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🔖02
ミヘン街道のそばで数時間を過ごし、ほとぼりは冷めただろうかとルカの町を覗いてみる。
港の中央広場は大騒ぎになっていた。
でも「アルベドが召喚士様を攫った」という話で怒りに沸いているわけではない。
人々の会話に耳を傾けると、ビサイド・オーラカがまさかの優勝を果たしたという話題で持ちきりだった。
日頃からアンフェアな扱いを受けているから、このチャンスに優勝を掴みたいというみんなの気持ちも、分からないではない。
でも今回ばかりは我らがサイクスが優勝しなくて安心した。ビサイド・オーラカが勝ってくれてよかった。
だって、あんなやり方で優勝を掴んだりしたら、アルベド・サイクスは卑劣な真似をしなきゃ勝てないことになってしまう。
次は正々堂々と勝負して、実力で勝ってほしいと切に願う。
喧騒を背にして町を出る。お祝いムードの中には入れなかった。複雑な気分だ。
船はルカに引き返さずあのままホームに帰っていったようだった。
ユウナが狙われないことに安堵したものの、彼女を逃がした私の行いが族長に報告されると思うと気が重い。
オーラカを脅迫した話も、族長やほとんどの人は「いい気味だ」と言うだろう。
理不尽なファウルや反則じみた攻撃なんて、私たちはいつもそれに晒されてきたのだから。
反発してユウナを逃がした私の方が悪いと言われるだろう。それでも後悔はしてない。
ユウナを誘拐したのは彼女を守りたかったからだ。
その気持ちに被せて卑劣なことをするのはどうしても嫌だった。
……それはそれとして。
ホームに帰ったら間違いなく母さんの長い説教が待っている。族長からも罰を受けるに違いなかった。
それ以前に、船が行ってしまった以上そもそも私には家に帰る手段がないんだ。この先どうしよう?
いっそのこと次にユウナが狙われる時に便乗して帰ろうか。
ここから北上するなら幻光河で仲間に遭遇することになる。確かあそこの担当はリュックだ。
彼女なら手荒な真似はしないだろうし、ユウナも受け入れてくれるかもしれない。
そんなことを考えてぼんやりしていたら、ルカ方面からユウナが歩いてきた。
再びの誘拐を警戒してのことかは分からないけれど、彼女のそばには大勢の人がいる。
港で見かけた三人に、ビサイド・オーラカのキャプテン、それと赤い着物のおじさん。
召喚士一人にガードが五人というのは普通のことなんだろうか。
彼らはみんなユウナを守ろうとしているのに、誰もユウナの旅を止めない。
以前ならそのことに腹を立てた。でも今は不思議と、どうして止めないんだろうと考える。
初めてユウナ本人と言葉を交わしたせいかもしれない。
エボンの民は召喚士を生け贄にしてナギ節を求めていると思ってたけれど、彼女は「それが自分の使命だ」と言った。
旅の終わりに自分が死ぬと分かっているのに、ユウナの瞳には何の迷いも悲愴感もなかった。
私がカフェで声をかけた時だってガードの二人を全面的に信頼していた。
……生け贄という感じでは、なかったんだ。
こちらに近づいてきて、ユウナが私の姿に気づいた。
今また誘拐するつもりはないので警戒しないでほしい。
なんて言うまでもなく、彼女は気さくな笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。
本当に、誘拐されかけたことを分かってるんだろうか。なんか調子が狂う。
「さっきはありがとう!」
「いえ……」
「ユウナ、知り合いか?」
ガードの少年が声をかけるとユウナは頷いた。
そしてオーラカのキャプテンに目を留め、なぜか慌て始める。
「あ、ワッカさん。彼女が私を助けてくれたの。名前は……」
助けたというか誘拐した張本人なのだけれど。
「ユリ、です」
ユウナを連れ去ったことについてはともかく、ビサイド・オーラカの人たちには悪いことをした。気まずいと思いつつ、一応名乗る。
