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🔖拒絶



 サウスフィガロには帝国兵が溢れていたが、私たちが港に到着した段階では厳戒体制とまでいかなかった。
 事態が急変したのは装備と携帯食料を買い足していた時のこと。
 町を巡回している兵士たちが慌ただしく駈けて行く。その集まる先に大きな屋敷が見えた。
「ねえ、早めに出ちゃわない?」
「そうだな。まずい雰囲気になってきた」
 兵士の様子を察したマッシュも頷く。

 出入り口が封鎖されたらサウスフィガロを出るのは困難になってしまう。
 いやそれ以上に、ナルシェへ着く前にロックたちに追いつかれたらどうしようかと心配になった。
 向こうがこちらを追い越して先に到着してたところで、台詞の順番が前後する以外に問題はないだろう。
 しかしナルシェに向かう途中でセリスと鉢合わせするのだけは何としても避けたい。

 元帝国の将軍を斬ろうとしたカイエンがどうにか思い止まってくれたのは、あれがナルシェ長老を説得する大事な場面だったから。
 更に言うならバナンやエドガーといった重要人物が近くにいたからだ。
 今ここで、脱走中のセリスと会ってしまったら間違いなく血を見ることになる。

 未練がましく店先の食べ物を眺めているガウを引きずって速やかに街を出た。
 半ば走るように草原を駆け、数時間後にはサウスフィガロの洞窟に入ることができた。
 ここらの雑魚モンスター程度はマッシュとカイエンが適当に蹴散らしていく。
 しかしちょうど出口との中間辺りで、岩壁をぶち破って私たちの眼前に強敵が現れてしまった……。


 主砲の代わりにドリルが装備された珍妙な戦車が道のド真ん中に立ち塞がっている。
「何だ、こいつは?」
「ディッグアーマーだよぉ!」
 涙目で答えた私をカイエンとガウが親子みたいに揃った動きで首を傾げて見つめてくる。

 マッシュ編は三人がニケアで船に乗ったところで終わって場面転換する。洞窟を抜けるシーンの描写はない。
 でもよく考えたら、ロックに先行してナルシェへ到着するのなら当然、こいつがまだ健在なんだ。
「これが魔導アーマーでござるか?」
「そう。地中を潜行できるタイプのね」
 ここにいる目的は洞窟の封鎖、サウスフィガロの反乱分子とフィガロ城およびリターナーとナルシェを分断しておくことだろうか。

 機械を見慣れていないガウが警戒心もあらわに唸り声をあげて牙を剥く。
 この三人の戦力なら倒せる可能性もなくはない、けれど魔法も持たず機械相手に強いとは言えないメンバーだから戦えば痛手を負うのは確実だ。
「地中を潜行だと……?」
「マッシュ、あいつ魔法使うから呆けてないで、」
 言うや否や得意の魔法が飛んできた。なにやらドリルを見つめてボケていたマッシュも我に返って寸前で飛び退く。
 カイエンは咄嗟にガウを掴まえて逃げたが、直前まで自分が立っていた地面が煙をあげるのを見てガウは硬直している。おい、頼むぜ野生児。

「ま、魔導アーマーより強力でござるな」
「がう……」
「固まってちゃ危ねぇ、バラけよう!」
 魔導アーマーのビームなら溜めてる間に避けることも可能だ。
 しかしあいつは魔法を砲弾にしていきなり打ち出してくるから、着弾点を予想できない。

 どろりと溶けた岩を見る限り、当たったら消し炭というのも決して大袈裟な表現ではなさそうだった。
 幸いにというか動きだけは鈍重なので私たちは岩壁を楯にするように後退した。
 だけどこのままじゃ通り抜けられない。
 魔封剣のチュートリアルボスなのにセリスがいないパーティで戦わせるなってんだよ。


 こいつをスルーして通るにはどうすればいいのか。
 帝国の陣地で、ケフカの魔法が私には効かなかったのを思い出していた。
 威力の程度に関わらず魔法そのものがまるで“存在しなかった”かのように、私に触れる直前に掻き消えたのだ。
 ディッグアーマーの魔法も消せないだろうか?

