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🔖44
飛空艇の窓からエボン=ドームが見える。
夕焼けに照らされ夜に沈んでゆく様はひたすらに悲しく見えたけれど……。
今は昇ってきた太陽の光がドームを縁取っている。
その光景は、ただ美しいばかりだった。
万一シンを倒せても、永久に生きるエボン=ジュが新たなシンを生み出す。
ユウナレスカ様は最期にそんな言葉を遺して幻光虫に還っていった。
……エボン=ジュがシンを生み出す? 究極召喚獣がなくてもシンは生まれてくるってことだろうか。
でも考えてみるとそれは当たり前なのかもしれない。
ユウナレスカとゼイオンが倒した最初のシンは、究極召喚獣を媒体にしてはいなかったんだから。
それより大事なのはもう一つの言葉。「万一シンを倒せても」と、ユウナレスカ様はそう言った。
つまり“万に一つ”はシンを倒せる可能性があるのだとユウナレスカ様も認めたわけだ。
あとはエボン=ジュとやらをなんとかすればシンの復活を止められる。
ユウナレスカ様……私たち、あなたの託した希望だけはしっかりと受け継いでいきます。
どうか安らかに眠ってほしい。
もう千年も、一人で待っていてくださったのだから。
考え事が尽きない私の肩を誰かが叩く。振り返ると、ブリッジにいたはずのティーダだった。
「ユリ、何やってんだ。ベベルに行くぞ!」
「ベベル?」
「おう。キマリの提案で……なんだっけ。そうそう、マイカならなんか知ってるかもだろ? だから、力ずくで聞こうって」
「あー、うん」
マイカ様がユウナレスカ様の言葉以上の秘密を知ってるとも思えないけれど……。
でも、改めて教えについて知るのはいいことか。
エボンの教え……エボン=ジュとは何なのか。ベベルの中枢に、ヒントくらいは隠されているかもしれない。
「んで、歌がカギだ」
「歌?」
「マカラーニャで、シンが歌を聞いてたろ。祈りの歌……ザナルカンドにもあるんだ。あれを聞かせて大人しくなってる時が、チャンスじゃないかって」
「なるほど」
シンの中にいるジェクト様の郷愁を誘い、その隙に倒す。
ものすごく卑劣な感じがするけれど、戦力差を考えたら仕方ないかな。
話を聞いてはいるものの生返事の私にティーダは首を傾げた。
「どうしたんだよ?」
「うーん」
せっかく二人きりなので、ずっと引っかかってたことを聞いてみよう。
「これまで分かったいろんな事実を突き合わせて考えると、どうしても気になるんだよね。シンを倒す方法……というか、シンを倒した後のこと」
誰も犠牲にせずに済む方法がどこかにある。そう信じてここまで来たけど、最善の方法でさえ代償に失うものがあるのかもしれない。
「聞いてもいい? 君のザナルカンドが何なのか。シンを倒したら君は……」
どうなってしまうのか?
ティーダは私が前世の記憶を持っていることを知っている。
それが記憶の錯乱ではなく、確かに“ユリとして生まれる前の記憶”だと信じてくれている。
だから私が彼の夢物語を理解して信じてることも知っているんだ。
「俺さ、最初にユリが俺の話を全部まるごと、あっさり信じてくれた時、すっげー嬉しかったんだ」
「うん……」
「ユリが夢に見てんのはザナルカンドじゃないけど、故郷の話とかできるの、やっぱ癒されるっていうか……言い訳も隠し事もしなくて済んだから、気が楽だった」
たとえば、前世と死後の世界に違いがあるとしたらそれは何だろう。
どちらも生者には行くことのできない、遠い異界だ。
私の前世は、私がユリとしてスピラに生まれ落ちる前にいた世界。
ティーダのザナルカンドもそれと同じで、決して訪ねることのできない世界ではないのか。
この世に生きるものには行けない町……もう夢の中にいるから、眠ることもない幻の都市。
私が真実に片足を突っ込んでいるのに気づき、ティーダは苦笑する。
「なあ。もういっこだけ頼みたいんだ。気づいちゃったこと、秘密にしてくれないか?」
「……それでいいの?」
「もう、本当に最後だと思う。これが真実の物語ってやつッスよ。だから……迷いたくないんだ」
ようやく見つけた永遠のナギ節。たぶん彼の言う通り他に方法はないだろう。
これが最後の手段だ。シンを永遠に倒したら……シンと深い繋がりを持つ彼のザナルカンドも、消滅する。
「親父、言ってただろ。『俺の人生にも意味ができる』……なんか、今なら分かる気がする」
彼らは本来なら存在するはずのなかった、スピラの“夢”なんだ。
私たちだってユウナのこと、結局は打ち明けてあげられなかったもんね。
ティーダが言いたくないと思う気持ちはよく分かる。
自分が消えてしまう事実を突きつけて、シンを倒すことを、迷わせたくないんだ。
「ごめん。嫌な嘘つかせてさ」
そんなの……謝らないでほしいな。
「だったら、嘘じゃなくしよう」
「へ?」
「ほら、死人だって生きてるみたいに歳をとるくらいだし。夢が現実になるくらい、どってことないよ」
マイカ様はよく知らないし、シーモア様はあんなだけど、アーロンさんという良い例がある。
死人にも“余生”があるなら夢の住人だって“生きて”いいはずでしょう。
「あー、もしかして、アーロンのことも知ってたりする?」
「まあね」
スピラから姿を消して十年、彼の肉体は確かに時間の影響を受けている。つまり生きてるのと変わらないってことだ。
もちろん、死人は執念で留まっているだけだから、時が来ればアーロン様は逝ってしまうだろう。
「死んでしまった人を生き返らせるのは、きっと無理なんだろうね。異界で眠ってる人を起こすのは忍びないし。でもティーダは死んでない。死人じゃない。だから……」
生きてさえいれば、無限の可能性が……その言葉を私も信じたい。
「シンと戦って死なないでよ?」
「当たり前だって! 俺が負けると思ってんの?」
自信満々なエースの言葉に二人で笑う。まだ、笑えている。
「この際ユウナに告白しちゃえばいいよ」
「はあっ? なんでそうなるッスか!」
「未練があったら留まりやすいんじゃないかな」
明るかったティーダの表情が、少しだけ沈んでしまった。
「そんなこと、できるわけないだろ」
結末が分かりきってるのに言えるはずがない。
それはユウナが本当のことを黙っていたのと同じだ。
「死ぬって分かってるから、消えるって分かってるから。打ち明けたらユウナを傷つける? そんなこと決めつけんな! やる前に諦めるなんて、らしくないっすよ」
呆然と顔をあげたティーダの前で、両腕を組んでふんぞり返る。
「なりたい者になれるのは、なろうとした者だけだ!」
「なにそれ、キマリの真似? 似てないッスね」
「うるさいっすよ」
だけどつまるところ、それなんだ。
為せば成る、為さねば成らぬ。成る業を成らぬと捨つる人の儚さ。
夢は儚いものだけど、生きてる人間の想いはもっと強くて確かなもの。
……私は、シンを倒して祈り子の願いも消えて、ザナルカンドがなくなって、それで終わりだなんて思わない。
「君はここに生きてる。その事実は変わらない。私たちは、絶対に忘れない。夢は目が覚めたら終わるけど、ティーダは夢なんかじゃないんだよ。だから……その時が来ても、自分は夢だ、なんて思わないで」
生きてさえいれば、無限の可能性が君を待っている。
帰ってきてくれるのをずっとずっと待ってるから。
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