🔖高みを目指して
どうしても幼かった頃の面影が脳裏をちらついて離れないんだ。
会わないうちに随分と大きくなって、ほとんど大人に成長しているのは見れば分かるのに。
彼女はもう自分の意思で立ち、自分の意思で道を選び取ることができる立派な人間なのに。
私の思い出の中で、ユウナは未だベベルで初めて出会った時のような赤ん坊だった。
彼女がザナルカンドに行くなら絶対に止めなければいけないと思っていた。
……それはユウナの意思を信じていないのと同じことだな。
真に彼女を想うならその選択を尊重するべきだったんだ。
「幼子だと思っていたものが自分の助けを必要としなくなっていた、それが淋しいだけなのかもしれない」
霊峰ガガゼトに足を踏み入れたユウナは、一族を引き連れたケルク=ロンゾに臆することなく相対し、己の意思を彼に認めさせた。
反逆者と呼ばれても、寺院と敵対しても、彼女はその意思で選んだ道を信じている。
私がよほど心細そうに見えたのか、ルールーは慰めるように囁いた。
「大切だから、守りたい。そう思うのは悪いことじゃないわ」
……でも思い込みに縛られないようにしないとな。
ユウナを死なせたくないからといって、自分の思う通りに操ろうとしてはいけないんだ。
御山の雪を踏み締めながら、キマリは毅然として言った。
「何があろうとキマリはユウナを守る」
「そうしてくれるのは分かってるよ」
成り行きでユウナと出会ったキマリが屈託なく彼女を信じているというのに。
きっと私が弱かっただけなんだろう。
性懲りもなく希望を抱いて裏切られるのが怖いんだ。
雪道の途中に錫杖や剣、槍が突き立てられている。登山者の遺品だ。
ティーダが立ち止まってそれを不思議そうに眺めると、ルールーが彼の意を汲んで説明する。
「ここで力尽きた召喚士や、ガードたちの墓標よ」
ザナルカンドから来たという素性のせいなのか、彼はあまりスピラのことを知らない。
「この山で命を落とした召喚士は、異界送りされないのよ」
「なんで……」
「別の召喚士がいないと、誰も送れないでしょう?」
眠らない街ザナルカンド……結局それが何なのかは、アーロンさんにも分からないらしい。
ガガゼトの死者を送る召喚士がいない。そう聞いてティーダは私を振り向いた。
なぜこいつが送ってやらないんだと疑問なのだろう。
「私はナギ平原の死者専門だ」
「山に入っちゃ駄目なのか?」
「ここはロンゾの聖域だしな」
「また掟かよ。でもさ、魔物になっちゃうより送ってもらった方がいいんじゃないの?」
「彼らには彼らの流儀があるんだよ」
他人の意思は、尊重しなければいけないんだよな……。
腑に落ちない顔をしているティーダに、ユウナが説明を付け加えた。
「ナギ平原で召喚士を待つのが、リツの一族の使命なの。シンと戦って……倒れた召喚士を、送るために。リツはナギ平原にいなくちゃいけないんだよ」
ユウナとティーダがそんな会話をしていると鮮明に思い出してしまう。
ちょうど十年前、ブラスカさんとジェクトさんも同じような会話をしていたんだ。
私みたいな子供もザナルカンドへ行くのかと問うジェクトさんに、リツはナギ平原で召喚士を送るのだとブラスカさんが答えて……。
「じゃあさ、あんた……見たのか。ユウナの親父さんがシンを倒すところ」
「ああ」
もちろん、見ていた。そして彼の魂を私が送ったんだ。
ジェクトさんも一緒に送ることができていたらどんなによかったか。
「……そんで、召喚士がザナルカンドに行かないように邪魔してたんだ……」
「……」
ティーダは知っているんだろうか。ユウナはともかく、アーロンさんも彼には話しているかもしれない。
父親がシンになっている。それを知らされないのも酷な話だ。
もちろん知っていたからといって何の慰めにもならないけれど。
「ここで無駄話をしていても仕方ないだろう。さっさと行くぞ」
思い出は心を引き留める。前に進む力が失せてしまっては大変だ。
先を急ごうとする私の背後で、ユウナは唐突に足を止めた。
「どうした?」
「リツ、なんだか……」
何か言いたそうだが、それをうまく言葉にできないらしい。
そんな彼女の代弁をするようにキマリが横から口を挟んだ。
「リツはアーロンの真似をしている」
……は?
