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🔖始まりを告げる鐘が鳴る



 いろいろと予定外ではあったが、無事にナルシェを出ることができてホッとした。

 砂漠を越えるための準備は俺とティナの分しか用意していなかったので、ユリに俺の装備を渡して自分の旅装はそこらで適当に調達することにする。
 が、その時に少し揉めた。
 ユリは「急遽同行することになった私が急拵えの装備で凌ぐのが筋だ」と言い張ったんだ。
 義理堅いって言うべきなんだろうか? でも、そんなわけにはいかないよな。

 広大なフィガロ砂漠はもとよりナルシェから砂漠へ抜ける草原の旅も想像以上に過酷なものだ。
 なんせ気温の変化が凄まじい。旅慣れていないやつには、ただ歩くだけで大変だろう。
 普段ならフィガロ郊外の村や町を経由して体を慣らしながら進むんだが、今は急がなければいけない事情もあるのでまっすぐ城へ向かうことになる。
 最も体力に不安があるユリの装備こそ万全にしておかなければいけない。
 俺がそう言うと、彼女は渋々ながら納得してくれた。

 しかし、いざ歩き始めてみると旅は意外なほど順調に進んだ。
 女の子を二人も連れて、フィガロまで何日かかるやらと心配していたのが馬鹿みたいに思える。
 ティナもユリも、疲れたとか腹が減ったとか足が痛いとかいった文句ひとつこぼさず懸命に歩き続けていた。
 軍人あがりのティナはまったく疲れを見せずに平気な顔をしているし、ユリも表情こそ疲労の色が浮かんでいるが態度には出さない。
 見た目よりも根性があるみたいだな。


 一人旅とほぼ変わらないスピードで草原を突き進み、砂漠へ踏み入る直前に最初の夜が来た。
 このペースを保てば、二日程度でフィガロ城に到着できる。なるべく野宿を避けたいから明日の夜には旅人の休憩所に着いているのが理想だ。

 簡易テントを組み立てて食事の準備を始める。
 夕食はイモのスープと干し肉。ティナは黙々とそれを口に運ぶが、ユリはしばらく皿の中身を睨みつけていた。
 まあ、口に合うはずがないのは分かってるさ。世話係とはいえ帝国人だもんな。
「ずっと見ててもそれより豪華な食事は出せないぞ」
「ああ、いや、はい。……その土地の物を食べたら帰れなくなるのはよくあるパターンだよなぁって、思っただけ」
「へ? なんだそりゃ。どういう意味だ?」
「何でもないです、気にしないで」
 と言われても、気になるんだけど。もしかして毒でも入ってないかと疑ってるんだろうか。

 ティナはこの戦争の重要人物だ。帝国から彼女を奪ったことにも大きな意味がある。
 その点、ユリをバナン様のもとへ連れていく理由はない。
 だからって、俺は彼女を見捨てたりしないぞ。もちろん帝国籍の人間を手当たり次第に殺すつもりもない。
 彼女が個人的にティナを守りたいと願っているなら、そうさせてやろうと思うだけだ。

 ユリの今後についてはいろいろと考えなければいけないが、とにかくフィガロに着いてからエドガーに相談してみるつもりだ。
 城に置いてもらうか、落ち着いて考えても本人がティナと一緒にあることを望むなら、リターナー本部に連れて行っても問題はないだろう。

 悄気たように俯いて、スープで干し肉をふやかしながらユリはチマチマと食事を始めた。
 ちなみに明日のメニューは具なしのスープと干し肉になる予定だ。
 フィガロ城に着くまでは粗食で我慢してもらうしかないよな。


 翌朝、旅装を砂漠用に変えてからテントを畳んで出発した。
 防塵マントにゴーグルを着けていると、目の前にいるのがティナなのかユリなのか区別がつかなくて困る。
 そのせいか、ユリは急に口数が増えた。声が聞こえればどっちかすぐに分かってありがたい。

 踏み固められた硬い地面が途切れ、風に砂が舞い始めた辺りでユリが立ち止まった。
 つられて足を止めたティナと一緒にしばらく地面を見つめているので、何事かと俺も立ち止まる。

「わー、砂漠の境目って初めて見た」
「境目?」
「ほら。この辺までは普通の地面だけど、ここから向こうは砂漠。もっとくっきり別れてるのかと思ってたら意外と境界線はあやふやなんですね」
 まだぽつぽつと木が生えている後方と、見渡す限り砂しかない前方とを交互に見比べてはしゃいでいる。
 そんなユリを見つめながら、無表情なティナも心なしか上機嫌のように見えた。

 ……砂漠と草原の境界線か。なるほどね。
 ユリが箱入りなのは間違いない。こんなことで喜べるなんて本当に町の外に出た経験がないんだ。
 これから砂漠を越えると話した時に「舗装した道以外は未経験なのでご迷惑をおかけしますがよろしく」と真顔で言ってたくらいだからな。
 俺なんかには気が滅入るだけの砂漠の景色も、彼女には新鮮で楽しく感じられるのかもしれない。
 砂漠の過酷な旅路でその気持ちをなくしてしまわなければいいんだが。


