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🔖閉鎖空間
夜が明けてすぐサウスフィガロの洞窟に到着した。
入り口には簡素な小屋が建っており、見張りのフィガロ兵が携帯食とボウガンの矢を補充してくれる。
ここら辺リアルに不便なので、エドガーの機械もゲームほど万能ではなさそうだなと思う。
建物があったついでにお風呂に入りたいと思ったが、もちろんそんな贅沢を言える状況ではなかった。
サウスフィガロの町に着いたらまともな宿屋に泊まれるだろうか。
洞窟のそこかしこに水が溜まっている。
バスタブ代わりになる器があればティナのファイアでお湯を沸かして入浴できるのに、と未練がましく考えてしまう。
今まで特に自分が潔癖だという認識もなかったけれど、こうも風呂に入らない日が続くとさすがにいろいろ気になる。
匂いとか痒みとか、髪もパサついてきたし。
そんな私の様子を察してか「サウスフィガロの街で宿をとって一泊しよう」と言ってくれたエドガーはさすがだ。
逆に「急いでるんだし野宿で済ませればいいだろ」とはロックの言葉。
お前ってやつは、そんなだからいつまでも女心が分からんのだ!
いや、それはまあいいんだけど、風呂がなくても宿には泊まりたい。結局フィガロ城でも眠れなかったから疲れてきた。
ところで、ちょっと前まで私はパーティーの荷物係としてエドガーの加入に一抹の不安を抱いていた。その、機械のことだ。
ゲームでは反則級の強さに常日頃お世話になっていたけれど、現実問題あれらすべてを持ち運ぶのは重すぎるので勘弁願いたかった。
最悪オートボウガンとドリルとウィークメーカーだけに絞ってもらおうとまで考えていた。
しかし蓋をあけてみればエドガーがチョコボの鞍から取り外して担いだのはオートボウガンと工具箱が一つきり。
あの機械類、エンジンは共通でアタッチメントを変えるだけで違う武器に早変わりするらしい。
普段はコンパクトな工具箱に収まっていて、思ったような大荷物を持ち歩く必要はなかった。
その代わり戦闘中も即座に様々な武器を切り替えて攻撃というのは難しそうだけれども。
戦闘シーンを見ている限り、エドガーには例の「きかい」コマンドが無く、機械をメイン武器に装備して「たたかう」を使っている感じだった。
実際、腰に提げた剣はまったく使う気がないようだ。
この洞窟内は狭いうえにティナとロックが前衛として敵とエドガーの間に入るので、オートボウガンは使い勝手が悪い。
とりあえず挟み撃ちにあった時だけ後方に向かって矢を放っているが、その射出した矢をいちいち拾いに行かなきゃならないのも面倒だ。
エドガーが自分で機械を持ち運んでくれるので矢の回収は私が担当しているけれど、死体に刺さってるのを引き抜くのは気分が萎える。
現状、せっかくの機械をなるべく使わないでほしいと思うのが正直なところ。
「いちいち拾わなくても矢が無制限に使えたら便利なんですけどね」
「実は今そんな武器を開発中なんだ」
「へぇー」
国王陛下が期待に満ちた目で見つめてきた! 語り出すと長そうだからスルーしておく。
たぶんエアアンカーのことかな。ゲームではあまり使った記憶がないが、現実に使うならそっちの方がいいかもしれない。
弾切れの不安もないし、乱戦では単体攻撃のエアアンカーの方がターゲットを指定できて便利だ。まあ手に入るのはずっと後だけれど。
敵の気配が感じられない場所で小休止をとることになった。エドガーは装備をオートボウガンからブラストボイスに切り替えている。
頻繁に旅人の往来があるだけあってここらのモンスターは雑魚ばかりだ。
律儀にトドメをさしてまわらなくても、混乱で自滅させながらさっさと先へ進んだ方が効率的ではないかという話になったのだ。
ちなみに、予備の機械を借りれば私も戦力になれるかと思って部品を組み立てるところを見ていたけれど、どういう仕組みなのやらさっぱりだった。
砂に潜る城だの空飛ぶ船だの変幻自在の機械武器だの、私にとっては魔法の存在を抜きにしたって充分に不思議な世界だ。
短い休憩を終えて再び歩き出す。
数分後にピョコンと物陰から飛び出してきたのは赤い目玉を剥き出しにした毛むくじゃらの物体。
こいつ、ゲームで見た時はわりと可愛らしかった気がするのに実物はグロいな。
早速交換したてのブラストボイスを敵に向け、エドガーがスイッチを押した瞬間……モンスターは苦悶の呻き声をあげながら壁に突進して自滅した。
効果は抜群だ! が、その手前でなぜかティナが剣を取り落とし、両手で耳を塞いで踞っている。
「ティナ、大丈夫?」
駆け寄って助け起こすと、彼女はエドガーの持つ機械を嫌そうに睨みつけた。おお、不快げな表情を初めて見たぞ。
「ねえ、それ……何の音?」
どの音?
