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🔖誓います
ザナルカンドとはあらゆる意味で真逆に位置するスピラの最果て、ビサイドの結婚式はとても簡素だ。
確か私の故郷でも同じようなものだったし、ポルト=キーリカでもそうだと思う。
昼、花婿と花嫁はこの日のために用意した衣装を纏い、家々を回って挨拶をする。
夜、みんなで集まって宴会。
終了。
ねっ、簡単でしょ?
ベベルで行われるような豪華な式典はない。
私はこれでいいかなと思う。慣れ親しんだやり方が気楽でいい。
でも花嫁衣装は自分で用意しなくちゃいけないから大変だった。
織機に触ったのすら久しぶりだし、一から服を作ったことなんてないんだもの。
こういうことではユウナもルールーもてんで頼りにならないし。
むしろ繕い物に慣れてるワッカの方が役に立った。
当日ギリギリまでかかって完成した衣装を着て、ワッカと二人ですべての家をまわる。
衣装作りを手伝ってくれた皆には挨拶といっても今さらなので「よろしくー」「おめでとー」と呆気ない。
中年のおっちゃんたちと年寄り連中は夜の宴会を心待ちにしていて上の空。
私を見てユウナとルーが泣いたのは意外すぎてビックリした。
まあ、それはすごく嬉しい。でもね。
「なんでワッカまで泣いてるんだろう」
「だ、だってよぉ、遂にユリも嫁に行くかと思うと、涙腺がな……」
「……」
嫁に行くのはあなたのところなんですけれども。
他人事ってより、兄代わり父代わりの感慨が新郎としての気分に勝ってるみたいだ。
とりあえず会う人会う人みんなに「なんでお前が泣いてんだよ」って笑われるから勘弁してほしい。
ワッカ、今後十年はこれでからかわれるんじゃないかなぁ。
夜になり、広場の焚き火を囲んで宴会が始まる。
この辺になるともう普段のお祭りと何にも変わらない。
お酒を飲んでごちそうを食べて酔っ払いに絡まれて、いつも通りだ。
主役の二人は後片づけに参加しなくていいのが嬉しいよね。
ワッカは年寄りに囲まれて次から次にお酒を飲まされている。
たぶんあのまま潰れると思う。
今のところ私に飲ませようって馬鹿は出てないけど、もう少し酔いが回って判断力が低下してきたら危ないかな。
目下の問題は両サイドを固めているユウナとルーだ。
「ユリ〜〜よかったねえぇ〜〜幸せになってね〜〜〜」
「誰だユウナにめちゃくちゃ飲ませたのは……」
さっきから顔を真っ赤にして号泣しながら私に抱きついてくる。
キマリ〜、帰ってきて! ユウナのピンチだ!
今まで泥酔するほど飲んだことなかったけど、泣き上戸のうえに絡み酒だったんだね。
永遠のナギ節をもたらした大召喚士様にはあるまじき姿だよ。
こんなのスピラの人たちには見せられない……。
でもちょっとだけ、スフィアで撮っとけばよかったと思ってる私もいる。
そして反対側にいるルールーは、ユウナほど取り乱してはいないけれども。
「本当に、おさまるべきところにおさまってくれてよかったわ。ユリが血迷ったことを言い出した時にはどうなるかと思ったけど。これでチャップも安心してるわよね。ワッカより先に結婚するのは気が引けるってずっと言ってたし、それに……」
二十回目、入りました。
さっきからずーーーーっと、私が素直になってワッカがそれを受け入れてよかったって話をしてる。
ルー、冷静な顔したまま実は泥酔してるよね。
それでもユウナとルーに絡まれてる間は、まだマシだったんだと思い知る。
夜は更け、月が高い位置にのぼってくる。
飲むだけ飲んで潰れた人は素面の皆によって家に運ばれていく。
ユウナたちも先ほど回収されていった。
広場に残ってるのは、まだ元気が有り余ってる……つまりお酒に強い分だけタチ悪い酔っ払いだ。
まともな判断力がある人なんていない。
絡む相手も減ったので、やつらは後先考えず私にもお酒を勧めてくるようになった。
「ほらユリ! お前も飲め〜!」
「あー、うるさい! 私が飲んだらヤバイの知ってるでしょ」
「今日くらい構わん! 何やってもいいぞ!」
「そうだそうだハメ外して騒いどけ!」
「外すんじゃなくて今夜はハメなきゃだろ、初夜なんだからなぁ!!」
「ギャハハハハ!!」
「……うわぁ」
こういう時は前世の記憶があってよかったなって思う。
もっとえげつない酒の席もいっぱい見てきたもんね。下ネタくらい聞き流してあげるよ。
ただ、おっちゃん連中だけならまだしもお姉さま方が普通に混じってるのがちょっと悲しいです。
「ほらほらぁ〜、一人だけ素面なんてつまんないでしょ?」
「ちょっとくらい平気だってぇ、ユリも飲みな!」
