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さあ気合いを入れて雷平原へ、というところで思わぬ足止めを食らってグアドサラムに立ち寄ることとなった。
シーモア老師からユウナに大切なお話があるらしい。
個人的には足止め上等、豪勢な食事による歓待もありがたい限りだった。
皆いろいろと思うところがあるようで、用意されたディナーに現を抜かしているのは私とリュックだけだ。
「うーん、オーガニック……」
「なにそれ、どゆ意味?」
「素朴で美味しいってことかな」
そしてまた「ジャンクフード食いてえ」という意味でもある。
「あ、これおいしー」
「こっちのジュースもなかなかっすよ」
「ちったぁ緊張しろよ、お前ら……」
いやいや、今のうちにこそリラックスしておくべきでしょう。
もうちょい味の濃いものも欲しいなと思いつつ自然食を楽しんでいると、トワメル様が戻ってきた。
「ふふふ。お客人を迎えるのは楽しいものです。ジスカル様が亡くなって以来、この屋敷は静かすぎました」
そう聞かされ、ユウナが痛ましげに目を伏せる。
「ジスカル老師の死はスピラにとって大きな損失です」
「真に。しかし我らには新たな指導者シーモア様がおられる」
そうだね、私はどっちかというと、故ジスカル老師よりはシーモア様の方が好き。
「シーモア様はグアドとヒトの間に生まれたお方。必ずや二つの種族を結ぶ絆となってくだされましょう。否、それだけではありません。シーモア様は……このスピラに生きるすべての者の未来を照らす光となるでしょうな」
まあそれは言い過ぎかなと思うけど。
「それくらいにしておけ、トワメル。あまり持ち上げられると居心地が悪い」
苦笑しつつ続いて入ってきたのはシーモア老師そのひとだ。
やば、口一杯に頬張ってて飲み込めない。
リュックと二人、物陰で密かに慌てる。
「ようこそ皆さん」
「あの、お話って?」
「そう結論を急がず、ごゆるりと」
気のせいか「ごゆるりと」のところで私たちを見て笑った気がするシーモア様に、アーロン様が突っかかった。
「ユウナは先を急ぐ身だ。手短に済ませてもらいたい」
わー、そうなんだけど老師様相手にそんなにはっきり言わなくても。
「失敬。久方ぶりに客人を迎えたもので、つい」
特に無礼を咎められることもなく、私たちは奥の広間へ通された。
ユウナに話があるらしいのに、私たちも行っていいのだろうか。
シーモア様が合図をすると、部屋いっぱいにホログラムが広がった。
「異界を漂う死者の念から映像を再現した、貴重なスフィアです」
近未来的な要素とファンタジーな装飾が融合された、不思議と郷愁を掻き立てられる都市の風景。
瞠目する一行の中で、ティーダだけが違った意味で目を輝かせていた。
「ザナルカンド!」
「そう、そのおよそ千年前の姿……」
私たちはその場に立ち尽くしてるのに景色だけが目まぐるしく流れていく。
ちょっと酔いそう。
なんだか、どれが映像でどれが生身の仲間かごちゃごちゃになりそうだ。
思わずワッカの姿を探したら、パカッと口を開けて呆然としていてなんとなく安堵する。
壁に凭れたかったけど、この景色の中でどこに本物の壁があるかも分からない。
仕方ないのでリュックに手を繋いでもらって耐えた。
大通りを抜けて巨大なドームの中へ。そこにいたのは、スピラに生きる者なら誰でも知っている女性の姿。
「ユウナレスカ様……」
部屋いっぱいの幻に紛れてシーモア様がユウナに歩み寄る。
「歴史上で初めてシンを倒し、世界を救った御方。そしてあなたは、その名を受け継いでおられる」
「私の名前は、父がつけてくれたそうです」
「そう……ブラスカ様はあなたに願いを託したのでしょう。ユウナレスカ様のごとく勇敢に、シンに立ち向かえと」
そんな名前つけるなんて酷い親だよねえ。
「しかしユウナレスカ様もお一人で世界を救ったのではありません。シンを倒したのは……二つの心を固く結んだ、永遠に変わらぬ愛の絆」
……ん? 今、シーモア様がユウナになんか言ったみたい。
音のない雑踏という不気味な映像が徐々に薄れ、元の広間が現れるとようやく人心地ついた。
なにやら俯いたままユウナがこっちに走ってきて、リュックが顔を覗き込むと。
「わ、どしたの? 顔真っ赤だよ!」
あー、これはもしかして、あれなのかな。
「……結婚を、申し込まれました」
「マジッスか?」
シーモア老師、なかなか隅に置けませんね!
