×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖接触



 レオ将軍が手勢を連れて陣地を離れるというので前線はちょっとした混乱状態に陥った。
 長期戦の構えでドマ城への突撃を繰り返していた兵士たちは負傷者が増えている。
 その一方、未だ無傷の人造魔導士たちはさっさと魔導アーマーで城を壊してしまえと主張して譲らない。
 彼らは早く切り上げて幻獣のいるナルシェに侵攻したいのだろう。
 ただでさえ仲の悪い兵士と魔導士、将軍が抜けて歯止めがきかなくなったようだ。そこかしこで喧嘩や言い争いが起きている。
 この混乱に乗じるべく、俺たちは帝国陣営を駆け抜けた。


 帝国軍がこれだけめちゃくちゃになっていたらドマの起死回生もあるかもしれないな。
 そう願って陣地を通り抜けようとしていた俺たちの耳に、ヒステリックな喚き声が聞こえてきた。
「で、ですが、レオ将軍は……」
「ヤツはもういない。俺が一番えらいんだ。毒を寄越せ!」
「しかし城内には我が軍の捕虜がいます。水を汚せば、彼らも死んでしまいます!」
「敵に捕まるようなマヌケのことなど知るか」

 毒と聞いて思わずユリの顔を見た。彼女は俺から必死で目を逸らしている。
 聞き間違いじゃないんだな。じゃあ、あの卑劣な目論見は成功してしまうということだ。
「俺は行くぞ」
「マッシュ、ちょっと待っ、」
「止めるな!」
 制止の手が届く前に走り出す。
 シャドウがいてよかった。俺がちょっとの間ユリから離れても一人にしなくて済む。
 シナリオなど知ったことか。あれを見て見ぬふりするなんて俺じゃないぜ。


 高台を全速力で駆け上ってきた俺に、大して驚きもせずケフカは冷静な視線を返す。
 毒薬を持ってきた兵士は大慌てで逃げ出した。この魔導師を守ってやろうって気はないらしい。人望がないな。
 それにしてもこの野郎、服装もキテレツだが間近で見ると全身トチ狂ってやがる。
 顔は真っ白に塗りたくって不気味な道化の化粧を施し、真っ赤な唇が酷薄な笑みを浮かべていた。

「……毒殺はお手の物ってか、帝国野郎。胸糞悪いぜ」
「うるさい虫ケラめ。口出しするな。それとも痛い目に遭いたいのか?」
「痛い目に遭うのはそっちかもな!」
 一跳びでヤツの懐に入り、ごてごてと着飾った服を掴んで高台から投げ飛ばした。
 宙を舞う体の落下点に先回りして蹴りを入れると、地面に叩きつけられたケフカは転げ回って痛みに悶える。
「いったあーい!」
 ふざけた悲鳴に苛立ちつつ、毒薬の容器を奪い取るべく近寄ったところへユリの声が飛び込んできた。

「マッシュ避けて!」
 反射的に飛び退くと寸前まで立っていた場所に魔法の火柱が噴きあがった。
 悶絶してたのは油断させるためのフリだったのか、平気な顔して立ち上がったケフカは続けざまに雷撃を放つ。
「おっ、と、見た目通りの奇抜な攻撃だな」
 雷の直撃した地面が焦げている。ティナと同じくらい強力な魔法だ。一発でも食らったらまずい、さっさと片をつけないと。
「マッシュ!」
 ユリの悲痛な声が聞こえたが振り向けなかった。

 筋書きを変えたくないって言うんだろう、分かってるさ。
 だけど俺には見過ごせない。こんなことが許されて堪るかよ。
 未来が決まっていようと、俺は俺の意思に従ってやるぜ。


 マントを翻して走り去るケフカを追いかけ、そこら中を駆け巡った。
 バカみたいに派手な格好のお陰で見失うことはないが、捕まえる寸前で器用に逃げられてしまう。
「待て、ケフカ!」
「待てと言われて素直に待つ者がいますか!」
 そりゃあそうだが、納得して追いかけるのをやめるヤツだっていないだろう。

 魔導師だけあって体力はないらしく、ケフカはすぐに息を切らして足を縺れさせる。
 だが魔法を駆使しての目眩ましや騙し討ちでうまく撒かれて追いつけない。つくづく人を苛立たせる野郎だ。
「待ちやがれ、ってんだよ!」
 いきなり視界に黒いものが飛び込んできた。一瞬インターセプターかと思ったが、それはユリの黒髪だった。
 体当たりするみたいに突進してきた彼女を避けきれず正面から抱きつかれて足が止まる。

