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🔖2-06
俺たちが駆けつけた時点で既に悲惨な有り様ではあったが、爆撃で魔物を一掃したあとは廃墟としか言えないような光景に変わり果てていた。
襲撃の煙を見て飛び出していったきりユリとはぐれたままだ。彼女は地下にいなかった。
……爆撃の最中、ここにいたんだと思うとゾッとする。
「おい、あいつは本当に無事なのか?」
「当たり前だよ! 無事に決まってるでしょ!?」
だが瓦礫の隙間を縫うように走ってると不安しかない。最悪な想像ばかり浮かんでくる。
いざって時のために爆破の準備は前からしてあったらしい。
確かに吹き飛んでるのは通路と魔物だけで、建物は大抵無事だ。
グアドの襲撃によって壊れた家はたくさんあるが……、ユリならさっきの放送を聞いてどこかに逃れているはずだとリュックは言う。
まだ生き延びている魔物も見かけるくらいだ。きっとユリも無事だと、信じるしかない。
大通りを回り込む。どれも全部同じように見えるが、このうちの一つがユリの家だという。
魔物の生き残りが見当たらなくなったところでリュックが声をあげた。
「あっ、いた!」
立ち尽くしていたユリが俺たちに気づいて、振り向き様に機械の武器を向けてきた。
魔物と勘違いしたようだ。こっちの顔を認識してすぐに緊張を解く。
「ユリ! よかっ、」
安堵の息を吐いたリュックが、ユリの向こうに倒れている人影に気づいて絶句した。
この家を守ってたんだろう、玄関への侵入を阻むように大勢のアルベドが倒れている。手前には折り重なるようにグアドのやつらが息絶えていた。
ユリのそばにいたのは一人だけゴーグルを外したアルベド族だった。
「おい、まさか……」
「……ユリのお母さん、だよ」
息を呑む俺たちをよそに、ユリはまるで何事もなかったみたいに冷静な顔をしていた。
酷だが悲しんでる暇はない。唇を噛みつつリュックがユリに近寄り、突っ立っている彼女の手を引いた。
「ユリ、行こう……あれに乗ってみんなで逃げよう」
「何……?」
必死の言葉にもユリは不審そうに首を傾げるだけだ。もしかして、聞こえないのか?
「ねえユリ! もう……駄目なんだよ! 逃げなくちゃ!!」
リュックの手を振り払い、ユリは母親の方に歩き出そうと背を向ける。
爆破の音で耳がおかしくなってるのかもしれない。明らかにリュックの言うことを理解できてないようだった。
混乱しているリュックを押し退け、ユリの腕を掴む。
「何を……」
振り向いた彼女は俺の顔を見て驚いている。ユリが戸惑ってる隙に抱き上げた。
「ちょっと……降ろしてください。何なんですか?」
「リュック、案内してくれ」
「う、うん!」
どうするのかは知らないがアルベドは全員で脱出するつもりなんだ。こんなところでモタモタしてる場合じゃねえ。
逃げようと暴れるユリを構わず押さえつけ、リュックの後を追って来た道を駆け戻る。
地下には貯水池みたいな空間が広がっていて、そこに巨大な船が浮かんでいた。機械仕掛けだとは思うが妙な形だ。
リュックに導かれるままその船に乗り込み、ドアが閉まったところでユリを解放してやる。
おふくろさんの遺体から無理やり引き離したことを謝るより先に、ユリはどこかへ走っていった。
「これ、何なんだ? 水路かなんかで外に通じてんのか?」
俺の質問にリュックは「ただの船じゃない」と首を振り、ユリの去った方へと歩き出す。
「飛空艇だよ。空から逃げんの」
「……は?」
ブリッジに入ると壁一面がモニターになっていた。ルカのスタジアムどころじゃない機械の塊に唖然とする。
どうにも落ち着かないところへ、耳に馴染む歌が聞こえてきた。
操縦席に座ってるモヒカン男……確か、マカラーニャで襲ってきたやつだ。
そいつが祈りの歌をうたっている。やがて周りにいたアルベド全員が声を揃えて歌い始めた。
寺院の……祈り子様の歌を、教えそのものを象徴する歌を、なんでアルベドが歌ってんだよ?
