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🔖03
夕食の時間に総勢五人のユウナのガードと顔を合わせた。
オーラカのキャプテンであるワッカ、黒魔道士のルールーはビサイドの出身。
ロンゾ族のキマリは昔からユウナを守ってくれているらしい。
何か異質な雰囲気を持つ少年は、ガードとしては新参のティーダ。
赤い着物のアーロンは……大召喚士ブラスカのガードを務めていたのだとか。
幻光河まで私が同行することに、誰も異を唱えなかったのが変な感じだ。
仮にユウナを無理やり攫うとしても、これだけの目を掻い潜って不意をつくのは難しい。
やっぱりユウナ本人を説得するべきなんじゃないかな。旅をやめて、生きるべきだと。
ナギ節のために彼女が死んだらきっとこの五人だって悲しむに決まっているのに。
召喚士だけを犠牲にするエボンのやり方は絶対に間違っている。
今までは漠然とした存在だったユウナと実際に会って話して、想像以上にいい子だったから余計にそう思う。
説得できるとしたらビサイドでユウナと一緒に過ごしたワッカとルールーだと思う。
個人的にも、彼らがどうしてユウナの旅を止めないのか聞いてみたかった。
私がユウナを攫った時、ルールーは必死の形相で探しに来たし、ワッカはユウナの安全のために理不尽な暴力に耐えた。
それはユウナに旅を続けさせるためなんだろうか?
彼女を生け贄に捧げてナギ節を得るため、それだけなんだろうか?
きっと、そんなことはないはずだ。
夜が更け、各自部屋で眠りについている。
できれば歳も近くて同性であるルールーと話をしたいと思う。
だけどいきなり部屋を訪ねることもできなくて無意味に部屋の前をウロウロしてしまう。
こんなところ見つかったら不審者扱いでは済まないような……。
「何やってんだ」
「!! わ、ワッカ……! 私は不審者ではないです」
「そりゃ知ってるよ。ルーに用でもあんのか?」
呼んでやろうかとドアをノックしようとする彼を必死で止めた後、いや呼んでもらえばよかったのにと後悔する。
でも不躾な質問をする心の準備ができていなかった。
あなたたちはなぜ召喚士に旅をやめさせないのか。そう尋ねることは彼らを傷つけるのかもしれない。
だって「ユウナが死んで平気なのか」と聞くも同然だ。
すでに現時点で私の知らなかったことがたくさんある。きっと他にもまだまだある。
私たちには知り得ない、いろんな事情があって彼らはユウナのガードになったんだろう。
どうやって……聞けばいいのか、分からない。
「ワッカ、お休みにならないんですか?」
「ああ……まあ、寛げねえよな」
それは分かる。リンは派手好きだから私もあまり内装の趣味が合わないというか……。
もちろん、そんな話がしたいわけではないのだけれど。
眠れない者同士、消灯され寝静まった公司の待合室でワッカと向かい合う。
正直に言うとワッカと話すのは、まだ気まずい。一人で彼と向き合うのは落ち着かなかった。
できればルールーの方と話したかったのだけれど、仕方ない。
ワッカが部屋に戻らないのなら今は気になっていたことを聞くチャンスだろう。
「あの、ユウナのお父さんは、大召喚士ブラスカ……様、なんですよね」
「ああそうだ。って、今さらだな」
大召喚士ブラスカの名はアルベドにとっても重要な意味を持つ。
ただしそこに含まれる感情は、ナギ節をもたらしてくれたと慕うだけのエボンの民とは少し違っていた。
ブラスカは僧官時代に何度も私たちのホームを訪れた。彼はアルベドと友好的な関係を築くことを試みていたんだ。
でも私たちは、これまでのエボンとの関係から彼を信じきれなかった。
ただ一人ブラスカの真摯な思いを受け止めたのが、小母さまだった。
彼女は排他的なアルベド族を嫌ってブラスカと共にベベルの町へと去ってしまった。
ユウナが生まれて四年後、彼女から兄である族長のもとに手紙が届いた。
和解したい。ブラスカとユウナを受け入れてほしい……私たちの見てきたものだけがエボンの真実ではないと知ってくれ、と。
族長は妹を許そうとした。あれは私たちがエボンと向き合うチャンスだった。
