![](//img.mobilerz.net/sozai/27_w.gif)
🔖希う、たった一つの
旅行公司があるお陰で、ごくごく稀にだけれど普通の旅人もナギ平原を訪れるようになった。
私はガガゼトの登山口に向かう吊り橋を背に彼らを待っている。
公司に物資を届けるアルベドの補給ホバーはベベルを避けて北から来る。
だから、私の正面……南から現れるのは旅人ということだ。
男性が三人。ベベルの僧衣を纏った人が、私を見て手を振った。
「ブラスカさん!」
あんな格好をしてるから気づかなかった。
僧官の地位を取り戻したんだろうか?
ここから出ないものだから世間のことには疎い。
もし彼らの立場が改善されたなら、嬉しいことだ。
最後に会ってから、もうどれくらいになるだろう。
たぶん思うほど経っていないだろうけれど、しょっちゅう会っていたので数年顔を見ないだけで随分と久しぶりに感じる。
「リツ……、三年ぶりかな? また会えて嬉しいよ」
「私もです」
「背が伸びたね。こんな環境だから心配してたんだが」
幸いにも私はすくすくと成長している。声は低くなったし、背丈もブラスカさんに追いついた。
ナギ平原は意外と住みやすいところだ。なんといっても解放感がある。
朝起きてごはんを食べて魔物と戦ってごはんを食べて寝る。
何にも縛られることなく、私の背はぐんぐん伸びた。
ブラスカさんの背後に控えた二人に視線を移す。
赤い着物に巨大な太刀を背中に差した仏頂面の青年と、ルカから来たのだろうか? 垢抜けた格好の男性だ。
「お友達ですか?」
「ああ。二人とも……私の、大切な友達だよ」
かなり変わった人と友達になるんだなぁ。
やっぱりブラスカさん本人がちょっと変わってるから、類は友を呼ぶという……。
待てよ、それだと私も変人とされるうちの一人になってしまうんじゃないだろうか。
これについては考えないでおこう。
バンダナをした方の男性が口を開いた。
「んで、このおチビさんはブラスカの隠し子か?」
「そんなわけないだろうが!」
生真面目そうな着物の男性がそこに突っ込む。
慣れたやり取りを見るに、この二人は日頃からこういう役割を担っているんだろう。
「初めまして。ナギ平原のリツと申します」
「リツも私の、昔からの友達だよ」
ブラスカさんに言われて二人は軽く頭を下げる。
「……アーロンだ。この無礼な男はジェクト」
勝手に紹介されてジェクトさんが怒っている。
洗練された服装のわりに、ジェクトさんはなかなか野性的な言動だ。
あまり見たことのないタイプの人で、面白い。
アーロンさんは見た通りの生真面目な話し方だった。
元僧兵のようだけれど、ブラスカさんと友達になるだけあって結構な不良みたいだ。
だってジェクトさんを批難しつつ、その瞳には深い共感が現れている。
私の周囲、どこまでも広がる平原と切り立った崖を眺めてジェクトさんが呆れたように頭を掻いた。
「こんな辺鄙なとこにガキ一人で住んでんのかぁ?」
「ここが私の家であり職場ですから」
それで察しがついたらしく、アーロンさんが眉をひそめる。
「もしかすると……召喚士なのか?」
「はい」
私が何をしているか知ってるということは、やっぱりアーロンさんはベベルの人だ。
本当にブラスカさんは、こういう“はぐれもの”を見つけ出して仲良くなるのが上手だな。
「って、こんなガキまでザナルカンドに行かせるのかよ。ガードはどうした、ガードは」
私の仕事を知らない様子のジェクトさんに説明しようとしたら、ブラスカさんが遮った。
「リツはザナルカンドに行かないんだ。ここで、シンと戦う召喚士を見届け、それを送るのが彼の使命だから」
それを聞いたジェクトさんもアーロンさんも口を噤んでしまう。
なんだか得体の知れない違和感があった。
召喚士の死を待っているかのような私の仕事を不快に思う人は少なくない。
ナギ節を待つ切実な気持ちとは裏腹、それが召喚士の犠牲なくして手に入らないものだと誰も実感したくないんだ。
私たちは召喚士に死んでほしいわけではない。
でも、結果的には彼らにそれを押しつけている。
己の矛盾から目を背けるため、スピラの人々は私たちの仕事をなかったものにする。
べつに構わない。私は、召喚士を送り、彼らの名をスピラに伝えられれば満足だ。
でも、ジェクトさんたちは私の仕事に思うところがあるようではなかった。
何か別のことが引っかかっている。
「ブラスカさん……?」
「リツ。誰かザナルカンドに行った人は?」
突然そんなことを聞かれて少し動揺した。
前回ここで人と出会ったのは、およそ二ヶ月前。男女二人組だった。たぶん恋人同士だ。
「……この三年間、ガガゼトを降りてきた人はいません」
「そうか」
ブラスカさんは、無感動に頷いた。
登っていく人は稀。さらに稀なのは平原で道を見失い引き返していく人だ。