ブラストボイスのスイッチを止め、緊急会議が行われた。
ティナは「ビックリしただけでダメージはない」と言っているけれど、明らかに敵意を込めてブラストボイスを睨んでいる。
あの一つ目モンスターだけじゃなく彼女にまで不快音が聞こえたそうだ。
混乱に至らなかったのはティナがモンスターではなく理性的な人間だったからだろう。
「ものすごく気持ち悪い音がするの」
「おかしいな。私は平気なんだが」
「俺も何も聞こえなかったよ」
エドガーとロックが揃って首を傾げている。ちなみに私もなんともなかった。人間には聞こえない音ですかね。
「……普通の人にはあれが聞こえないの?」
どんな音か知らないけれど、魔物を混乱させてしまうくらいなのだからそれがティナにも聞こえるというのは一大事だ。
幻獣の血が入っている分、私たちより可聴域が広いんだろう。そんなこと本人には言わないが。
不安そうに見上げてくるティナの頭を撫でつつ明るく笑って否定しておく。
「そういうのは個人差があるからティナが特別なわけじゃないよ。年を取るほど聞こえる音の範囲は狭まるもんだし、ティナは若いから聞こえちゃったのかも」
「若いから……」
おや、ティナのフォローをしたつもりが三十路間近のエドガーを微妙に傷つけてしまった様子。失礼しました。
でもまあ実際、ブラストボイスがモスキート音とかを出してるなら子供には聞こえる可能性もある。
後のパーティメンバーのことを考えれば放置できない問題だ。
複数の敵を攻撃する武器は前衛の味方にも危険が及ぶ。
それはオートボウガンで分かっていたことなのに、ブラストボイスは攻撃が目に見えないからと配慮が足りなかった。
「どうにか音の届く範囲を制限できればいいんだが」
工具箱の中身を探りながらエドガーが思案げに呟いた。
ティナに聞こえる理由が幻獣の血のせいか年齢のせいかは分からない。
しかし、ちゃんと敵だけに効くように調整しておかないとインターセプターやモグやウーマロ、ガウやリルムなんかも混乱させてしまう可能性がある。
「ティナにギリギリ聞こえる周波数なんでしょうね。もっと下げてみたらどうですか」
「それは城に帰らなければ調整できないな。参ったね、もっとゆっくり出発できれば指向性スピーカーを持って来られたのに」
ケフカのせいで急ぎだったから仕方ない。でも実は帰って機械弄りがしたいだけじゃないのか、この王様。
確かブラストボイスは挟み撃ちの時も片側にしか効かなかったはずだな。
「とにかく洞窟と屋内では反響しちゃうから使わないで、外でオートボウガンみたいに味方のいない方に向けて使うことにしますか」
「ああ……応急措置としてはそんなところだろう」
使用者の背後の敵に効果がないなら、もともと音量は大きくないんだと思う。
単純に音量を下げて、スピーカー部分にメガホンでも取りつけて前方の敵にだけ聞き取りやすくするというのも有効ではないかな。
そしてティナには向けないようにすればいい。
「っていうか、ティナに害があるなら使わなければいいだろ。置いてっちまえば荷物も減るし」
ロックが呆れ顔で肩を竦めるも、私とエドガーは同時に首を振った。
「これは私の魂だ。捨てる気はないぞ」
「敵を混乱させられるのは有用ですよ。注意すれば被害は防げるし、使えるものは使わないと」
致死性が低い武器は貴重だ。混乱してる間に盗むとか逃げるとかできるもの。
