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🔖17
というわけで異界にやってきた。
頑固なアーロン様とアルベド族的思考のリュックは入り口のところでお留守番だ。
それにしても、グアドサラムが全面的にアルベド禁止でないのはちょっと意外だった。
もっと閉鎖的な場所だと思ってたんだよね。
やっぱりシーモア様の代になって、いろんなことが変わったんだろうか。
グアド族もエボンにとっての新参者であり、まだ異端の色が濃い。
ジスカル様が拓いた道を磐石にしつつある、シーモア様はやっぱり偉大だなと思う。
ユウナはブラスカ様と、そしてワッカは……チャップと面会している。
リュックほどではないけれど、私も幻と会うのは苦手なので崖には近づかないようにしていた。
隣ではルーが、何とも言えない顔でチャップの方を見つめている。
「彼は死んで、私は生きている。ここに来ると実感する。そろそろ私も、人生を前向きに考えないとね」
「それは大変いいことです」
何がおかしかったのか、ルールーは唐突に笑い出した。
「どしたの?」
何事かとティーダもやって来る。
「自分で言っておきながら、前向きにって何よ……って思ってね」
ティーダも崖の方に視線をやって、気のなさそうに言った。
「思い出に、こだわらないってことじゃないの? チャップには悪いけど、新しい誰かと付き合うとか」
「なるほど。そういうのもアリね」
「ワッカと付き合うとか」
おお! おお? ナイスだよティーダ君! いいことを言うじゃないか。
「どうしてワッカが出てくるのよ」
でもルーの機嫌は急降下してしまった。なぜだ。
「仲いいだろ?」
そうだそうだ。幼馴染みだしお互いのことよく理解してるし。
「仲がいいのと、そういうことは全然別ね」
いやいや。別だとしても“そういうこと”に変えられるんだよ。
「あー……、そうなの」
こら少年、諦めずにもっと押せ!
「そう。覚えときなさい。女の子の気持ちを勘違いして恥かかないようにね」
勘違いから始める恋もあると思うんだ。
「へーい」
横から熱視線を送っていたら、急に振り向いたルーに思いきり睨まれた。
「ユリ。なにその期待に満ちた目は」
いやー、あはは。予期せぬところで望ましい話の流れになったから、つい。
「チャップを忘れないのと新しく大切なものを得るのは別のことだと思う。ワッカはすごくいいよね!」
「……」
えぇ……なにそのブリザガみたいな視線……。
「ティーダ助けて、なんかルーが怖い」
「あ、俺ユウナんとこ行ってこよーっと」
逃げおった!
なんでいきなり不機嫌になったのか、全然分かんないです。
「今の話、聞いてなかった?」
「き、聞いてたけど……。ルーだってワッカのこと好きでしょ」
「そういう好きじゃない」
「今から変えりゃいいじゃん」
「島の結婚観は私とは合わないの」
「でも幼馴染みのチャップと恋できたんだからワッカとだって」
「ユリ」
「……はぁい」
これ以上言ったら、怒られるだけでは済まなそう。一時撤退だ。
「前を向くことは、私も忘れないようにするわ。……さよならチャップ、いつも不機嫌そうだってあんた言ってたけど……楽しかったよ」
さよなら、またね……、でいいじゃない。前を向いても思い出は抱えたままで。
やりようによっては、また昔みたいに戻ることだってできるはずだ。
それぞれに決着をつけた皆がユウナのところへ集まるのを横目に、一足先に異界を出る。
私を見留めてリュックが手を振った。
「前向きになってるなら、けしかけるチャンスなんだけどなぁ」
「え、なになに、ユウナは結婚するって?」
いや、ユウナだけじゃなく、ルールーもね。
変わろうとしてるなら背中を押したい。押しまくりたい。
同志リュックと、ろくに作戦会議をする間もなかった。私のすぐ後でユウナたちも戻ってくる。
「お待たせしました。シーモア老師に返事をしに行きます!」
え、早い。シーモア様は「ゆっくり考えて」って言ってたのに。
まあユウナがそう言うならとシーモア様の邸に戻ろうとする私たちの背後で、騒ぎが起きた。
異界の入り口を守っていたグアド族が、慌てふためきながら境界に駆けて行く。
「何だ……?」
彼らの背中を視線で追うように振り返ると、恐ろしいことに異界から死者が這い出て来ようとしていた。
しかもその方は……。
「ジスカル様!?」
元グアド族長、エボンの老師、シーモア様の御父君、ジスカル=グアド様が、今まさに死人と化しつつある。
呆気にとられるユウナの背をアーロン様が押した。
「迷っているようだ。……送ってやれ」
「は、はい」
混乱する周囲のグアド族を抑えるため、ガードの皆もユウナについていく。
異界送りが始まると左肩がずしりと重くなった。
「!?」
やだ取り憑かれた!? と思って振り向いたら、アーロン様の顔が間近にあって仰天する。
なんで私に寄りかかってるんでしょう? ナンパですか?
いや、あれ……なんだかものすごく苦しそうだ。
「あ、アーロ……むぐ」
大丈夫ですかと尋ねようとした口を塞がれる。
眉をひそめつつ訴えかける視線は「騒ぐな」と言っているらしい。
とりあえずユウナたちに気づかれないよう黙ったまま、ふらつくアーロン様の体を支えておいた。
異界送りが終わるなり息を整え、アーロン様は何事もなかったかのように踵を返して歩き去る。
「話は後だ。ここから出るぞ」
うーん、でも若干、足取りが覚束ないかな? そう思って見なければいつも通りにも見えるけれど。
死ぬほど苦しそうだった。何だったんだろう。持病の癪……かな。
一騒動を終えて異界を出る。
「どういうことだ? なんでジスカル様が……」
「老師様が送られずに亡くなるなんて、あり得るのかな」
「ないでしょ。シーモア様の父君なのに」
老師様であろうとなかろうと、息子が召喚士なんだから送る人員には困るまい。
ただ、自らの手で送ったであろうシーモア様の心痛は如何ばかりかとは思う。
「異界送り……、されたんだと思う。あまりに強い想いに縛られると、それでも留まってしまう……そういうことも、あるらしいわ」
「反則だよねえ、それ」
「まともな死に方をしなかったということだな」
心を落ち着けに入ったはずが、なんだか余計に乱されてしまった。
予定通りユウナはシーモア様の邸に戻る。
プロポーズの返事だけならよかったけど、ジスカル様のことまで言わなきゃいけないのはキツいなぁ。
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