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🔖恐れず、その手で
ユウナたちはどの辺りまで来ているだろうか。
バハムートを駆りガガゼトに戻るが、彼女らの姿は見つけられなかった。
もしかしたら洞窟に入っている頃なのかもしれないな。
頂を越えて、ナギ平原側の麓に辿り着く。
惨劇のあとは未だ生々しい。しかし思っていたよりも生き残りは多かった。
手負いのロンゾたちは一様に踞り、朽ちて幻光虫に還ってゆく友を見送りながら痛みに耐えている。
自力で動けるようになるまで怪我人に治療を施す気はないのだろう。
重傷であっても他人が回復魔法をかけるのは下手をすると侮辱にあたる。
立ち直れないのならそれは死すべき定めだったということになる。
彼らは、そういう困った種族だ。
血を流して岩壁に凭れているロンゾ族の女性に近寄り、彼女の痛みが消えるよう祈り子様に力添えを願う。
癒しの光が舞うと彼女は煩わしげに手を振った。
「ヒトの手は借りぬ。我らの生き死には霊峰ガガゼトの御心のままに」
「頑固だな」
だが、気にせず祈り続けた。ものすごい仏頂面で睨まれているけれど無視だ。
「好きなようにやらせてもらう。襲撃の新手だとでも思ってくれ」
助けられるのが不満なら、はね除けて頑張れ。
「まあ異界送りはしないので安心してほしい」
どうせ必要はなさそうだった。死者の魂は誰の手を借りることもなくガガゼトを登っていく。
頑固なだけに誇り高さも図抜けているな。
ロンゾの治療を終えると、憤る体力を取り戻した彼らの批難を浴びる前にバハムートで引き返す。
未練や執着とは縁遠いロンゾと違って、ヒトの魂はよく迷うものだ。
ザナルカンドでは時間が滞っている。
相も変わらず幻影と亡霊に満ちていて、ここだけ異界が侵食してきたみたいだ。
千年前から今に至るまで異界に行くことができなかった死者の魂が、スピラをさまよいここに集まってくる。
もともと幻光虫の馴染みやすい土地でもあったのだろうか。
エボン=ジュもそれを利用して召喚の秘術を編み出したのかもしれない。
生者の想いに反応する幻だけなら然したる害はない。
問題なのは、死者が遺した想いの残滓だ。それは時に生者を引きずり込んでしまう。
機械戦争の折り、ベベルの兵器によって死んだ者、ザナルカンドの召喚術によって死んだ者。
シンに殺された者、それを見送った者。
かつて大召喚士となった者にそのガード、彼らを見送って泣いた者たち。
あるいは道半ばで倒れた召喚士。
恨みを遺して殺し殺され、時には慈悲によって死を賜り、名を残した者も忘れ去られた者も……。
ここにあるのは異界で眠れぬ悲しい魂の残滓だった。
ナギ節の間もここに来て異界送りをしようと考えたことはなかった。
本来なら真っ先にそれを思いつくべきだったのに。
召喚士の旅を止めさせたかったのも本心だが、それ以上に私はきっと、もう一度ここに来るのが嫌だったんだ。
ブラスカさんの死を無駄にしないため、ジェクトさんを救うためにどうすればいいのか分からなかった。
螺旋を断ち切る方法も見つからないのに、残酷な真実を突きつけられたこの地に戻ってくるのが怖かった。
しかし今は違う。
何をすればいいのか、ちゃんと分かっている。
エボン=ジュの夢を終わらせて、前を向いて新たな世界へ歩き出すんだ。
私自身に迷いがなくなったお陰でザナルカンドに漂う死者の念を送ることもできる。
なのに……どうしてこんなにも苦しいのだろうか。
死してなおスピラにしがみついていた魂が、螺旋を描きながら異界へと還っていく。
ここはもう、彼らのいるべき場所じゃない。
眠りにつくのが彼らにとっても一番いいことだ。
でも、私は生きている。彼らと同じ場所へは行けない。だからその手を振りほどくのが辛くて堪らない。
離れたくないという想いを圧し殺して死者を送るのが難しくなっていた。
ナギ平原の外に出て、多くの生者と触れ合ったせいだろうか。
エボン=ジュを倒したら、アーロンさんとも、ジェクトさんとも、ティーダともお別れだ。
……行かないでほしいと願わずにいるのは無理なことだろう。
少し休むだけのつもりだったが、目を覚ますと日が暮れていた。なぜかやけに暖かい。
億劫さに耐えて上半身を起こしてみれば近くに焚き火があって、それを囲むようにユウナたちが座っている。
「リツ! よかった……」
どうやら、寝っ転がっていた私を見つけて介抱ついでに休息をとっていたようだな。
別れ際がああだったので、彼らは私が究極召喚を得たのではないかと恐れている。
そばにシーモアがいないのでアーロンさんの表情は特に険しい。
ユウナが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「シーモア老師は……?」