ゲームのように経験値を求めて雑魚大虐殺を繰り広げるわけでもなし、弱い相手とまで律儀に戦うより混乱させて戦闘を避ける方がいいじゃないか。
私の言い分がエドガーの肩を持っているように感じられたらしく、ロックはやれやれと溜め息をついて頭を掻いた。
「ユリ……お前も機械馬鹿だったんだな」
「ええ? なんでそんな話に」
「だってやたら詳しいじゃないか。周波数とかなんとか、俺にはちんぷんかんぷんだぜ」
いやいやいや、こんなのは詳しい内に入らない。周波数を変えたら? って言うだけでやり方も何も知らないんだから。
なんてことを思いつつエドガーの方を見たら、なぜかこっちもロックの言葉を否定しない。
「少なくともユリが日常的に機械に触れていたのは間違いないな」
「えー……」
「なぜティナに効いたのか、すぐに理解しただろう。うちのばあやだってこれが“音を出している”ことを未だに理解してないのに」
あー、そうか。その音が聞こえたティナはともかく、武器の仕組みも知らないはずの私は何が起きているのか察してはいけなかったんだな。
とはいえ、帝国の人間だという設定にしてあるから私が機械に強くても不自然には思われなかったようだ。
私が日常的に触れていた機械というとスマホやパソコンになるだろうか。
ああそれに、テレビや電子レンジや炊飯器なんかの家電だって精密機械には違いない。
改めて考えるとこの世界一般の人に比べれば私の機械経験値は確かに高い方だろう。だがしかし!
「使ってるからといって理解してるとは限らないんですけどね」
「それは言えている。私も何がどうしてそんな効果を及ぼしているのかさっぱり分からない機械がいくつかあるよ」
「いや、お前は分かっとけよ! そんなもん間近で使われたら怖いだろうが」
ウィークメーカーなんか特に意味不明だよねーとは思いつつロックの懸念も尤もではある。
使用者兼製作者のエドガーさえ仕組みを理解していないのは不安だね。
今回はブラストボイスだったからティナが気味悪く思うくらいで済んだけれども。
もしもこの先うっかりバイオブラスターが暴走なんてことが起きたら私は瞬く間に死ぬだろう。
よく考えると獣型や人型の敵を相手にドリルや回転のこぎりをブッ放されるのもグロすぎる。
機械だけじゃない、周囲の味方のことを思うと使える攻撃方法は限られてくる。
私も、事が起きてから対処するのではなく先回りしていろいろ考えておくべきだ。せっかくゲームの知識という武器があるのだから有効活用しなければ。
ともかく洞窟にいる間はブラストボイスを使用しないことになった。
アタッチメントをオートボウガンに戻しながらエドガーはなんとなくしょんぼりしている。
変な機械の発明は趣味でもあるんだっけ。せっかくの作品が使えないのは悲しかろう。
そんなエドガーの様子を見ていたティナがちょいちょいと彼の服を引っ張った。
「ごめんなさい。我慢できないほど嫌な音ではないから、使っても大丈夫よ」
「いや、レディに不快な思いをさせるなんて私の方が我慢ならないんだ。君が気にすることはない。むしろ改良点を見つけて感謝してるくらいさ」
一転して満面の笑みを見せる国王陛下。……復活はえー。
まあ「嫌だからやめてほしい」という気持ちを学べたのでティナにとっては良かったな。
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