×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖がらくたの心



 腰が砕けてみっともなく這いつくばっていたのが功を奏したのか、私はバルガスが放った衝撃波にもなんとか耐えることができた。
 とはいっても服はボロボロ、あちこち擦り傷だらけではあるのだが。

 ティナとエドガーは吹っ飛ばされて岩にぶつかったらしく踞って呻いている。
 ロックなんか登山道の方まで転がり落ちてしまったようで姿が見えない。
 ついでに言うとバルガスを庇うように戦っていた熊さんたちも技を食らって気絶中だ。
 味方をも平気で巻き込むとは、やっぱりあいつは根っからの極悪人だったのか。失望したわ。
 なんにせよ、バルガスと対峙できるのが非戦闘員である私だけという危機的状況には変わりなかった。マッシュ早く来い。

「無駄に足掻くな。さっさと死ね、虫けら」
「うるせー! ゴキブリ並のしぶとさがなきゃ一般人は生きてけねーんですよ」
 強気なことを言ってみるが腰を抜かしたままである。
 いよいよ私にとどめを刺すべくバルガスが歩き出した。
 たぶんきっと、いわゆる村人Aですら武器を使えるだけ私よりずっと強いであろうこんな世界では。
 町の外にモンスターが跋扈しており殺し殺されが日常のすぐそばにある、こんな世界では。
 敵対した相手に“できれば死なないでほしい”なんて願うのは傲慢なことなのだろう。


 バルガスはあえてゆっくりと近づいて来た。
 緩慢な動作が私を混乱させる。今、全力でこの場から駆け出せば逃げ切れるんじゃないかと、そんな気持ちにさせられる。
 あの驚異的な脚力を考えれば、私が背を向けた途端あっという間に跳躍してきてブッ殺されるのは分かりきっているのに。

 動かず目を逸らさずただひたすら、じっとその場で待っていた。
 べつに私の胆が据わっているわけじゃない。先の展開を知っているから辛うじて冷静さが残っているだけだ。
 必ず助けが来ると、知っているから。

 私の命に一片の価値も見出ださない冷酷な瞳で見下ろして、バルガスが手を翳した瞬間だった。
「やめろッ!」
 凄まじいスピードで人影が私たちの間に飛び込んだ。
 マッシュの体重と跳躍の勢いがそのまま乗った重たい一撃が地面をえぐる。
 それを軽々と避けてバルガスは意外にも嬉しげな声音で「来たか」と言ってのけた。

「なぜだ……、バルガス! なぜ、お師匠様を殺した!」
 眼前に立ち塞がる大きな背中が怒りに震えている。
 私からマッシュの顔は見えないが、夕映えに輝く金髪が確かにエドガーの兄弟だと思わせた。
 自分を打ち倒しにきた弟弟子を見つめてバルガスは軽蔑もあらわに目を細める。
「知れたこと。拾い子のお前に奥義を継承させると吐かしたからだ」
「違う! 師は、あなたの……お師匠様は俺ではなく、あなたの素質を……」
「戯言など聞きたくないわ! もはや奴の技を学ぶ必要もない。この俺が自らの力で編み出した奥義、味わうがいい」

 マッシュの言葉に耳を貸さず、バルガスはあくまで武力による決着を求めた。
 戦いでしか語れない筋肉バカめ。傲慢で冷酷なやつだが武への執着だけは本物だと言える。
 ただその歩みは父親の望んだ道から外れてしまったんだ。

 奥義を継承できないだけが理由で実の父を殺すくらいなら、師と縁を切って自らの道を追い求めてもよかったのに。
 現に自分で技を編み出す実力があるのだから、新たな流派を打ち立てることだってできたのではないか。
 それでも父親を倒さなければ収まらなかったのは、マッシュではなく己の力を、父に認めてほしいという切なる願いの裏返しだったかもしれない。


 バルガスの技から復帰したティナが私の方へ駆け寄って来た。
 激しい攻防を繰り広げる二人から私を遠ざけようと腕を引く。よろめきながらも私はマッシュたちから視線を逸らせない。
 今のところバルガスが一方的に攻撃している。でも、マッシュはそれをすべて完璧に防いでいるのか大してダメージを食らっていないようだ。
 私では戦闘の状況がよく分からなくてもどかしい。
 解説してほしいと頼むとティナは渋々ながら頷いて、少し距離を取ったところから二人の戦いを見守ることにした。

「さすがだ! 親父が見込んだだけのことはある」
「どうしても……やるのか……」
「戦いこそ我が宿命だ。そしてお前には俺を倒せぬ! それもまた、宿命だ!」
 父親よりも、人としての心よりも、何よりも強さだけを尊び望むのがバルガスの宿命か。
 マッシュにせよダンカンにせよ、あいつに素質があることは認めていたんだ。
 だからこそ思う。恥を忍んでも生き延びられたら、いつか復讐の機会があるかもしれないのに。