でも、ホームに帰ってこようとした小母さまは、シンによって永遠に帰らぬ人となった。
彼女が死んで、ブラスカがユウナを連れてホームを訪れることはなかった。
後に彼が召喚士になったと聞いた。
幼いユウナを残して旅に出たと知り、ユウナを迎えに行くべきではないかと話が持ちあがった。
反対したのは族長だった。ブラスカは私たちにユウナを託さなかった。なら手出しはするなと。
小母さまが亡くなり、私たちは彼らと和解する機会を失ったんだ。
やがてスピラはブラスカのもたらしたナギ節に沸いた。
ユウナの所在は分かっていた。ブラスカが、彼女をベベルから遠く離れたビサイドに連れていくよう望んだのだ。
彼女がそこでエボンと関わりなく静かに暮らしていくなら、私たちは関わるまいと思っていた。
ブラスカはアルベドに頼ってくれなかったけれど、彼自身の力でユウナの未来を守ったんだ。
……なのに、つい先日。ユウナが召喚士となって旅に出たことを知らされた。
「父親がナギ節のために死んでしまったのに、どうして娘が召喚士になるんですか。ブラスカ様が死んだ時、ユウナはきっと、悲しんだでしょう」
生け贄を捧げて平和を購う歪なシステム。
それが幸せ以上の悲しみと不幸の連鎖を引き起こすものだと、ユウナは知っているはずなのに。
「……ブラスカ様の娘だからこそ、じゃねえかな」
ポツリと呟かれたワッカの言葉に首を傾げた。
ブラスカの娘だからこそ、その犠牲が意味のないものだと分かるはずではないか。
「ブラスカ様だって、召喚士になるって決めた時、ユウナを置いて行きたくなかっただろうよ。それでもシンのいない世界をユウナに見せてやるために、覚悟を決めたんだ」
「そんなの変です。ブラスカ様の時と同じ、ユウナのナギ節を喜ぶのは、彼女を大切に思わないヒトだけです」
「そうかもな。でもよ、ブラスカ様から受け継いだ、大事なものを守りたいって気持ちは……誰にも奪えねえだろ」
でも……だけど……、それは結局、次の悲しみを生むだけじゃないか。
ブラスカはユウナが生きて幸せになることを望んで死んだ。
そのユウナが、他の誰かの幸せのためにまた犠牲になる。
彼女が死んだら今度はワッカやルールーが、彼女を失って悲しむ誰かがまた後を追うのか。
「あなたはどうしてユウナを止めないんですか? 彼女のナギ節を望むんですか?」
ついに聞いてしまったその言葉に、彼は怒りはしなかった。
「止めたに決まってんだろ。でも……あいつは聞かなかった。俺たちがいくら叱ろうが宥めようが懇願しようが、自分の意思を曲げなかったんだ」
ビサイドで、彼やルールーはユウナを妹のように大切にして暮らしてきたという。
そのユウナが召喚士になりたいと言い出した時、猛烈に怒り狂ったのだと。
……エボンの民でも、召喚士を旅に出したくないと思うんだ。
聞いてみれば当たり前のことなのに、今までは考えもしなかった。
それでもワッカとルールーはガードになったんだ。
ユウナの意思が、曲げられなかったから。彼女の決意が変わらなかったから。
「最初は絶対に行かせねえって思ってた。けどよ、もし逆の立場だったら、たぶん俺も同じ道を選んでたんだよなぁ」
「ナギ節のために、犠牲になる道をですか?」
「俺もユウナに死んでほしくねえよ。あいつを守るためなら自分が死んだっていい。……その想いは、同じだろ」
ならば止められるはずがないのだ。
大切だから、彼女の気持ちが分かるから、ユウナという娘のことを知っているからこそ、彼はユウナの旅を止めない。
一方で、小母さまの忘れ形見であるユウナに死んでほしくないという気持ちを当然のように押しつけたのは私たち。
どちらが真にユウナを想っているのかと混乱する。
ワッカたちだって彼女に死んでほしくないに決まっている。それでもユウナを想うがゆえに止められない。
ユウナの覚悟がどんなに重く尊いものか、痛いほど知っているから。
「ユリだって、もし大事なやつを守る手段があったら、そのために命を捨ててもいいって思うんじゃねえか?」
「私は……」
母さんや、ホームのみんな、そしてユウナがシンに脅かされない未来のために。
もしも私に召喚士の才能があったとしたら、私は命を捧げるだろうか?
