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🔖50
さすがは大都会ルカというべきか、飛空艇が港に乗りつけても大した騒ぎは起こらなかった。
ティーダのやつは船を降りるなりオーラカの連中に拉致されていった。
ちょうど臨時のメンバーと契約が切れて困ってたところだったらしい。
うちには他と違ってスポンサーがいない。だから年中貧乏で、メンバーを揃えるのも一苦労だ。
トレーニング器具すら買えねえってのに、常にメンバーが一人足りない状況なわけだが……。
シンを倒したら、あいつもブリッツに専念できるだろう。
ガードになっちまったんで試合にはまともに参加できなかったからな。
ティーダが試合を終えて戻ってくるまで全員足止めだ。
とりあえずその試合は観戦していくつもりだが、始まるまで暇なもんでカフェで時間を潰すことになった。
「……」
ユリはさっきから知り合いに捕まりまくっている。今度はゴワーズのやつらか……。
あいつらユリがフロント係を辞めたんでマネージャーにと欲しがっているらしい。
確かにユリは雑務が得意だ。営業もうまいから太っ腹なスポンサーを引っ張ってくるのも簡単だろう。
ゴワーズに渡すくらいならオーラカのマネージャーにしたいってんだ。
……給料さえ、払えたらな。
それにしてもビクスンの野郎、いくらなんでも馴れ馴れしすぎないか?
ユリもユリだ、もうちょっと嫌がれよ。お前はオーラカの専属だろーが。
あんまりゴワーズとくっついてんじゃ……。
げっ! 黙って見てりゃ肩まで組みやがって! ちょっと待て、それは顔が近すぎないか?
あの女好きに簡単に気を許すなよ。痛い目を見るぞ。
……ま、まさかあれが相手なのか!? いくらなんでも違うよな?
それはさすがにない、ないはずだ……。
「うがああっ!!」
「わっ! ……ワッカさん、大丈夫?」
うっかりユリとビクスンの野郎の結婚式まで想像してしまって声が出た。
俺は絶対に、その式には出ないからな!
「お、おう。悪ぃユウナ、何でもない」
落ち着いて、椅子に座り直して、深呼吸だ。
勝負後にライバルチームのやつと肩を組むようなもんだろ。大した意味なんかない。
大した意味がなくても、腹立つぜ……。
心臓に悪いから、あいつの方は見ないようにしておこう。そんでもって……。
「あのよぉ、ユウナ。ちょっと聞いてもいいか」
「はい?」
「あいつ……って……その、こ、恋人とか……、いると思うか?」
以前ならユウナにこんなこと聞けなかったが、今は気兼ねなく聞けるのがありがたい。
「うーん、そういう相談はされたことないけど……」
そりゃまあ、ユウナにはしないだろうな。普段は聡明なのに、そっち方面ではかなり鈍いやつだし。
ユウナの方こそティーダとどうなってんだと思う部分もある。
それはそれで聞きたいような聞くのが怖いような……。
ユウナに関しては正真正銘、妹って感じなんだが。この違いは何なんだ?
なんて考えてる間にユウナはでかい衝撃をぶち込んできた。
「でもユリの前世だったら十代半ばでいろいろ経験してても珍しくない、って前に言ってたかな」
「は?」
いっ、いろいろ!? いろいろって何だ! マカラーニャでの……以上のコトか!?
ってちょっと待て、それ以前に聞き捨てならねえことがあったぞ。
「ユウナ、あいつの……前世ってのについて、知ってたのか?」
「うん。……あっ、ワッカさんも知ってたよね!?」
仮に知らなかったとしたら今ユウナがバラしちまったことになるんだけどな。
それに俺の場合、偶然その話を聞いちまっただけだ。わざわざ教えられたわけじゃない。
「いつから知ってたんだ?」
「えっと、十年前に」
早ぇよ。そりゃユウナがビサイドに来て、ユリと出会ってすぐじゃねえか。
ユリのやつ、俺にもチャップにもルーにもルッツにも、誰にもちゃんと話したことなかったくせに。
ユウナには会ってその日くらいにそんな打ち明け話をしてたのか?
