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🔖偽りだけの世界



 生で見るフィガロ城は想像していたよりも小さかった。
 潜行機能があるのであまり大規模な城は建てられなかったのだろうか。
 まあ、今の今までだだっ広い砂漠を歩いてきたせいで、私のサイズ感覚がおかしくなっているだけかもしれないが。

 いかにもファンタジー世界の城という感じの堂々たる佇まいではある。
 以前よく似た城の写真を見たっけ。それは四方を堀に囲まれた水上の城で、水を砂に置き換えてみればフィガロ城にそっくりだ。
 確かイギリスにある古城だったと思うけれど名前は忘れてしまった。今となっては調べる手段のないことがもどかしい。

 それにしても、この城は始めから地中に潜ることを想定して建設されたのだろうか。
 外見からは機械的な部分が感じられないだけに、一体どういう仕組みで動いているのか謎だ。
 神出鬼没の城と恐れられた、というからには自由自在に砂中を掘り進むのだろうけれど掘った砂はどうしてるんだとか疑問がいろいろ浮かぶ。
 今までは「ゲームだし、ファンタジーだから」と片づけてきたものが現実に目の前にあるから無視できない。

 で、城と同じく初めて生で見るフィガロ国王陛下ことエドガーは、男前だった。
 ゲームキャラクターなんてみんな美形で当たり前、その方がCG作りやすいからな! という思い込みがあったけれど、その予想を遥かに越えて美形だ。

 正直、ティナもロックも際立った美形ではないと思う。
 ティナは神秘的な印象が強く、感情が芽生えて物腰が柔らかくなればもっと魅力的になるのは間違いないが、美少女というより可愛らしいお嬢さんだ。
 ロックだって美青年とは言えない。親しみやすい平凡な兄ちゃんとでも形容するのがしっくり落ち着く。
 そこへきて十才児にまで色男と称される女好きのエドガーさんは、紛うことなき美形なのであった。
 さすが王様、一般人とはオーラが違う。俳優みたいなんて陳腐な言葉も喉に詰まって出てこない。

 そしてふと気づいたけれども、この世界の人たちの顔は西洋風ではないな。
 といって日本人的な顔でもないが、ちょっぴりアジアンテイストな雰囲気は感じられる。
 やはりキャラクターデザインの影響だろうかなどと馬鹿なことを考えていたら、なぜかエドガーが悄気た様子で踵を返してその場を去ってしまった。

 ……あ、あれっ? 会話イベント終わってたの? いつの間にかロックもいないぞ。
 待って、エドガーの顔に気をとられてセリフ聞いてなかった、もっかい最初からやり直して!
 でも残念ながら現実にリセットボタンはないのだった。

 内心焦りまくっているとティナが困ったように私を見上げてくる。
「普通の女の人なら、今の言葉に何かを感じるものなのね」
「いや大丈夫、私も特に何も感じなかったよ」
 だって話聞いてなかったからな!

 腑に落ちないのか頻りに首を傾げるティナを尻目に、私は王様を無視してしまった事実をどうすればいいのかで頭がいっぱいだった。
 たぶん何事か話しかけられただろう。名前とか前職とかティナとの関係とかいろいろ聞かれたと思う。それにまったく無反応だった私。
 やばい、初対面の印象は最悪だ。ロックがフォローしてくれたと思いたいが、それも定かではない。

 それにしても、イレギュラーな存在である私には厳しい尋問があるだろうと構えていたのに、さっくり城に入れたので拍子抜けしている。
 ロックが連れてきた時点である程度の保証は得られているのかもしれない。
 不審だが危険ではない、というくらいには。

 とはいえロックがこれまで築いた信頼に便乗するのも気が引けるので、エドガーにはあとで自分の口から言い訳しておくとしよう。
 無視したんじゃないんです、陛下が男前すぎたので見惚れてました、と。べつに嘘じゃないし。
 いやしかし、本当に美形だった。
 エドガーとはこれから一緒に行動するわけだから、とても素晴らしい目の保養だ。
 マッシュに会うのも楽しみになってきた。