シンを倒したいという想いの強さはもちろん私たちだって同じだ。
「でも……、それは本当に唯一の手段ですか? 召喚士を死なせない方法、探さないんですか?」
ワッカは不意に窓の外へと顔を向けた。視線が何かを探すようにさまよって、ため息を吐く。
「俺の弟な、シンに殺されたんだ。ユウナが召喚士になるって言い出したのはそのすぐ後だった」
「それは……」
「ユウナを死なせない方法か? そんなもん探したくても、俺たちには時間がねえんだよ」
誰だって、いつ突然死んでしまうかも分からないのだから。
今日ともに笑った家族が明日いなくなるかもしれない、私たちはそんな危うい日々を生きている。
その恐怖と悲しみを消し去れるなら自分の命なんて惜しくない。
私の命と引き換えに大切な人を守れるなら……私もきっと、ユウナと同じ道を選ぶだろう。
べつに召喚士に限ったことじゃない。誰だって、かけがえのないもののためなら覚悟を決めるんだ。
一年前にもそんな風に戦って……死んでいった者がいた。
「ユリはユウナに旅させたくねえのか」
彼女の決意を踏みにじるようで口に出せないけれど、私はワッカの言葉に黙って頷いた。
「優しいな。普通は召喚士が旅をやめたいなんて言ったら批難されんのによ」
「覚悟だけ背負わせて、逃げることを許さないなんて酷いです」
ブラスカと同じようにユウナは尊い平和のために旅をしている。その覚悟は尊重する。
でもそれを当たり前のように甘受しているエボンの民のことは、やっぱり好きになれそうになかった。
彼がそうではないことに心から安堵していた。
「俺とルールーは、前にも召喚士のガードをやったんだ。その人はナギ平原で旅をやめてな。……あん時は正直、ホッとした。ユウナもそうしてくれないかって、期待してるんだけどなぁ」
自分の意思で旅をやめる召喚士もいるんだ。そうしてくれたらどんなにありがたいだろう。
ユウナがナギ平原で足を止めたら、彼女のガードはきっとみんな喜ぶに違いない。
「死にたくないって、思ってほしいですね。生きてほしい。……ユウナも、他のどんな召喚士だって、彼らが一番、ナギ節を生きる権利があるのに」
「そうだな」
すでに高い位置にある月を見上げて、ワッカは立ち上がる。
「話し相手になってくれたお陰でちっとは緊張がなくなったぜ。ありがとな」
「いえ、私の方こそ……」
いろいろと無神経なことを言ったのに真面目に相手してくれて、感謝するのは私の方だ。
「明日のためにそろそろ寝とくか。ユリもゆっくり休めよ」
「はい。おやすみなさい」
ひらひらと手を振りながら部屋に戻るワッカの背中を見つめて、小さく息を吐いた。
召喚士は理不尽な使命を課せられたエボンの犠牲者。
エボンの民は教えのために召喚士を生け贄に捧げる無知で卑劣な者たち。
ガードとは、召喚士が逃げ出せないよう死の果てまで送り届ける冷酷な監視者。
……現実を目の当たりにしてみれば馬鹿みたいな話だ。
これじゃ「アルベドはスピラに危機をもたらす背教の徒」なんて騒ぐやつらと変わらない。
ちゃんと向き合ってみればエボンの民にもいろいろな人がいるのだ。
無知なのは、私も同じ。そう認めるのは辛いことだった。
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