「ユリ、離せ」
 俺が止まったことでケフカも崩れ落ちるように立ち止まって息を荒げる。毒薬を握り締めたままこっちを睨みつけていた。
「あいつごとバラバラにしてやる」
「触れただけで死ぬ毒なんだよ。マッシュも死んじゃうって!」
「俺の親父も毒で殺された。想像できるか? 腹の中から体を焼かれ、内臓が爛れて溶け出し、首を掻きむしりながら悶え死ぬんだ。あの城にいる全員が!」
 触れただけで死ぬ毒だと? そんなもの川に流したらどうなるか。この辺り一帯の土地すべてが死んでしまう。

 戦争は止められなくても、人が死ぬのは変えられなくても、毒だけは。
 無意味な苦痛を与える、そんなやり方だけは絶対に許せねえ。

 怒りを燃やす俺と、それを止めようと必死に縋るユリを見つめていたケフカが、なぜだか突然笑い始めた。
「素晴らしいではないですか」
「何だと?」
 腹の底で感情が煮えたぎっている。それを感じ取ったのかユリは俺にしがみついたまま肩を震わせた。
「幾百もの悲鳴が奏でるオーケストラ、崩壊の調べが紡ぐ甘美な音楽! 愚か者共が最期にあげる苦悶の歌劇を、聞かせてもらおうではありませんか!」

 まるで指揮棒を振るうように翳された腕から、放物線を描いて小瓶が飛んでいく。
 俺が何を考える間もなくケフカはそれを指差し、そこから放たれた雷によって易々と瓶は砕かれた。
 陽光を浴びて中の液体が煌めく、その光景は、腹立たしいほど美しかった。


 静けさが満ちる。永遠にも感じるほど長い沈黙。
 やがて川から不気味な音が沸き起こった。息絶えた魚が次々と腹を見せて浮かび上がってくる音だ。
 川縁に生えていた草が瞬く間に枯れていく。

 カッと頭に血がのぼった。目の前が真っ赤になって何も見えない。
「……貴様!」
 ユリの制止を振り払って駆け出した。ケフカを殴りつけたはずの拳が空気を切るとそこには既にヤツの姿は無く、頭上から嘲るような笑い声が落ちてきた。
 顔をあげると、宙に浮かんだ道化が俺を見下ろしていた。
 魔法が来る。肌が粟立ち、死を悟った瞬間、俺は背中からユリに突き飛ばされた。

 お前が俺を庇ってどうするんだ、なんて思う隙もない。大きく広がったオレンジ色の炎が四方向からユリをめがけて舞い降りる。
 彼女の体は一瞬にして魔法の渦に呑まれて……。
「ユリ!」
「おやおや、どうせ揃って死ぬのに無駄な、こと、を……?」
 彼女は渦に呑まれて、……炎が消えた。
 ユリに届いたと同時に、見えない膜に吸い取られたかのごとくケフカの魔法は消滅した。

 俺だけじゃない、ユリ自身も呆然としている。攻撃を阻まれたケフカがわけも分からずユリを睨みつけた。
「お前……お前は……何なんだ……?」
「わ、私に聞かれても」
「死ねよ。いつもいつも勝手なことばっかりしやがって。死ね。消えろ。“この世界から、いなくなれ”!!」
 何が逆鱗に触れたのか、ケフカの翳した手から氷塊が降り注ぎ、豪炎が立ち上ぼり、迅雷が轟く。
 際限なく放たれる術はその悉くがユリの周囲であっさりと消えた。

 錯乱したように頭を掻きむしって悲鳴をあげたケフカは、同じく混乱しているユリに対して明らかな恐怖を抱いていた。
「お前は、そうか! そうだ! 許されていない! 認められてないんだ! どこにも存在しないから、ぼくちんの魔法が届かないんだな!?」
「……私は、世界に受け入れられてないから、だから……」
 ユリが違う世界の存在だから魔法が効かない? まさか……。

 いや、そんなことよりも、魔法が効かなくたって物理的な攻撃は効くんだ。
 顔面を蒼白にしたまま硬直している彼女の腕を引っ掴んで背後に庇う。
 ケフカは憎悪の籠る視線を彼女に投げつけながら、空間をねじ曲げたような不可思議な穴を作り出してその向こう側へと逃げ去っていった。
 あれは転移魔法ってやつなのか? 空を飛んだり無尽蔵に魔法を打ったり、底知れない魔力量だ。
 それにケフカは……ユリがこの世界の人間ではないと知ってるようだった。


 兵士たちの動きを探ってきたシャドウによると、ドマ城は攻め入っていた帝国兵もろとも全滅だそうだ。
 あちこちで悲鳴が響き、騒がしかったのもほんの束の間。実に素早く……すべてが終わってしまった。

