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🔖戦え!
チョコボって馬の代わりとはいうけど所詮は鳥じゃん、ダチョウみたいなもんだろ、乗れるのかよ大丈夫なのかよ、と思っていた。
実際に乗ってみると分かる。チョコボは意外と大きい。鳥の形をしていても、ちゃんと馬だ。
ばんえい馬のような幅広の背中にエドガーと私の二人もの大人を乗せて充分な安定感があった。
少なくとも、騎乗者の重みで足がグキッとなったりすることはなさそうだ。
どちらかと言えば落下の衝撃で私の腰の方がヤバイ。
あと二本足なだけあって走り始めるとチョコボの背中は凄まじく縦に揺れるんだな、これが。
後ろからエドガーが支えてくれているけれど、気を抜くとすぐにも滑り落ちそうで怖かった。
チョコボはフィガロ城の外壁を疾走し、回り込む。
すると城門の近くで待機していたロックとティナが“走っているチョコボに飛び乗ってきた”……私は思わず自分の目を疑って瞼を擦った。神業かな?
「いいぞ、沈めろ!」
充分な距離をとったところでエドガーは城を振り返り、大臣に向かって合図を送る。
あの名台詞はさすがにここまで聞こえなくて残念だ。まあ、逃げ道を塞がれておろおろしているケフカたちにはしっかり聞こえただろう。
城中の扉と窓と通気孔が次々と閉めきられ、轟音をあげながら塔の形が変わっていく。
これぞ黄金の海原にダイブするフィガロの勇姿。ブラボーフィガロ!
もうもうと砂煙が広がるのを尻目にひたすら駆ける。
そういえば今作のチョコボってVとVIIに比べると印象が薄かったな。
あの独特の画面のおかげで長く乗ってると3D酔いするから私はあんまり使わなかったんだ。というようなことを思い出していた。
本当に酔う。画面酔いじゃなく普通に酔う。揺れすぎ!
もう少しゆっくり走ってくれと言いたくなったが、追っ手もあることだし、そもそもこの揺れでうっかり口を開いたら舌を噛みそうだ。
とにもかくにも揺れすぎ!
「やったか!?」
沈んでいくフィガロ城を振り返り、やってないフラグ台詞を発する。
ロックとエドガーはチョコボのスピードを少し緩めた。ティナもそれに倣って手綱を引く。
「いや、追っ手が来る!」
背後から二機の魔導アーマーが迫っていた。
至近距離にいただろうに、よく潜行に巻き込まれなかったものだ。大人しく砂に埋もれていればいいのに。
というか、ケフカはここまで徒歩で来たはずだが、あのアーマーは別行動だったのか?
乗り物を別動隊にしてわざわざ歩かされたのだとしたらすごい嫌われっぷりだなケフカ。
乗り物酔いでぐらぐらしている私を険しい顔つきで振り向いて、エドガーは軽く私の肩を叩いた。ゆらさないで。
「ユリ、手綱を頼む」
「はい?」
有無を言わさず渡された手綱を必死で握り締めた。
た、頼むって言われても、どうすりゃいいんだ? 握ってるだけでいいのか?
下手に振ってスピードが変わったり止まったりしたら困るけれど、何もせずにいてどんどんあらぬ方向へ走っていかれても困る。
乗馬すら未経験なのにとパニック状態の私に気づくこともなく、エドガーは鞍にくくりつけた工具箱? のようなものからオートボウガンを取り出した。
そんなもんぶら下げてるのに今の今まで気づかなかったよ。実はいつでも発てるように準備していたんだね。
エドガーはチョコボの上で器用に向きを変え、私の背中にもたれかかるようにして追っ手に向かってボウガンを射った。
って走りながら戦うのかよ!