「おい、何が始まるってんだ?」
傍らのリュックに尋ねたら、彼女は泣きそうな顔でモニターを見つめながら呟いた。
「ホームを……爆破するんだよ」
魔物を追い払うための威嚇射撃じゃない。生き残った敵も死体も建物も全部、ホームごと綺麗さっぱり消し飛ばすのだと。
ユリは、リュックの親父さんに縋りつくようにアルベド語で叫んでいる。
何を言ってるかなんて分からないはずなのに、何が言いたいのかはなんとなく理解できた。
理解しようとすれば、耳を傾けさえすれば、たぶんいつだって分かったはずなんだ。
やがてモニターの中で音もなく爆発が起きた。さっきまでいた場所が木っ端微塵に崩れていく。
ユリはその光景から顔を背けて、こっちに向かって歩いてきた。
「私たちの何が悪かったんでしょうか」
「ユリ……」
「今まで生きてきたのは何かの間違いで、私たちは死すべき定めにあるんでしょうか」
アルベドは教えに反している。寺院とはずっと敵対関係にあった。でも、だから何だ?
あそこで起きたことは教えと何も関係ない。
「俺たちは……俺は、あんなこと、望んでねえよ。アルベドに死んでほしいなんて思ってない」
教えに反することをやめさせたいだけだ。機械に頼ったのが人の罪なら、一緒に償っていきたかっただけなんだ。
「……あんなことが、正しいわけあるか。……正しくて堪るかよ」
でもこれが現実だ。エボンの教えはアルベドの存在を認めない。これが寺院の選択なんだ。
そうは思うが……寺院がどうでも、少なくとも俺は、絶対に受け入れたくない。
「仮に間違いを犯したとしても、あんな風に……殺していいわけねえ」
「犯した過ちを償うのがエボンの教えでしょう?」
「死んだら償えねえだろ……」
気に入らないやつを殺し尽くした果てに平穏なんてあるわけがない。仮にあったとしても俺はそんな平穏、欲しくねえ。
ユリは皮肉げな笑みを浮かべて俺を見つめていた。てめえの信じる正義はこんなもんだと言われた気がした。
もしかしたら今まで信じてきたことは間違いだったのかもしれない、その事実に直面して自己嫌悪に陥る。
だが、それでもユリは、エボンの教えを理解しようとした。自分の過ちを認めつつ歩み寄る未来を探すために。
俺が目を背けて逃げようとしたものと、彼女はちゃんと向き合ったんだ。
今更ながら異界で彼女に言われたことを思い出す。
自分がひどく薄汚れた人間に思える。……ユリも、こんな気持ちだったんだろうか。
飛空艇に備えつけられていた機械がユウナの居所を探し出した。
おそらく死人となっているであろうシーモア老師のもとからユウナを救うため、ベベルに向かう。その途中で飛空艇は襲撃にあった。
「うわ、でか!」
「何アレ〜!?」
「エボン守護龍エフレイエ。聖ベベル宮を守る最強の聖獣よ」
「最大級の歓迎だ」
アルベドの船に乗って寺院に刃向かい、ベベルの守護龍に睨まれている。自分の置かれた状況にピンと来なかった。
「んじゃ、ベベルは近いってことか!」
怖じ気るよりも嬉しそうなティーダの言葉を聞いて、ユリは笑っていた。普通の……暖かくて優しい微笑みだった。
俺に向ける顔とはずいぶん違うよな。当たり前だ、仕方ないことだと思うのに、腹の奥の方が何やらざわつく。
アルベドだの寺院だのって考え方をやめられないから俺はあの笑顔を失ったんだ。
……分かってるけどよ、そんなに簡単に変われっかよ。
『リュック! 聞こえるか! これからあのデカブツと一戦交える。おめえらは甲板に出てあんにゃろうを迎え撃て! いいな!!』
「ま〜た勝手に決めちゃって」
スピーカーから聞こえてきた言葉にリュックはため息を吐くが、アーロンさんとユリは意気揚々と武器を抜いた。
「高い船賃だな」
「前哨戦には相応しいでしょう」
「おっ、ユリやる気ッスね!」
やる気っつーか、自暴自棄になってるだけなんじゃないのか?
