×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



🔖正しさの証明



 こんなに高く険しい山を慌てて登って高度障害にかかったらどうしよう、という不安と緊張で高度障害にかかりそうだった。
 プレッシャーには弱い日本人です。

 サウスフィガロの宿でしっかり飲んで食って眠っておいたのは幸いだった。この山は万全の体調で臨んでいなければ本当に危険だったと思う。
 そして体調を差っ引いても、私の足はとてつもなく重い。
 頂上に行きたくない……そんな思いが殊更に歩みを遅くしているようだ。

 さっきから登山道を離れた林の向こうにチラチラと人影が見え隠れしていた。
 ロックとエドガーは私たちが気づいていないと思っているのか何も言わない。実際は見て見ぬふりしてるんだけどね。
 ティナだって気づいている。ただ彼女は、誰も反応しないから気にしていないだけだ。
 嫌でも考えてしまうのは、頂上に着いたらバルガスと戦うのだということ。私はそこに行きたくなかった。

 正直あいつのことはわりと好きだ。
 そりゃあ決して人好きのする快男児でも爽やかな好青年でもないけれど、それだけにとても人間臭くて親近感がわく。
 仮にダンカンが本当に死んでしまっていたらその感情も違っていたかもれないけれど。
 いや、そうでもないか?

 もしバルガスが本当に父親を殺していたとして、所詮は二人ともゲームの登場人物でしかない。
 私は害を被りようがないから、彼がどんなに卑劣な人物でも関係ない。
 悪人だからと嫌いになったりはしないんだ。

 ついでに言うならバルガスは、そんなに卑劣な悪役というわけでもない。
 ただ弟弟子に嫉妬して、自分を認めてくれない父親に腹を立てただけだ。
 殺人という行為に及んだことはともかく、そこに到る感情は誰にでも共感の抱けるものだった。

 バルガスは“強さ”を追い求める格闘家。彼らの世界においては最後に勝った者こそが正義を体現している。
 結局、バルガスを倒したマッシュが正しいのと同じくらい、曲がりなりにもダンカンを倒したバルガスだって、それはそれで正しいのではないか。
 ましてこの世界では命のやり取りがごく身近に行われている。
 己の信念のために誰かを殺すこと……私のいた世界ほど、問答無用に悪と断じられるわけじゃない。

 そもそも崩壊後にダンカンや奥さんの口から一言も彼の話題が出ないのも気に入らなかった。
 望み通りに育たなかった息子なんて要らないと、そういうわけなのだろうか?
 つまるところ凡人である私は、より優れた者たちに敗れて否定され消えて行く定めを与えられた“雑魚キャラ”に同情してしまうのだ。

 それより更に重要なのは、バルガスが初めて私の前で死ぬ予定の人間キャラだということ。
 散々モンスターが死ぬところを見てきて今更ではあるけれど、やはり人間が殺されるとなると話は違う。
 単純に、目の前で人間が死ぬ瞬間を見たくない。殺すのがマッシュだから尚更つらい。
 この先もっとたくさんの人間が死ぬのは分かっている。
 それでも、すぐそこにあるたった一人の死をどうにか避けられないものかと考えてしまい、また足が重くなる。


 ダンカンが実は生きていると言えば、マッシュはバルガスを殺さないだろうな。
 でもバルガスの方はどうか? 殺したはずの父が生きていると知ったら、今度こそ息の根を止めるためにダンカンを探しに行くのではないか。
 もしそうなったらマッシュはバルガスを追いかけるだろう。
 つまり、ここで決着がつかなかった場合、マッシュがパーティに加わらない可能性がある。

 私はずっとマッシュの加入を心待ちにしていた。
 重々しい世界観を織り成すこのゲームでは貴重な癒しキャラだ。崩壊後に再会した時、彼がどんなに頼もしくありがたい存在だったかよく覚えている。
 しかしそれ以上に、戦力として多大な期待を寄せているのだ。

 戦闘能力というものはステータス上の数値だけでは計りきれなかった。
 ゲームみたいに“HPが尽きるまでは攻撃を何発食らっても大丈夫”なんて単純な話はない。現実では当たりどころが悪ければ一撃でも死ぬ。
 武器や防具の性能による能力の底上げには意味がなく、当人の経験と資質こそがものを言う世界。
 だから格闘家であるマッシュがパーティーに加わることで、現状唯一の前衛であるティナの負担が大幅に減るはずなんだ。

 早くマッシュを仲間にしたい。しかし人が死ぬのは嫌だ。
 バルガスを生かす方策を考えようにも、決着がつかなければマッシュが仲間にならない。
 どっちにも進めない。解決しようのない事態に思い悩むのはストレスが溜まる。

「あああ〜もう頭が痛い!」
 わしゃわしゃと髪を掻き乱しながら叫んだ私をロックが心配そうな顔で覗き込んだ。
「もうすぐ頂上だから頑張れよ。着いたらちょっと休もうぜ」
 違うんだ、その頂上に行きたくないんだってばよ。
 それでもゆっくりとながら足は動き続けているわけで、うだうだと歩いているうちに視界が開けて見晴らしのいい場所に出る。
 あぁ……結局、何の名案もないまま着いてしまった。