 正直に言って、ユリのことをどう判断したものか迷っている。
 帝国でティナの世話係をしていたという話だが、そのまま信じる気にはなれなかった。
 彼女は嘘をついている。俺の勘がそう告げているんだ。
 ただ、彼女の言葉のうちどれが嘘でどれが真実なのかがまったく分からなかった。

 単純に帝国のスパイだと考えるにはあまりにも不自然だ。
 ユリは隙がありすぎる。スパイなら俺に嘘を気取られたりしないはずだからな。
 敵意がないことは分かる。帝国に戻るつもりがないのも本当だろう。
 そして家族がいないと言った時の悲痛な表情も、作り物には思えなかった。
 だってユリは自分がどんな顔をしているか自覚してなかったようなんだ。
 他のことについては、嘘をつく意味がまったくない。リターナーに入り込むのが目的ならティナの世話係を名乗るのはかえって危険だ。
 もしそれが嘘だとして、彼女が何のためにティナのそばにいるのか、見当もつかない。

 ユリは嘘をついている。その点に関しては不審人物であり、行動を共にしたい相手とは言えない。
 だが彼女の話した真実と思われる部分、彼女には帰る家がないということが気になって、見捨てることはできなかった。


 砂漠に入ってからはさすがに歩調が遅くなるかと思っていたが、二人の頑張りはまだまだ続いていた。
 本当は、彼女たちのためにも日差しを避けて日が暮れてから歩きたいところだ。
 でも夜はモンスターが活発になる。戦闘を繰り返して疲労が溜まり、方向を見失うのは致命的だ。
 モンスターがだらけている日中に進んだ方が、まだしも安全なんだ。
 そんなわけで俺たちは殺人的な日光に耐えつつ歩き続けている。

 フィガロの人間なら砂漠の中でも感覚で自分の位置が分かるというが、生憎と俺はそこまで砂漠を熟知していない。
 モンスターの気配を警戒し、なおかつ道なき道を把握しながらの旅は精神を磨り減らす。だが今日は同行者がいるので助かっている。

 ティナは想像していた以上に強かった。剣の腕もさることながら、宙に炎を生み出したり傷を癒したりという不思議な能力がとても役に立つ。
 彼女の力を殺戮兵器としか利用できない帝国は馬鹿だと改めて思う。
 一方で武器の扱い方を知らないユリは戦力として全く期待できないが、その詫びとばかりに荷物持ちを引き受けてくれた。
 女の子に荷物を押しつけるのはちょっとばかり気が引けたけれど、俺とティナが身軽でいれば安全性が高くなるのも事実だから、甘えることにした。

 また、ユリはサポーターとしても奮闘している。
 コンパスと時計、歩数計を睨みながらフィガロ近辺の地図と見比べて、彼女が俺たちの位置関係を計算する。
 おかげで戦闘に気をとられて道を見失うという心配はなくなった。
 俺とティナはモンスター退治に専念し、ユリは安全に守られながら道を探す。
 一人であれもこれもと気を配る必要はなくお互いの領分に集中できている。
 フィガロへの旅がこんなにも気楽に感じたのは初めてだ。

 ……これもユリを受け入れたいと思う理由のひとつだな。
 彼女のお陰で助かっていることがある。だったらつまり、彼女はもう仲間だってことだ。


 日が傾く頃に旅人の休憩所が見えてきた。コンパスから目を離したユリが安堵の息をつく。
「あそこで一泊するんですよね?」
「ああ。明日からはもう地図とにらめっこしなくても城に着けるから安心しろよ」
「よかった! はぁー、なんで砂漠なんかに城建てたんだろ。当時のフィガロ王は人間不信なの? それとも単なるバカなの?」
 そういえば、これが初めて聞いた愚痴だと気づいて苦笑した。
 まあ、彼女の言う通りフィガロ城の位置は他国の人間や出入りの商人には大層不評だ。
 お陰で招かれざる客を避けられるんだから、有用ではあるんだろうけどな。

「休憩所の屋上から監視塔が見える。その監視搭に着いたら、そこから城が見えるはずだ」
「見える“はず”って?」
 俺の妙な物言いにティナが首を傾げたので慌てて誤魔化した。
「あー、ほら、砂嵐だったら見えないこともあるからさ」
 タイミング次第では、砂嵐じゃなくても監視塔から城が見えない時もある。でもその理由を説明してしまうと俺があとでエドガーに怒られる。
 国王陛下は初めて会う人にそれを教えるのが大好きだからな。相手がレディとなればなおのこと。

 思えば世間知らずのティナなんかいい標的だ。世間知らず過ぎて、何が凄いのかも分かってもらえない気もするけど。
 めんどくさそうに溜め息を吐くユリは、フィガロ城の仕掛けを噂に聞いて知っているのかもしれない。

 なんにせよ、もうすぐだ。
 ティナがリターナーに加わってくれればきっと事態は動き始める。フィガロやナルシェも重い腰を上げるだろう。
 ユリが帝国の被害者だなんて事実はないのかもしれない、でも帝国がそこかしこで同様の悪事を働いているのは確かだ。
 他の誰かが似たような目に遭っている、そういう意味ではユリの言葉も真実だった。
 それもじきに終わるだろう。俺たちが終わらせてやるんだ。
 フィガロ城に着けば、きっとすべてが動き始める。


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