「あの根性なしなら私の厚意を無下にして旅立っていった」
「じゃあ、リツが送ってくれたんだね」
「……違うよ。あいつが勝手に納得してしまっただけだ」
私がせっかく、シンになりたいなんて馬鹿な望みを叶えてやろうとしたのに。
親切は素直に受け取るものだ。そんな風にひねくれているからまともな友人も作れなかったんだ。
あの男の……唯一の願いを、叶えてやりたかった。
遺跡のあちこちで片っ端から異界送りを繰り返したせいか気分が悪い。
立ち上がろうとしたが、目眩でふらついた私をキマリが支えてくれた。
仇のシーモアを目の前から連れ去ったっていうのに、まだ友人でいてくれるのだろうか。
どのみち彼もいなくなってしまったが……というか、そもそも既に死んでいたのだが。
仲間の無念を晴らす機会を奪われて腹が立たないのかと尋ねかけ、やめた。
ロンゾ族はそういった恨みを遺さない。
「麓に帰ってみたが、何人かは無事だったよ」
「分かっている。ロンゾは強い。滅びはしない」
「死者も皆、ケルク=ロンゾ様に率いられて旅立っていった。……まるで行軍するみたいだった」
ロンゾ族には異界送りの習慣がない。
命が尽きれば自分の力で迷わず御山に還っていく。
彼らは生も死もあるがままに受け入れ、想いを遺して留まったりはしないのだ。
私もキマリや彼らのように強くありたい。
ユウナたちは、そろそろ出発するようだ。
未だ真実を知らない彼らはユウナがもうすぐ死ぬと信じて胸を痛めている。
……心配することはないと言ってやりたかった。究極召喚に頼らなくても方法はあるのだと。
だが、彼女に自分で選ばせなくてはいけない。
エボン=ジュを倒すというのは、私の選択だ。ユウナが選んだ道ではない。
ふわふわと幻光虫が漂ってきた。
私の記憶に触れて反応し、それはブラスカさんの像をなぞった。
死者を送ることはできても生者の未練は断ち切れない。
生きている限り、それを抱き続けていかねばならない。
ブラスカさんの幻影は、静かにエボン=ドームへと歩き去っていった。
「リツ……大丈夫?」
ユウナが心配そうにしている。構わず置いていけと言う気力もない。
異界送りをする時、私たちはついていこうと思えば死者と共に行ける。
従召喚士になる第一歩は、彼らを冷たく突き放す訓練から始まるんだ。
まだ生きたいと縋る死者の手を振りほどき、ここにいてはならないと諭して眠らせる。
私たちが迷えば死者も迷う。あるいは、こちらが異界に引きずり込まれることになる。
従召喚士になったのは物心ついてすぐだった。私は異界送りが得意だった。
両親の顔も名前も知らずに寺院で育ち、始めから死者を送るために生きてきたから、覚悟なんて必要なかった。
大切なものが増えるたびに手を離すのが難しくなる。
「ここは想いが溢れすぎて、堪える……」
そんなにも強く願うのなら、ずっといてくれればいいと……思ってしまう。
ユウナも召喚士だ。異界送りを繰り返しすぎて私の精神が耗弱しているのは理解しているようだった。
彼女は死者に引きずられない。
大切なものを亡くし、その辛さを知って召喚士になったんだ。私とは覚悟の重さが違う。
やっぱりユウナは、私よりもよっぽど優れた召喚士になったな。
「……悪い。置いて行ってくれ。私は足手まといにしかならない」
ユウナレスカを前に彼女がどんな選択をするか見届けたい気持ちもあるけれど。
躊躇するユウナをアーロンさんが諭した。
「休ませてやれ。シンと戦うことではなく、異界送りこそがこいつの仕事だ」
きっとアーロンさんが見ていてくれるだろう。私は……彼女らを信じる、努力をしよう。
私の使命も最後にするとブラスカさんは言っていた。きっとユウナが叶えてくれるはずだ。
「ユウナ……」
どうか、死んでもいいなんて思わないでくれよ。
生きている限り精一杯生きてくれ。それが叶わなかった人の分まで。
「……ああ、くそ。駄目だな。どうしても何か言いたくなる」
アーロンさんやキマリたちのように、黙って見守ってやることができない。
つい心配になって口を出してしまう。堪え性のない未熟者だ。
なんとかまっすぐに立ち、ユウナに向き直る。
これから寺院に向かう召喚士とガードに礼を。
そして彼らに、最大限の祝福と感謝を。
「ガードの皆様。彼女をよろしくお願いいたします。ユウナ……気をつけて、行ってらっしゃい」
頼もしい仲間に囲まれ、彼女は私を見つめて頷いた。
「行ってきます」
右目に気丈な母の色、左目に優しい父の色を宿し、だがそれはあの二人のどちらとも確かに違っている。
ユウナだけの色だ。
君は君の選ぶ道を行くがいい。
それが希望を繋ぐと信じて私は待っている。
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