涙目で手綱に縋りつく私の横にティナがチョコボを寄せてくる。移れるものならそっちに乗りたい。
エドガーがボウガンを連射しているけれど魔導アーマーは止まらない。
ただ背後から喧しい金属音が響いてくるので矢は当たっているようだ。貫通するほどの威力がないのか。
攻撃手段のないロックが焦れったそうに叫ぶ。
「一旦降りて戦おう!」
「そうだな、ここまで来ればケフカもすぐには合流できないはずだ」
エドガーの同意を得るや身を翻して飛び降りたロックは、ナイフを構えて敵の前方へ突っ込んで行く。
ティナも剣を抜いてロックを追いかけ、エドガーだけは降りずにチョコボの向きを変えた。
そうか、鞍の上から撃たないと二人に当たっちゃうものな。
弓は前にいる味方を避けて山なりに射てるけれどもボウガンはまっすぐ飛ぶので前の人に当たっちゃうのだ。まあ、別のゲームの話だけれど。
魔導アーマーは二手に別れてティナの魔法とエドガーの射撃をそれぞれ牽制し始めた。
ロックは私たちを守るため敵の攻撃の軌道を逸らすのに手一杯だ。このままではパイロットに接近できない。
あともうひとつターゲットがあれば、隙を作れる……かな。
「……ぬあああっ! やったろうやないか!」
「ユリ!?」
やけっぱちでチョコボから飛び降りた私は魔導アーマーに向かって突っ走る。
ティナを攻撃しようとしていた機体が慌てて私に向き直り、すぐさま砲口に光が集まった。
ビームだ。食らったら死ぬだろうか。死ぬよな。やばいな。
「ティナ、あいつにファイア!」
「分かった」
私の眼前にビームが伸びてくるのと同時、間一髪ティナの魔法が発動する。
真っ赤な血のような炎を吹き出して魔導アーマーは崩れ落ちた。
私はといえば、無我夢中で飛び退いた結果なんとか無事だ。
……というか、確かにちょっとビームが頭を掠めていった気がしたんだけど……火傷ひとつないのはどういうわけだ。まあ無事だったんだからいいけどさ。
相方が突如炎上して動揺している残り一機にはロックが駆け寄って脚部に連撃を食らわせる。
バランスを崩したところへエドガーの放ったボウガンの矢が降り注ぐと機体から煙が上がった。
撃破完了。
壊れた魔導アーマーからパイロットが這い出してくる。
無理に殺す必要はないよな、と思ってしまう私が甘いのだろうか。
さりげなくティナが乗るチョコボの後部に乗せてもらい、顔を引き攣らせているエドガーを無視して再び走り出した。
あの二人がケフカに同行していた兵士だったなら、とりあえず追っ手はいなくなったはずだ。
「ざまあないぜ。徒歩なら追いつかれることはないな」
「おい、ロック、今のは……」
「ん?」
「あのー、話は距離を稼いでからにしません?」
「……分かったよ、ユリ。そうしよう」
腑に落ちない顔をしつつエドガーはチョコボの手綱を振った。
お前も知ってたのか、何なんだあれは説明しろ、と私に向けてくる視線だけはとても雄弁だ。
それでも一旦は空気を読んで黙ってくれるからエドガーは大人だな。
しかし自分たちでも今まで散々「魔導の力を持つ娘」なんて呼んでいたくせに、いざティナが魔法を使った途端びっくりするのは不思議だ。
単なる比喩表現であって本当に魔導の力を使えるわけではないと思っていたのかな。
それとも、噂は帝国のブラフでまさか本当のことだとは思わなかった、ってところだろうか。
そもそもロックは既に何度もティナの魔法を見ていたのにその正体にさっぱり気づく様子がなかった。
魔大戦が終わり、魔法というものが滅びて千年……。この世界においても魔法は“ファンタジー”だ。
もしかすると異世界人である私の方が、彼らより魔法に詳しい部分もあるかもしれない。
しばらく走って魔導アーマーの残骸が見えなくなった辺りでエドガーはチョコボの速度を落とした。
そしてロックの隣に並んでひそひそ話を始める。おいおい、感じ悪いぞ。
「ええーっ!? ま、魔法って、ま、ま、ま」
「しーっ! 声が大きい!」
……感じ悪いを通り越して、ちょっと馬鹿っぽいかな。
ふと思い出したのだけれど、このシーンは本来ならまだ戦闘中に行われるはずのものだった。
攻撃の手を止めて「まままま」も「でれーっ」もじっと待っていてくれる敵さんたちの健気さに感動した記憶がある。
実際のやつらはガチで殺しに来たが。
あと「ブラボー、フィガロ!」を聞き逃してしまったショックが今頃になって地味に効いてきた。
タイミングが悪かったのかもしれないな。城が砂に沈みきる前に戦闘が始まっていればよかったのか。
でも命が懸かってるときに台詞の順番まで考慮していられないよ……。
くだらないことを考えている間に緊急まままま会議は終わったようで、エドガーが恐る恐るこちらに近づいてきた。
「ティナ……、聞きたいんだが、さ、さっきの炎って、な、何だったのかな?」
私の目の前でティナの肩がびくりと震える。
彼女にとっては魔法すなわち帝国の記憶。人を害する力を持っていることに罪悪感があるのだろう。
「……ごめんなさい、私……」
ティナの悄気きった声を聞いて、エドガーが口を開くと同時にロックが頭を下げる。
「いいんだ! 謝るのはこっちの方だよな。あんなに驚いたりしてごめんよ」
チョコボごと割り込んできたロックにムッとしつつ、レディに対して礼を失していたとエドガーも謝った。素直なやつらだ。
「私も、すまない。魔法なんて初めて見たので驚いてしまった。でも……君は何者なんだ……?」
「いいじゃないか、エドガー。ティナは魔法が使える。俺たちは使えない。それだけのことだろ」
それだけで片づけるには重要すぎることだけれども。
「……そうだな。そして、ティナの魔法のおかげで助かった。それは確かだ」
ロックもエドガーもティナが何者か知らない。にもかかわらず彼女をリターナーに引き入れようとしたバナンは、感づいていたんだろうか。
緊張していたティナの背中から力が抜ける。
いきなり頬を赤らめた男二人はしどろもどろに彼女から視線を逸らした。
「ありがとう、ロック、エドガー」
「い、いや……」
「そんな……」
ずるーい。ティナの初笑顔、背後にいる私には見えてないんですけど。
やっぱりエドガーのチョコボに乗ってる方がよかったか。
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