 頂上は少し開けて平らになっている。ここなら登山道のどこからモンスターが登って来てもすぐに対応できるだろう。
 テントを張って一旦休憩するかというロックに対して私は返事もできずにいた。
 ぐるりと見渡しても人の気配は感じられない、しかしすぐにドスのきいた声が響く。
「マッシュの仲間か」
「な、何だ?」
 力の限り叫んだわけでもないのに空気がビリビリと震えるようだ。

 居所が分からず、おろおろと辺りを見回す私たちの前に、不敵な笑みを浮かべた男が空から降り立った。
 って、どこから跳んで来たんだよ。崖の下から飛び上がったんだとしたら化け物染みた跳躍力だな。
「さっきから俺たちを追い回してたのはお前か!」
「さて、知らんな」
 バルガスはこちらを一瞥し、私のところで視線を止めた。……あっ、やだロックオンされた気がする。

「俺は誰にも捕らえられん。ここで出会った事を不運と思うのだな。貴様らには死んでもらうぞ!」
 問答無用とはこのことか。
 一瞬にして距離をつめてきたバルガスに目が追いつかず棒立ちの私を、咄嗟に引っ張って救い出してくれたのはティナだった。
 ああほらね、一番素早いのはロックでも一番最初に反応できるのはティナなんだ。これが経験値の差ってやつ、なんて呑気なこと考えてる場合じゃない。


 バルガスは私が最も殺しやすい雑魚だと判断したようで執拗に狙ってくる。間に入ったティナは盾で防ぐので精一杯だった。
 一拍遅れて戦闘体勢に移ったロックがナイフを抜いて襲いかかると、バルガスが振り向いた隙にすかさずティナの魔法が放たれる。
 ファイアを間一髪で避け、さすがに驚いているバルガスに三人が同時に斬りかかるが、その姿は瞬時に掻き消えた。

「ユリ!」
 切羽詰まったティナの声。
 軽々と包囲を飛び越えたバルガスは私の背後に着地し、ド素人にでも察せられるほどの殺気を放っていた。
 ヤバイ、動いたら死ぬ。

「今のは何だ」
「え、と、魔法ですよ?」
「人間が魔法を使うか」
「彼女は元帝国の魔導戦士なので」
 未知の力に興味が向いている。今のバルガスは隙だらけなのに、私が人質になっているせいで誰も攻撃できない。歯痒かった。
 でもその膠着は長く続かず、何を思ったのかヤツは私の背中を蹴り飛ばしてティナにまっすぐ向き合った。
「女、今のをもう一度やってみろ」

 否という理由もなく神速のファイアが放たれ、慌てて振り返った私はそれを見た。
 バルガスはファイアを、握り潰し……た? いや、拳を突き出す風で消したのか。無茶苦茶だな!
 さすがは腐ってもマッシュの兄弟子だ。

「それで終わりか」
 その言葉で文字どおり火がついたようにティナが魔法を連発し始めた。
 いけない、逆上している。
 バルガスは最小限の動きで避けきっているし、飛び交うファイアのせいでロックとエドガーが攻勢に加われない。
「ティナ、抑えて」
「でも……!」
 分かっている。今この時のためにMPを温存させたんじゃないのかと言いたいだろう。
 でも少し待って、もうしばらく耐えれば助けが来るから。

 来る……はずなんだけれど、現れたのは大きな熊だった。
 マッシュじゃなくて、本物の熊だった。


 二頭のイプーはバルガスを庇うように立ちはだかり、それぞれがティナとロックを翻弄している。
 形勢は変わらず不利。
 なぜ熊がバルガスを庇うのか。一緒に稽古でもして仲良くなったのだろうか。
 ちくしょう、絶対あいつ根っからの極悪人じゃない気がするんだよ。
 そうあってほしいという願望に過ぎないのかもしれないけれど。

「くそっ、ちょっとまずいぜ!」
 ティナはなんとか熊の猛攻を往なしているが、体重も軽く紙装甲のロックは逃げ回るばかりだった。
 あのショベルカーみたいな手と爪で一発もらったら即死だ。
 エドガーはロックの方へ向けてブラストボイスを起動する。混乱した熊にようやくロックが反撃を始めた。

 よ、よし。いや、良くない……。
 冷たい目で戦闘を見守っているバルガスと視線が合ってしまった。
 なんということでしょう。今、バルガスと私だけがフリー!
「見りゃ分かると思うけど私の戦闘力はゼロ。殺したって意味ないどころか不名誉なだけですよ」
「生かす理由とてあるまい」
 あははー、ごもっとも。
 しかし向こうも単純に殺しを楽しんでいるわけではないようで、私には興味なさげにティナたちを見つめている。

 やがてバルガスは、拳を握って何やら集中し始めた。気を溜めているって感じの動作だな。
 イベントが進んだようだ。
「みんな、大技が来る! 吹き飛ばされないよう気をつけ、」
 言い終えるのも待たずにバルガスが突風を巻き起こした。
 風に煽られ転がりながら舌を噛んでしまった。ティナたちがどうなってるのか見る余裕もない。

 まったく、あんな摩訶不思議技を使える連中が魔法に怯える意味が分からないよ。
 溜めた気を放出して人を吹き飛ばすって、それはもはや魔法だろうが。しかもチャージタイムなしだ。
 お前ら魔法よりよっぽど怖いもの持ってんじゃないか。


🔖


 14/85 

back|menu|index