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🔖知らない君と



 これはゲームだ。その事実だけは明確に理解している。
 これはゲーム、無事にクリアできれば私は“元の世界に帰れる”のだと。
 帰りたいかどうかは問題ではなかった。別の場所で生まれたのだから、そこに戻ろうとするのは本能のようなもの。
 エンディングに辿り着き、在るべき場所に帰る。私の頭にあるのはそのことだけだ。

 きっと簡単なことだと思っていた。だって私は物語の筋書きを知っているのだから。
 むやみやたらと手を出さず、世界を救うのは勇者に任せ、ただ生き延びさえすればいい。……そう思っていた。


 この世界に来て数時間が経過した。
 私は黙々と“物語の主人公”たるティナの後ろを歩いている。
 彼女は易々と道中のモンスターを斬り伏せている。
 何も問題はない……けれど、この居心地の悪さをどうすればいいんだろう。

 多くのJRPGでは開幕大魔法で敵を瞬殺した時にも戦闘に参加した全メンバーに経験値が入る。何もしていないメンバーにも均等に、だ。
 しかしティナが戦う姿をただボケッと後ろで眺めているだけの私が、戦闘から何かを得ている気配はない。
 経験値って、具体的にどういうものなんだ? それは座して待つものではないんじゃないのか?

 たとえば武術の素養を持っている人ならティナの動きを見て参考にし、自らの技術を磨くこともできるのだろう。
 でも戦いとは縁遠い人生を送ってきた私には無理だった。
 戦闘シーンを眺めているだけでそれを“経験”として消化することができない。
 かといって自ら戦闘に参加するなどもってのほかだ。

 道中、一度ティナに剣を借りてみた。さすがに重くて持ち上がらないということはなかった。喩えるなら一リットルの牛乳パック程度。
 しかし振り上げて振り下ろす動作を繰り返すだけでもすぐに疲労が溜まる。どうってことないはずの重さがずしりと腕に負担をかけ始める。
 万全の動きができるのは長く持って三十分というところだろう。

 当然ながら、無心に剣を振り回していても意味がない。
 その剣を使って、こちらを殺すべく向かってくるモンスターを攻撃しなければならないのだ。
 実際に私が参戦したら、モンスターを斬りつけるどころか肩を痛めて自滅しそうだった。敵の攻撃を避けることさえできず瞬く間に死ねるだろう。
 それに……精神的にも、目の前の生物を殺すという行為に抵抗がある。

 ティナとパーティを組んでいるのだから、あわよくば私もレベルアップできるのでは、なんて楽観的に考えていたのに。
 待機や防御どころか棒立ちでじっとしている私は、もしステータス画面を見られるとしたら『戦闘不能』に分類されるのかもしれない。
 経験値も入らないわけだ。経験を技術に変えるための思考も行動もとっていないのだから。
 私は半永久に非戦闘員であることがほぼ確定した。それはつまり、これから先ティナたちについて行く理由がないということでもある。

 世界の敵となった男を倒す物語。
 戦えない、戦えるようになる余地もない私がどうして勇者に同行する必要があるのか。
 お前は引っ込んでいろと言われた時に返す言葉もないのが不安だった。


 ティナは剣にこびりついた血糊を振り払い、鞘に収めてまた歩みを進めた。
 実を言うと私の能力値だけでなく彼女のレベルについても疑問がある。
 物語序盤は主人公のレベルも低いので、チュートリアル中にそれなりの強化が為されるのが定石だ。
 ある程度のレベルアップ、初期装備品の入手、基礎的な技の修得とかそういうやつだ。
 しかし何度戦闘をこなしてもティナにそれが起こった様子はない。
 私と違って、経験値を得ていないわけではなさそうだ。
 単に最初から強すぎるせいで大きな変化が目に見えないだけかもしれない。