そして、究極召喚を得て帰ってきた者は、一人もいない。
ああ、ずっと気づかないふりをしていたかった。
三年間も姿を見せなかったブラスカさんが、どうしてナギ平原に来たのか。
私の背後にはガガゼト山がある。その先は……ザナルカンド。
「君が誰も送らずに済めばいいと思っていたんだが。……でも、私で最後にしてみせるよ」
こんなところまでやって来るのは召喚士とガードだけだ。
二ヶ月前の男女。召喚士の女性は七つの時、ガードの男性は三つの時に家族を亡くしたという。
召喚士となって仇を討つのが幼い頃からの悲願だったと、そう言っていた。
彼らが旅をする理由は、スピラにナギ節をもたらすため。
そして彼らが旅を始めるきっかけは、大切な者をシンに奪われたから。
最初に脳裏を過ったのは最悪の想像だった。
「……ブラスカさん……、ユウナは?」
「ベベルにいるよ」
あの可愛らしい女の子が命を散らしたわけではない。少しだけ安堵した。
でも、どうして? 最後に会った時、奥方がアルベド族と和解しにホームへ向かっていたはずだ。
彼らがここに来なくなったのはビーカネルに移り住んだからだと思っていたのに。
「じゃあ……」
……亡くなったのは、ユウナではないんだ。
まるで暖かな日差しのような黄金の髪が光を弾く。
アルベド族のホームがある、ビーカネル島には見渡す限りの砂漠が広がっているそうだ。
太陽の熱をいっぱいに吸い込んだ砂の海。何もしなくても汗が滲むような熱気。
彼女の黄金の髪みたいな色をしているんだろうか。どんな光景なんだろう。
暖かいところへ行ってみたいな、でもきっと、私には行く機会もない。
そんなことを呟いた私に彼女は言った。
『ヨヨノマ、ミユベコギヲフ』
心はいつでも自由。行きたいと願えば、どこへでも行けるのだと。
彼女は、ホームに辿り着いたのだろうか。
それとも、あのまま……。
「遊びに来ると言ってたのに、長いこと会えなくてすまなかった。修行が思ったよりも大変でね」
ブラスカさんは異例の遅さで従召喚士の修行を始めた。
「リツはやっぱりすごいな。あの試練を九歳で成し遂げたなんて……、あの時、もっとたくさんお祝いを贈るべきだった」
それでようやくベベルの祈り子様と交信が叶い、アーロンさんとジェクトさんを連れてスピラ南端のビサイドまで旅をした。
「……リツ、怒っているかい?」
「怒るわけ、ないでしょう」
そして彼は戻ってきた。ナギ平原に。ザナルカンドへ、向かうために。
霊峰へ向かう召喚士には、ただ祝福を。彼らの覚悟を妨げる権利は私にはない。
たとえそれがブラスカさん相手であろうとも、私の使命に変わりはない。
「ガガゼトは一日で越えられません。野営は困難を極めるでしょう。準備は万全ですか?」
「大丈夫、足りなくなった物資も公司で買わせてもらったよ」
「ちゃんとごはんも持ちましたか?」
「ふふ……。ああ、持った」
「ユウナに挨拶は?」
返事はなかった。
「今ならまだ……、引き返せます」
ユウナを連れてどこか静かな場所で暮らせばいい。ベベルを離れればどうとでもなる。
何ならリンさんに頼んで、もう一度アルベド族と接触してもいい。
思い出が残るベベルに住みたいと言うなら、私が寺院を黙らせる。黙らせてみせる。
旅をやめたって、彼らに文句なんか言わせない。
だって……。
「ありがとう、リツ。もう決めたんだ」
だって、ユウナが、一人になってしまうじゃないか。
召喚士が願うのはたったひとつ。誰もが明るい未来を描けるよう、シンを倒すこと。
彼には自由でいてほしい。結婚してからのブラスカさんはとても楽しそうだった……から。
権利だとか使命だとか、そんなことはもう関係がない。
大切な者を奪われた彼を止めることはできない。……できないんだ。
「アーロンさん、ジェクトさん、よろしくお願いします。ブラスカさん、どうか……お気をつけて」
二人は無言で頷き、ブラスカさんは三年前と同じように優しく微笑んだ。
「行ってきます」
「……行ってらっしゃい」
どうか無事に帰ってきてください。でも……帰ってきたら、彼は……。
足が鉛のように重くて動かない。バハムートを呼び、私は旅行公司に飛んだ。
「リンさん、公司をしばらくマカラーニャの森まで避難させてください」
「彼らは戻ってくるでしょうか?」
「必ず戻ってきます」
ブラスカさんはここまで来て挫折するような人ではない。
四肢が折れても魔力が絶えても、その心がある限り成し遂げるだろう。
それも、遠からず。
リンさんは従業員たちに店舗移動の準備を手早く指示する。
そして私に向き直り、そっと頭を撫でてくれた。
「リツさん。シンが倒れたら我々はすぐに戻ってきます。一人で泣かないように」
「……はい」
泣きはしない。泣いてはいけない。召喚士に捧げられるべきは感謝と祝福だ。
だから……今のうちに涙は枯らしておこう。
← 4/21 →