 そもそも魔導とは幻獣から取り出した魔法の力を人体に注入して得たもの。
 そして幻獣とは、遠い昔に三闘神の争いに巻き込まれ、彼らの力に触れた存在のことを言う。
 魔法の創造主たる三柱の神。彼らが封じられた今でも世界にはその力が満ちている。
 私に魔法が効かないのは別の世界の生まれだから。私の肉体が神の認識下にないからだとケフカは言っていた。
 私は世界にとっての異物、存在するはずのないもの……、だから魔法に触れることができない。魔法も私に触れられない。

 ヤツの言葉を鵜呑みにするのも危険だが、一応は納得できる推察だ。試してみる価値はある。
「マッシュ、私が魔法を引きつけるからその隙にあいつの上を乗り越えて進もう」
「嫌だ」
「いっ?」
 陣地でのことは見ていたはずなのに、マッシュは私の提案を一蹴した。

「魔法なんて避けちまえばいいんだよ。ユリが危険をおかす必要はない」
「あのね、予備動作なしで打ってくるんですよ? 避けられるもんなら避けてみろっつーの」
「おう!」
 威勢のいい返事を残し、マッシュは止める間もなくディッグアーマーの方へ駆けていく。
 続けざまに放たれたサンダーをひとつ残らず避けて機体にカウンターの一発を叩き込んだ。

 ……う、うん。確かに避けているね。じゃあ問題ないのかな?
 ってんなわけあるかい、誰も彼もがそんな馬鹿みたいに身体能力が高いと思うなよ!

 マッシュは宣言通り魔法が発動するギリギリに察知して避けているけれど、雷や炎の端が体を掠めたりして危なっかしいにも程がある。
 それにいくら馬鹿力で殴っても蹴っても、岩壁を突き破るほど頑丈な機体はほとんど無傷。これではヤツを倒せない。
 剣による攻撃が欲しいところだ。装甲を少しでも抉ることができればそこにダメージを集中して破壊できるのに。
 けれど唯一の刀剣使いであるカイエンは動くに動けない状態だった。

 あのマッシュの異常な回避率の高さは“敵の標的が一人しかいない”ところから来ている。
 単純な話だ。狙われているのが自分だけなら動き続けていれば攻撃は当たらない。
 だがそこにカイエンやガウが加わったら、誰が狙われるのか予想できなくなってしまうのだ。
 ランダムに攻撃されると回避率も下がる。数の優位性さえ無意味になっていた。

「無理に倒さなくてもいいって! 隙を作って通り抜けないと」
「でもあいつ、フィガロを狙ってるんだろ!?」
「今の帝国にフィガロを攻める余裕はないよ!」
 そうか、ドリルを見て呆けていたのはフィガロが攻撃を受けると勘違いしたせいか。
 それでマッシュはあいつを無理にも倒そうとしているんだ。でも幸いそれは杞憂だった。

 ディッグアーマーの目的は、案外ナルシェ攻略後に炭坑を掘ることだったのかもしれないな。
 実際ヴァリガルマンダが発掘された付近に他の幻獣が埋もれてる可能性は高い。
 いずれにせよ、この削岩機がフィガロ砂漠で使用されることはないだろう。
 砂を掘る形状じゃないもの。

「カイエン、ガウ。あいつの魔法は私に当たると消える。ここは私を楯にして通り抜けよう」
「し、しかし、おなごを楯にするなど……」
「消し炭になりたくなきゃ言うこと聞け。ガウ、あの回転してるドリルには絶対に触っちゃダメ。向こう側に行ったら雷をぶつけてやるといい」
「がう!」
「マッシュ、一旦こっちへ戻って!」

 優雅にステップを踏むかのごとく魔法を避けつつ、決定打がないのは自分でも分かっていたのだろう。
 マッシュは苦々しげな表情を浮かべながら大人しく退いた。
 そりゃあ非戦闘員を囮にするのは気が引けると思うが、そんなことを言ってる場合ではない。
 使えるものは使うんだ。たとえそれが私の命でも。
 大丈夫、ケフカの魔法でさえ無効化できるのだから三大魔法くらいどうってこと、ない……はず。

 恐怖に蓋をしてディッグアーマーの前に飛び出した。
 すぐさま強烈な雷が目の前に迫る。
 しかし、何も起こらなかった。

 魔法を消されて焦ったのか、敵は属性を変えながら次々と私に向かって魔法を放ち始めた。最優先で殺すべしと判断したようだ。
 集中砲火を浴びながら走る私の背後にピッタリくっついてマッシュたちも駆け抜ける。
 カイエンとガウは壁を足場にして機体に飛び乗ると向こう側へ越えていった。

 さて、接近できたはいいが、魔法は平気でもあのドリルは余裕で私をミンチにできてしまう。
 結局は人に頼らなければならない現実を嘆きつつ、マッシュに抱えてもらってディッグアーマーを乗り越えた。見た目すっごく情けないぞ!

