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🔖億劫な朝
今日中に言わなきゃいけないのは分かってたんだが、朝からぐずぐずしてる内にもう日が沈みかけていた。
ルールーは呆れ果てたように俺を睨みつけてくる。
「まだ言ってないの?」
「お前だって言ってねえだろ」
「私はユウナに言ったもの」
「おい、ルー……ずりぃだろそれは」
ユウナはそもそも寺院に言われて先に知ってたんだ。
そりゃ俺だってユウナに打ち明けるのも同じくらい辛ぇけど、何も知らないユリに説明すんのとじゃ違うだろうよ。
暗くなる前に、広場には焚き火が用意された。
ズーク先生は宴会を固辞したんで村人は集まっていない。
明日の朝に発つことも、ほとんど誰も知らないままだ。
……もちろんユリのやつも、知らない。俺とルールーが先生について行くってことも。
「ワッカ! まだ寝ないの?」
ボーッと広場に立ち尽くしてる俺を見つけてユリが駆け寄ってきた。
もう家に戻るところだったんだろう。今回はビサイドに来るのに何日休みをとってきたのか……。
明日こいつもルカに帰るとしたら、もう少し引き延ばせるんだが、そんな話は聞いてない。
だから今夜中に話すしかない。
「なあユリ……ちょっと、いいか」
「うん?」
ユリは穏やかに笑っている。できるなら何も告げずに行っちまいたかった。
「俺とルーな、ちっと旅に出てくる」
そうかと静かに頷いて、ユリは首を傾げた。
「どこに?」
嵐の前の静けさってやつだ。ひたひたと不安が這い寄ってくるみたいな感覚に拳を握り締めて耐える。
もし、何も告げずに行ったら、こいつは一生許してくれねえんだろうな。
いや……そんなことはどうだっていい。恨まれたって構わない。
だがユリは俺たちを止めなかったことで自分を責めるだろう。それだけは絶対にさせちゃいけねえ。
ちゃんと……話さないと。
討伐隊宿舎の前に立ち、ズーク先生がこっちを見ている。彼を指し示してようやっとそのことを口にした。
「召喚士ズーク様だ。……ガードんなって、ザナルカンドに行ってくる」
笑顔が凍りつくところは見なくて済んだ。
察しのいいことに、ユリはさっさと気づいて俯いてしまったからだ。
「どうして?」
「シンが復活したんだ。誰かが倒さなきゃなんねえ」
「どうしてガードになるなんて言うの? あの人に頼まれたの?」
「違う。俺が頼んだ」
「行きたいならあの人が一人で行けばいいじゃない。なんでワッカとルーが行かなきゃいけないの!」
「ユリ」
顔をあげた時、ユリの瞳に滲んでいたのは怒りだった。
俺ではなく、ズーク先生に向けられたものだ。
「何が尊い犠牲だよ! そんな独り善がり、誰も幸せにしないよ!!」
「やめろ!」
ユリの肩を掴んでこっちを向かせる。
八つ当たりなんかしなくていいように、ちゃんと俺の方を見てろ。
「先生が、チャップを送ってくれたんだ」
ジョゼ海岸に行ったんだから、ユリはそれを見ていたはずだ。
先生が通りがかってくれなきゃあの海岸は死人と魔物で埋め尽くされていた。
チャップもその一人になっていたんだ。
「恩返しのためにガードになるの? そんなの間違ってるよ」
そうじゃない。弟を送ってくれて感謝してるが、ガードになるのはそのためじゃない。
ここに来たのが違う召喚士様でも、俺は志願しただろう。
「ブリッツはどうするの……? ねえ、チャップはもう試合に出られないんだよ?」
あいつがいなくなったみたいに、ユリも突然いなくなるかもしれないんだ。
誰かがシンを倒さない限り、ずっとそれに怯えて生きなきゃいけない。
「ワッカがブリッツを続けてくれるから、チャップは安心して自分の道を選べたんだよ。ワッカがやめちゃったら、どうしたらいいの?」
あいつはもういないんだ。いないんだよ。俺は……お前まで亡くしたくない。
「お前だって、分かるだろ」
「分かんない!!」
分かってるはずだ。ただ平穏なだけの日はいつか終わるんだって、ずっと分かってただろ。
ルールーがギンネム様のガードになった時、また同じことが起きるかもしれないって思っただろ。
早くなんとかしねえと、次にいなくなるのはユウナかもしれない。ユリかもしれないんだ。
ユリは俺の腕を振り払って、項垂れている。
「私、ナギ節なんかいらない。ビサイドにいて、ブリッツ続けてよ。そばにいてよ……」
そうやっていつかユリがいきなりいなくなったら、俺はどうやって笑えばいいんだよ。
いくらブリッツで笑わせてやろうとしたって、見てるやつがいなくなっちまったら意味ねえんだよ。
自分の手を見てユリは呆然としていた。なんで震えてるのか分からなかったらしい。
