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🔖2-07
裁判の間にユリが連れてこられなかったんで、きっとあいつは一人で逃げたんだと思っていた。いや、思いたかったんだ。
僧兵が取り囲む中に一人で残ったユリが、逃げていなかったとしたら……。他の可能性なんて考えたくなかった。
だが甘い期待はあっさり裏切られる。
浄罪の水路にぶち込まれてすぐ、無防備に水面をたゆたうユリを見つけた。
彼女の周りの水がどす黒い赤に染まっている。それが流れ出した血だってことは考えるまでもなく分かった。
慌てて近づいて、抱き寄せてみるとユリは脈も呼吸も弱く、かなり危険な状態だった。
彼女がアルベドだってこと、そんでもって水の中に放り込まれたのが幸いしたんだろう。
意識がなくても周りの幻光虫を取り込んでなんとか命を繋ぎ止めている。
だが、それも限界だ。まだ死んでない……辛うじて生きてるってだけで、彼女が今にも異界に旅立とうとしているのが分かる。
ユウナのためにも仲間のためにも自分のためにも、白魔法を使えるようになっといた方がいいってのはずっと思ってたことだった。
魔法は苦手だからと努力してもみなかったのを今さら悔やむ。
身一つで彼女をどうやって助けたらいいのか……。必死で考えて、ふと思い出した。
……俺には無理だろうとか、言ってる場合じゃねえ。
ジョゼの寺院でユリは手のひらに垂らした水に幻光虫を溶かして“いやしの水”に変えてみせた。
スフィアプールで呼吸を保つ時みたいに、幻光虫を操ることができれば簡単な技だと彼女は言った。
周り全部、見渡す限り水だ。試合の感覚を思い出しながら幻光虫を活性化させる。だがユリの傷を癒すには至らない。
自分の体ならどうとでもなるってのに、目の前で彼女がどんどん弱ってくのを見てると意識を集中させることさえ難しくなる。
ユリの体は穴だらけだった。もうかなりの量、血を失ってるはずだ。これ以上は本当にまずい。
焦りが募って、どうすりゃいいのかも分からず手のひらで傷を押さえる。
「……!」
触れたところからユリの体温が伝わって、傷が塞がるのを感じた。
……そういやユウナが白魔法を覚えたての頃も、回復する対象に触れないとうまく使えなかったんだっけか。
他人の体だからどうにもできない。でも肌に触れて、命を感じて、自分の一部だと思えば干渉できるんだ。
ユリを抱き締めたまま心音を合わせ、自分でやるように彼女に呼吸させる。
どんなにボロボロになったって水の中にいりゃ自由に動き回れるんだ。
水が命の源になる。それが生きる活力になる。体が本来あるべき形を保とうとする。
濁った水がユリの周りで月光を浴びたように輝き始め、俺の触れたところから彼女の傷は塞がっていった。
ただ、その……なんだ。よほど手酷くやられたのか、触れるには躊躇するようなところまで傷だらけなんだが。
「……やるしか、ねえよな……」
誰にともなく言い訳してしまう。やっぱ、大人しく白魔法を覚えとくんだった。
精神を集中しすぎて、トレーニングの時よりずっと疲れた。
しかしその甲斐あってユリの傷はあらかた治った。呼吸はちょっと浅いが、脈も正常に戻りつつある。
あとは彼女自身の生命力に賭けるしかない。
「ユリ!」
何度も呼びかけてるうちに、ユリがうっすらと目を開ける。
「ユリ、起きろ!」
ぼやっと宙を見つめていた視線が俺に据えられる。目が合った瞬間、彼女は笑った。
「……カサキ、ミアミシ……ミテサオア」
何言ってんだか分からねえよ。死にかけてるってのにそんな満足そうに笑うんじゃねえ。
「おいこら! しっかりしろって!!」
また寝そうになってるユリの頬を叩く。ちっとばかり力が入りすぎた気もするが、その痛みのお陰でユリは我に返ったようだ。
「……私、死んでないんですか?」
「当たり前だろーが、馬鹿!」
俺の許可もなく勝手に死んでんじゃねえよ。……自分が死んだと勘違いしてるくせにあんな笑顔を浮かべたのかと思うと腹立ってくる。
助かったってことをようやく理解できたらしく、ユリは自分の体を確かめている。
「怪我、治ってる……?」
「治しきれてないけどな」
さすがに触れられなかった部分もある。俺がなんとかできたのは、服の上からでも分かった怪我だけだ。
抱き締めたままだった手を離すとユリは自力で泳ごうとしたが、何やら右足を気にしている。
治し損ねていた傷に触れてもう一度、幻光虫を活性化させた。
「使えるようになったんですか」
「ま、火事場の馬鹿力ってやつだな」
切迫してたからできたことだ。ジョゼで教わった時だって真面目にやってたんだが、どうしても成功しなかった。
今でも自分が何をどうやってユリの傷を癒したのかは、正直よく分かってねえんだよな。
彼女みたいに安定してこれをやるのは無理だと思う。
というか落ち着いて思い返すと、治療のためとはいえ彼女の全身をまさぐった感触まで蘇って妙な気分になっちまう。
真っ最中にユリが意識を取り戻さなくて本当によかった。
案の定、ユリは一人であの場に残ってシーモア老師に挑みかかったらしい。
四方から銃で撃たれてそのまま死なずに水路へ放り込まれたのは奇跡みたいなもんだった。
「その場で処刑が妥当かと思いました」