 充分に距離を取ったところでマッシュが私を降ろしてくれる。振り向き様に、ベルモーダーの技を使えるはずのガウに向かって叫んだ。
「ピカチュウ、一万ボルトだ!」
「がうーーーー!」
「ぴか……何でござるか?」
「面倒だから突っ込むなよ、カイエン」
 さすがに一撃で破壊はできなかったが、火花をバチバチいわせてドリルの回転が止まった。これでロックたちも少しは楽になるはずだ。

 キャタピラーが振動し、機体がゆっくりと横を向き始める。その巨体で素早く方向転換するのは難しいだろう。
 たった三人の不審人物を追いかけて洞窟の外まで追って来ないで、どうか通路の封鎖という通常任務を続けてください。
 そう祈って、あとは振り向きもせず洞窟の出口へと走り続けた。

 やはり私には魔法が効かないこと、そしてガウがしっかり魔法系の技も扱えることを確認できた。これは収穫だ。
 魔導の力がないにもかかわらずガウは魔石入手以前からあばれるによって魔法を使える。ゴゴもまた然りだ。
 マッシュの必殺技やエドガーの機械にも魔力依存の技があり、MP消費でクリティカルヒットを出す剣なんて代物もある。
 幻獣や人造魔導士、サマサ住民のような魔導の才は無くとも、この世界のあらゆる生物が少なからず魔力を持っているのだと思う。
 持っているが、それを“使う”ためには魔導の才が必要ってことだ。

 私はその大前提である力を持っていない。
 ケフカが言ったことは正しかった。魔力……魔法の産みの親たる三闘神に存在を認められた証が、モンスターでさえ持っている力が、無いのだ。
 魔法が効かない理由もなんとなく理解した。
 言うなれば私は魔法防御が“ゼロ”ではなく“空白”になっているのだろう。私に魔法を使おうとするとバグってしまうんだ。
 自分の強味を発見したのは嬉しい。でもつまりは世界から拒絶されていることが確定したとも言えるので、複雑な気分だった。


 草原をナルシェへ向かって北上する。この辺りの道はマッシュにとって慣れたものなので迷う心配はなかった。
 カイエンは少し遅れながらガウと話している。
 得体の知れない敵に出会ったらまずは安全なところから正体を見極めること。
 鉄製だったり毒を持つ相手かもしれないから、いきなり引っ掻いたり噛みついたりしないこと。
 そんな感じで戦闘の……人間流の戦闘作法を教え込んでいた。

 二人を尻目に、さっき私が囮になったことをまだ怒っているのか無言で先頭をすたすた歩いているマッシュのもとへ近寄る。
「……マッシュ」
 呼んでも振り向いてくれないのでちょんちょんと腕をつついた。私の顔を横目で見やり、溜め息を吐くと歩調をやや緩めてくれる。

「ユリ、お前どうして自ら危ないところへ突っ込んで行くんだよ。……ずっと思ってたけど……」
 そうして一旦言葉を切り、カイエンとガウが聞いていないのを確認してマッシュは続ける。
「崩壊した後も無事だと分かってる場所に隠れておくことはできないのか?」
 戦いに巻き込まれない、命が脅かされずに済む場所で、すべてが終わるまで息を潜めて?

 それはまあ、可能だ。
 たとえばオペラ座や竜の首コロシアムで雇ってもらえたら崩壊には巻き込まれないし、おそらく皆がケフカを倒すまで安全に生活していける。
 ゲームクリアにしても、私が関わらなくたって自然な流れでエンディングまで進むはずだ。
 むしろ下手につつき回さない方がいいくらいだろう。

 だけど、それでも。
「無理だね。できない」
 世界の危機を見過ごせないとか、ティナたちの助けになりたいとか、皆を手伝いたいとか。
 そういう御大層な気持ちを置いといても、私にはもっと切羽詰まった事情がある。
「……元の世界に帰るためにはゲームをクリアしなくちゃいけないんだよ」
 ゲームクリア、すなわちエンディングを見届けること。私はケフカを倒すその場にいた方がいい……と思う。

 マッシュは怒っているような不満を圧し殺しているような、複雑な表情を浮かべている。
 戦闘に参加できないというだけではなく、バレンの滝でのようなこともあって皆にはこれからも多々迷惑をかけるだろう。
 いろいろな事情を知ってしまっているマッシュには特に。
 身の程を弁えて安全な場所でじっとしててほしいというのは尤もな意見だった。