彼はまっすぐに私を見つめて屈託のない笑みを浮かべた。その瞳に私が映っていることに衝撃を感じる。
「そうだったのか。ありがとな、ユウナを助けてくれて」
「え? い、いえ……」
思えばエボンの民とまっすぐ目を合わせたのなんて初めてだ。
だって彼らは私の瞳にアルベドの印を見出だしてすぐに顔を歪めるのだから。
私の方でも彼らが何を見ているのかなんて知りたくなかった。
目を合わせないように、関わらないように苦心して生きてきたのに。
相手の目に私が映り、私もそれを見ている。不思議な感覚だった。
カフェで出会った時、ユウナは私の嘘を容易く信じて受け入れた。
そして傍らにいたガードの二人に声をかけようとした。
私がアルベド族だということに何の意味も見出ださずに。
――アルベドだからって、何も言わないよ。
そう言ったユウナの言葉は正しかったんだ。オーラカのキャプテン……ワッカは私の瞳を見てもまったく態度を変えなかった。
召喚士を生け贄なんかにしたくないという気持ちは今もある。
理不尽なエボンの教えに従って、平和の代償となることを誰かに強いるのは御免だ。
けれどユウナとガードの姿を目の当たりにすると、なんだか決意が揺らいでしまう。
彼女を無理やり連れ去るのは正しいことなのだろうか?
「ユウナ、やっぱり旅、続けるんですか」
「はい。それが私の使命ですから」
旅をやめさせるなら、少なくともそれを彼女自身に納得してもらうべきではないのか。
ユウナたちはジョゼの寺院を目指してミヘン街道を北上していく。
その背中を見送りながら、今までになく自分の行動に迷いを感じていた。
これから先もユウナはアルベドに狙われる。私は……どうしよう。
束の間の平穏でしかないナギ節のために彼女を生け贄にするのは間違っている。ずっとそう信じてきたし、今でも気持ちは変わらない。でも……。
ユウナはどうして自分が死ぬと分かっていて旅を続けるんだろう?
ガードはどうして召喚士が死ぬと分かっていて旅を続けさせるんだろう?
そんなこと今まで考えなかった。だったら、これから考えなくてはいけない。
私はユウナたちの後を追うことにした。
とはいえ戦力に余裕があって足取りも軽い彼らと違い、私は不意をついて飛び出してくる魔物から逃げ回りつつ進んでいるので鈍足だ。
武器が使えたら、バイクに乗れたら、ミヘン街道なんか一日で越えてしまえるのに。
ついさっきはエボンの巡回僧とすれ違った。こんな往来で銃を使ったらきっとタダでは済まない。
結局、旅行公司が遠くに見えるまでに日が暮れてしまった。もうへとへとで体力が持ちそうにない。
ユウナたちはどこまで進んだのか。追いかけると決めたものの、追いつけるのかと不安になる。
今日はリンの店に泊まって明日チョコボを借りて追いかけよう。
そう気が抜けた瞬間、視界の端から黒い影が飛び込んでくる。
寸前で体を逸らしたけれど避けきれず、鋭い爪が掠めて頬に痛みが走った。
体勢を崩して尻餅をつく。……駄目だ、殺られる。
やけくそで銃を抜く寸前、横から飛んできたブリッツボールが魔物を弾き飛ばした。
「ワッカ……」
「大丈夫か?」
まさかエボンの民に助けられるとは思わなかった。彼らはユウナと行動を共にしているから他のヒトとは違うのだろうか。
それにしても、彼がここにいるってことは追いついてたんだ。
銃を抜かなくてよかった。あの巡回僧なんかに見られたらユウナたちまで批難を受けてしまっただろう。
ただでさえ長いミヘン街道を蛇行しながら走ってきたから、足がふらついてすぐには立ち上がれない。
見兼ねたワッカが手を貸してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「おう」
悪意の欠片もなく伸ばされた腕に戸惑いつつ、その手をとった。
彼の手は温かくて優しい。私自身にも彼の中にも嫌悪なんて少しも感じなかった。
今まで知ったつもりでいたものが崩れていく気がした。
「んで、何やってんだ。日暮れに武器もなしでミヘン街道を歩くなんて無謀すぎんぞ?」
