しておいた方がいい。それともお前、理由を説明できるのか?」
「……なるほど。ああでもセリスが似たような能力を持ってるから、辻褄が合うなら同じものだと言い張ってもいいんだけど」
「そいつは彼女にその能力とやらの説明を聞いてから、だな」

 なんだかユリの態度が違うみたい。マッシュも、レテ川ではぐれる前はユリに対してこんなに親しげではなかった。
「ティナ、ユリが無茶しないように見張っててくれよ」
 私が頷いたのを見届けると、マッシュはユリの髪をくしゃくしゃに掻き乱してからずっと先を歩くカイエンたちを追って行った。

「前よりずっと仲がいいみたい」
「まあね。足向けて寝られないって感じっす」
 また分からない言葉が出てきたわ。
 ユリは寝相が悪いのかしら。サウスフィガロの宿に泊まった時はそんなこと気づかなかった。
 もしかしたら一緒に旅してる間にマッシュを蹴っ飛ばしてしまったのかもしれない。
 詳しく聞きたかったのだけれど、話してる間に戦場となる谷へ着いてしまった。

 戦いが終わったらもっとたくさん聞いてみよう。彼女の言葉はいつも私を育んでくれるのだから。


🔖


 30/85 

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