「でも、危ないと分かってても行かなきゃならない、ので……怒らないでほしい……です」
 我ながら身勝手な言い分だとは思うが、マッシュはようやく表情を和らげて「もういい」と笑ってくれた。
「怒ってるわけじゃない。ただちょっと、ショックだっただけだよ」
 それは私がマッシュの想像以上に身勝手だった、ということだろうか。

 分不相応に過酷なルートへ突っ込んでしまったのは私がドジを踏んだからだ。
 私の尻拭いをさせられている人に「安全な場所にいてくれ」と言われ、自己都合で「それはできない」というのだから。
 ……自分でも呆れる。

「まあいいや。事情があるなら仕方ない。でもとにかく、なるべく誰かのそばにいろよ。一人にならないようにな」
「あ〜、それなんだけどさ、ナルシェに着いてちょっとしたら、私は別行動をとる予定なんだ」
 一人になるなと叱られたそばから言い出しにくいことではあるけれど。

 バレンの滝をスルーしてシャドウと一緒にニケアへ渡ってから考えていたんだ。
 表舞台で戦えないからこそ、私にはシナリオの裏道を行くという選択肢もあるのではないかと。
 わざわざティナを探す旅に同行しなくても、ティナと一緒にラムウのもとへ行ってしまえば、足手まといにならずに済む。
 待っている間の安全も確保されるし、次の展開に備えることもできる。

 経緯をすべて話せば止められるだろうから、ティナが暴走するなんてことは言わないけれど。
「別行動って言ったけど一人にはならないよ。今回みたいに分岐点があるんだ。で、ティナと一緒に行こうと思ってるだけ」
「うーん。それなら、まあいいけど」
 マッシュはティナならいざという時でも私を守る力があると考えている節がある。
 その彼女が大暴走してしまうのだから、私が無事に済むかは分からないんですけどね。

 怒っていないとは言いつつマッシュはなにやら渋い顔で考え込んでいる。
 人のいいマッシュだから当たり前みたいに受け入れてくれているけれど、本当にすごく迷惑をかけてるんだよな、私。
「あの、いろいろ……ありがとうね」
「いきなり何だよ」
「マッシュに話を聞いてもらってよかったと思ってる」
「へ?」

 帝国の陣地で、シナリオは変えられないと知りながらもマッシュはケフカに向かっていった。
 そして私は、マッシュがここで死ぬことはないと知ってるくせに必死で止めに入った。
 バレンの滝でもそうだ。彼は無事だと頭では分かってるのに不安で仕方なかった。

 決められたシナリオなんか関係ない、親しい人が危険に見舞われること自体が怖いんだ。それは当たり前の気持ちであるはずなのに。
 ここはゲームの中の世界で彼らは作られたキャラクターだからと、現実を軽く見ていたことにようやく気づいた。

 定められた結末を受け入れるのと見ないふりするのは違う。できることを精一杯やるんだ。
 目の前で起こる出来事に対して自分の心の赴くままに対処していけばいい。
 素直な感情で、守りたいものを守るために戦えばいい。
 ティナには偉そうに言ったくせに私自身ができていなかったな。

「私、マッシュに会えてよかった。すごく感謝してる。いつかどうにかして恩返しさせてね」
「……なんか、別れの言葉みたいだからやめてくれよ」
「あはは、確かに死亡フラグっぽいって言いながら思った。でもまあ、別行動ってもすぐ合流できるから心配しないで」
 どうやら照れているらしくマッシュはちょっと顔を赤くしてそっぽを向いた。

「ティナと一緒にいるなら無茶はしないだろ?」
「もちろん。私を庇ってティナが怪我したら嫌だもんね」
「それが分かったなら成長だな」
「お褒めに預かり光栄です」

 未来が私一人の行動にかかっているなんて思ってはいけない。
 今はマッシュも同じものを背負っている。私が多くを抱え込みすぎれば彼にも負担を与えてしまう。
 守られているのだということを肝に銘じておかなければ。

 世界が私を拒絶するとしても、私は起こることのすべてを受け入れる。
 そして崩壊を防ぐほどの強さが無いなら、受けた傷が少しでも早く癒えるように……私なりに行動しよう。
 守るだけじゃない、守られるだけじゃない、せめて支え合えるくらいの存在になろうと思う。


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