 俺は何もできなかった。誰も助けられなかった。
 それに、毒が投げ込まれるのを阻止したとしても別の手段で殺し合いが続けられるのだと冷静さを取り戻した今なら分かる。
 どんな想いがあろうと、どんな理屈をつけようと、一歩離れて見たら人が人を殺してるだけ。確かにそうだな。
 どうしたって人が死ぬことに変わりはない。
 これ以上の惨劇を食い止めたければ、帝国の中枢を叩かなければ意味がないんだ。戦争を止めさせなければ。

 ユリはティナみたいな無表情で地面を見つめていた。
 知っているのに何もできない。彼女はずっとこんな思いをしてきたのか。そしてこれからも。
「あのさ……」
「敵だー! 全員配置につけー!」
 何を言うべきかも分からないまま開けた口が帝国兵の叫びによって塞がれる。
 ユリが顔を上げた。その視線の先に彼女とよく似た黒髪の男が走り込んでくる。

 駆けつけた兵士たちは全員、黒髪の男に一太刀で斬り伏せられた。強いな。誰だ、あれは?
「拙者はドマ王国の戦士カイエン! いざ、尋常に勝負!」
「生き残りか……」
 思わず足を踏み出しかけてすんでのところで留まり、傍らのユリを見る。
 彼女は黙って俺の背中を軽く押した。俺も無言で頷き、その場をあとにする。


 疾風のごとく現れたドマの剣士は帝国兵に取り囲まれた。
 自らの身を顧みることなく人垣を真っ直ぐに突き破り、片刃の細剣で鎧ごと敵を切り裂いて駆け続けている。
 俺は眼前を走る兵士の背中を足がかりにして跳躍し、カイエンと名乗った男の横に降り立った。
「無茶をするなよ! 加勢させてもらうぜ」
「かたじけない!」

 城攻めの援軍を送る必要がなくなったせいで陣地にいるすべての帝国兵が集まっていた。
 カイエンの太刀筋は衰え知らずだが、兵士の壁も厚くなっている。こう数が多いとさすがにまずいな。
 ふと見ればユリがこっちに手を振って何かを指し示している。向こうは……武器庫か? そうか、予備の魔導アーマーだ!
「カイエン! 通路に入るぞ、囲まれっぱなしじゃ不利だ!」
 俺は力任せに目の前の数人を突き飛ばし、その裂け目からカイエンが道を斬り拓く。
 テントの間を駆け回って数分、ひとまず敵の目を逃れることができた。

「何処の何方か存じませぬが、誠に助かり申した」
「俺は、あー……フィガロのマッシュってもんだ。まだ礼には早いぜ。……毒を流した野郎は逃げちまった。あんたも、ここは退くべきだ」
「しかし拙者は皆の仇討ちを……」
「このままでは多勢に無勢。グズグズしてたらまた敵の大群が、」
「居たぞ! こっちだー!」
「そら、おいでなすった。俺にいい考えがある。とにかく向こうへ行くぞ!」

 苦渋を噛み締めつつカイエンは頷いた。
 何も気にせず復讐に身を捧げたい、大事な人を殺したやつらに同じ苦しみを与えてやる……その気持ちは、俺にもよく分かる。
 だが、だからこそ彼をこんなところで死なせたくない。


 レオ将軍が去り、ケフカも戦場を放り出して逃げたお陰で武器庫には魔導アーマーが放置されている。
 しかし見たところ俺とカイエンの分しかない。少し北側に戻れば他の機体があったはずだが、陣地に残ってる魔導士団の連中にあれを使われると厄介だな。
 まあ、ユリとシャドウのことは合流してから考えよう。とりあえず手前にあるものに乗り込んだ。
「マッシュ殿! この鎧の化け物は一体何でござるか?」
「魔導アーマーだよ。いいから早く乗れって」
 ユリは無事だろうか。シャドウがついてるから大丈夫だと願いたい。今はカイエンだけで手一杯だ。

 さて、追っ手が来る前にこいつを動かさなきゃいけないわけだが。
「マッシュ殿! どうやれば動くのでござるか!?」
「ああもう、世話が焼けるでござるな」
 おっといけねえ、口調が移っちまった。
「適当にスイッチを押してみろよ!」
「むむ、これは……ま、マッシュ殿ー! あべこべでござるぞー!」
 言われるがまま何かを押したらしいカイエンは魔導アーマーを見事に起動させ、そしてテントに集まってきた追っ手の兵士を撥ね飛ばしながら暴走し始めた。
 ……ああ、うん、立派なもんだ。