 負ける戦いからは逃げ回って、勝てる段になった時に勝つのも、強さの内ではないだろうか。
 何もかも捨てて構わないと思えるほどの願いがあるなら、勝利を掴み取るためにどんな卑劣なこともできる。

「ユリ……?」
 立ち尽くす私の顔をティナが怪訝そうに覗き込む。
 目が合って、彼女がさっきバルガスの挑発に怒ったことを思い出した。
 感情が生まれつつあるのだ。ティナは周囲で起きる出来事に無関心ではなくなってきた。
 私は彼女が大事だ。この世界が好きなのと同じように、彼女のことが好きだ。その身に振りかかるすべてが大切なんだ。
 嫌なことも悲しいことも、それで彼女が傷つくと知っていても。
 世界を知り、変わっていく彼女を最後まで見守っていたい……。


 防戦一方だったマッシュが渾身の力を籠めた一撃で攻撃を押し返し、一瞬の隙に目を閉じて深く呼吸する。バルガスの真正面から正々堂々の突きを放った。
 バルガスは腕を交差して防いだようだ。にもかかわらず骨が粉々に砕けたような惨たらしい音が響き、その体は撥ね飛ばされた。
 何が起きたのか分からず私は呆気にとられる。ただのパンチ一発で……。
 二人は互角に見えた。少なくとも、一撃で倒せるほどマッシュの力が上回っているとは思えなかった。
「き、貴様、すでに……その、技を……ッ!」
 呼吸器か肺をやられたのか、バルガスの口から苦しげな息が漏れる。

 結論から言うとマッシュの突きは一発じゃなかった。
 早すぎて私に見えなかっただけで、傍らのティナに尋ねれば「十発以降は数えられなかった」なんてさらりと言われて戦慄する。

「くっ、糞が! 貴様のような、甘ったれに……俺が……」
「その驕りさえなければ、お師匠様は……」
「俺は、やつを、殺した。俺の方、が、つよ」
「もうやめろ!」
 地に崩れ落ちた兄弟子に対してマッシュは容赦のない追い討ちをかける。
 爆裂拳による無数の突きを瞬時に叩き込まれ、瀕死のバルガスは宙を舞った。岩に激突して転がり、呻き声をあげる間もなく崖を落ちてゆく。

 ほとんど断崖絶壁だ。死なずに済む可能性は限りなく低い。
 即死しなかったとしても大怪我は免れないだろうし、ましてや自力で山を降りて傷を治療するなんて……、万が一にも生きてはいないだろう。
 マッシュはバルガスの消え去った虚空をじっと見つめていた。

 エドガーと離れて城を出たマッシュが、ダンカンを父親のように、バルガスを兄のように想って暮らしていたであろうことは想像に難くない。
 師が殺され兄弟子を手にかけた苦痛に苛まれているであろう背中に、かける言葉が見つからなかった。

 黙りこくっていたら、目眩がしているのか頭を押さえながらエドガーとロックがようやく戻って来た。
「……マッシュ」
「兄貴?」
 振り返った瞳は夕陽を浴びて深い紫色に染まっている。
 顔の造詣を見ればなるほどマッシュは間違いなくエドガーと同じ顔の色男だった。
 でも、しかし、悲しむべきことに、髭が! 数日間バルガスを追って駆けずり回っていた痕跡として、もっさもさの髭が蓄えられている!
 ワイルドな男前の髭ではなくて山男風もっさり髭だ。それがマッシュの外見を一気に残念な具合に仕立てあげている。
 まず真っ先に髭を剃ってもらわなければいけないな、これは。

 ぱかっと口を開けて兄弟を交互に眺めていたロックは、いきなり素っ頓狂な声をあげた。
「お、同じ顔……双子の弟か!?」
「弟さん……私、てっきり大きな熊かと」
 天然ゆえの無邪気な一撃を放ったティナにロックとエドガーの顔が心なしか青褪めた。
 対して言われた当人であるマッシュは先程までの暗い雰囲気を掻き消すような豪快さで笑い飛ばす。
「熊か。そりゃあいい! ずっと山にいたんで、似たようなもんだ!」

 昔は小さくて可愛かったんだ、と誰にともなく呟いたエドガーの小さな声は私にしか聞こえなかったらしい。
 十年前に別れた時は病弱だったのだろう。当時の思い出がもっさり熊男に破壊されて、複雑な気持ちになるのも無理はない。
「まあでも健康なのが一番ですよ」
「確かに、それだけは喜ばしい」
 それだけかよ。
 健康ついでに比類なき格闘術も身についたんだからいいじゃないか。可愛かったマッシュは強くて頼れるマッチョに進化したということで。


