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🔖嘘で塗り固めた思い出
ティナと二人で歩いている時よりモンスターを見かけなくなった気がする。
ロックと合流して人数が増えたお陰か、でなければ先程の騒ぎに驚いて雑魚は逃げたのかもれない。
灰色の短髪を左右に揺らしながら油断なく周囲を警戒し、安全を確認したのちロックが私に前進を促した。
気絶中のティナを背負った私の動きは鈍いけれど、エンカウント率が格段に下がったおかげでいつ襲われるかと緊張しなくて済むのはありがたかった。
前方のみ注視して坑道をひた走るロックは、あまり追っ手を気にしていないように見えた。
実際、モーグリの力を借りて撃退して以降ガードが追ってくる様子はない。
ナルシェはティナ追跡を続行するよりも街の防衛を優先したのだろう。
もしかして後から帝国の大軍がやって来るという可能性もなくはないし、街と幻獣の安全を考える方が重要だ。
逃亡者である身としては、追っ手がなくなるのはとても助かる。
ティナの髪が視界の端にちらちらと揺れる。彼女が目覚めるのは出口が見えてから……。
まだロックが名乗ってくれていないことを頭に叩き込んでおかなければ。
先に私が名前を呼んでしまうと「なんで知ってるんだ?」なんてややこしいことになる。
自己紹介が終わるまで彼らは“知らない人”だ。
炭坑の出口が近づいていよいよモンスターの気配が薄れる。ロックは先導をやめて私の隣を歩き始めた。
ここらが機会か。一応、話を振っておこう。
「私の素性を話しておくべきですよね?」
「そうしてもらいたいな。俺は彼女が一人で逃げていると聞いてたんだ」
私がティナと出会ったのは彼女がジュンの家を出た後だった。そしてロックはジュンから情報を得た。
だから私はここにいないはずの人間だ。空白を嘘で埋めなければならない。
「私は元々帝国でティナの世話係を勤めていました。この任務にもティナと監視役の兵士の世話をするため同行を」
幻獣奪取という重要任務だ。思考能力を閉ざされたティナにサポート役がつくのは当然として、他に同行者を加えても不自然には見えないはず……と、思いたい。
「戦闘が予想されたので私は町の外で待機していましたが、予定時刻を過ぎてもティナが戻らないので炭坑へ侵入し、ガードに追われていたティナと合流しました」
非戦闘員である私が襲撃に参加しなかったことも納得してもらえるだろう。
厳戒体制のナルシェによく一人で忍び込んで合流できたな、とツッコまれたら困ってしまうけれど。
話しながら、ついロックの顔色を窺ってしまう。そのおどおどした態度が嘘に信憑性を与えてくれることを願う。
彼は私の話を聞いてゆっくりと頷き、こちらを見つめた。
「その監視役の兵士たちはどうしたんだ?」
「私が合流した時、ティナは一人でした。彼らは……ガードにやられたのでなければ、氷漬けの幻獣と接触中に問題が起きたのではないかと」
ロックは値踏みするように私を見ている。私の言葉に虚偽がないか、自分の持つ情報と矛盾しないか探っているんだ。
ここで彼の警戒を解いておかなければ何も始まらない。逆に言えば、ロックを味方につけると後々の展開は楽になる。
おそらくもっと難物であろうエドガーを相手にボロが出そうになっても、ロックの信頼が私の助けになるだろうから。
彼らは主人公、つまり物語上のヒーロー、根本的に人格者だ。
同情心に訴えかければ私への疑念は和らぐに違いない。
「それで……ユリ? 今、君の立場はどういったものだ? ティナを連れて帝国に帰還するつもりなら、悪いが阻止させてもらうぜ」
さて、どう答えよう。
ケフカが直々にフィガロまで迎えに来るくらいだから、もちろんティナは一度の任務失敗で捨てるほど安い駒ではない。
私が本当に帝国人ならティナを連れて国に帰ろうとするのが正解だ。
しかし“ティナの世話係”程度の一般人は、のこのこ帰ればあっさりクビが飛ぶんじゃないのか。
操りの輪も外れたことだし、この機会に逃げ出そうと試みる方が自然かもしれないな。
「ティナはともかく私は帝国にとって捨て駒です。帰る気はありません。でも、そちらの思惑も分からず黙ってティナを渡すこともできません」
「じゃあ、帝国を離れても彼女の世話係を辞めるつもりはないんだな」
「ガストラ皇帝はティナを魔導兵器として扱いました。私は今後、人間として彼女の世話をしたい」
帝国において私の地位がきちんと保証されているものならば、あっさりティナを連れて帰るのだろう。そういう人間をロックが受け入れるはずもない。
私の心情が完璧にティナ寄りであること、帝国に肩入れするつもりなど更々ないことを印象づけておこう。
ひとつ咳払いをする。言いにくいことを思い切って今から言います、的な雰囲気を作る小細工だ。
一人の時に考えていた“設定”を、ツッコミが入らないよう一気に捲し立てる。
「今回の幻獣強奪任務における私の役割について説明します」
そもそも操りの輪を嵌めたティナには、強力な兵器として有用な反面、誰の命令でも疑いなく聞いてしまうという欠点がある。
「彼女を制御するために監視役が必要になるわけです。でも従順で無抵抗な可愛い女の子を相手に監視役の男どもが良からぬことを企むのは自明の理」
そう、エロ同人みたいに。
「彼女の人格などこれっぽっちも顧みない皇帝でさえそんな事態は避けたかった。だから私が監視役の監視兼代用品として同行したわけですが、」
私が途中まで言いかけたところで、ロックが慌てて遮った。
