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🔖優しい嘘つき



 急な出立だったせいで、城から回収できたのは最低限の装備だけだ。テントも持ち出せなかった。
 今夜はこのまま徹夜で砂漠を突っ切ることになりそうだ。

 エドガーは道に迷う素振りも見せずに先頭でチョコボを走らせている。
 いつもながら、どうして地図もない荒野をこんなに自信を持って進めるのかと不思議で仕方ない。
 昔の旅人は海上でも星を見て自分の位置を知ったというが、エドガーが見つめているのは空ではなく地面だった。
 まるで街道を行くような感じだ。
 あいつにとってはこのだだっ広い砂漠も慣れ親しんだ自分の庭。まったくもって心強いのは確かだな。

 前後に並ぶと後続が砂塵を浴びまくるはめになるので、エドガーを中心に俺とティナが両サイド後方について鏃の陣形で進んでいく。
 始めティナのチョコボに同乗していたユリは俺が言いくるめてエドガーの後ろへ戻しておいた。
 俺とティナはきっちり旅装を整えて城を出たが、ギリギリまでケフカの相手をしていたエドガーとユリには防寒具がないからな。
 砂漠の夜に凍えてダウンされたら困る。二人で毛布にくるまってくっついてろ、ってわけだ。

 ユリは渋っていたが、じゃあティナにエドガーと同乗してもらうかと脅したらすぐに自分が乗ることを承諾した。
 まあ当然、保護者としてはティナを女誑しと二人乗りさせたくないだろう。
 ユリは一人でチョコボに乗れないんだから、多少のことは我慢してもらわないと。


 ここまで来ればもう追っ手もない。ゆっくり走って大丈夫だ。
 逃走中は激しい縦揺れで気分が悪そうだったユリだが、今は並走するティナと話す余裕もある。
 俺とエドガーがティナを追及するのを見て急下降していた彼女の機嫌も持ち直したのでホッとする。
 だけど今度はティナの方がなんだか困った顔をしてユリに声をかけていた。

「あの……」
「んー? どうした、寒いの?」
「ううん、寒くはないわ。……あのね、ユリは、私がどうして魔法を使えるのかを知ってる?」
「……」
 少しの間、皆して黙り込んでしまった。

 やっぱり、気にするなという方が無理だよな。あんな風に大騒ぎするべきじゃなかったと改めて落ち込む。
 だけどユリもユリだ。ティナの“不思議な能力”が魔法だと知ってたなら俺に一言忠告してくれてもよかったのに。
 そうすりゃ俺だって、ティナがその能力を人前で使わないようにもっと気をつけてやれただろう。
 ……いや、それじゃ意味がないのか。

 どういう事情にせよティナの魔法には大いに助けられている。
 その力は悪いものじゃないってことを早くから伝えておくべきだった。
 だけど本当に、ティナはなぜ魔法が使えるんだろう? ずっと前に滅びたはずの、太古の能力を。
 彼女に協力を求める身として、俺たちはそれを知るべきなのかもしれない。


 ティナは辛抱強く待っていたが、ユリは答えなかった。
 世話係をしていたのだからティナの秘密を間違いなく知ってるはずだ。本人にさえ隠さなければならない事実があるっていうのか?
「知っていることがあるなら教えてほしいの。この力は……私は、一体、何?」
 ここにいる誰よりティナのことを知っていると思われるのはユリだった。
 その彼女が尚も黙り込んでいるので、小さく溜め息を吐いてエドガーが話し始めた。

「十二年前、帝国は大規模な軍の再編成を行った。人造魔導士団が新設されたのも同じ年だ。魔導士を率いるケフカは魔導注入実験によって魔法の力を得たと聞く。……ティナもそうなのか?」
 ベクタにあるという研究所でそんな実験が行われていたらしいとは俺も噂に聞いたことがある。
 帝国が魔導の力を得て一気に軍事大国へと成り上がったのは確かにその頃だ。
 だけどティナは被験者じゃないと思う。