俺がこいつを亡くすのを恐れてるのと同じくらい、ユリも今、恐がってる。
でもよ……、仕方ないだろ……。
「帰って来られなかったらどうするの? 私、ワッカがいなかったら、帰って来なかったら、二度と笑わないから」
「ユリ……」
「後なんか追わない。ずっと、心が死んだまま無意味に生きていくからね。それでも……いいの?」
怒りで潤んだ目で俺を睨みつけて、ユリは絶叫した。
「私の人生を空っぽにしたいなら、勝手に行けばいいじゃない!!」
究極召喚を得る召喚士と違って、ガードはべつに絶対に死ぬことが決まってるわけじゃない。
ただ……さすがの俺も必ず戻ってくる、とは言えなかった。
たぶん無理だろう。
ザナルカンドまで辿り着いたとしても、ズーク先生と一緒にシンと戦って、それで……終わりだ。
終わりだと、思っとかなきゃいけない。これが最後なんだと。
帰ってきたあとのことなんか考えたら足が動かなくなっちまう。
……だから、俺がいなくなってユリがどうなるのか聞かされるのは、キツい。
「なあ、ユリ。お前は大丈夫だって。ちゃんと笑って生きていけるよな」
自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた。
チャップが死んで、ユリはしょっちゅうビサイドに帰ってきた。
俺やルールーの日常が壊れちまわないように、ユウナと二人で一生懸命“いつも通り”でいてくれた。
こいつらだって辛かっただろうにな。またそんな思いさせんのは嫌だけどよ、これが最後にするから。
……俺たちがいなくなっても、同じようにしてくれよ。
急に迷子みたいな頼りない顔になってユリが俺を見つめてきた。
「やだ……」
その目に涙が滲んで、かと思えば瞬きする間もなく頬を伝い落ちる。
「行かないで」
「ごめんな、ユリ」
「謝らないでよ……なんで謝るの……?」
こいつに泣かれると弱い。挫けそうになる。でも、目を離せなかった。
「やだ……嫌だよ……行かないでよ……っ!」
これが最後なら、ボロボロ泣いてる顔でも、ちゃんと目に焼きつけておきたかった。
自制心の欠片もなく泣きじゃくるユリを抱き締めてやろうとして、手が止まる。
こいつがこんなになって頼んでるのに叶えてやれないんだ。俺に慰める資格はないよな。
「オーラカのこと頼むぞ。俺、今年は面倒見てやれねえしよ」
「嫌……! 聞きたくない!!」
今までとこれからの悲しみを全部吐き出すくらいに涙を流して、ユリは俺の前から走り去っていった。
楽しい時間になるはずがないのは分かりきってた。だから言いたくなかったんだ。
あいつを泣かせることになるって……分かってたのにな。
「……いつもはガキじゃねえって言い張るくせに、どう見たってガキじゃねえかよ」
大人ぶって澄ました顔もできないくらい余裕がなくて、見てるのが辛いのに泣いてくれて嬉しくもある。
嬉しいと思っちまう自分をぶん殴りたくなる。
でも今これだけ泣いとけばきっとナギ節の時には……笑っててくれりゃ、いいんだけどな。
「ワッカ……本当にいいのかい?」
「すんません。大丈夫です」
明日の朝には出発だってのに、ズーク先生には妙なところを見せちまった。
つーか、ユリが八つ当たりするかもしれないからここには居ないでくれっつったんだけどな。
俺とルールーを連れて行くんだから、残る者の言葉は受け止めなければいけない、らしい。
真面目な人だよ、ほんと。……チャップを送ってくれたのがこの人で、よかったと思う。
あいつが走っていった方を見ながら、ルールーがポツリと呟いた。
「ユリも連れて行けばいいじゃない」
「馬鹿言うな! んなこと……できるわけねえだろ」
帰って来られるかどうかも分かんねえ、ほとんど死にに行くような旅だ。
ユリはついてくるべきじゃない。俺はそんなの許さねえ。
「置いて行っても何が起きるかなんて分からないわ。目を離してる間に失うくらいなら、いっそ一緒に……」
それに、一緒に来いなんて言っちまったらユリはすぐ頷くに決まってる。絶対に駄目だ。
自分が何を言ってるのか今初めて気づいたみたいに目を泳がせて、ルールーは力なく首を振った。
「……ごめん。あんたの言う通りだよね」
もう亡くしたくない。いきなり日常が崩れるんじゃないかって不安を抱えていたくない。
あいつには、ここで笑って、生きていてほしい。
「連れて行きたくなんか、ないわ……」
ユリがあんなに泣くのはこれで最後でいい。
次の日の朝、俺たちが桟橋に立ってもユリは見送りに来なかった。
もし来てたらどんな顔していいんだか分からねえし、きっと……これでよかったんだよな。
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