「スピラに平和と安定をもたらすのが召喚士の使命。シンを倒すことだけがすべてではありますまい。シンに苦しむ民の心を少しでも晴れやかに……それもまた民を導く者の務め」
そこに突っかけたのはまたしてもアーロン様だった。もしや……三角関係!?
いや、違うか。
「スピラは劇場ではない。ひとときの夢で観客を酔わせても、現実は変わらん」
「それでも役者は舞台に立たねば」
困惑しているユウナの背中を押して、アーロン様は強引に部屋を出ようとする。
「今すぐに答える必要はありません。どうかじっくりとお考えください」
「そうさせてもらおう。出るぞ」
「ユウナ殿、良いお返事をお待ちしております」
……えー、どうするんだ、これ。
老師様の邸を出ると、皆が一斉に「どうするよ?」と顔を見合わせる。
「大召喚士の娘とエボン老師にしてグアドの族長。その二人が種族の壁を超えて結婚……確かに、スピラ全土にとっての明るい話題になるわね」
「でもよ、ホントひとときの夢って感じだよな」
そうかなぁ? それで子供が生まれて大きくなって、夢は続いていくと思うんだけど。
思いたいんだけど。
べつに反対する理由はない。むしろ……まあ、最終的にはユウナが決めることだ。
それでも明確に反対の姿勢を見せているのは、ティーダだった。
「っていうかさ、早く旅の続き行かない? 冗談キツいッスよ」
「お、ヤキモチ〜?」
「違うって! シンを倒すのが一番。それ以外は後回しだろ?」
真理ではあるけれど、誰も頷かなかった。
「余計なことに巻き込まれちまったよな……」
ワッカの呟きに応じるみたいに、誰からともなくため息がこぼれた。
でも、とユウナが口を開く。
「私が結婚することで、スピラ中の人たちが、少しでも明るい気持ちになる……。そんな風に役立てるなら……、それは、余計なこと、なのかな」
どうやらユウナは結婚に前向きなようで、ティーダが目を見開いてビックリしている。
「こういうことって、今まで想像もしなかった。だからよく考えて返事をしたいの」
「マジッスか!」
そこに乗っかるのはリュックと私。
「あたしは、結婚して旅をやめちゃうのもアリだと思うなあ」
「私も。シーモア様ってユウナと相性よさそう」
「真面目そうだもんね!」
「でも頭柔らかいし、融通きくし」
「うんうん。きっといい家庭を築けるよ」
召喚士らしさを失うこともなく。しかし、ユウナの決心はやっぱり揺るぎなかった。
「旅は……続けるよ。シーモア様もきっと分かってくれると思う」
「……うん。そうだよね」
「私は召喚士だもん。シンを倒すって、決めたんだから」
「ブラスカと同じようにな」
召喚士は旅することだけがすべて、とでも言いたげなアーロン様の言い分に、ムッとしてしまった。
ブラスカ様の名を聞いて、ユウナはちらりとグアドサラムの奥に視線を向けた。
「私、異界に行ってこようかな。父さんに会って、考えてみる」
「そうね。気が済むまで考えなさい」
ああ、ここにはあれがあるんだった。
私は来たことがなかったけれど、ルーとワッカは前の旅でも来たんだろうなぁ。
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