「い、いきなり何だよ」
私がいつアーロンさんの真似なんかしたっていうんだ。と思ったら、なぜか全員一致で同意している。
「あー、言われてみれば、アーロンと似てるよな。無愛想なとことか」
「そっか、そうかも。なんだかリツの印象が昔と違うなって思ってたんだ!」
「五年前に私が会った時は、もうこんな感じだったわよ」
「でもそういや、ユウナ連れてビサイドに来た時は違ってたよなぁ」
「おっちゃんに憧れて真似してるとかじゃない?」
何を言ってるんだリュック。
思わずアーロンさんの方を見たら、彼は目を細めて笑っていた。
「ふっ」
「アーロンさん! なんですかその反応!!」
今ものすごく子供扱いしただろう!
あと、恥ずかしいので嬉しそうにしないでほしい。
何なんだ。私は本当にアーロンさんの真似なんかしてないぞ。
そりゃあ確かに影響は受けたかもしれないが、ただ自然に成長したらこうなっただけだ。
べつに、彼がいなくなったのが淋しすぎて口調を思い出そうとするうちに似てきたとか、そんなことは。
そ、そんなことは、断じてない!!
ユウナとの間になんとなく気まずさがあるのは私がザナルカンド行きを邪魔したからだと思っていた。
しかし彼女は単に、私の言動が変わったから戸惑っていたようだ。
「うん。覚えてる。リツってもっと、頼りなくて守ってあげたくなる感じだったよね。雷が怖くて召喚獣を呼べなくなっちゃったり、眠れなくてキマリに子守唄をうたってもらったり」
「人の若気の至りを暴露するのはやめなさい! 大体あれは、ユウナのための子守唄だった……よな?」
おそるおそるキマリを窺えば、彼は真顔で言った。
「リツが眠れなかったから歌った」
嘘だろ……!
なぜこうなったのか。元々あったかどうかも分からない私の威厳がきれいさっぱり消滅した気がする。
「ビサイドに来た時も充分すぎるくらい衝撃的だったけどな」
「そうね。ナギ平原向けの服で動き回って暑さで倒れたり」
「初めて触ったっつーブリッツボールを蹴って崖に穴開けたり」
召喚士とは知的で落ち着いたものだと思っていたのに違った。
そんな失礼なことを言いながらルールーとワッカが頷き合う。
「それ言うならあのゴーレムの倒し方も衝撃的だったッスよ」
「うんうん。うちのオヤジ並みに豪快だったよね」
「召喚士のイメージ崩れるよな〜」
ちなみにリュックの父親はアルベドの族長でありユウナの伯父君だそうだ。
あの通信スフィアで垣間見た、極悪な誘拐犯のごとき厳つい中年男性。
「……」
あれ並みに豪快……。
ナギ平原を訪れる召喚士を追い払うには威圧的でいた方がいいだろうと思った。
丁寧な物言いや仕草は強いて避けていた部分もある。
……だから、ティーダとリュックはともかく若い頃を知る者に今の私と比較されると非常に困る。
未だ盛り上がっている彼らを放ってさっさと歩き出したら、隣に並んだアーロンさんが面白そうに唇を吊り上げた。
「そう怒るな。……外へ出たお陰だろう。己を知る者がいるのはいいことだ」
「恥を広めただけのような気がしますけどね」
確かに、あの時キマリと一緒にユウナを送り届けていなければ、二人との関係は違っていた。
ナギ平原を出ていなければ、ルールーやワッカとは出会わなかった。
昔の私を知る者は誰もなかった。そう考えれば多少からかわれるのも悪くはないか。
……腹は立つけれども。
しばらく歩いたところで岩影から大柄な魔物が飛び出してきた。
竜種ニーズヘッグだ。ごくごく稀にナギ平原まで迷い降りてくることがある。
ブレスは跳躍して避け、やつの足元に槍を突き刺して崖下へと追いやった。
「……それ、その戦い方ッスよ。召喚士なのに召喚獣は呼ばないの?」
「呼ぶまでもなければな。ナギ平原で暮らしてるのにいちいち真っ向勝負なんかしてられるか」
それに……召喚術では根本的な解決にならないという想いがこびりついていたのかもしれない。
十年前を境に私は肉体を鍛えることに傾倒していった。
もっと自分自身が強くならなければ、守りたいものを守ることさえできないのだと。
私が力をつければ召喚獣に頼る必要もなくなる。
いずれ祈り子様に安息をもたらそうと望んでいるのだから、彼らにはできる限り休んでいてもらいたい。
必要ならば使うけれど、召喚獣を操って戦うよりも異界送りこそが私の使命なんだ。
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