うーん。正直、心惹かれる。
自分だけ素面のまま酔っ払いを捌き続けるのはあんまり楽しくない。
あそこまで酔いたくないとは思いつつ、ちょっとくらいは陽気になりたい気持ちもある。
私が揺らいだのを感じ取ったのか、酔っ払いたちは杯を私の手に押しつけてきた。
「ささっ、ぐいっと!」
と、目の前を腕が横切って、差し出された杯が奪われる。
それを一気に飲み干したのはワッカだった。
「ユリに飲ませんなっつーの。絡むなら俺に絡め、俺に!」
「おおっ、伝説のガード様の登場か〜?」
「今度はユリのガードやんのか〜、尻に敷かれんなよ!」
「だああっ、うるっせえぞ酔っ払いども!」
「いや、ワッカも飲みすぎだよ」
顔真っ赤だし足元は覚束ないし、若干だけど呂律も怪しいし。
日が沈み始める頃からずっと飲まされっぱなしだったもんね。
ワッカが私の隣に座り込んだものだから、酔っ払い連中の魔手はそっちに集中し始めた。
私に飲ませるくらいならとワッカも身を挺して(?)差し出されるまま飲み干していく。
「う、うーん……どうしよう」
さすがにそろそろ危ないんじゃないだろうか。
どうやって止めようかと迷ってたら、後ろから肩を叩かれる。
「ユリ、ここはいいからもう部屋に帰りな」
「あ、うん。ありがとう、助かる」
泥酔者回収係のお姉さんだった。
彼女が酔っ払いを手荒く蹴り倒している隙にワッカを連れて家に帰ることにする。
やれやれ……ほんと、いつものお祭りと変わんないなぁ。
ぐでんぐでんのワッカを寝室に運んで、私も帰ろうと踵を返したところで腕を掴まれた。
「どこ帰るつもりだよ……」
「あ、そっか」
今日からこっちが私の帰る家でした。
でも、まだ荷物も何も運んでないんだよね。衣装の準備で忙しかったし。
まあ細かいことは明日から少しずつやればいいか。
さすがにキツそうにしてるワッカは、水を飲みつつ寝台で唸っている。
「もう寝たら?」
「いーや、駄目だ! 初夜に寝ちまったなんて年寄り連中に知られたら、明日から何言われるか……」
そんなこと、黙ってれば分からないと思うんだけどなー。
その年寄り連中だって明日は二日酔いでヘロヘロになってると思うよ。
「第一、そんだけ酔ってたら現実問題ムリじゃない?」
「……」
目が据わってて怖いです。
「……いや、大丈夫だ」
ワッカに腕を引かれて寝台に倒れ込む。息をするたびお酒の匂いがして私まで酔いそうだ。
私に覆い被さるようにして、ワッカはそのまま……、
「……うん、おやすみワッカ」
寝息を立て始めた。まあ、そうなると思ったよ。
布団を被りたいんだけど身動きがとれない。
ワッカが上にのしかかってるから、温かいんだけど重くて苦しい……。
このまま寝るのはちょっとキツいかな。
ここに泊まるのも久しぶりだなぁ。
泊まるんじゃなくて、今日からここに住むんだけど。
チャップが寝起きしていた寝台もそのままだ。
ティーダがそこで眠ってたのは、ついこの間のこと。
思えばワッカが知らない人を家に入れたのも久しぶりだった。
チャップが死んでから止まってた時間、きっとティーダのお陰で動き出したんだと思う。
早く帰ってきてくれないかな。家がひとつ空いたから、彼の帰る場所はちゃんとある。
次はユウナの結婚式が見たい。私はやっぱり、彼女と同じように酔って泣くかもしれない。
そして、ルールーもいつか……。
いつかきっと、新しい誰かを見つけて恋をするだろう。
すんなり受け入れられるか心配だけど、最終的にルーが幸せそうに笑ってくれるなら私はそれでいいんだ。
チャップがいた頃、私はずっと、こうなることを望んでた。
ワッカのお嫁さんになってここで暮らして、大好きな人と一緒にチャップとルーを見守っていく。
そんな夢を長いこと見てた。
今、その夢が半分だけ叶ったんだ。
ワッカの体温と鼓動を感じながら、天井を見つめているうちになんだか泣けてきた。
好きな人と結ばれる喜びと、チャップがここにいない悲しさが混じり合って溶けていく。
『兄ちゃんのこと頼むよ、ユリ』
年上の義弟になるはずだった彼の声が蘇る。
今まで泣いてあげられなくてごめんね。
もしかしたら私も、チャップがいないってこと実感したくなかったのかもしれない。
でも、もう大丈夫。ちゃんと分かってる。
悲しくても、生きる。
一緒に過ごした時間、楽しかったこと、悲しかったこと、全部忘れずに抱えて、これからも生きていく。
ワッカのことは私に任せて。安心して……おやすみなさい。
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