……いや、違うな。十年前はユリもまだガキだった。
そういうことを軽々しく口にしたら白い目で見られるってことも分かってなかった。
だから、誰にだってその話をしてた。ただ誰も信じなかっただけだ。
故郷をなくしたばっかで、親が死んだ直後で、しかもシンの毒気に当てられて……。
混乱した子供がワケの分からないことを言ってるんだと誰もが思っていた。
ユウナにだけ話したんじゃなく、ユウナだけがあいつの言うことをまともに聞いて、信じてくれたんだ。
「あ、あの、ワッカさん、そんなに落ち込まないで? ユリは前世のこと、割り切ってるよ。だからその世界の価値観がどうでも、今のユリの恋人関係には影響しないと思う」
「うっ……」
そうだった。ユリの話をまともに聞いてやらなかったことを落ち込んでる場合じゃない。
つまりあいつの前世とやらでは、結婚前に恋人とあれこれ致すのはそうおかしなことでもないんだな。
その価値観がまったく影響しないとは思えない。
現にユリは、前世の記憶のお陰でちょっと変わった視点を持ってるじゃねえか。
俺が混乱してるのがおかしかったのか、ユウナは好奇心いっぱいの顔で笑った。
召喚士になると決める前みたいな屈託のない笑みだ。
それは単純に、こういう顔ができるようになってよかったと思える。
あの……腹の奥を鷲掴まれるみたいな気分には、ならなかった。
そしてユウナは無邪気な笑顔のままで宣った。
「ユリに恋人がいるか、気になるんだ」
「!!」
「私が代わりに聞こうか?」
「そ、そういうこっちゃねえよ。変なのに引っかかってたら困ると思っただけだ」
べつに恋人がいたからって、誰彼構わず反対するつもりはないんだ。
でもな、ビクスンは駄目だ! というかゴワーズのやつらは駄目だ!
かといってオーラカのやつも駄目だし、要するにブリッツやってるやつなんてろくなのがいないから駄目だ。
俺もやってたけどな。
あー、もう駄目だ。自分でも自分がよく分からん。とりあえず水でも飲んで落ち着こう。
なんでこんなことになっちまったんだ?
チャップがルーに結婚を申し込みたいって言った時に、あいつらにもいずれそういう日が来るんだと納得したはずだったのに。
「……ユリに恋人ができるのが嫌なら、ワッカさんがもらっちゃえばいいのに」
「ぶほっ!」
な、何を言い出すんだ、この天然召喚士様は……。水噴いちまったぞ。
そりゃユリはチャップとは違う。弟じゃねえし、妹みたいなもんだが妹でもない。
そういうことを、考えた日が、なかったわけでも……ないんだが。
もうじきオーラカの試合が始まるというので観客席に移動する。
考えてみりゃ客席から試合を見るのも十年ぶりか?
急だったんで全員分の席を取るのは難しく、ユリたちはちょっと離れたところで観戦することになった。
正直言って今は顔を合わせにくいから、助かった。
「なあ、ルー……ユリがいきなり結婚するって言ったらどうするよ」
俺がそう尋ねたら、ルーはスフィア板に映し出された対戦表を見たままとんちんかんな返事をした。
「結婚しようって言われたの?」
「あん? んなわけないだろ。あいつが相手を連れてきたらどうするかって話だ」
「なんだ……あの子、まだ言ってないのね」
まだ言ってないのね……?
「ちょ、ちょっと待て、お前なんか知ってんのか?」
「知らないのはあんただけよ」
俺だけ知らないなんて聞いてないぞ!
……って、そりゃそうだよな、知らないんだから。
「あいつやっぱ、恋人……いるのか?」
「まだいないわ」
「断言すんのかよ」
「ええ。絶対にいないもの」
「そ、そっか」
心の中でホッと息を吐いたのを見透かしたように、ルーは唇の端を吊り上げる。
「安心した?」
……おう。
ユリの結婚については、実を言うともっと昔に考えたことがある。
でもそれは、その話はもう、なくなったものだと思っていた。
「早く嫁に行ってほしいと思ってたんだがなぁ。いざその日が近づいてくると、なんかよ……」
あいつの決めることだ。俺には関係ないんだ。
それを実感するのが淋しいだけなのかもしれない。
そう言ったらルーはなぜだか嫌味ったらしくため息を吐いた。
「いつまでもそんなこと言ってるから、ユリだって……」
「何だよ」
俺が妹離れできないから、ユリは気を使って恋人ができても言えないでいるのか。
……そういう面は、あるかもしれない。
「あの子、わりと人気があるじゃない。誰かが告白してきたら、これ幸いとくっついちゃうかもね」
「それはお前、べつに、いいじゃねえか」
「そう?」
あいつが自分で納得して決めたなら、それはいいことだ。
俺はむしろ黙って受け入れる努力をしなきゃいけねえんだ。
なのに何だよルー、その意味ありげな顔はよ。
「……だから、何が言いたいんだよ」
「もたもたしてる場合じゃないでしょ、ってこと」
「俺があいつの相手を探せってのか? そんなもんユリの自由、だろ」
ユリの自由だ。
そうであるべきなのに、気づくとなんやかんや口出ししそうなのが、問題なんだ。
「はあ……。あんたってほんと、馬鹿」
ったく、何だってんだ。俺だってなぁ……自分が何を焦ってんのか分からなくて、困ってんだよ。
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