 このあとは確か適当に城を観光して、ばあやたちの話を一通り聞いているうちにケフカがやって来るという展開だったか。
 例の「ほれ、靴の砂!」ってやつだ。
 その場はエドガーが追い返してくれて、ティナは案内された部屋で眠りにつく。
 夜……もしくは明け方に再び襲撃があり、ブラボーフィガロで脱出してからリターナー本部へ向けて出発。
 よしよし、細かいところは曖昧だけれど大筋は覚えている。攻略本があれば安心して進めたのにと残念に思う。

 エドガーと話すならティナが城内をうろついてる間に別行動をするか、ケフカが一旦帰ったあと夜までの自由時間を狙うことになるだろうか。
 ちゃんと話を通しておかなければ、もしかしたらロックは私の処遇をエドガーに任せるつもりかもしれない。
 非戦闘員である私は、追い出されはしなくてもフィガロ城に置いていかれるという可能性がかなり高い。
 この先、足を引っ張ることはあっても役に立つことはまずないからだ。
 なんとしてもティナと一緒に行きたいのだということをエドガー陛下にアピールしておく必要があった。


「さて」
 傍らに立つティナに動く気配なし。
 彼女には自意識というものが欠けている。自由時間を与えられても、「これからどうしようかな?」と考えることさえしない状態だ。
 だから何の疑問も抱かず私を受け入れ、言われるがままロックについてここまでやって来たわけだが。
「私は先に休んでるけど、ティナはちょっと探検でもしてみたら?」
 この提案を拒否も受諾もせず、ティナは黙って私を見つめている。無表情が心なしか不安そうにも見えた。

 彼女の本音としては、城の様子に興味があるわけでもないから一人で行動するよりユリと一緒に部屋へ行きたい、ってところだろう。
 そう縋るような目をされると「お供しやすぜ、お嬢さん!」と言いたくなるのをぐぐぐっと堪える。
 あまり彼女にベッタリくっついているわけにはいかないのだ。このままではティナは私の思考をもとに動くようになってしまう。
 せっかく操りの輪が外れたのに、私がケフカの代わりになってはいけない。

「自由時間を堪能するといいよ」
「何をすればいいか、思いつかないわ」
「そーね。とりあえず図書室にでも行くのをオススメする。それからいろんな人と話すこと」
「でも、普通の人ならどういう反応をするのか、私には分からないの」
「あー“普通の人”なんて考えなくていいって。エドガーと話してよく分からないことがあったんでしょ? 分からないと知るのも大切だよ」
 それも繰り返せば経験になる。そのうちにティナの人格ができてくるだろう。
「たくさんの人の話を聞いて、相手はなぜそうしたのか、もし自分だったらどうするか、それはなぜか、そんなことを考えてみてほしい」

 エドガーに口説かれても喜ばない、それどころか『嬉しくない』とさえ思わないのはティナがまだ空っぽだからだ。
 褒められて嬉しいとか、貶されて腹立たしいとか、なにがしかの感情は自分と相手の差異から生まれてくるもの。
 まずは他人を知ることでティナの自我を確立させるところから始めよう。

「自分と他人の同じところや違うところ、分かることや分からないことを知るうちに、今は見失ってるティナ自身をきっと見つけられるよ」
 元々どうしても私と一緒にいたいという意思もなかったティナは、素直に城内探検へと出かけていった。


 そして私は「ロックの連れですが迷子になりました」とそこらにいた人を捕まえて、一足お先に例の部屋とやらに案内してもらった。
 ちょっとちょっと、この部屋ベッドが一つしかないですよ。まあティナは気にしないと思うからいいんだけど。
 さすがにロックだけは別室を用意されているようだな。

 まず私の目を引いたのは本棚だった。図書室というほどではないが、本が多い。
 恋愛ものやミステリーに児童書まで広く浅く取り揃えられている。曲がりなりにも産業革命後の世界観で助かったな。
 資料コーナーでは異国からの旅人向けにフィガロの歴史を紹介したガイドブック、帝国やドマ王国の本もあった。
 試しにドマ観光案内と書かれた背表紙を抜き取りページをめくってみる。