「数時間前まで、魔物も少なかったんですが」
「そりゃそうだろ」
ワッカは呆れたように頭を掻いた。
なんでも、日没前には討伐隊が街道を巡回して、武器を持たない旅人が安心して歩けるようになっているとか。
武装せず旅をする機会がないからそんなこと気にも留めていなかった。
「公司で剣を買います」
「アルベドの店で、ねえ。まあ丸腰よりマシか」
リンにぼったくられるだろうけれど仕方ない。彼の言うように、丸腰のままでいるよりはマシだ。
召喚士になったら追い立てられるように北に向かうのだと思っていた。
彼らがここで立ち止まっていなかったら、今日中には追いつけなかっただろう。
「公司に泊まるんですか?」
「あー……アーロンさんが言うから仕方なく、な」
「そうなんですね」
ミヘン街道は長い。野宿だけでは疲れきってしまう。ちゃんと休息をとるのはいいことだ。
よく考えたらワッカはガードなのにブリッツのトーナメントに出場していた。
その時点で私のイメージしていた召喚士とガードの旅とはかなり食い違っている。
なんていうか……急き立てられることなく、余裕のある旅をしてるみたいだ。
「あれ? でもワッカ、オーラカのキャプテンですよね。ガードと両立できますか?」
開幕トーナメントは終わったけれど、シーズンはこれから。北に旅していたら試合には参加できない。
どうして気づかなかったんだろう。
私の問いかけにワッカは苦笑しつつ答えた。
「ま、確かに両立できねえよ。だからあの試合でブリッツは引退した。こっからはガード一筋だ」
「……それは、あの……ごめんなさい……」
「なんでお前が謝んだよ?」
引退試合だったなんて知らなかった。たとえそうでなくても脅して敗けさせるなんて許されないけれど。
彼にとっては人生最後の大切な試合だった。私たちがそれをぶち壊そうとしていたと知って、胸が痛む。
なんだか変な空気になってしまったところへユウナが私を見つけて近寄ってきた。
「ユリ、また会ったね。どうしたの?」
「えーと……」
もう一度誘拐するか、旅をやめるよう説得するために追ってきた。とはさすがに言えない。
このまま進めばユウナは幻光河でまた攫われる。そう打ち明ける決断も、まだできない。
「幻光河に知り合いがいます。一緒に、家に帰ろうと思います」
結局は嘘とも真実ともつかない言葉で濁してしまった。
「そうなんだ……じゃあ、そこまで一緒に行けないかな?」
彼女が窺うように見上げると、ワッカも無頓着に頷いた。
「いいんじゃねえか。武器も持ってないし、やけに世間知らずみたいだし、危なっかしいからなぁ」
……それは私のことだろうか? 危ないから一緒に来ればいいと、まさか私に言ってるのだろうか?
「幻光河までよろしくね、ユリ」
「は、はあ。よろしくお願いします」
私が誘拐犯だと分かってるくせに、ユウナもワッカもそんなことをまったく気にしない。
ワッカがブリッツを引退したということが私の中で引っかかっている。
私たちのサイクスは、本当ならゴワーズなんかに負けないくらい強い。
でもいつだってレフリーは私たちに厳しく、フロントの扱いも悪く、控え室は劣悪な環境で……。まともに能力を発揮できた試しがない。
そんなサイクスと同じくらいの弱小チームとされていたのがビサイド・オーラカだった。
彼らはサイクスと違ってハンデがなくても本当に弱かったけれど、いつだって、試合に敗けても、楽しそうだった。
それが印象に残っている。
オーラカの人たちは、ワッカは、ブリッツが大好きなんだと見ている私にさえ伝わってきた。
その彼が引退してまでユウナのガードを務めているのはなぜなのか。
召喚士の旅を止めないのはエボンの民が身勝手で、自分の安全しか気にしないからだと、そう聞かされて育ったけれど……。
どうもそれは間違っているんじゃないかと思えてならない。
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