 もし彼女が人造魔導士なら、あのケフカやセリス将軍と同様とっくに実戦へ投入されていたはずだ。
 しかしティナが戦場に姿を現したのはつい最近で、俺たちだってナルシェに派遣されるという情報を掴むまで彼女の存在すら関知していなかった。
 今の今まで秘密だったってことは、ティナは人造魔導士とは違う特殊な役割を持っているということだ。

 エドガーはさらに続ける。
「ティナは十八歳だと言っていたね。君は彼女が生まれた時のことを、帝国軍に加わった経緯を知っているんじゃないのか?」
 それはすなわち、ティナ自身も思い出せない空白の記憶だ。彼女が何者なのかという核心。
 再びユリに問いかけるエドガーの声は少しばかり強張っていた。おい王様、レディに対する態度じゃないぜ。
 でも……そうだよな。どうしてユリは話さないんだろう。

 帝国の人造魔導士たちがどうやって魔導の力を得たのかは知られていない。
 どうせろくな方法じゃないということだけは分かる。
 魔導実験の被験者だったにせよ別の理由があるにせよ、ティナの持つ能力を帝国がどう扱ったのか。
 その記憶のせいで感情が壊れてしまったのだとしたら、辛い記憶を思い出させないためにユリは黙っているのか?

「ユリ……」
 不安そうに揺れるティナの目をまっすぐ見つめ、ようやくユリは口を開いた。
 だがその言葉は素っ気ないものだった。
「言いたくない」
「い、言いたくないって……」
 さすがに渋い顔をしたエドガーにも、ユリは断固として首を振った。
「ティナは自分の過去を知らないんじゃない、覚えてないだけ。忘れたことはいつか自分で思い出せる。でも私の口から聞かされたらそれは記憶じゃなく知識になってしまう。ティナのためにならない」
 他人から聞かされた言葉は記憶ではなく知識に過ぎない。その言葉は俺の胸にも刺さった。

 そうだ。ユリが知っていることをすべて話したところでティナはそれを思い出せるわけじゃない。
 むしろ、下手に知識として教えられてしまったばかりに、見失っていた記憶がそのまま心の奥底に置き去りにされてしまうかもしれないじゃないか。
「……俺はユリを支持する。今すぐに聞き出す必要はないと思う」
「ロック」
 咎めるようにエドガーが呼ぶけど無視だ。
 ユリの考えは理解できる。焦って道を間違えて永久に失ってしまったら、後悔したくてもできない。それは避けたいんだ。

「他人に教えてもらったってそれが本当のことかどうか、今のティナには分からないじゃないか。自分で思い出せなきゃ意味がない」
「それはそうだが」
「ティナが思い出せるように、ユリも協力してくれるんだろ?」
「もちろんそのつもりです」
「知りたいなら自分で探し出せ、ってことさ」
 それが自分にとって大切なものだというなら尚更だ。


 ティナが何者なのか。それは世界の行く末に関わることだ。少なくとも帝国が彼女を求めている限りは。
「聞いてくれ、ティナ。俺は帝国に立ち向かう地下組織リターナーのメンバーだ。エドガーがそこに加わりたがっているというのは城でも話したよな」
 彼女が小さく頷くのを、エドガーとユリは黙って見つめていた。
「君もリターナーの指導者バナンと会ってくれないか?」
「私が……リターナーに?」

 エドガーは成り行きを見守っているユリにちらりと目をやり、それ以上なにも語られそうにないのを見ると俺の言葉に続いた。
「今度の戦争は『魔導』が鍵になっている。そしてティナには魔導の力がある。その力は幻獣と反応しあった。帝国の思惑と何か関係があるはずだ」
「私は何も知らないわ。この力も気がついた時には自然と使えるようになっていた。実験で得たものでは、」
「しかし生まれつき魔導の力を持った人間などいない!」
 思わず声を荒げたエドガーから目を逸らし、ティナは唇を噛んで俯いてしまった。
 乗り手の困惑を悟った彼女のチョコボが足を止め、俺たちも慌てて手綱を引く。