 ティナはガストラ帝国が誇る魔導戦士。
 今は操りの輪が外れた影響で記憶が混乱しているけれど、戦闘技術は体に染み着いているようで、その動きには一切の迷いが見られない。
 歴戦の猛者である彼女が今さらウェアラットの一匹や二匹を殺したところで何の経験にもならないといえば確かにそうだ。

 レベルは足りている。
 装備品については、ゲームで見慣れた服装とは違うけれど帝国の軍服らしきものを身につけているから改めて手に入れる必要はなさそうだ。
 基礎的な技の修得……彼女はファイアもケアルもすでに使える。

 炭坑の途中で出会ってからここまで、ティナの得た経験値は限りなく0に近い1。
 ゲームなら1を根気よく積み重ねていつか必ずレベルアップに繋がるだろう。
 しかし現実において、それはただ疲労を蓄積するだけの行為でしかなかった。
 ここらのモンスターは彼女の敵じゃない。息をするのと同様に殺せる雑魚。ならば戦闘は無意味だ。

「提案があるんだけどさ」
「どうしたの?」
 私の言葉に彼女は素直に耳を傾ける。信頼されているのだと思うと居た堪れない。
「あー、えっと、雑魚は無視して逃げるのに専念しない? その方が早く走れるし、こいつらを放っとけば追っ手の足止めにもなるし」
 一秒かからず殺しているから大した時間のロスにはなっていないけれど、いずれにせよ血痕や匂いを残していくのはこちらに不利だ。
 そう告げると彼女はネズミの死骸を見つめて呟いた。
「……考えもしなかったわ。ユリは頭がいいのね」
「い、いやー、それほどでもないぞ」
 いやまじで。

 私はただパワーレベリングでもできないかと彼女に戦闘を押しつけていただけなんだ。
 無意味と知ってそれを止めただけで褒めないでほしい。逆に辛い。


 足音が坑道内に響いてうまく位置を誤魔化している。でも追っ手は犬を連れているから、立ち止まればすぐに追いつかれるだろう。
 息を切らさない程度の駆け足で、ティナは前を向いたまま進み続ける。

 さて……。頭の中に地図を描こうにも、さすがにちょっと記憶が曖昧だ。攻略本を持ってきたかったな。
 確か一度、ガードに追い詰められて下層に落下するはず。そこへロックが現れてモーグリと共にガードを撃退するという展開だった。
 それまでに私の“キャラクター設定”を考えなければいけないな。

 ティナは操りの輪を外した影響だろうか、帝国を発って以来の経緯をさっぱり覚えていないようだった。
 ビックスやウェッジの記憶もないのは確認済みだ。私にとっては好都合といえる。
 彼女がなくした記憶の隙をついて、私は「ティナの世話係をしていた」ということにして名乗った。そして「迷惑でなければ、これからもそうしたい」と。
 真実を知らないティナは私が彼女を知っていると思って安心し、同行を許可してくれた。

 この、卑劣な嘘つきめ。
 一人きりで放り出された彼女の不安に付け入るような真似をして恥ずかしくないのか。
 痛烈なまでの孤独に苛まれている真っ最中に現れた私という存在を、『自分に敵意を向けない』というだけの理由で彼女は受け入れた。
 罪悪感は、ある。でも私はこの嘘を貫き通すしかなかった。

 ティナは記憶が戻らない限り私の嘘に気づくことはないだろう。
 でも、数時間以内に合流するであろうロックは別だ。もう少し話を練っておかなければ誤魔化せない。
 帝国の人間と名乗ってしまった以上、セリスが仲間になってから「ユリなんて人間は帝国に存在しない」と突っ込まれたら終わりだからな。

 良心には蓋をした。
 私がティナの世話をしていたというのは大嘘だけれど、これからのことは真実に変えられる。
 この先、私はティナの世話をする。彼女の苦難に寄り添う。彼女のそばにいる。嘘は真実に変えてしまえばいい。
 そうでもしなければ私は最後まで行けないのだから。
 何がなんでも生き延びて、エンディングに辿り着かなければいけないんだ。
 元いた場所に帰るために。


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