「君の立場は分かった! もういいよ……余計なこと聞いて悪かった」
べつに嘘っぱちだから謝ってもらう必要はないのだけれども。
むしろ私の方こそ謂れのない不名誉を押しつけてしまったビックスとウェッジに土下座して謝罪すべきだろう。
ティナにビビってたくらいだからあいつらはきっとそんなことしない。そんなエロ同人みたいなこと。
まあとにかく、気まずそうに頭を掻いているロックは、私の嘘を信じてくれたようだ。
私がティナを帝国に連れて帰るわけがなく、一人でだって戻ろうとはしないだろう、と。
これで、ティナと一緒にいたがる理由を説明しなくてもよくなった。
話したくない事情があると仄めかしておけば敢えて追及しようとは思わないだろう。女性に優しいエドガーもそうしてくれるといいなぁ。
戦闘経験がなく、世間知らずで、ティナと親しく、なおかつ帝国内部の人間にも存在が知られていない。
この世界における“ユリ”という人間は、そんなキャラクターでなければいけない。
ロックに怪しまれないように。そしてセリスたち帝国関係者に突っ込まれないように。
操りの輪をつけている間は特に、ティナは自分の意思で何もできなくなるから身の回りの世話をする人間が必要になる。これが私だ。
たぶん似たような立場の誰かが実在していたはずだ。だから私の嘘にも信憑性が出てくる。
ロックは眉間にシワを寄せてこの情報を吟味していた。矛盾を見つけられ、追及されはしないかと心臓が激しく脈打っている。
真実味のある嘘になっていると思うんだ。
セリスだってティナの顔を知ってるという程度の関係だったようだし、魔導研究の重要人物であるシドでさえ、ティナと直接会話する場面もない。
帝国でのティナの私生活は謎に包まれている。
ケフカが彼女に関する権利を独占していたはずだ。それはおそらく事実。
しかし仮にケフカやガストラが「ユリなんてやつは知らん」と言っても、ロックたちはその言葉を重視しないだろう。
不意に立ち止まったロックが、真正面から私を見据えた。
嘘をついている疚しさに良心が悲鳴をあげる。思わず目を逸らした。
小細工を弄しても根本的に胆が据わっていないのが欠点だ。
これが見抜かれて、本当は異世界から来ましたなんてヘラッと喋って、怪しいやつだと見捨てられ、ここに放って行かれたら、きっと私なんてすぐに死んでしまう。
ティナの一閃で呆気なく散っていったウェアラットみたいに。
死にたくない。少なくとも、誰も私を知るもののない世界では。
だってこんなところで死んでしまったら、私が本当に生きていたってことさえ、誰にも証明してもらえない。
感情の窺えない顔でロックが口を開いた。
「ベクタに戻るつもりがないのは分かった。……ユリは、ティナと一緒にいたいか?」
「はい」
他に道はない。私はこのゲームをクリアしなければならないんだ。
しかし私の嘘には弱点がある。
リターナーに必要なのはティナだけ、お前はどこにでも勝手に行け、と言われたらどうしようもないんだ。
兵士ではないから殺されはしないだろう。だが、はっきり言って彼らが私を連れていくメリットはない。
一応、帝国におけるティナの扱いの悪さに憤慨し、この任務上で私が負っていた役割を非人道的なものに仕立て、同情を誘ってみたつもりだが……。
あとはロックの優しさに賭けるしかない。
そして、彼が出した答えは。
「ティナを連れ帰らせるわけにはいかない。といって君が一人で帝国に戻っても、きっと罰を受けるだろう。でも君の家族は帝国領にいるんじゃないのか?」
「え……」
一緒に来たら家族には会えなくなる。それどころか大切な人たちと敵対する可能性もある。ロックはそう言って、気遣わしげに私を見た。
そんなこと考えもしなかった。だって私の家族は帝国にいない。大切な人どころか見知った者は一人もいない。
なぜなら私が帝国の人間だなんて、大嘘だから。
「家、は……ないんです……、どこにも……家族はいない。だから帝国に帰る必要はありません」
身を守るために吐いた嘘が真実を切り裂いたかのようだった。
私を気遣ってくれるロックの、過ぎた優しさが痛い。
出会った時とは打って変わって警戒心のない視線を寄越すロックはたぶん誤解している。嘘であり真実でもある私の言葉を。
考えてみれば、話の流れからしても私に身寄りがないのは自然なことだ。
帝国が孤児を拾って使い捨て同然の扱いをしている、ティナに余計なものを与えないために天涯孤独の女を世話係に選んだと……そんな風に考えたのだろう。
私に家がないのは本当だった。家族がいないのも。ただし、この世界に存在しないというだけだ。
晴れてエンディングを迎え、あちらの世界に帰った瞬間それらはすべて嘘になる。
でも、どんなに心苦しくても私は嘘を押し通さなければならない。
「今までの話、ティナには言わないでほしい。できれば他の誰にも」
「なぜだ? もちろん吹聴したりはしないが、ティナは君のことを知ってるんじゃないのかい?」
「それは……」
ロックに細かい話をしたのは、彼に考える力があるからだ。
記憶喪失のティナは自分の世話係のことなど知らない。だからこそ通る嘘でもある。
どうせ本当のことも覚えてないのに、わざわざ嘘を吹き込む必要はないだろう。
私が何かを言う前に、背中のティナが小さく唸って身動ぎした。
意識を取り戻した彼女に状況を説明し、記憶喪失のことを知ったロックが衝撃を受けている間、私はただ自分の身勝手な嘘から目を背けるのに必死だった。
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