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🔖12
雨足が強くなってきたので屋根のあるところに行かなければいけないなと思う。
ふと見下ろせば、右手に何も持っていなかった。
短剣はどうしたんだっけ……。
ああ、ルッツにあげたんだった。
魔物やコケラが来た時のためにと用意した武器は、バリスタと一緒に行方不明だ。
どこに向かって歩いてるのか自分でもよく分からなかったけれど、気づくと前方にキノコ岩街道が見えていた。
ルカに戻るか、この先に行くか……。
行って何になるのか。討伐隊の生き残りに加わって、また戦うのか。
頭がぐるぐるしていた。
これこそがシンの毒気ってやつだろう。
誰かが走ってくる足音がして振り返る。悲愴な顔をしたワッカが立っていた。
「どうしたの、息切らして」
「お、お前を探してたんだろーが!」
頬を腫らしたルッツの顔を思い出す。私も殴られるかな、それともなんか言われるのかな。
「怒ってる?」
「怒ってない」
「嘘つき」
だから言ったろ、討伐隊なんかに入るから、アルベドの機械なんかに頼るからだ。
そう思ってるんでしょ。
「……ユリ、生きてて……、よかった」
ワッカが私の手をとって歩き出したので、考えるのもめんどくさくて大人しく後に従う。
「……ルッツが死んじゃった」
「そう、か」
「すぐ近くにいたんだよ。二つ隣の持ち場。なのにルッツは体半分吹き飛ばされて、私は白魔法で治る程度の骨折と脳震盪だけだった」
どうしてだろう? どうして私は生きてるのかな?
私が死にたくないのと同じくらい、さっき死んだ皆も生きていたかったのに。
ただ少し、立っていた場所が違っただけで。
「私もルッツも、何も違わないのに、なんで私だけ」
取り残されて置いていかれるのは嫌だ。罪悪感で引き裂かれそうになる。
周りに死体が散らばってる中で一人立ち尽くしていた。
七歳の時にも経験したものを今さら怖がったりしない。
涙さえそう簡単には溢れない。
まるで自分が疫病神のように思えて腹が立つだけだ。
あんなにもたくさんの人が呆気なく逝ってしまったのに、何の意味があって私は今も生きているのかと。
腹が立って仕方ない。
「ルッツと持ち場を交換してればよかっ、」
言い終える間もなくワッカの胸板に顔をぶつけた。
抱き締めて慰めるにしても、もうちょっと紳士的にしてほしいよ。
「もういいから、黙って泣いとけ」
「なにそれ、酷いな……」
海岸から無数の幻光虫が飛び立っていった。ユウナが異界送りを舞ってるんだ。
彼女を召喚士にしないため討伐隊に飛び込んだのに、今度は私のせいでユウナがあの仕事をやるはめになっている。
そう思ったら、急に視界が潤んでぼやけた。
よく考えると泣くのって久しぶりだ。前に泣いたのはいつだっけ。
故郷が滅びた時は前世の記憶に混乱して悲しむどころじゃなかった。
チャップが死んだ時は、ルーとワッカが心配で泣いてる場合じゃなかった。
前世でも、あんまり泣いた記憶はなかった。心が凍りついてしまったみたいだった。
ああ、ワッカたちがズーク様のガードになるって言った時に、嫌だって号泣したんだ。
恥ずかしすぎて記憶から消してた。
「……涙って、わりと温かいよね」
「そうだな」
風邪、引いたらいけないし、もう少し温まっておこう。
ユウナが召喚士を続けるのが嫌だ。ワッカとルーがガードするのも嫌だ。
もしユウナがシンを倒してナギ節が来ても、私は絶対に喜べない。
遺される人を悲しませるだけなら、そんな使命を果たす価値はあるのだろうか?
「ユウナを犠牲にしたくないとか、助けたいとか、それって機械を使うより悪いこと? ただ皆で生きたくて、ただ誰かを守りたくて戦った人が、罪人なの?」
「そんなの……俺にも分かんねえよ」
今しがた死んでいったのは己の選んだ道を信じて戦おうとした人だ。
死に値する罪人なんかじゃなかった。
「……ルッツが、大勢が、死んだのに……、生きててよかったなんて、思ってしまいそうになる」
「馬鹿。生きててよかったんだ」
「そうかなぁ」
「そうに決まってんだろ」
「……そうなのかな」
争いのために機械を使うのが人の罪で、そのせいで皆が死んだっていうのなら。
今ここで私が息をしてるのも過ちってことだ。
教えが正しいなら一緒に死ななきゃいけなかったのに、なぜ自分が生きているのか分からなくて怖い。
私を抱いたまま、ワッカが頭を撫でる。
「偉かったな、怖いのに立ち向かって。勇敢だったぞ」
「……その扱いは酷くない? もう子供じゃないんだから」
「もう子供じゃないから心配なんだろうが」
抱き締める腕に力が入って、息が苦しくなる。同時に、ワッカが震えているのに気づいた。
「頼むから、勝手にいなくなるんじゃねぇよ……」
自分だって勝手にガードになったくせに。
でも……、私を探してたというワッカが、半身を吹き飛ばされて死んでる私を見つけなくてよかった。
チャップが死んだこの海岸で、私の死体まで見せずに済んでよかった。
生きててよかった。生きているから、私はこの人を守るためにまだ足掻くことができる。
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