「カイエンはどれを押したんだろう?」
「このスイッチで起動、レバーを倒すと前進ですぞ」
「うおっ! ユリ、お前どっから湧いてきたんだよ」
「失礼な、人をボウフラみたいに」
 いつの間にか現れたユリは、あっちでも予備のアーマーを見つけたが一台しかなかったとか言いながら俺の横に無理やり体を捩じ込ませてきた。
「おい、狭いだろ。シャドウの方に乗せてもらえよ、あいつの方が細いんだから」
「乗ろうとしたらインターセプターに断られたんだよ! こっちに乗せてよ!」
「……そ、そうか、そりゃ悪かった」
 分かったからそんなことで泣くなってば。

 一人乗りの操縦席にぎちぎちで並んでちゃ身動きがとれない。
 仕方ないからユリには俺の膝の上に座ってもらった。兄貴なら喜びそうだが、ちょっとばかり問題のある体勢だ。
 急いでるから仕方ないか。ユリがお淑やかなレディじゃなくてよかったよ。

 俺の前面にすっぽり収まったユリは、どこで拾ってきたんだか怪しげな本を片手に魔導アーマーを起動している。
 なになに、『搭乗前の準備から始める・魔導アーマー入門〜初級編〜』……どこで拾ったんだ、本当に。

「えーと旋回はハンドルで左手のレバーがビーム照射。これは操縦士の魔力を消費するので事前に健康診断を受けること」
 そんなもん受けてる暇はない。
「魔力が要るのか? じゃあ俺も使えないな」
「使えるよ」
「えっ……」

 順調に動き出した魔導アーマーに乗って前進し、武器庫を出て目にしたのはカイエンが赤いビームを乱射して敵兵を薙ぎ払っている光景だった。
 予備のアーマーを調達してきたシャドウも色は違うが易々とビームを放っている。
 半信半疑で俺もレバーに手をかけてみると。
「……うお、本当に使えた!」
 雷っぽいビームが当たって物見櫓が倒壊し、兵士たちが慌てて逃げていく。

 ビームを発射するたび体から何かが抜き取られる感じがした。
 オーラを凝縮して放つ時の感覚に似ているが、これが魔力を消費するということか。
 じゃあ俺にも魔力があるってのか? カイエンや、シャドウにも。
 でも魔力ってのは魔法を使うための力だろ? なんで俺たちがそんなもん持ってるのか謎だ。

 空に向かって威嚇ビームを乱射しながらカイエンは爆走を続けている。あいつが通ったあとは死屍累々だ。
 いや、幸か不幸か兵士たちのほとんどは魔導アーマーの体当たりを受けて気絶してるだけで、死んではいないみたいだが。
「おい! そこのお前、何をして……」
「あわわわわ! 止まらんでござるぞー!」
「うぼあっ」
 こんな調子で、俺とシャドウはカイエンの作った道を通って悠々と陣地を脱出することができた。


 ひたすら陣地から遠ざかり、物見櫓も見えなくなった辺りでようやくアーマーを降りる。カイエンはなぜか青息吐息だ。
「も、もうカラクリは勘弁でござる……」
「一番才能あったみたいだけどな」
「改めて……拙者はドマのカイエン・ガラモンドにござる。貴殿らの助太刀感謝いたす」
 船酔いのようにふらつきながら、カイエンはユリとシャドウにも礼を言った。さすがドマ人、いちいち律儀だぜ。

「カイエン、俺たちはリターナーの者だ。一緒にナルシェへ来てくれないか? 帝国は次にあの街を狙ってるんだ」
「……拙者の剣が役立つならば。ナルシェを、ドマのようにしてはならぬ」
「ありがとう」
 経緯は悲劇だったが、頼もしい仲間が加わったのはありがたいな。

「あとは南の森を抜けるだけだ。帝国の陣地を離れれば使える港もあるだろう」
 小さな漁村なら帝国の占領を免れているところもあるはずだとシャドウが言う。
 どうやら彼もまだついて来てくれるみたいだ。

「よし、そうと決まればこのガラクタに用はない」
「ガラクタかぁ……」
「何だよ、持って行くのは無理だぜ」
 ユリは未練たらしく魔導アーマーを撫でていた。気に入ったらしい。
 そういや、兄貴ほどではないにしろユリも機械が好きだってロックが言ってたな。

 ケフカの言葉が気になったが、ユリはいつも通りの顔をしている。
 起きた出来事を見ないふりして普段と変わりなく振る舞う。それが彼女の心を守る方法なんだ。
 俺もそれに倣うとするか。答えの出ないことを考えて立ち止まるるよりも、今はただ歩き続けるだけだ。


🔖


 24/85 

back|menu|index