「お前なぁ……。ったく、なんか企んでるとは思ってたが……無茶してんじゃねえよ」
見張ってるつもりだったが、ちょっと気を抜いた隙にあんなことになるとは。もう絶対こいつからは目を離さねえ。
穴だらけで浮いてんのを見つけた時は本当に死んじまったかと心底焦ったんだぞ。
「でも、シーモアのやつは吹き飛ばしてやりました。ヨー=マイカも殺してしまったかもしれませんが」
仇は討ったと言い張るユリに何と答えたらいいか思いつかなかった。
「シーモア老師も……マイカ総老師も、死んじゃいねえよ。いや、もう死んでたっつーか……」
仮に吹っ飛ばしたのが本当だとしても、たぶん意味はない。
お前のやったことは無駄になったとはさすがに言いづらかった。
「ということは、マイカも死人だったんですか?」
「……」
シーモア老師が無事だと知ったら、こいつはまた無茶苦茶するんじゃないか。
でも、黙ってるのは正直に答えるのと似たようなものだった。
「シーモア、無事だったんですか」
彼女の瞳は冷静だった。だがそこには静かな怒りがある。
「祈り子様に会ったあと、俺たち全員裁判にかけられてな。そん時に二人ともいたぞ。……残念だけどよ」
復讐なんか……やめろよ。そんなことしたって何にもならねえだろ。
死んだ人間は帰ってこないんだ。どんなに望んでも、泣いても怒っても憎んでも、もう遅いんだ。
とにかく、ゆっくり話をすんのは後だ。
俺だけじゃなくユリまで浄罪の水路に送られたってことは他の皆も近くにいる可能性が高い。
仲間を探して水路を泳ぎ回り、最初にティーダとリュックを見つけた。
「ユリ! もうバカバカバカバカバカバカ! 次あんなことしたら罰金500万ギルだからね!?」
「高いですね」
「命の値段にしたら安すぎるよ!!」
「まったくだな」
俺が言ったら気まずそうに目を逸らすくせに無茶すんなと怒るリュックには照れ臭そうに笑うのが、何とも言えずモヤモヤした。
ティーダたちが通ってきた道も含め、水路は大体ぜんぶ探したはずだが他の仲間は見当たらなかった。
しかしベベルには“浄罪の路”が二つある。もしかしたらユウナたちはそっちに送られたのかもしれない。
野垂れ死にする前に、さっさと脱出すべきだな。
「出口……あるのかなぁ」
「水が流れてるんだからどこかには続いてます。最悪の場合、外に届くまで壁を壊し続けましょう」
豪快な言葉に呆れつつ、リュックに目を向ける。
「なあ、ユリってリュックの……つーか、あの親父さんの親戚か?」
「ううん。血は繋がってないんだけど、なんか似ちゃったんだよね」
「失礼ですよ二人とも」
行く先に困ったら派手に爆破しちまえって、あのおっさんとやってること同じなんだが自覚はねえらしい。
しかし、壁を壊すっても武器は取り上げられて全員丸腰だ。
何か素材があれば爆弾を調合できるのにとリュックが唇を尖らせたらユリは両手で水を掬い上げた。
彼女の手のひらで水が結晶化され、輝きを帯びた石になる。
「なにそれ!」
「水の魔石」
「なんで!?」
「これだけ水があったら作り放題ですよ」
……うん、やっぱ俺がこの境地に達するのは無理だな。
いくらブリッツ選手が幻光虫の操作に慣れてるからって、そこまで深く干渉できるのは召喚士くらいのもんだぞ。
作れるのは“いやしの水”だけじゃなかったのかと感心する。だがユリの器用さはそんなところに留まらなかったらしい。
「さ、さすがホームにスフィアプール作っちゃうだけあるよね」
「ええっ? マジかよ」
リュックの言葉にティーダは目を見開き、俺も最早なんにも言えないくらい驚いていた。
「ユリは幻光虫を操るのめっちゃくちゃ得意なんだよ!」
それは知ってた。けど知ってた以上だ。
スフィアプールってのは、作れるもんなんだな。
考えてみりゃルカのプールだって誰かが作ったものではあるわけだ。
機械だって……作ってんのは人の手なんだよなぁ。
昔のやつらが楽するためだけのモンだと思ってたけどよ、結局それを作るのに苦労してんだから、同じことじゃねえか。
一体何を以て“機械を使ってはいけない”なんてことになったのか、だんだん分からなくなってきちまった。
ましてベベルの奥深くにあんな機械が溢れてたことを知った今は。
……それにしても、ユリはやっぱりブリッツボールと関わってたんだな。
経験がないなんてのはアルベドだってことを隠すために言ってただけなんだ。
「設備管理兼コーチだけど、チームに入れるくらいはブリッツ強いんだからね!」
「……」
オーラカにスカウトしたい。無意識に浮かんだのはそんなことだった。
しかし俺がじっと見つめているのに気づいたユリは、慌てて目を逸らした。
……そうだよな。無理な話だ。当たり前のことだよな。
チャップの件がなくたって、俺はユリと最初に会った時からずっとアルベドを毛嫌いし続けていた。
彼女が何者かも知らず無頓着にいろんな言葉を吐いてきた。
今から思い出したってユリの前で自分が何を言ったのかなんていちいち覚えてないくらいだ。
仮にユリが俺をまだ好きだとしても、俺が彼女を傷つけた言葉が帳消しになるわけじゃない。
こいつは俺に許されることなんて望んでないんだろう。
元通りになんか、なりたくないんだ。
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