唯一の家族だった母親を亡くし、故郷まで跡形もなくなって、ユリが立ち直れるか心配だった。
だが彼女は落ち込みも泣きもせず、今まで通り落ち着いている。
マカラーニャの雪道で……いつでも殺せと言った時みたいに。あの時だってユリは冷静そのものだった。
アルベドのホームを襲ったのはシーモア老師だ。彼はユウナを攫うためにユリの故郷をめちゃくちゃにしたんだ。
これから彼に挑みに行くのに、表向きがどうだって何も感じてないわけねえだろ。無茶をやらかすんじゃないかと不安なんだ。
俺は、あいつを見張ることにする。俺に殺されてもいいってんなら、勝手に死ぬなんて許さねえからな。
エフレイエと戦うため甲板に出ようとすると、旅行公司のオーナーが補給物資を用意していた。
「敵は強大です。ご準備は抜かりなく」
ただし、無償で提供してくれるってわけじゃないらしい。
「金取るってか!? 俺たちがやられたらお前も死ぬんだぞ!」
「皆様の勝利を確信しておりますので」
「よく言うよなぁ」
「リンはこういうやつですから」
当たり前のようにユリが言うのでなんとなくムッとしてしまう。
「敵の能力や弱点は分かりますか」
「さあ……、そういうことは公表されないからね」
なんで俺じゃなくてルーに聞くんだよ。まあ、どっちみち俺も知らねえけどよ。
「ベベルの守護龍と戦おうなんて誰も考えるわけねえだろ」
「それもそうですね」
聖ベベル宮に行くのは二度目だが、普通エボンの民が守護龍に襲われることなんてあり得ないからな。
倒し方なんて、知ってたらおかしいんだが、さすがというかなんというかアーロンさんは僅かばかりの助言を与えてくれた。
「やつの特技は、ベベルに近づく魔物を空から一掃する毒のブレスだ。倒し方は分からんが毒には注意しておけ」
忠告を聞いてユリは手早く品物を選んでいく。
「では毒消しとフェニックスの尾、あと……石化手榴弾を大量にください」
それを心配そうに見つめるのはリュックだ。
「ユリ、お金大丈夫なの?」
「料金は族長に請求してください」
「毎度ありがとうございます」
おいおい、いいのかそれ。そりゃ旅の資金から出せと言われても困るのは確かなんだが。
ユリはさっきもシドをぶん殴っていた。なんというか、アルベドに抱いてたイメージが急速に崩れていくのを感じる。
仲間意識で凝り固まって、教えに反抗するためだけに行動するようなやつらだと……思ってたんだ。
よくよく考えりゃそんなわけないのは分かりきってるのに、強いて考えようとしなかった。
ユリが買い込んだ大量の手榴弾を見て、シドの娘であるリュックは涙目になる。
「あたしのお小遣いが減らされちゃうよ〜」
「大丈夫、欲しいものがあったら私が買ってあげます」
それを聞いた途端にコロッと表情を変えたリュックはユリに抱き着いた。
「ユリ! 大好き……!!」
……無性にイラッときた。
「おい、さっさと行くぞ!」
まるで嫉妬みたいな感情を誤魔化すために背を向けて急かしたら、ユリたちは慌てて後を追ってきた。
考えるべきことはいろいろあるが、考えなくたって分かることも一つだけあった。
俺はユリを知りたい。アルベドだって事実も含めて、あいつがどんな人間なのかをちゃんと知りたいんだ。
そしてできれば、また楽しそうに笑うところが見たい。その願いだけは……今でも変わっていなかった。
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