「……すまない。言葉を誤った」
 ユリが恨みがましげな顔をしつつエドガーの頬を引っ張っている。
 シリアスな空気なのに和んでしまいそうだからやめてくれよ。

 生まれつき魔導の力を持った人間などいない。そんなことは常識だ。
 それにティナの力は帝国兵が使う付け焼き刃の魔法とは明らかに違っていた。
 彼女は息をするのと同じくらい簡単に、何もないところへ火を起こし、受けた傷もたちまち癒してしまう。
 大昔の魔法の産物である……モンスターみたいに、自然に力を使うんだ。

 ティナは帝国が実験で作り上げた人造魔導士じゃない。生まれながらに魔導の力を持つ娘。
 それがどういう意味なのか、彼女自身にさえ分からない。

「私は、どうすれば……」
「ガストラはティナの力とその秘密を狙っている。一度は引き返しても準備ができたらまた追ってくるだろう。君の力が帝国の手に渡ったら世界はおしまいだ」
「その力の正体を知るためにも、バナン様に会ってほしい」
 重々しい沈黙に眉を寄せると、ティナは助けを求めるようにユリを見た。
 このままでは進めないと判断したのかエドガーも鞍の上で姿勢を変えてユリに向き直る。
 ここはティナの保護者様に御意向を窺うしかなさそうだ。

「……千年前なら魔導の力を持って生まれる人なんて普通にいたのにね。太古の時を遡れば誰にでも同じ血が流れている」
「魔大戦時代の話を持ち出しても仕方ないだろう。現に今、普通の人間は魔法など使えない」
「じゃあ、もし魔導士が生き残っていたとしたら? 帝国は彼らの子孫を見つけたのかもしれませんよ」
「魔導士の子孫から魔法の力を得た、というのか?」
「可能性はあるでしょう」

 うーん、そうだな。ティナが魔物じみた魔法の使い手で、普通の人間じゃないのは確かだけど、人間じゃないというわけでもない。
 荒唐無稽ではあるが魔導士の生き残りがどこかに、っていう話も絶対にあり得ないことはない。
 というかユリがわざわざ言い出したくらいだから、帝国はその件について何か掴んでいるのかもしれないな。
 魔導士の娘。そう、可能性はある。でも単なる可能性でしかない。

 途方に暮れて眉尻を下げるティナに苦笑し、ユリは極々軽く言ってのけた。
「結局はティナ次第だよ。何が正しいとか、何をしなくちゃいけないとか、複雑に考えなくていい。どんな選択をしても私は全力で応援する」
 そして何かを促すようにエドガーの脇腹を肘でつついた。
 ばつの悪そうな王様の顔からして、ユリは「さっきの失言を挽回するチャンスをやる」と言ってるらしい。

「君はどうしたい? 自分の力の正体を知りたいか、それともすべてを忘れて逃げたいか。どちらを選んでもできる限りの支援を約束する。君の意思で、決めてほしい」
「……私の、意思は……」

 自分の意思を持て。それは俺もティナに言ったことだ。
 まだ感情が覚束ない今の彼女には難しいと分かっている。
 それでも、これから先にも多くの人間が彼女を利用しようとするのは間違いない。
 周囲の思惑に負けないために、ティナは自分自身の望みを知らなければならないんだ。

「私は、知りたい。この力が何なのか……私が何者なのかを」
「そっか。リターナーのところに行くのは悪くないと思うよ。どうせ帝国に追い回されながらじゃ安心して調べ物もできないからね」
 その言い様はなんだか利用される前に利用してやれって聞こえるんだけど、まあティナにはそれくらい図太くあってもらった方が俺としても安心かな。

 俺もリターナーの一員として彼女の力を必要としているが、ティナを一方的に利用するつもりはない。
 最も重要なのはティナ自身の気持ちだ。
 これから先、彼女が他に行きたい場所や為したいことを見つけたら、リターナーから離れるための協力だって惜しまない。


 晴れ晴れと、とはいかないが、進むべき道は決まった。
 エドガーが再びチョコボを走らせる。俺たちも後に続く。
「さあ、南へ行こう。サウスフィガロに続く洞窟がある」


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