 ……と、流し読みのつもりだったのにいつの間にやら没頭してしまった。
 本によるとドマは水資源の豊かな国だそうだ。
 確かに王城の見た目からしてもそんな感じだった。まさにそれが悲劇に繋がるのだと知っているから嫌な気持ちになる。
 あとは国内にいくつも温泉があるのだそうだ。行きてえ。でも重要なのは本の内容じゃない。
 そう、私にも字が読めるのだ。っていうか普通に日本語で書かれている。

 これまで会話が通じているのだから当たり前といえばそうだけれども、改めてこの世界の言語が日本語だと分かるとそれはそれはおかしな気分になった。
 こういう場合は『聞いたことのない異国語』や『英字に似ているが見知らぬ異世界文字』なんかが使われているのがセオリーじゃないのか?

 あるいは世界を移動する時になんらかの力が働いて、私の頭が作り変わったというパターンもあり得る。
 その場合、本に書かれている文字やティナたちが話している言葉は実際には見知らぬ異世界語で、私の脳内でだけ日本語に翻訳されてるということになる。
 どうなんだろう? もし翻訳機能がついているとしたら、ふとした時に問題が起きかねない。

 たとえば、ファンタジー系のゲームによく出てくる太陽のない地下世界。
 地底生物やドワーフが暮らすその世界で「おはよう、こんにちは、こんばんは」の挨拶は通用するのか。
 太陽が昇らないなら朝昼晩の区別が存在しないはずだ。
 時間の概念が異なっている。だから時間に関する言葉は、ほとんど通じない可能性がある。

 この世界はそんなに現実とかけ離れていない。それでもやはり、異世界だ。
 存在しない言葉、翻訳の効かないワードをうっかり使ってしまったら私が異物だと即バレるだろう。
 そうしたギャップを埋める術がない。直面してみなければ私が“何を知らないのか”も分からないのだ。
 自分の素性を隠しておきたい私にとっては危険なことになる。

 では、翻訳機能など最初から働いていないとしたら?
 ティナたちが話す言葉、本に書かれている文字も本当に日本語だとしたら何も問題ないのか?
 ……たぶん、そっちの方が困るだろうな。

 これは日本製のゲームだから、異国情緒溢れる登場人物が日本語を使っていても違和感はない。
 しかしこの世界の歴史と言葉のなりたちがどんな風に噛み合っているのか、私は知らない。

 たとえば。
 私がいた世界で、フィガロ城の潜行機能は“神出鬼没”と表現された。
 しかしこの世界には“鬼神”が実在する。そのうえ、いわゆる日本的な自然神ではなく西洋の英雄神に近い存在だ。
 三闘神があちらの鬼や神のように出たり隠れたりする曖昧なモノでない以上、神出鬼没という言葉が持つ意味も変わってくる。
 つまり、この世界ではフィガロ城を神出鬼没とは表現しないんじゃないか、ということだ。

 エクスカリバーやグングニルや天の叢雲、由来も所在もバラバラな品々がちゃんぽんされた世界観。
 アーサー王もオーディンもヤマトタケルもこの世界には存在しないのに、それらはどこからどうやって生まれ、そのように名付けられたのか。
 知らなければ知らないで片づく話。けれど私は“エクスカリバー”の名前だけ知ってしまっている。
 なまじっか会話が成り立つから考えもしなかった。
 同じ言葉を話しながら、実は意味が噛み合っていないかもしれないんだ。

 言葉というものは想像以上に深く歴史と密接している。
 知っているはずの言葉が、この世界では全く別の歴史を持っている可能性がある。
 どこで私の素性が怪しまれるやら分からない。これではますます迂闊なことを言えない。
 すべてを隠し通してエンディングまでいけるのか。そんなこと、可能なのだろうか。


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