 バルガスの一件を強いて忘れたかのように、エドガーは改まって私たちをマッシュに紹介する。
「こちらは魔法の使い手ティナ。リターナーのロック。ユリは……」
 込み入った話は後でというつもりなのかティナを元帝国兵だと言わなかったので、私の立場を説明できずにエドガーが困っていた。

 仕方ない、私自ら名乗ってやろう。
「私はティナの下僕です」
「そう、世話係だ」
「下僕です」
「……ティナは世間知らずなところがあるから、ユリがサポートをしてくれているんだ」
 ティナは下僕の意味が分からず困惑しているが、私たちの不毛な応酬をマッシュはさっくり流した。動じないやつだな。

「ふぅん。ま、何でもいいさ。よろしくな!」
「あ、はい。こちらこそ」
 爽やかな笑顔に気圧された。もっさい髭がなかったらクラッときたかもしれない。
 正直マッシュはもっとむさ苦しいイメージだったのだが、体格のわりには仕草がしなやかで繊細だ。身嗜みを整えれば清潔感のある男前になるだろう。
 そういえばメニュー画面の顔グラはこざっぱりしてちゃんとエドガーに似ていたな。双子なんだから美形なのは当たり前だ。

「それで、兄貴たちはどうしてこんなところに?」
「サーベル山脈に行くんだ。リターナーの本部へ向かってね」
「ってことは、とうとう動き出すのか。フィガロはいつまで大人しく帝国の犬なんかやってるのかって冷や冷やしてたぜ」
 いつまで、と思うほどずっと、兄と故郷のことを気にして見守ってくれていたんだ。
 それを知ったエドガーが密かに涙ぐんでいて、私は思わず目を逸らした。いろいろと見ないふりをするのが得意になっている今日この頃。

「反撃のチャンスが来た。じいや達の顔色を窺って帝国に媚びるのもこれまでだ」
「俺の技もお役に立てるかい?」
「来てくれるのか、マッシュよ」
 追い出す形になってしまった手前、一緒に来てほしいとは言えない兄貴の性格をさすがによく分かっている。マッシュは何の躊躇いもなく頷いた。
「俺の技が世界平和の役に立てば、ダンカン師匠も浮かばれるだろうぜ!」
 確かに、マッシュを強キャラに育てたことはダンカンに感謝しないとな。


 斯くしてシナリオ通り、仲間が一人増えることとなった。すぐ離脱するにしてもリターナー本部までの道中は戦闘が楽になるはずだ。
 そしてもうひとつ、必須イベントではないが一応やっておくべきことがある。

「はいはーい、山降りる前にテントでゆっくり寝たいんですけど」
 姿勢よく挙手しての発言にロックはあっさりダメだと首を振った。
「休憩はするけど、陽が落ちる前には下山したい」
「えっ? いや私もう歩けないです。次に敵が出たら死にます。死体引きずってリターナー本部まで行く気ですか?」
「心配するな、ちゃんと埋めて行ってやるから」
「エドガー助けて、ロックが虐める」
 よよよと泣き崩れてみると女に甘く女に弱いエドガー先生は苦笑しながらも助け船を出してくれた。
「ユリの体力は確かに限界だろう。ティナも消耗しているし、休んだ方が結局は早く進めるさ。マッシュも一度帰って仕度があるんじゃないか?」

 ちゃっかり弟のためだアピールも交えつつの主張にロックもそれじゃあ仕方ないと呟く。
 マッシュは小屋を離れて数日間バルガスを追っていたそうだから、その足でリターナー本部へ向かうのも忙しない。
 一度小屋へ帰って旅支度をしたいだろうし、身なりも整えてほしいし。

 というわけで私たちは頂上で一泊してマッシュが戻るのを待つことになった。
「じゃあ、お言葉に甘えて俺はちょっと小屋に戻ってくるよ。夜が明けたら先に出発しててくれ。山を降りるまでには追いつくから」
 ……それにサウスフィガロの街へ挨拶に行かなければならないから、私たちはのんびりしておく方がいい。

 マッシュの背中を見送ったあと、エドガーはなぜだか私に微笑みかけた。
「な、なにか?」
「いや。……ありがとう」
 まさかバレてるのか?
 でもサウスフィガロで私はダンカンの奥さんに会っていないから、マッシュがそこへ行く時間を作るための休憩だとは気づかれていないはず。
 ありがとうってのはきっと「マッシュに心を整理する時間をくれてありがとう」という意味だよな。うん。そう思っておこう。


🔖


 15/85 

back|menu|index